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絶望の禁書迷宮  追跡編

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絶望の禁書迷宮  追跡編

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序章

 書庫の入口には、魔道書『リピカ』とエリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)が、互いに神妙な面持ちで立っていた。
「……とにかく、すぐには何とも言えないですぅ。調べてみないとぉ」
 膨大な魔道書の灰と融合し、その灰から元の書物を再生する異形。そんな存在は、エリザベートは聞いたことがなかった。「死にきれず生きてもいない」という彼をどうにか、今の盲目的な作業を繰り返すだけの心のない存在から解放、変容させてやれないものか――どうしてもそれしか手立てがないのなら、この世から葬る手段であろうとも――。そのような相談をいきなりリピカから持ちかけられても、すぐに出せる答えはエリザベートにはなかった。
「そうですか……契約者の方なら、何か、我々にない知識があるのではないかと思ったのですが……」
 リピカは沈んだ表情で、流れ落ちる長い銀髪を揺らして俯いた。
「それならそれで、もっと素直に頼ればよかったですぅ。少なくとも天井を崩して道を塞ぐなんてことをせずに」
 エリザベートの言葉に、リピカは驚いたように顔を上げた。
「天井を……? 何の話です?」
「とぼけるんじゃないですぅ! 扉から入ったすぐ後、衝撃波で天井崩して書棚まで倒して道を塞ぎやがったでしょうがぁ!」
「私たちが……? まさか! 私たちはそんなこと、しません!!」
 崩れ落ちた天井や倒れた書棚もすっかり運び出されたがらんとした空間を、リピカは呆然と見渡した。
「……貴方がたが、結界を崩すために重機でも入れようと、ここをこんな風にがらんどうにしたのだとばかり……」
「重機で結界が崩せるとかアホかバカかですぅ!! ……本当に、あんたたちがやったんじゃないんですかぁ?」
「当然です。この部屋にも本はあったでしょう? ……!! あの本たちは、無事なんですか!?」
「……損傷はほぼなく、全部回収したですぅ」
「そう……ですか。よかった……」
 確かに、書棚の中には本があった。人の身の安全はどうであっても、同胞たる書物は危害から絶対に守る、ということか――。何だか鼻白む心地だが、この期に及んで結界内に危険が迫るのなら房から蔵書を搬出してほしいと願うような彼らの言動からは、矛盾していない。あの時、『パレット』が自分に忠告して扉を閉め、直後に崩落が起きたから、てっきり彼らの仕業だと思ったのだが、よく考えれば印象に惑わされたとも言える。
「私たちは結界に自信を持っていましたから、本のある部屋を壊してまで道を塞ぐ必要はありません。事実、貴方がたが道(トレイル)を開けたのは、侵入者の足跡があったればこそでしょう」
 必死に言うリピカだが、正直な心情だとしてもちょっと鼻につく言い方になっているのは否めない。それを指摘してやろうかと一瞬エリザベートは思ったが、そんなことより真実の方が気になった。
「けど、扉の向こうから衝撃が迫ってくるような音がして、それで震動が来たですぅ」
「私たちではありません。まさか、司書が暴走して……いや、それだったら、パレットが気付かないはずがない。もしかして……」
 リピカの独り言のような語尾が切れ、しばしの沈黙の後、二人は顔を見合わせた。
「エルド・ダングレイ……の野郎、ってことですかぁ〜〜〜!!」
 恨みを込めて唸ったエリザベートに、リピカは懸念げな瞳を向けた。
「彼は、貴方がた契約者の追跡を想定して、仕掛けていったのでしょうか。だとしたら……」
 エリザベートが開いたトレイルの入口を見、リピカは表情を曇らせた。
「そのような仕掛けを施しながら進んでいるかも知れません。司書の魔力弾に、彼が仕掛ける置き土産……私が言えた道理ではないですが、契約者の皆さんに降りかかる危険は計り知れません」
「マジで道理じゃないですぅ。助けろと泣きついてきたのはそっちなんだから、ごちゃごちゃ言わずに任せていればいいですぅ」
 ふん、と強気に鼻を鳴らすエリザベートを見ながら、リピカは重苦しく息をつく。
 外部の者を巻き込まないと決めたパレットの方針を無視して、自分の独断で助けを求めたのは事実だが、それは灰の司書に現状以上の適切な処遇がないかを相談したかったのが主で、その処遇を見つけることでひいてはパレットが自ら滅びを選ぶことに歯止めをかけられないかと思ったからだった。いわば結界の隙間を無理やりこじ開けて作った、物騒な魔力の吹き荒れるトレイルに、多くの人間を送ることには正直気乗りしない。けれど、それに代わるどんな手立てがあるのかと言われれば、口をつぐむ他はない。結局、エリザベートの裁量に任せるしかなかった。
「契約者の力を舐めるんじゃないですぅ」

 もうすでに、何人もの契約者が、トレイルに入っているのだった。