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【第一話】動き出す“蛍”

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【第一話】動き出す“蛍”

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第七章:修理・補給編
 イコン戦だけが戦いではない。
 実際に白刃が鎬を削り、鉛弾が飛び交う戦場以外でも、戦士たちの戦いは繰り広げられていた。
「最近、補給関係がメインになっているし、騎兵科から主計科に転科しようかな」
 シャンバラ教導団本校付近。特設対策本部と同様に、クローラ・テレスコピウム}少尉の提案で急造された整備スペースで作業に従事しながら、大岡 永谷(おおおか・とと)は呟いた。
 永谷が現在行っている作業は、円滑に補給が行えるように、今ある補給物資をデータベース化して、必要な物資を必要なだけとりだせるようにする第一段階だ。
 補給拠点は、宅配便の営業所みたいなもの。物資ごとに、バーコードを割り振って、バーコードで管理できるようにすれば、それが効率化に繋がるのだ。
 更に言うならば、学校全体含めてバーコードを割り振るのが一番ではあるのだが、下手に進め過ぎると、同じ番号を無関係のものにも割り振るなどの破壊工作を行われるなどの弊害も出でる危険性がある他、権限の無い所での実行は無理である以上、まずは今回の補給拠点のシステム化に乗り出すだけに留めておくつもりであった。
 もっとも、永谷は置いておく場所と入荷・出荷・品名・及び内容をひも付けして、何がどれぐらいあるか、常に管理しておくつもりである。こうすることで、量の減りが激しい物資を把握して、早期に大量発注できるようにしたり、在庫切れを防げるようにするのが狙いだ。
 可能ならば、補給完了した時点で、その報告が来るような体制にして、ちゃんと物資が使われたかの確認もしたい――作業を進めながら、永谷はそう考え始めていた。
 前線に対して、この番号の荷物が届いたら番号の連絡をお願いしますと紙に書いて送付するということを行えば、そうすれば、横流しの調査・襲われやすい補給路の確認もできるのではないか。永谷はそう判断したのだ。
 その横ではニキータ・エリザロフ(にきーた・えりざろふ)が乗る大型輸送用トラックへの物資搬入が行われていた。
「あらぁ、助かるわぁ」
 トラックに物資を搬入しながらニキータは、先ほどからそれと手伝ってくれている大熊 丈二(おおぐま・じょうじ)ヒルダ・ノーライフ(ひるだ・のーらいふ)の二人に向けて、女性的な口調で語りかけていた。
「兵卒は士官が行おうとする事の手足として働くのが本来の役目なですので、それを遂行する次第であります!」
「ヒルダたちにはイコン戦闘やイコン支援の技量が無い……でも、整備担当士官が効率よく修理・補給の作業ができるように、遅滞無く、痒い所に手が届くように心がけたり、やれることはあると……思うから」
「その通りであります! 自分が汗を流した分だけ作業が捗ると信じます!」
 二人の純真な熱意と使命感に感動したニキータは思わず二人を抱き寄せていた。
「んもぅ! 二人とも可愛いわねぇ! もういっそ、このまま二人を心行くまで可愛がってあげたいわぁ!」
 抱き寄せた上に頬ずりまで始めそうになったのに気づき、慌てて自制したニキータは、口元に手を当てて照れたように笑う。
「あら、やだわーあたしとした事が」
 その後、真面目な顔になってニキータは輸送車両に目をやる。丈二とヒルダのおかげで存外に早く必要物資の積み込みは完了していた。
「おかげで早く済んだわ。あ・り・が・と・ね、二人とも。それじゃ、あたしは白竜に頼まれてたものを届けなきゃならないから、そろそろ行かせてもらうわねぇ」
 妖艶な女性を思わせる口調とは裏腹に、ワイルドな動きで運転席に飛び乗ると、シートベルトを締めた後にニキータは丈二とヒルダの二人に運転席から手を振る。
「どうぞお気を付けて! ご武運を!」
 姿勢を正して最敬礼する丈二にもう一度手を振ると、ニキータは愛車のスロットルを入れ、物資保管スペースから発車していく。
 付近に停車した輸送車からその様子を見ていたエールヴァント・フォルケン(えーるう゛ぁんと・ふぉるけん)も、ニキータに続くべく、イグニションキーを捻ってアクセルを踏み込んだ。
「さあ、僕たちも行くよ」
 エールヴァントは助手席に座る相棒――アルフ・シュライア(あるふ・しゅらいあ)へと声をかけた。
「女性指揮官か。俄然やる気が出てきた! 可愛い女の子の為なら男は頑張っちゃうんだぜ」
 エールヴァントが団の補給本部に有事なのでトラックを沢山の台数を借りれるよう要請したりと、優等生としての姿勢をブレさせないのに対し、アルフはアルフでやはり彼自身の姿勢をブレさせるつもりはないようだった。実際、トラックの確保でも今まで女の子達とデートしてきたコネも最大限使うなど、この男の姿勢は本当にブレない。彼曰く、知り合いからの情に訴えた頼みも根回しのうち――だそうだ。
 そんな会話を交わしながら、二人が乗ったトラックも物資保管庫を発車していく。彼等が用意した他のトラックは既に発車済みだ。
 物資の管理庫となったスペースで永谷たちが忙しく動き回る一方、整備用スペースでは様々なイコンを取り扱うアサノファクトリーこと、朝野姉妹たち四人が急ピッチで修理と補給をこなしていた。
 今や整備用スペースは戦線から後退してきた防衛隊のイコンで溢れかえっていた。戻ってきた機体は教導団の施設ということもあってか鋼竜と焔虎が殆どだ。
 大破寸前の機体を助けて一緒に戻ってきた機体ならば破損状況は小破から中破に留まっているが、それとは違いここまで戻ってこれたこと自体が驚愕に値するような破損状況の機体も少なくない。
 教導団本校のすぐ前ということで、ヒラニプラ、ひいてはパラミタにおいてもパーツ類は充実している場所ではあるが、それでもこれら全部を修理し、更には補給して再度戦線投入可能なまでにするには些か骨が折れそうだ。
 だがしかし、そんな状況にあっても、むしろそんな状況だからこそ、アサノファクトリーの面々の心は燃え上がるのだった。
「様々なイコンを取り扱うアサノファクトリーに死角はほぼなし! 迅速に戦線に復帰出来るように張り切っちゃうよ!」
 朝野三姉妹の長女である朝野 未沙(あさの・みさ)は心身共に疲弊した兵士たちを励ますように努めて明るい声を出した。そうすることで兵士たちの励ましになるのはもちろん、不思議と自分にも気合が入ってくる。
 彼女自身も優れたイコン操縦技術を持ってはいるが、今はイコンからは降りて整備と修理、補給に掛かりきりだ。どちらかというと、彼女は重装甲・高火力系が好みであり、自分で扱う機体もそうしたタイプが多い。高機動型も扱うが、軽量機はあまり扱っていないとは本人の弁だが、それでも軽量機の整備には何の不自由もないようだった。そのことからも、アサノファクトリーに死角がほぼないというのが、あながち誇張でも虚偽でもないことが窺い知れる。
 ――まぁ、どんな機体でもちゃんと診るよ。というのも本人の弁である。
 そんな未沙は今も修理に取りかかっており、大破寸前の僚機を連れて戻ってきた比較的損傷軽微の鋼竜を診ている最中だ。
「関節部は消耗してるけど、フレームはまだ元気そうだから、後はソフトウェアによる補正で何とかなりそうね……よし、この機体はこれで完了!」
 自分のところに回ってきた鋼竜の装甲を外して内部機構を検査と修理を瞬く間に終わらせると、再び装甲を戻して次に回す。
「迅速な修理、感謝します! では、これより小官および本機は戦線に復帰します!」
 機体だけではなく、パイロットも比較的心身に余裕が残っていたということもあって、未沙がたった今修理を終えたばかりの機体はすぐに戦線へと復帰するべく整備スペースを出ていく。
 発進の直前、ハッチが閉まりきるまでの僅かな間に、コクピットから未沙に向けて兵士が最敬礼をする。
「いいっていいって! これがあたしたちアサノファクトリーの仕事だから! それじゃ、気を付けて行ってきて! 帰ってきたらまたキッチリカッキリ直して、全開で思いっきり戦えるようにしてあげるからね!」
 修理したばかりのスラスターを小気味良くふかして出撃していく鋼竜を手を振って見送ると、未沙は次の機体に目を向ける。ちょうどその先では朝野三姉妹の三女である朝野 未羅(あさの・みら)が次の機体に使う腕部パーツを重機で運んでくるところだった。重機のリフト部分には焔虎用の腕パーツが積載されており、整備スペースに大破寸前の姿で横たわる焔虎へと一直線に向かっていく。何を隠そうこの焔虎、たった今、戦線へと復帰していった鋼竜の僚機であり、もはや自走はほぼ不可能なまでに破損したところを鋼竜に肩を借りるようにしてやっと戻ってきたのだ。
「パイロットさんは既に救護班の方に担ぎ込んだから大丈夫なの。次はこの機体をよろしくなの、お姉ちゃん」
 妹によって届けられたパーツがリフトから降ろされると同時、大破寸前の焔虎にくっついて計器による測定を行っていた朝野三姉妹の次女――朝野 未那(あさの・みな)が未沙に報告する。
「姉さん、見ての通り右腕パーツが原型を留めてないですけど……この機体、それ以外にも目に見えない破損個所が沢山あるみたいですぅ。駆動系に可動域、どこもかしこもひどくやられてますよぅ。これはもう、修理っていうよりレストアに近いですぅ」
 そう聞かされてもめげずに焔虎へと向かっていく未沙に、更に背後から声がかかる。
『未沙、また一機そっちで受け入れられない? また何機も後退してきたよ!』
 機外スピーカーを通した声の主はアサノファクトリーの四人目であるグレン・ヴォルテール(ぐれん・う゛ぉるてーる)だ。彼女の役目はアサノファクトリーが所有するイコンである{ICN0003020#AFI−DRG}に搭乗し、戦線から後退してきた機体を誘導することであり、今も彼女は器用にAFI−DRGを操っている。炎の精霊であるグレンはその力を活かし、整備スペースに転がっていた鉄パイプに炎を纏わせ、即席の誘導灯として使っていた。
 まるで交通整理をするように炎を纏った棒を振るうAFI−DRGが懸命に誘導を続けているにも関わらず、整備スペースの混雑は時間を追うごとにひどくなっていく。今や順番待ちのイコンが長蛇の列を作り、整備スペース前の搬入路は大渋滞だった。
『ああ〜もう! いくらなんでも手が足りないよう! 誰か手伝ってくれる人はいないのっ!』