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【第一話】動き出す“蛍”

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【第一話】動き出す“蛍”

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第八章:救護編
 イコン戦だけが戦いではなく、物資補給や機体修理の整備班たちの持ち場も戦場であったように、救護班たちの持ち場も戦場であった。
 五箇所の施設で戦いが繰り広げられ、対策本部では分析班が作戦を練り、整備スペースでは整備班たちが機体を修理しているのと同時刻、他の特設スペースと同様に教導団本校のすぐ近くに特設された救護スペースには戦線から後退してきた多くの兵士が担ぎ込まれていた。
「傷ついた人を治療します。皆教導団関係者で、大切な物を守ろうとした人。そんな人を死なせはしません――それが衛生科の任務です。だけどそれ以上に、救いたいという願いがあるんです」
 身体的なダメージはもちろんのこと、それに加えて精神的にもひどいダメージを負った兵士たちを勇気づけるように、高峰 結和(たかみね・ゆうわ)は言うと、負傷者の救護に取り掛かった。
(医療の知識がないのなら学びましょう。技術も身につけて、もっと沢山の人を救う、護る、その力にします。まだまだ未熟ですが……ここで実践して救います)
 決意を新たに胸中で呟き、結和は運び込まれてきたイコンパイロットの創傷に包帯を巻き始める。
 今回の作戦に参加するにあたり、彼女には自らに課した目標にして信念があった。
 ――ただ治癒魔法で傷を癒すだけでなく、医学の心得を持つ者や、現役の医師として活躍している者に指示を仰ぐことで、応急処置より一歩先の治療を目指し処置を行い。
 ――きちんと組織が元通りになるように位置を治し固定した上で治癒魔法かける。
 ただ命を救うだけでなく、傷跡が残らないように、治療後も動きを阻害しないように、そして痛みの出来るだけ少ないように。
 患者を第一に考えた治療を行うこと、それこそが彼女の目標であり信念だ。
 一つ一つ丁寧に処置しながら、結和は治療を施しているパイロットに優しげな声で語りかける。
「これで、すぐに元気になりますから。ゆっくり休んでくださいね」
 結和の献身的な処置のおかげで重傷を負っていたパイロットの目にも、少しずつではあるが力が戻ってくる。
「うう……かたじけない……」
 処置を終えたパイロットが鎮静剤の効果で寝入ったのを見届けて一安心すると、結和はベッドのあるスペースから外に出てカーテンを閉めた。
 流石にに精神力を消耗してきた結和は患者から隠れて、少しばかりため息をつく。
 そんな結和に城 紅月(じょう・こうげつ)が微笑みかけた。
「辛い時には、笑い合おうね」
 紅月が微笑みとともにかけた励ましの言葉で結和の表情にも少しずつ微笑みが戻ってくる。
 惨状に心傷付きながらも、彼は現場指揮統括及び薬の管理に専念していた。
(今、俺にできること。それは現場の指揮。得意な管理で皆を導き、歌で心だけは救うんだ)
 惨状を目の当たりにしたことで心が折れそうになるのに必死に耐えようと、彼は自分の決意を胸中に呟く。そして、同じく折れそうになる心で必死に耐えて戦っている結和の姿を見守るように見つめ、彼は自らに言い聞かせるように再び胸中に自らの決意を呟く。
(俺は俺の戦いをする。結和ちゃんは一人でこの状況と戦ってる。だから、俺が支える――心だけは、救いたいから)
 先程から、口ずさむような歌で怪我人を励まし、医療スタッフを鼓舞するのがもっぱら彼の役目となっているが、決して彼が医療面でノータッチというわけではない。
 モルヒネ・ペニシリン、化膿止め、抗生物質、輸血と輸液、増血剤、消毒液、生理食塩水・乳酸リンゲル液・重炭酸ナトリウム液も多めに用意したのも彼なら、包帯、清潔なシーツも必須であることを主張し、それらも抜かりなく用意したのも彼だ。
 更には、圧挫された患部が腫脹してコンパートメント症候群を起こしている場合に必要な、高カリウム血症の治療の資材も投入。加えて、現場において水分補給、毛布等による保温、酸素投与にも十分注意。
 そればかりか、瓦礫の下から救出された人々が発症しやすいクラッシュ症候群(挫滅症候群)に対応するため、人工透析機を数台搬入し、生体情報モニタ、生命維持装置も搬入していた。
 この救護スペースが万全の治療態勢をもって負傷者を受け入れられているのも、ひとえに彼の尽力による所が大きい。
「……はいっ。笑顔、大事ですものね」
 紅月の声に結和も微笑を取り戻すことができたようだ。
(私たちが皆さんの、希望になろう)
 再び心の中で決意を新たにする結和。彼女だけではない、紅月の働きは他の救護班員にも影響を与え、現に彼と協力する形で占卜大全 風水から珈琲占いまで(せんぼくたいぜん・ふうすいからこーひーうらないまで)も高性能な設備を導入していた。
 各施設の勤務者+防衛イコンの搭乗者+援軍イコン搭乗者等、どれだけの患者数が見込まれるか、その対応に必要な資材の量を占卜大全が計算し、余裕を見て多めに準備する機材の数々はまさに圧巻の一言だった。
 患者の状態を把握を目的として、心電図伝送装置、パルスオキシメーター等を。
 確実な生命の維持を目的としては、携帯用自動式人工呼吸器に半自動除細動器、そして自動式人工呼吸器一式を用意していた。
 万一に備え、彼等の所有する大型の飛空艇――ドール・ユリュリュズを病院船として利用できる準備も欠かしてはいない。
 準備だけではなく、もちろん実際の救護活動にも従事していた彼は、いつも肌身離さず持っているバールを救護スペースにも持ち込んでいたアヴドーチカ・ハイドランジア(あう゛どーちか・はいどらんじあ)から愛用のバールを取り上げていた。
「テメェそういう場合じゃねえだろ! 没収だ没収! 機材壊す気か!」
 愛用のバールを没収され、実を言えば取り返しに行きたいところではあるが、今はそれをぐっと我慢してアヴドーチカは救護活動に専念していた。
 この救護スペースで負傷者の診断・振り分け担当し、運び込まれた患者をまず最初に診断する役目を担っているのが彼女だ。
 鋭峰から緊急招集の指令が下ってからというもの、真っ先に駆けつけた一人である彼女は、診断する役目だけに留まらず、多岐に渡る積極的な救護活動をぶっ通しで続けていた。
 瀕死・バイタルサインが微弱な者は一先ず生命維持を最優先するよう取り計らい、単純な熱傷や裂傷等は治癒魔法が得意な者へ回す。体内に破片が残留している者・骨折、創傷が広範囲の者やショック症状等発症した者は医師や、そうでなくとも医学を修めた者に頼む。
 彼女の正確かつ適切、そして迅速な診断やそれに続く措置によって危機を脱した患者は数多い。そんな彼女も、次々と運ばれてくる上に、時間が経つごとに運び込まれてくる数自体が増大していく患者を前に、切羽詰まった声を上げた。
「えぇい、バールを取り返しに行く暇も無いな!」
 本当はバールで治療したいらしい彼女がそんな声を上げると、すかさず手伝いに入ったのは紅月の恋人であるレオン・ラーセレナ(れおん・らーせれな)だ。本来ならば彼の子供である歌戀・ラーセレナ(かれん・らーせれな)も同行するはずだったのだが、諸事情により今は自宅で待機している。
「結和さん、こっちに患者さん回してください。手伝いますよ」
 結和にも声をかけると、レオンは患者を看病し始める。持ってきたナノ治療装置も使って治療の補助も行うなど、彼の備えも万全だ。
 レオンが助けに入ったものの、またすぐに数多くの患者が運び込まれ、たちまち彼等は手一杯になる。そんな彼等に対し、今度は月摘 怜奈(るとう・れな)杉田 玄白(すぎた・げんぱく)の二人がアシストに入る。
「助かります」
 すかさずレオンが礼を言うと、怜奈は事もなげに応える。
「傷付いた人達を少しでも救う為に私たちもここにいる。だから……じっとしてるわけにはいかない。ただそれだけのことよ」
 救護スペースの惨状を目の当たりにして、紅月と同じく怜奈も心を痛めていた。
(大変な事になったわね……。これが、パラミタでの現実……か。ずいぶん酷い現実もあったものだわ)
 そう独白しながら、怜奈は傍らに立つ相棒――玄白に問いかける。
「ずいぶんと……酷いわね。想像以上だわ。普通の人なら、目を覆いたくなるぐらい……玄白、手伝うわ。何か出来る事はある?」
「患者の搬送をメインに、救護の手伝いを。患者への呼びかけを行いながら、運ばれてきた患者の応急処置および搬送をお願いします。本格的な治療は僕と結和さんたちで何とかしますから」
 即答する玄白に、怜奈も即座に頷いた。彼女自身、自分が出来る事は応急処置レベルである事は理解しているため、状態が酷い者や本格的な処置が必要な者に関しては周りの治療担当の人に任せ、応急処置や搬送に専念し始める。
(深い事情は分かりません。僕が今考えなければいけないのは、傷ついた人達を救う事。ただそれだけです。他の事に心囚われて、救えるものも救えなかったら本末転倒ですから)
 仲間に担がれて救護スペースに入ってくる負傷者に気づいた怜奈が応急処置を施しに行くのを見ながら、玄白も独白する。
 ややあって応急処置を終えた怜奈が負傷者を励ましながら搬送してくるのに並走し、玄白自身も負傷者に励ましの言葉をかける。
「大丈夫、助かるわ! だからしっかり!」
「ええ、必ず僕が助けます。だからもう少し頑張って下さい」
 怜奈と玄白は負傷者を寝台に運ぶと、即座に本格的な処置を開始した。処置が始まったのを見て取った結和もすぐさま手伝いに駆けつけ、玄白と結和の二人は持てる技能のすべてを注ぎ込んで負傷者を救うべく全力を尽くす。二人が全力を尽くした甲斐もあって、この負傷者も何とか危機を脱することができたようだ。
 ひとまず峠を超え、ほっと一息ついた玄白に、彼を手伝っていた結和はぽつりとこぼした。
「私、杉田さんが羨ましいです……杉田さんみたいに偉い先生のように、もっと役立てれば……」
 そうこぼした結和に向き直ると、玄白は優しげに微笑みながら、それでいて真摯な態度で諭すように告げる。
「医者に……誰かを救おうとする者に、上下関係も貴賎もありませんよ。少なくとも、僕はそう思っています」
 結和に向けてそう諭すと、更に玄白はこうも告げる。
「それに、もし高峰さんの言う通り、君が本当に役に立っていないとしたら、出血多量で危ないところだったパイロットの彼も、ショック症状を起こしていた随伴歩兵の彼も、今頃は亡くなっていたでしょう。大丈夫、君の手は確かに大切で尊い命を救えていますよ」
 玄白が結和を励ましている近くで、紅月も彼女を、そしてこの場にいるすべての者を励ますべく、口を開いた。
(歌と指揮しかできない俺だけど、救いたいと思う心が未来を切り開く。恐怖に傷付いた人たちの心に、愛と励ましと歌を)
 胸中で自らに使命を課すと、紅月は歌を歌いだす。

 
 そばにいて欲しいと願ったら
 それはわがままですか 主よ
 どうか どうか
 私に光を

 暗き夜を過ぎる きらめく星のように
 ほんの少しでいいから
 迷い無く進むだけの
 強さがあれば

 光になりたい
 涙に気付くための 光に
 愛になりたい
 心包むための 翼に
 主よ 私と共に歩いてください

 絆繋ぐこの手も 何もかも
 何のためにあるのかを
 知った私は愛に至る

 そばにいて欲しいと願ったら
 それはわがままですか 主よ
 どうか どうか
 この世界に光を

 
 紅月の歌が救護スペースに響いていく。
 そして、彼の歌は一人、また一人と恐怖に傷ついた者たちの心を癒していくのだった。