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絶望の禁書迷宮  救助編

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絶望の禁書迷宮  救助編

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第6章 小さな声

(ったく面倒くさいこった。他校の連中ってのは、余計なことしかしやがらねぇな)
 一向に説得の進まない書庫入口で、国頭 武尊(くにがみ・たける)はいかにも大儀そうに息をついた。
(要するに魔道書の連中が、ここに介入してくれるなっていうことでごねてんだろ?)
 パートナーロストのいきさつは自業自得だと考えるし、こんな厄介事は勘弁願いたいところだが、パラ実S級四天王の肩書を持ち図書委員を兼任している身としては、元パラ実の敷地で起こった事件を見て見ぬふりというわけにもいかない。何も見えないけれどどうやら魔道書らが潜んでいるらしい、結界の奥を見据えて一歩、踏み出す。
「おい。オレは、S級四天王って肩書きを持っていて、この辺では結構デカイ顔が出来る。
 だから、オレと、この書庫の代表が契約すれば、オレの相棒が管理するこの場所に手出しする馬鹿は減るだろうよ」
 契約したからといって、自分と行動を共にすることを強制するつもりはない(現に既に契約している魔道書のパートナーとは、普段は別行動だ)。
 要するに、この事態を事態を収拾するためだけに、そのために必要な便宜を図るための体裁を整える目的で、契約しようというだけだと、はっきり明言して続ける。
「で、契約後そいつが望むのであれば、この書庫の入口を爆破封鎖した上で、重機を使って完全に入口を埋め立て存在を隠す事も可能だ。
 その為の爆弾と重機は既に用意してあるから」
「そんなのはダメですううぅぅぅぅ!!」
 武尊の言葉を途中で、エリザベートの高い声が力いっぱいに遮った。
「あ? 何であんたが口出すんだよ。こいつらの願望を実現させて、幻想空間とやらを解除させんだろ?」
「爆破とか埋め立とてか、そんなことしたら、ここに在る書籍の詳細が分からないまま闇に葬られますぅ! そんなんじゃ、『石の学派』を追い払えても、また別の、力に狂ったおかしな魔導師がここを嗅ぎつけてくるですぅ。この事件を解決した後で、きちん蔵書を調べて、アホ魔導師が勝手に釣り上げられるような魔道書が存在するかしないか、はっきりさせて世間に公開することが必要ですぅ!」
「アホはあんただろ。埋め立てて完全に存在を隠すって言ってんだろうが。それに魔道書どもは、人間に踏み込まれるのを嫌がってんのに、調査なんざできんのかよ。大体、解決した後って、今のままで解決できるアテあんのか」
「魔法世界では、一度漏れ出た秘密は、どんなに隠しても、アリが蜜に群がるように、また誰かがどこかから嗅ぎつけてくると相場が決まってるんですぅ! それにっ」
「そんなにムキになってぎゃんぎゃん言ってると、余計子供みたいよ。いっそもう、地位を捨てて子供らしく生きたら?」
 言い合う二人の脇から声がして、口論が中断する。天貴 彩羽だった。
「何が言いたいですかぁっ。校長をやめろってことですかぁ?」
「まぁそうね」
「戯言を言うなですぅぅぅぅ!!」
「あ、そう」
 彩羽はあっさり頷き、パートナーのアルハズラット著 『アル・アジフ』(あるはずらっとちょ・あるあじふ)に簡単に合図して、魔道書達への説得を始めさせた。
「君たちの気持ち、ボクも分かるよ。人間の勝手で捨てられたり封印されたり、魔道書って酷い目に遭うことがあるんだよね……っ!」
 そして、彩羽と打ち合わせていた通り、あくまで鷹勢の精神の救出だけが目的でありそれ以上内部に踏み込む意図はないこと、魔道書達の意志を無視して内部に侵入する者はこちらが排除すると約束すること、だから一時的に結界を解除し幻想空間を開放してほしいという要望を伝えると、続けて、
「その約束を守るという保証として、エリザベート・アーデルハイトを人質に差し出すよっ!」
「何言ってるですかぁぁぁぁあぁ!!」
「あら、この場合担保が必要なのは当たり前じゃない。人間に傷つけられてきた魔道書が、こっちの言い分を言葉だけで信用すると思う?」
 怒り心頭に発するエリザベートの、気持ちを平然と逆撫でするように彩羽が口を挟む。
「一般の契約者なんかより、地位もあって、魔道書の封印には昔っから縁があるアーデルハイトの血筋のあなたが一番の適役じゃないの。あくまで地位を背負って生きるっていうなら、相応の義務を行動で果たしなさいよ」
「ふぬぬぬうぬぬぬぐぬぬぬぬ」
「おい、その辺にしとけって、誰か笑ってっぞ」
 口をひん曲げて爆発せんばかりになっているエリザベートを見て、呆れたように武尊がとりなし、どこかから聞こえてきた微かな笑い声を追って辺りを見回した。
 だが、笑っている者は見当たらなかった。

「私、髪を差し出す必要はないってことなのかしら……」
 酷い口論になっているエリザベートたちを横に見て、マルティナ・エイスハンマーは当惑しきっている。彼女ばかりではなく、笑っている者など一人も見当たらない。皆、進まぬ説得と反応も見せぬ魔道書達に徐々に苛立ち、この場の空気は淀んでいくように悪くなりつつあった。
「魔道書の方々も苦しい状況にあるはずです。それを助けたいとも思うし、鷹勢さんも助けたい。けれど、今のままでは……」
 ジュンコ・シラーが、歯痒い胸苦しさに俯く。隣で御宮 弘樹が頭を掻いてぼそりと吐き捨てる。
「他人が力づくで心を動かす、ってことは出来ねえからなぁ……」
――もう少し、もう少しだけ、待ってもらわないと……
「?」
 小さな、小さな声がしたような気がして、マルティナ、ジュンコ、裕樹は同時に顔を上げた。
「今、声が聞こえなかったか?」
「えぇ……今の、……?」

 ガサッ、と、音がして潰れた紙箱のようなものが床に転がる。
 書庫入口の階段に座って、ブロックタイプの栄養調整食品を食べていたグラルダ・アマティー(ぐらるだ・あまてぃー)が、その空箱を握り潰して投げ捨てたのだった。
 小さい音だったにも関わらず、一瞬その場にいた皆が彼女の方を向いたのは、彼女のただならぬ雰囲気からだった。ここについてからずっと不機嫌そうな顔で、階段に座ってそれを食べ続けていただけだったのが、出し抜けに活動を始めたという風情だった。不機嫌そうな目つきで、虚空にしか見えない結界の向こうに視線を据えて。
「なんなの? 人に散々喋らせて、だんまりがそんなに楽しいの?」
 いら立ちを隠さぬグラルダの声が、虚空に吸い込まれる。
 空気の淀みの色が濃くなる。他の契約者たちから、当惑と「それ言うか」的なやや難じるような視線が向けられ、場の時間が刹那、凍る。ただ、パートナーのシィシャ・グリムへイル(しぃしゃ・ぐりむへいる)だけは、何の感情も宿さぬ目で黙ってグラルダを見つめている。
「引きこもりたけりゃ一生やってなさいよ。誰も巻き込まずに」
 無言の諌めを感じる中、不機嫌そうな顔のまま、階段の所にまた戻って、腰を下ろした。やはり、シィシャは黙ったままだ。
 しばらくの間、書庫入口の空間には小さなざわめき以外には、揺るぎようさえない煮詰まった空気が満ちているだけだった。
 仏頂面で、段差に頬杖をついてしばらくの間黙り込んでいたグラルダだが、重苦しい静寂に気乗らぬ背中をされるような風情で、再び虚空に向かって語りだした。先程よりは、幾分か棘の減った声で。
「力があるとされる魔道書のほとんどは、人が半生を捧げるくらい当たり前。人なんて生きてたかだか百数年。大凡、その半分を経てアンタ達は生まれたのよ。――ゼロから魔道書一冊書き記すのに、どんだけの時間が掛かるか分かる?」
 ――“真っ当な”魔道書、ならね。
 小さな小さな声、どこか別の世界から降ってくるような声がかすかに聞こえて、グラルダは顔を上げる。続く、何人かのくすくす笑い。癇に障る、内輪だけで笑っているあの感じ。グラルダはシィシャを見た。シィシャはやはり無表情だが、グラルダに頷いて見せた。
「喋りましたね」
「魔道書?」
 ――僕ら、“魔道書(笑)”だもんねぇ。
 やはり、小さな声だが、二人には聞こえた。そしてまた、バカにするような内輪笑いの声。グラルダは眉を顰めた。
「自分を卑下して斜に構えることが、カッコいいとでも思ってんのかしら。ガキのすることね」
 吐き捨てられた言葉に、どんな反応が返ってきたか、今度は分からない。メイド姿の朝霧 垂が、
「ゴミはちゃんとゴミ箱になー!」
 と叫びながら、グラルダが捨てた紙箱を含めた床の塵を猛烈な勢いで掃いていったからだ。
 グラルダは再び、シィシャと並んで、沈黙の空気の只中に戻った。

「俺は、とにかく、本を読みたいんだよな」
 夜月 鴉(やづき・からす)は、この書庫について蔵書の数やら内容やら、答えの帰らぬ虚空に向かって問いかけ続けた挙句、そう結んだ。
「あんたたちが今までに受けた扱いや、本を詰め込んで忘れ去った人間の身勝手さは、否定できない。ひどい話だと思う。でも、だからって俺は、読む事は諦めない。
 そんな扱いが理由で嫌いになったって言うなら、俺が全部読んで覚えてやる! 整理整頓もやってやる、本達を絶対に忘れない。この約束を絶対に破らない。
 価値も不明なジャンク本、すげぇ面白そうじゃんか!」
 もはや説得というより、読書欲を前面に押し出した主張という感じで力説している鴉の後ろでは、
「せやなぁ。本好きには不要な本なんか存在せえへんねん。大概分かってない家族なんかが、勝手に処分したりするんや」
「『愛書家の一番の敵はその家族だ』って、書いてある子がこの書庫の中にいたりするんじゃないかな」
「読み手のない本ではグレても仕方あるまいて」
 大久保泰輔とパートナーたちが、愛書家の立場から密かに共感していた。
 彼らは本当は空間の解除以外に、生死の境にある鷹勢を助けるため、彼を『契約者』に復帰させるべく魔道書達に、誰か彼と契約してはくれないかという交渉も持ちかける気でいたのだが、魔道書達が姿も見せなければ応えもないこの場ではそういう案件は切り出しにくく、どうしたものかと固まって相談していたところだった。
「……そんな本達を絶対読みたいから、俺は諦めねえ!」
 力説していた鴉が、ちょっと一息つこうと声を止めた時だった。急に、どこからか小さなひそひそ声が聞こえてきた。
 ――どう……これ見ても……思う?
 ――こんな……でしょ。……どう出るか……
 声が低すぎて、ところどころしか聞きとれない。誰の声なのか分からず、鴉が辺りを見回していると、キイィ、キイィ……と、何か錆びついた鉄のものが動く音がした。
 結界で、向こう側の見えぬ虚空の闇。そこから、急に何かの影が近づいてくる。一瞬身構えたが、キィキィと音を立てて近づいてきたのは、ひどく古びて、今にも壊れそうな鉄製の図書用ワゴンだった。
 誰かに向こう側から押し出されて、こちらに流れてきたという感じで、のろのろと自然に、鴉の前で止まる。
「何だ、これは」
 錆の酷いワゴンの上に、寸法も装丁も不揃いの、数冊の本が乗っている。鴉はそれらを手に取り、背表紙に目を走らせた。
「……『鬼畜農夫とヨウガンガガイモの摩天楼決戦』、『33世紀の経済的オーバーレイを思索する』、『成功者99の寝言』……」
 なんだなんだと、周りも寄ってきて、本のタイトル確認に加わる。
「『メテーリアはボジカンヌを心理的にパンプアップしない・上巻』……なるほど分からへん」
「『ロボット掃除機は電気オカピの夢を見るか』……どこかで聞いたような」
「ふむ、個性的な装丁だな……『実録・家政婦に見られた!』とな」
「……『港町の味・世界の魚介ジェラートを食べ尽くす』」
 要するに、「ここにはこんな感じの本がごろごろしていますが? 例を見せますがこれでも読みたいですか?」的な、魔道書達からのレスポンスに違いない。そう、一同は結論付けた。
 どこか装丁も安っぽいし、奥付を見ても版を重ねた様子もない。が。
「関係ねえよ! そこに活字があるなら読めばいいんだ!」
 鴉が息巻いて叫んだ。
 横で垂が古びたワゴンを見て「誰だよこんなの出したの! 片付かないだろうが!」と憤慨していた。