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黒の商人と封印の礎・後編

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黒の商人と封印の礎・後編

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 戦闘は拮抗状態だった。クロノを取り戻すことに躍起になっている商人は、動きが単調になりがちで、いつもの精彩も無い。また、こちらも確かな実力を持った契約者が複数人。今までは少人数で相対して翻弄されてしまったが、今回はそうはいかない。
 四階を抜けてきたルカルカ・ルーとダリル・ガイザックも合流したことで、戦況は少しこちらに有利だ。
「気持ちは分るけど、それでエーデルが喜ぶと思ってるの?」
 光条兵器、ブライドオブブレイドを振りかざし商人に肉薄しながら、ルカルカは問いかける。しかし商人は答えない。
「優先順位が異なるから、その説得は通じない。唯一無二の存在の為なら自然な話だからな」
 ルカルカの背後から銃撃で援護しながら、ダリルが冷静に突っ込む。
「それで他人を不幸にしても?」
「こいつにとっては些末なことなんだろう」
「その通りです。他の者がどうなろうと関係無い」
 商人はルカルカに向かって冷たく告げると、すっと腕を伸ばして間合いを詰めてくる。剣の間合いを外されて、ルカルカは得物を振り下ろせない。
 と、ふわりと柔らかい感触がルカルカの腕に触れた。かと思うと、あり得ない方向に向かって力を掛けられ、腕が悲鳴を上げる。ルカルカは敢えて逆らわず、投げられる方を選んだ。しっかりと受け身を取って衝撃をいなす、が、それでも背中から地面に叩きつけられて、胸が潰れる。
「つまり、俺達が今考えるべきは、エーデルをいかに解放するか、だろう」
「意見は一致して居るではないですか。ならば早くその少年をこちらに寄越しなさい」
「それは出来ん。第一、この塔はエーデルの肉体でなければ正常に作動しないらしいしな」
「やってみなければ解りません」
「やってみちゃったら、クロノが犠牲になっちゃうでしょ!」
 体勢を立て直したルカルカが、再びフライドオブブレイドを商人に向かって振りかざす。
 このままでは平行線だ。説得は通じそうに無い。
「もうやめにしましょう、シェーデルさん。私はあなたと戦いたくありません!」
 騎沙良詩穂もまた、商人からの攻撃をいなしながら説得を試みていた。
 しかし、他の面々とは違い防御一辺倒だ。攻撃に打って出る気配は無い。
「愛ゆえに何1つ間違わない人がいるでしょうか? 愛する者を失って寂しくない人がいるでしょうか? 詩穂にも愛するひとがいます――だから」
 気持ちは痛いほど解ります、と言って、詩穂は身につけているブローチに視線を落とす。
「けれど、エーデルさんは命を望んでなんか居ない――あなたがしていることは、愛する人を傷つけることになります」
「そんなこと有るはずが無い――エーデルは、私のエーデルは――」
 商人の言葉が少しずつ、冷静さを失っていく。

■■■■■

 その最中、商人と交戦中、という情報は、最上階に居るロア・キープセイクの元から塔の内部全員に伝達された。

「一歩届かず、か……」
 最上階を目指して駆けている紫月唯斗と佐野ルーシェリアの二人は、まだ三階に居た。
 まだ間に合わないと決まったわけでは無いが、しかし戦闘が始まってしまっているならば、やめさせたい。

 また、ネーブル・スノーレインとバステト・ブバスティスの二人は、レキ・フォートアウフや東朱鷺らのフォローを受けて、漸く塔の一階にたどり着いた所だった。
 商人との戦闘が始まったという連絡を受け、肩を落とす。
「ちゃんと……エーデルさんの思い……伝えないと……」
 が、ネーブルは諦めずに通信回線を開いた。情報の発信主に向けて。

■■■■■

 ロアのタブレットPCが、音声通信の着信を告げた。
 ロアは戦況に目を配りながらも、そっと後ろへと下がり、通信を開く。
「どうしました」
「あの……シェーデルさん……あ、商人さんと、お話がしたいの。この通話、伝えられませんか……?」
 発信主はネーブルだ。弱気な声だが、はっきりとした意思が感じられる。
「やってみます」
 ロアはタブレットの音声出力を最大まで上げる。
「……準備は出来ました。呼びかけてみて」
『シェーデルさん!』
 ロアに促されて、ネーブルは叫ぶ。その声は、広い部屋の中で浪々と響き渡る程の大きさにはならなかったけれど、それでもその場に居た人々の耳には届いた。
 商人の動きが、一瞬止まる。
「……何故その名を知っている」
 声の主を探して、商人の視線が部屋中を巡る。そして、ロアが掲げているタブレットの元で止まった。
『エーデルさんから、全部、聞いたの……エーデルさんは、解放なんて、望んでない……』
「……そんな馬鹿なこと有るわけが無い」
『本当だよ……クロノさんを人柱にするって事は……同じようにクロノさんを大切に思ってる人に商人さんと同じ思いをさせる事になるんだよ……?』
 タブレットから聞こえるネーブルの声に、辺りはしんと静まりかえる。
 商人だけが一人、狼狽えていた。
「他の者がどうなろうと……知ったことでは無い。エーデル、私のエーデル……待っていてくれるのだろう……」
『本当になんと勝手な男か! 恋人の思いも知らずに騒動を起こして……これで恋人とは呆れたものだ! 一方通行な思い等、迷惑千万だ!』
 狼狽する商人、シェーデルの言葉に、突然タブレットから罵声が飛んできた。ネーブルの隣で通信越しに会話を聞いていた、バステトの声だ。
 もしもこの場に居たならば、商人に飛びかかっているだろう勢いだ。
「エーデルは私を待っていてくれる! そうだ、必ず待っている……!」
 シェーデルは我を失い始めていた。装置に向かって縋るような視線を投げかける。
『馬鹿野郎が!』
 と、別の方向から、また別の通信越しの声が響いた。唯斗だ。
『エーデルは他人を犠牲にしてまで助かりたいと思うのか!? 違うだろう! ここまで間違ったお前を、それでも助けてくれと言う女がそんなヤツな訳ないだろうが!』
「私は……私は……!」
 唯斗の声に震えるシェーデルに、唯斗は畳みかけるように続ける。
『お前がやる事は一つだ! 誰も悲しませずエーデルを救う為にナラカと繋がる道を塞ぐ方法を見つけ出せ!』
「そんな方法があるならとっくにやっている――!」
 シェーデルは激高する。再び飛びかかってきそうな勢いに、一同の緊張が高まる。

「話は聞かせて貰ったぜ」

 と、そこへ足音高く現れたのは、白津 竜造(しらつ・りゅうぞう)だ。
 巨大な梟雄剣ヴァルザドーンを担ぎ、のしのしと階段を上がってくる。そして、商人と契約者達の間に割って入る。
「商人さんよぉ。てめぇの願い、どんな『代償』と引き替えにしてでも叶えてぇか?」
 じゃきん、と重たい金属音を立てて、ヴァルザドーンを商人の鼻先に突きつける。
「当たり前だ! 私は、私は、エーデルを取り戻す、なんとしても……」
「なら話は早ぇ。そんな装置、さっさとぶっ壊しちまえ。そこの坊主も無事、てめぇは恋人を取り戻す、これで八方丸く収まるじゃねぇか」
 にたり、と笑う竜造の言葉に、契約者達の方がどよめいた。
「そんなことさせる訳にはいかないわよ、ナラカへの道が開いちゃうじゃない!」
「ああ、上等だ。ナラカに全てを奪いたい女(やつ)が居るんでね……なんとしてもやり遂げてもらうぜ、商人さんよ?」
「させません!」
「ふ、ふははは……そうか、そうだ、簡単な事では無いか――」
 狂ったように笑い出すシェーデル。
 ふらふらと装置へ向かう彼を止めようとする契約者たち。
 その契約者たちを止めようとする竜造。
 三つの思惑が入り乱れ、最上階は大乱闘の様相を呈した。
 ヴァルザドーンを振り回す竜造に対して、ルカルカが接近戦を仕掛ける。大剣と光条兵器とがぶつかり合い、重たい衝撃が両者を襲う。
 その隙に、詩穂と真人が商人に攻撃を仕掛ける。セレンフィリティとセレアナ、レリウス達は回り込み、装置の前を固める。
 入り乱れての大立ち回りは、しかしそう長く続かなかった。

 そこに居る全員の情報機器が、一斉に着信を告げるサインを鳴らし出した。