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リアクション
1/ 夢旅人
少女の口から甲高い悲鳴が上がったのは、なにもこのハロウィンパーティ会場に無数の幽霊たちが満ち溢れて、当たり前のように立ち働いているからというわけではけっしてない。
「ちょ、ちょっと! な、なにしてるのよっ!?」
彼女が──夏來 香菜(なつき・かな)が素っ頓狂な声を上げて吸血鬼の扮装をした全身をばたつかせたのは、後ろから突然に抱きつかれたから。
抱きついてきた宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)の両掌が狙ってか偶然か、しっかりばっちり、彼女の両胸を包み込んでいたからだ。
「いーじゃない、減るもんじゃなし。あ、減るほど無いって意味じゃなくてね? やー、香菜もルシアも、よく似合ってるわあー」
「だー、かー、らー!」
あわあわしている香菜を尻目に、祥子はまったく動じる様子もなく、そこにいる面々を見回す。彼女へと、抱きついたまま。
ルシアはなかなかダイタンねー、なんて言いながら。香菜のことを、一向に放そうとしない。
その様子に、ルシア・ミュー・アルテミス(るしあ・みゅーあるてみす)も、ミュリエル・クロンティリス(みゅりえる・くろんてぃりす)もぽかんとしている。
「……なにやってんだか」
揉まれる……いや、揉めるふたりに、エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)もまた、やれやれと呆れたため息を吐く。
知った顔を見つけて話し込んでいたのは、こちらなのだけれど。
闖入というか、乱入というか。
「ま、浮かれるのも無理はないか」
パーティ会場の大食堂は、外へと続く扉を開け放たれ、最大限、立食形式の宴席にそのスペースを活用されているにもかかわらず人出でごったがえし、実に賑やかだった。
ひとまずは、企画したやつは大成功に喜んでいるだろうな、と思う。
「──ん?」
飲み物を呷り、嚥下しようとした、そのときだった。
全開に開かれた、外へと続く扉の向こう。いくつか並んだ野外テーブルの合間に、なにやら、ビデオカメラを構えた連中の姿が見えたのは。
どうやら、エヴァルト以外にもちらほら、気付いた者たちもいるようだ。
会場の様子を撮っているにしては、見当違いの方向へとレンズが向けられているように見える。
「……何、撮ってるんだ?」
率直に、心に浮かんだ疑問にエヴァルトは首を傾げた。
「いい加減にー……しなさいったら!!」
直後、真っ赤になった香菜の叫びがきんきんと、彼の鼓膜を側面から、駆け抜けていった。
*
この場では、仮装必須。それが参加条件──だから、というわけではない。
「キロスくんのぉ……ダイブショー!!」
そういう理由がなくとも、彼はゴム長に、ビニールのエプロンに、鉢巻きに。つまるところ、漁師の恰好をして、やたらドスの効いた低い声をつくって、カメラの前に立っている。
仁科 耀助(にしな・ようすけ)は、そうしている。それが自分の役目だから。そしてそれを、大いに楽しんでいるから。
彼の指先が、食堂の屋根の上を指し示す。
そこに仁王立ちしているのは、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)。そして、彼女が非物質化をしてまでわざわざ運び上げた、巨大なカタパルトが乗っかっている。
カタパルトに固定されているのは、小さな手漕ぎボート……つまるところ、カヌーである。『黒船』なんてでかでかと白ペンキで描かれてはいるけれど、どう見たってそれはカヌー以外のなにものでもない。
そして、そこに押し込められた──簀巻きの、キロス・コンモドゥス(きろす・こんもどぅす)。
「えー……と? これ、は? マジでやるのか?」
「もちろん」
戸惑いがちに、それでもしっかりばっちり、彼の身体はカヌーの中にすっぽり納まっていて。
「……いいんですか?」
カメラに見切れてしまわないよう、画面外に控えているベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)が、他の多くの野次馬たちと同じようにその様子を見上げながら、言う。
大丈夫、いいんです。耀助がサムズアップとともに応えを返す。
「これ、今回の企画を編集して一本のビデオにするときの前枠後枠だから。この学校の広報用ビデオで使うために」
どーんと、ド派手にいかないと。
「はあ」
だったらなおのこと、こんなのでいいのだろうか?
普通、本筋の前後って、これからこんなことをやるよ、とか。実はこういうこともあったんですよ、とか。導入や補足を噛み砕いてわかりやすく伝えるために使うものなのではないのだろうか。
疑問顔のまま、曖昧にベアトリーチェは耀助へ、カメラの画面外から頷き返す。
「さて、それでは! 皆でせーので、『キロスくん、お願いします!』とハモって唱和のほうお願いします」
そしたらあいつを乗せたカヌーが屋根の上からカタパルトで盛大に撃ち出されますから。
準備、OK? 耀助の振った手に、問題なしと、美羽が満面の笑みで手を振り返す。
いつのまにか、キロスの口許には猿轡。
もはや反論すら許されないってか。
タイムキーパーが、ストップウォッチから顔を上げる。どうやら、もうそろそろらしい。
「本当に……いいんでしょうか?」
その、合図のために挙げられた右腕を見ながらも、それでもやっぱりベアトリーチェに疑問は尽きなかった。
本当に、いいのかなぁ。
尤も──一番疑問を感じているのは、カタパルトの上に乗せられている、他ならぬキロス本人であることに間違いないのだろうけれども。
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