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絶望の禁書迷宮  救助編

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絶望の禁書迷宮  救助編

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終章

 搬送の一団は全員空京に到達し、杠 鷹勢は聖アトラーテ病院に無事収容された。
 救急外来治療室まで一緒に入ったダリルによると、鷹勢は辛うじて一度、目は開いたものの、意識レベルは20と30の間を推移しているといった状態で、普通に会話ができる状態ではまだない。
 それでも命の危険は脱したという。
 彼にはまだ辛い道のりが待っている。パートナーロストの症状はすぐに治まるのものではない。喪失による心の痛みもまた、時間をかけて乗り越えなくてはならないだろう。
 今回の件で自分を助け、めい子を取り戻してくれた契約者たちに、彼が自身の口で礼を述べることができるようになるまでは、まだ数日かかることになる。



「どうして、首謀者が逃げ果せることが分かってたんですかぁ……?」
 エリザベートが魔道書『パレット』に尋ねたのは、めい子の遺骸も運び出された後のこと。

 契約者たちは、破壊で散乱した入り口の扉周辺の片付けだの、捕まった『石の学派』メンバーを空京警察本部に送致するために到着した警察とのやり取りなどだの、様々な事後の雑務に追われている。
 幻想空間を作り出した魔道書『森の祭祀録 ネミ』は、本の姿で『パレット』の腕に抱かれ、沈黙している。消耗しているため休眠状態に入っている、そっとしておいてほしいと『パレット』やその仲間たちに言われて、エリザベートも彼に無理に話しかけることはしていない。
 魔道書達は、一時的に結界を縮小し、書庫入口周辺だけでなくそこから繋がる書棚の並んだ一室も解放された。だが、その部屋の奥には扉が一つあり、そこから先はやはり魔道書達の重厚な結界によって守られていることは、エリザベートには聞かずとも感知できることであった。
 なのに、『石の学派』の最重要メンバーであろう、今回の件の首謀者は、その結界を越えて今、最深部へひとり向かっているという。

「血の繋ぎ、ってやつだよ。……知らなくても無理ないか。古い上に、胡散臭い術だからね」
 事もなげに、『パレット』が説明する。
「中世ヨーロッパで、魔法だの錬金術だの秘密結社だの華やかなりし頃――猫も杓子も飛びついた大流行の頃って意味だけど」
「世相への皮肉をいちいち解説する必要はないですぅ」
「おや手厳しい。その頃当然、当局の弾圧や異端審問もバリバリだったわけでさ。
 それを逃れるために編み出された苦肉の策の技だよ。
 異端でないことの証に、魔道書を手放し――当局の目が逸れた頃になってもう一度手元に戻すためのね。
 俺はやり方はよく知らないんだけど……多分、自分の血を織り交ぜた印(いん)を、書物に施したんだろうね。
 後になって、その血に導かれて、書物の在り処が分かるっていう技らしい。
 その特殊な効果が、結界などを無効化して導く道を作った――胡散臭いと思ったけど、思った以上に効力のある術だったらしい。想定外だよ全く」
「中世時代に書かれた本の作者なんですかぁ? あの男がぁ!?」
「まさか。血によって導かれるんだから、血縁なんだろ。
 魔道書の著者にしか効果の出せない術なんだから、多分あの男はその本の著者の子孫なんだろうね」
「そんな術、聞いたことないですぅ」
「当然だよ。弾圧を恐れて捨てた異端の書なんて、ほとんどが焚書にされたんだ。術を施して手放したところで、それによって戻ってきた書なんて幾らもなかったから。
 結界も無視して在り処まで導ける術も、本体が燃やされて灰となってしまってたんじゃあ意味がないじゃん。
 無駄だって気付いて、忘れ去られてすたれた技なんだよ」
 馬鹿だよねぇ、と『パレット』はシニカルに笑ったが、
「――けど、忘れた頃になって、今回みたいな事態が起こった、と」

「そんなことをしてまで取り戻したような、凄い力を秘めた禁書が、本当にこの書庫の中にあるんですかぁ!?」
 猜疑心をむき出して、エリザベートは『パレット』に詰め寄った。
 他校とはいえ、そんなものがパラミタの学校の書庫にあったならば、アーデルハイトのチェックから逃れられたとは思えない。
「それにもし本当に存在するなら、どうして弾圧の時代から何百年もたった今になって、『石の学派』はこのパラミタでそれを見つけられたんですかぁ!!」

「さぁね」
 はぐらかすような答えに、エリザベートは怒りを露わにした。
「誤魔化すんじゃないですぅ!!! 本当にあるのかどうか、はっきり答えやがれですぅぅぅぅ!!!!」

「あると言えば在るし――ないと言えば、無い」

 その怒りにもフラットな熱のない視線を向け、『パレット』は意味深な答えを返すと、突然踵を返した。
「それ以上の答えは、俺たちにもないんでね」
 見ると、二人のやり取りを見守っていた魔道書達は皆一様に、エリザベートに背を向け、書棚の群れの奥にある扉へと向かって行こうとしていた。
「こ、これからどうするつもりですかぁっ!?」
「んー? 守りを固めるよ。向こうの武器は大きいかもしれないけど、俺たちは――守らないとね」
「自分たちだけで……私たちの力を借りずに、やるっていうですかぁ!?」
 エリザベートの言葉に、『パレット』は振り返った。

「あんたたちがどうするか――俺たちは関知しない、ここに入るって言っても止めはしないけど、結界を解くことはできないから。
 入りたいならそっちで知恵を使って入ってきなよ。
 ここから手を引くって言うんなら、それは、とても賢明な判断だと思う。
 無理に入られても、俺たちには命の保証はできないからね」


「命の保証ぅ? 賢明な判断んん??」


 怪訝な目で突き上げるように自分を見てくるエリザベートをひたと見据え、落ち着いた口調で『パレット』は言った。
「この先、『ネミ』よりももっとずっと厄介なものが暴走するだろうからね」

 そして、一呼吸おいて、続けた。
「これでも、あんたと契約者たちに敬意と感謝を込めた、忠告のつもりだよ」
「敬意と感謝、ですかぁ……??」
「――あの時、あいつらの言うことを……死者蘇生のためにあいつらに手を貸すことを選ばなかったことに、ね。
 言い分の真偽はともかく、あいつらの言う通りあの女の人を蘇らせることができてたら、死にかけてる男の子も助けられるんだろ?
 でも、誘いには乗らなかった。結果、『ネミ』も助かった。
 その敬意と感謝、だよ」
 そうして再び、背を向けた。



 魔道書達が奥に入って扉を閉めた。
 その、ほんの二、三十秒後。

 ズウウウウウウン、という凄まじい地響きが、奥から聞こえてきたかと思うと――


「!! 危ないですぅぅぅ!!!!」


 書棚という書棚が倒れ、天井の一部が崩れ落ちた。
 契約者もエリザベートも、書庫内にいた者は皆入り口の階段の辺りに逃れ、巻き込まれることはなかった。階段は無事で、入り口の扉が先に壊れていたのが却って幸いしたか、埋まって通行不可になるということはなかった。
 ただ、奥の扉へは、倒れた書棚と天井の一部とで、近付けなくなった。
 それがまるで、魔道書達の警告であるかのように。





    ***「絶望の禁書迷宮  追跡編」に続く***

担当マスターより

▼担当マスター

YAM

▼マスターコメント

 参加してくださいました皆様、お疲れ様でした。
 今回、魔道書を説得するアクションをかけて下さった方々には、ちょっともやもやしたものが残ってしまったかもしれませんね。敵意剥き出しの魔道書と丁々発止のやり取り、を期待して下さった方々には、本当に申し訳ありません。引きこもり相手の説得、でした(汗)。
 あと、悪役が全然脅威的な感じが出せなかったという……情けなすぎる……

 『ネミ』、金の枝、祭祀などの言葉にぴんとこられたPLさんもいらっしゃったようですね。本文中で『パレット』が話しているのが暗にその書籍のことを指しているのですが、実名は出していません。翻訳に著作権があるという可能性もあるためです。
 因みに、出てきた魔道書たちはジャンル、生まれた年代や国はバラバラです。たまたま流れついて一緒になり、意気投合した、という感じです。ですので、『石の学派』が求めている魔道書と、『ネミ』や他の魔道書達との内容にリンクがあるかといわれると、無い可能性の方が高いです。
 ひとりだけ取り逃してしまった首謀者の目的、最深部の秘密とその顛末などは、次回『追跡編』にて語られます。またご参加いただけましたら、嬉しいです。

 契約者ではない地球人を受け入れないパラミタ大陸上で、地球人契約者が全パートナーをロストしたらどんな事態が起こりうるか、という素朴(?)な疑問から、それをテーマに考えたのが本シナリオです。PL様方の真摯な熱いアクションにより、元・契約者は一命を取り留めました。彼の身にはまだこれからも困難はありましょうが、生きている限りきっと幸せもまたあるだろうと信じつつ、彼の救出にまつわる物語は一応ここで終わりとなります。皆様、ありがとうございました。いずれまた、この魔道書を巡る物語が進む中で、再登場するかもしれません。
 その魔道書達を説得に関しましても、同じ魔道書LCさんの意見あり、愛書家さんの意見あり、「ごちゃごちゃ言ってんじゃねー!」的意見ありと、非常に興味深く受け取らせていただきました。本当に皆様方が、様々な立場から真摯な考えで本シナリオを捕え、アクションをかけて下さったことに感謝しきりです。それらをすべて活かしきれたかというと平身低頭するしかありません申し訳ありません。
 なお、御宮 めい子の遺骸の奪還に関しては、積極的なアクションがなかったら、死体操作の術者と共に追跡を逃れて首謀者と一緒に最深部へ向かうという展開になる予定でしたが、こちらにも熱い思いとアクションがあったため、奪還成功という判定をさせていただきました。おかげで道行がめっきり寂しくなりました首謀者(笑)。
 あと、本シナリオでのエリザベートの血圧が心配ですね。若い(幼い)のに(汗)。

 感謝の思いを込め、皆様に称号をお渡ししたいと思います。もっともほとんどが、今回のシナリオにおいて果たしてくださった役割の記録、というくらいのものでしかありませんが、ご笑納ください。
 それでは、またお会いできれば幸いです。ありがとうございました。