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黒の商人と封印の礎・後編

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黒の商人と封印の礎・後編

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「全く、キリが無いな……」
 樹月 刀真(きづき・とうま)たちは、レキ達から少し離れたところで残った魔物の相手をしていた。
 だいぶ数は減ってきているとはいえ、倒しても倒しても魔物が沸いてくる。塔へ向かった面々が帰りに通るとき、このままでは厄介だ。少しでも帰途の安全を確保しておきたい。
「でも、ちゃんと数は減ってるよ」
 剣の結界を生じさせながらラスターハンドガンを構えるのは漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)だ。相手に近づかせないようにしながら、ホークアイで確実に狙い、魔物達を沈黙させていく。
 また、刀真を挟んだ反対側では、刀真のもう一人のパートナー玉藻 前(たまもの・まえ)が、ブリザードを連発して人食い花と巨大キノコを無力化して居た。
「焼き払うなとは、なかなか厄介だの」
 金毛九尾から放たれる氷の刃が、次々と有害な植物たちの動きを止めていく。涼しい顔で悠然と強力な魔法を連発しているが、しかし先ほどからずっと戦闘が続いている。精神力は正直なところ、限界に近かった。
「ふう……あと少しか?」
 思わず玉藻の口からため息が漏れた。と、その隙に新たな人食い花が木々を掻き分けて姿を現す。なんの、とすかさず氷を叩きつけようとして――
「む……?」
 玉藻の表情が曇る。念じても九尾が反応しない。氷の刃を放つことが出来ない。
 精神力が尽きたか、と舌打ちするが、時既に遅し。玉藻が狼狽えた隙を狙い、人食い花がしゅるしゅるとツタを伸ばしてくる。
 すぐに意識を切り替え、懐から魔道銃を取り出そうとする玉藻だったが、一瞬遅かった。ツタが玉藻の体を捉え、そのはずみで玉藻は取り出し掛けた銃を落としてしまう。
 しまった、と明らかに玉藻の顔に焦りと苦渋が浮かぶ。が、見る間に手足を絡め取られて仕舞い、抵抗出来なくなってしまう。
 さらに悪いことに、タイミング悪く通りかかったキノコの胞子を浴びてしまった。意識が朦朧としていく。
「玉藻!」
 パートナーの窮地に気付いた刀真が、玉藻の名前を呼ぶ。しかし、ツタに絡め取られ、ぐったりとした体は何も反応しない。
 刀真の顔に焦りと怒りとが浮かぶ。そして、強く地面を蹴った。
 温存など考えず、全身の力を込めて神代三剣を放つ。人食い花はひとたまりもなくはらはらと切り刻まれ、ツタは途端に勢いをなくす。
 その隙間から、刀真は金剛力の宿る右手で玉藻を引っ張り出した。
「玉藻、玉藻!」
 大丈夫か、と揺さぶると、玉藻の目がうっすらと開く。
 そして、とうま、と小さく唇が動いたかと思うと、白い腕がすうっと伸びて刀真の首に巻き付く。
 いつもの玉藻らしくない、縋るような抱きつき方に、刀真は一瞬面食らう。けれど、まるで甘えるように頭をすり寄せてくる仕草が愛おしくて、追撃を掛けてくる他のツタを剣であしらいながら、片手間によしよし、と玉藻の頭を撫でてやる。
「俺が傍に居るから、安心しろ」
 あやすように刀真が言ってやると、玉藻は安心したとでも言いたげに、首に回した腕に力を込めた。
 本当に、玉藻らしくない。けれどそれが無性に可愛らしく、愛おしい。子どもをあやすように頭を撫でてやっていると。
 すこん。
 良い音を立てて、当麻の後頭部に銃がクリーンヒットした。投げたのは月夜だ。
「真面目にやれっ!」
 むぅ、と瞳に怒りの炎が燃えている。自分だけ真面目に戦闘して居ることに対する怒りか、はたまた、嫉妬か。いずれにせよ、怒らせておくのは得策では無い。
「スミマセンデシタ」
 刀真は素直に頭を下げて、やんわりと玉藻を離し、しかし大切に背中に庇う。
「離れるなよ」
 刀真に庇われた玉藻は、こくんと素直に頷いた。戦おうにも精神力は底をついている。大人しく庇われている以外、玉藻にはどうしようもない。
 刀真は玉藻を背に庇ったまま、再び魔物達に向かって剣を振り上げる。


■■■■■


「階段の守護者、ってところかな……」
 塔の三階。四階へと上がる階段の手前で、一行は足止めを喰らっていた。
 彼らの前に立ちふさがって居るのは、一匹のキメラだ。狼の頭とライオンの頭、馬の胴体から生えた尾は蛇の頭。基本的なキメラとはやや構成している獣が違っているが、合成獣であることに変わりは無い。厄介な相手だ。
「先の事を考えると、あまり消耗はしたくないところですね」
 キメラと対峙している一人、御凪 真人(みなぎ・まこと)が苦い顔をする。
「けれど、温存しすぎて長期戦になっても厄介です。さっさとケリをつけてしまいましょう」
 そう言って得物を構える真人を、トマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)が制する。
「ちょっと、待って下さい。僕達がキメラを何とかする。皆さんは、先に備えて温存を」
「そう言ってくれると助かるよ。でも、黙って見てる、ってのもね」
 言いながら、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)も一歩前に進み出る。
「君たちメイン、俺たちサポート。どう?」
「うん、それで行こう」
 気障な口調で提案するエースに、トマスも頷く。それを合図にいて、トマスのパートナー達が前線に立った。
 トマスは深く深呼吸して、目の前のキメラを観察する。あちらもこちらの様子を伺って居るようで、いまのところ、飛びかかってくる気配はない。が、まさに一触即発。
「魯先生はライオンの頭と戦って。テノーリオは狼の頭。ミカエラは蛇をお願いするよ」
 僕は胴体を、とトマスが手早く指示すると、トマスのパートナー達は静かに頷き、それぞれの相手に視線を定める。
「行こう」
 合図と共に、エースが光精の指輪を取り出して高く掲げた。辺りに一瞬強烈な光が満ちて、キメラ達がぎゃおぎゃおと吠える。
 その隙に、トマス達はキメラの懐に斬り込んだ。
「気をつけて、炎を吐くかも。奴が一般的なキメラなら、だけど」
 トマス達の背中に向けて、エースのパートナーであるメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)が持ち前の知識を生かしてアドバイスを投げかけた。メシエ自身は一歩下がって、後衛に徹するつもりらしい。
 と、メシエのアドバイスとほぼ同時、狼の頭の方が大きく口を開けて、炎のブレスを吐き出した!
 狼頭に対峙していたテノーリオ・メイベア(てのーりお・めいべあ)はもちろん、隣に居たトマス、そして魯粛 子敬(ろしゅく・しけい)も慌てて飛び退る。そこへ、真人がすかさずブリザードの魔法を放った。放たれたファイアブレスとブリザードがぶつかり、逆巻き、ぱきん、と澄んだ音を立てて消滅した。その隙にトマスが馬の胴体に向けてアルティマ・トゥーレの一撃を放つ。蛇を任されたミカエラ・ウォーレンシュタット(みかえら・うぉーれんしゅたっと)がその間にキメラの背後へと回り込んだ。
 これで漸く陣形が整った。七人はキメラを囲うようにして、攻撃の構えを取る。