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【第一話】動き出す“蛍”

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【第一話】動き出す“蛍”

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 急に背後で声がして、思わずエイミーは声を上げると同時に身体も少し浮き上がらせる。
「うわっ!? ……ったく、ルースのおっさんか、いきなりおどかすなよ……」
 息を整え、椅子を半回転させてルースに向き直ると、エイミーは彼に水を向ける。
「どういうこった? 似てるって一体誰にだよ?」
 するとルースは顎に手を当てて考え込みながら、困ったような顔をする。
「それが思い出せないんだよな。ほら、こう、喉元まで出かかってるんだけど」
「頼むぜおっさん……一応、士官なんだからよ……」
 そう言われては苦笑せざるを得ないのか、頭をかきながらルースは申し訳なさそうに言う。
「ごめんよ。ほら、おじさんもう歳だから」
 そんな会話を二人が交わしていた横で、隣の席――対・ヴルカーン班のオペレーター席に座っていたパティが横からフェルゼンの映像を覗き込み、ふと呟いた。
「さっきからお腹に直撃してますけど、全然平気そうですねぇ。この機体って、全身盾なんですか? だったら手にまで盾持たなくてもよくないですかぁ?」
 パティが何の気なしに言い放ったその一言。だが、その一言がルースの中で曖昧模糊としていたものに形を与えることになる。
「ノーガードで耐えきって相手の懐に入る、そんでもってカウンターか……っ! 思い出したぜ。こりゃあ、牧島健太郎のファイトスタイルだ」
 いきなりルースの口から出てきた聞き知らぬ名前に、エイミーとパティは揃ってきょとんとした顔をする。
「は? 誰だソレ?」
 困惑顔で問いかけたエイミーにルースは語り始めた。心なしか饒舌なのを見るに、ルースが個人的に好きな話題なのかもしれない。
「ちょっと前、地球で人気だった格闘家だよ。っつっても、まだデビューしてそれほど経ってなかったから、知る人ぞ知るってレベルの人気だったけどな」
 ルースの話に合わせて気を利かせたのだろう。パティが検索エンジンの入力バーにそのキーワードを入れてエンターキーを押していたらしく、彼女の端末には検索結果が表示されていた。
「この人ですかぁ?」
 それを見てルースは二度三度小刻みに頷くと、検索結果が表示されている画面を指差す。
「ボクシングとプロレスをミックスしたファイトスタイルが特徴でな。主な参戦は総合格闘技とプロレス。打撃技も投げ技も大技に分類されるのを積極的に使っていくファイターで、純粋な強さに加えて『魅せる』戦い方ができる貴重なファイターだったよ。もっとも、最大の持ち味はパワフルさを活かした荒々しいパワーファイト以上に、その天性の打たれ強さを活かしたノーガード戦法。ほら、たとえばここの所なんか――」
 夢中で語りながらルースは端末のマウスを動かそうとして、ついエイミーの手の上から自分のてを重ねるようにしてマウスを触ってしまう。
「……って!? おっさん、何やってんだよ!?」
 やたらと焦るエイミーの反応で、つい話に夢中になるあまり、自分が彼女の手に触れてしまったことに気づいたルースは再びあたまをかくと、今度はマウスを借りて映像の進捗状況を表すバーグラフをクリックし、少し前の映像まで巻き戻す。
「悪い悪い。で、ほらここの辺りとか特にそれだ。まさに牧島健太郎にそっくり」
 そう言ってルースが映像を一時停止したのは、ちょうどフェルゼンがピーカブースタイルでガードを固めている所だった。
「こうやって相手のパンチ力を窺ってるのさ。序盤はとにかくガードを固めて相手の戦闘力を測ることにとにかく集中する。で、確証が持てるまでデータが取れたら、そっから攻めに転じるわけだ。いくら自分でも危ないと思ったハードパンチャーが相手なら、防御を固めたままじっくりと戦って、相手の攻撃に耐えられると判断したら、そっからはノーガードで突っ込んで攻撃一色。しかも、フック、ストレート、タックル、ラリアット――どれもこれもが豪快な大技ばかりだから観客はいつも盛り上がる。かなり無茶な戦い方してるせいで、とにかく力任せのパワーバカだと思われがちだけど、実際はかなり頭の良い戦いができるクレバーなファイターなんだ」
 いつもは落ち着いた大人という感じの雰囲気を漂わせているルースが、この時ばかりは好きなヒーローを語る子供のような顔を覗かせたことにエイミーやパティは内心驚いていた。一説には、男には押してはならないスイッチがあると言うが……まさにこれがそれなのだろう。
「しかも、リングでの荒々しい戦い方から一転、リングを降りれば好青年だってのも人気の秘訣だな。試合に勝った時、ノーガード戦法を使ったせいでぶっ倒れそうになってるのにファン一人一人と握手して礼を言い、最後の一人になるまでそれをやり切ったとか、試合会場入りする前に迷子の子供を見つけて、遅刻寸前にも関わらずその子供を背負って交番まで全力疾走、その上で何とか試合に間に合わせた上に、休む間もなく試合を開始して――しかも勝った、とかな」
 それを聞いてエイミーは再び驚いて声と身体を上げる。
「勝ったァ!? マジかよ……」
 どこか楽しげに語るルース。一方のエイミーはまだ驚きの余韻が残っているようだ。
「ま、そんなこんなで伝説には事欠かないファイターだったな。惜しむらくは、丁度人気が出始めた頃、急に姿を見なくなったことなんだが。一説には……偶然出会ったヴァルキリーと契約したとかで――ほら、俺たち契約者って心身ともに強化されるだろう? だから、それがもとで普通の人間相手には試合できなくなったから引退したらしい。んで、パラミタに行ったとか、そこで傭兵になったとか、あるいは格闘技のリングと同じく刺激に満ちた場所を求めてイコンパイロットになったとか、ファンの間で様々な憶測が飛び交ったが……結局は謎のままだ」
 一通り聞き終えたエイミーは、ややあってルースに問いかけた。
「で、ぶっちゃけ、この話がなんか役に立つのかよ? わかったことと言やぁ、ルースのおっさんがプオタだってことぐらいだろうが?」
 するとルースは苦笑し、またも頭をかくと、まるで年長者が年少者を諭すようにエイミーへと言った。
「人生には、一見無駄だと思えることが役立つ時がある。そういうもんさ、実際、この敵機が牧島健太郎をそっくりそのままコピーしたような動きをしてるなら、付け入る隙が見えてくるってもんだ」
 子供を元気づけるようにエイミーの頭をぽんぽんと叩くと、ルースは再び語り出した。
「さっきも言った通り、尋常ならざるタフネスが持ち味の牧島健太郎だがな、現役中に一度、右膝の深刻な故障に見舞われたことがあるんだ。無事に復帰して以降もそこは古傷になってるみたいでな。前にえげつない戦い方をするファイターと戦った時、そこにローキックを立て続けにくらいまくってピンチになったっけな。その時は本人たちよりも互いのファン同士の乱闘の方が白熱して、危うく警察が介入する寸前で――」
 またもスイッチが入ったようで熱く語り出すルースを止めるように、エイミーは割って入った。
「でもよ、確かにファイトスタイルを参考にしてる可能性は高いとはいえ、いくらなんでも故障した部分まで再現はしねぇだろ?」
 するとルースは再びエイミーの頭をぽんぽんと叩き、諭すように言った。
「その通り。でも、見てみな。この機体、さっきからやたら人間臭い動きしてるだろ? ってことは、僅かな癖も一緒にトレースしちまってる可能性が高い。そうなれば、たとえ故障してないってわかってても、自分の古傷は無意識的に気にしちまうはずだぜ?」
 そこまで言われてはっとなったのか、エイミーは思わず押し黙る。
 とはいえ、まだ不明な点は数多く残っている。
 数多くの疑問が生まれては、それらが種となってまた新たな疑問が数多く生まれていくこの状況。
 果たして、敵の正体、そして真意とは――。