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ハロウィンパーティー OR ハードロケ!?

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ハロウィンパーティー OR ハードロケ!?

リアクション

 
3/ 川
 
 
〇月某日(エリュシオンロケ開始より四日前) 
10:44 コンロン 渓流地帯
 
 
「もう、来ないから。絶対。二度と、来ないから」
 
 騎沙良 詩穂(きさら・しほ)は、ぼやいていた。
 不満のひとつふたつ、いや、十や二十、言いたくもなる。
 ここは、川の上。そこにぽつりと数隻浮かべられた、カヌーの上。文明なんてもう、スタート地点の集落にとっくに置き去りにしてきた自然以外なにもない土地である。
 つまり。女の子的には、非常にキツいのである。
 シャワーもない。お風呂ない。トイレもない。いるのは大量のやぶ蚊ばかり。こんなところを何日も、川下りをさせられているのだから。
 
「なーんーでっ! こんなこと、させられてるのーっ!?」
「……俺に訊くなよ」
 
 眉間に皺を寄せ、唇を尖らせて。ふたりのりのカヌーの後部座席から、前に向かい怒鳴る。
 彼女の声を背中に受けて、前部座席でぼそりとキロスもまた、ぼやく。
「こんなとこ、何日もいられないよぅ……」
「既に何日も漕いでるじゃないか……」
 
 なんとかなりませんか。
 なんともなりません。企画開始時に、スタッフ陣とふたりはそんなやりとりをした。
 百鬼夜行を、川下りしながら探すって。現地のガイドさんだって「見たことねえ」「何それ?」とぽかんとしていたっていうのに。
 
 ……ほんとうに、いるのか? 百鬼夜行なんて。
 
「だからさっきから言ってるじゃない! キロスくんたちが河童だのカワウソだのコスプレして川に飛び込めば、撮影それで終わりでしょう!?」
「アホかっ!? 死んでしまうわ!!」
 
 ※水温がとても低いのでこの川は五分以上浸かってると死にます。
 
 ああだこうだと、言いあい怒鳴りあうカヌー上の両者。
 お互い、強引に連れてこられて漕がされているという点では同じ、被害者同士のはずなのに。
「大体な、俺ここ二回目なんだよ!! ロケハンだ、準備だー、とかで連れられてきて!!」
「えっ!? ……そ、そうなの?」
 流木を発見、右に漕いで、ぶつかればただでは済まなかったであろうそれをかわす。
 さすが、二度目というだけのことはある……といっていいのだろうか、キロスのパドルさばきはたしかに、詩穂のそれよりも機敏だった。
「そーだよ! なんかしらないけど、ゴール地点あたりの荒地開墾させられて、野菜植えさせられたんだぞ!? 丸一日かけて朝から晩まで、涼介のやつといっしょに!!」
 
 涼介って、涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)? ──詩穂の頭に浮かんだ名前と顔は、事実正解だった。
 
 このロケの、おおよそ三週間前。いきなり連れ出されたキロスは、ただいま現在カヌーを漕がされているルートをやはり一度、涼介とともに川下りさせられて。
 たどりついたゴール地点で、「料理に使うから」と野菜をつくらされた。
 そして、涼介は「お前野菜の世話しろ、スタッフ足りないから」と作物の番という名目で掘立小屋に今も取り残されている。
 これはもう、一種の監禁と言っても過言ではない。
 
「要するに! 俺は拉致され! あいつは監禁されてんだ!! わざわざもう一回スタートから漕ぎ直せってどんな罰ゲームだ!?」
 キロスの怒鳴り声を、胸元のピンマイクが拾う。
 彼の現状、おみまいされた惨状に言葉を失って顔をひきつらせている詩穂の乾いた笑いもまた。
「はーい、そこ。ぼやかなーい」
 そんな彼らの状況に対し、感情を逆撫でするような無情な声が、併走するモーターボート上からスピーカー越しに響く。
 
「うるせえよ着ぐるみ」
 
 ボートの先端に仁王立ちしたピヨぐるみのその姿は、レティシア・ブルーウォーター(れてぃしあ・ぶるーうぉーたー)。会話を遮って割り込んできた彼女に、キロスは悪態を返す。しかし、カヌーとモーターボート、水上においてその力関係はあまりにも明白であり。
「大体、なんだよこの恰好」
「ハロウィンですから」
 結局のところ、愚痴るくらいしか抵抗の手立てが彼らにはないのである。
 キロスの着せられている服装にしたってそう。なぜだか彼がこの旅の間じゅう身に纏っているのは、レストランのシェフなんかが身に着ける調理着……胸元にスカーフを巻いた白衣。
 その、動きにくい恰好で、彼はカヌーなんぞ漕ぐ羽目になっているのだ。
「文句言わないでくださいよぉー……プロデューサーの言うことは絶対、ですぅ」
「はぁ? 誰が?」
 レティシアの少し後ろ、彼女の脇に控えている、今回のスタイリスト担当。ミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)に渡されて、他に衣装はないなんて言うもんだから、言われるままに着てはいるけれど。
 キロスの側としては無論、疑問は尽きない。他みたいに思い思いのコスプレ衣装じゃあダメだったのか?
「あたし」
「……は?」
 えっへんと、胸を張るレティシア。彼女の脇からひょっこりと顔を出して、耀助があとの言葉を継ぐ。
「あー、言ってなかったっけ。彼女が今回の企画の発案者。プロデューサー」
「んで、耀助さんがチーフディレクターですぅ」
 ねー。ハイタッチするふたり。
「……マジか」
「だから、あたしがルールなんですぅ」
 
 絶句する、シェフ。いやさキロス。
 言って、また胸を張る着ぐるみ。
 
「みんなも、もう少しなにか不満とか文句とか言おうよー……」
 レティシアがプロデューサーだったなんて、一切そんなこと聞かされていない。というか、ルールって。そんなにプロデューサーってえらいの?
 同じく言葉に詰まっていた詩穂がようやく我に返り、やや後方のカヌーに向かい言葉を投げかける。
 しばし、返事はない。だがやがて、ぽつりと、
 
「……えーと。悠里ちゃん、なんか私たちより景色とってるほうが多くない?」
 
 そんな佐野 ルーシェリア(さの・るーしぇりあ)の声が、マイクに乗って一同に届いた。
「そこ!? そこなの!? もっとあるよね!?」
 ルーシェリアの呟きは、モーターボート上でカメラを回す佐野 悠里(さの・ゆうり)へと向けられたものだった。
 確かに、ルーシェリアの指摘どおり、悠里のカメラが見つめる先は川面には、そこに浮かぶカヌーにはなかった。
 全員が見た、そのレンズの矛先は──明らかに彼女の手にしているカメラは、両岸に広がる風光明媚な山々のほうに向けられていたから。
「んっ?」
 おもいきり、風景を撮影することを満喫していたのである。
 つまり、たった今までのやりとりのあれこれがまるっきり、画面の外。
 きょとんと、皆からの視線に気付きカメラから顔を離した悠里は、しかしひととき、面々を見回した後。
 まあいいか、とでもいうようなそぶりで再び風景撮影に没入していく。
 
「──それでいいの、悠里ちゃん……?」
 
 せっかく漕いでるんだから。きちんと撮ってくださいよ、ええ。
「あっ」
 そんな、なんとも微妙な弛緩した空気が流れかけたそのときである。
「えー。カヌー漕いでるみなさーん、一大事でーす」
「今度は、なんだよ?」
 一大事と言っている割に、レティシアの声音は剣呑なものだった。
 なんだ、なんだ。どうせ大したことじゃあないんだろう。思いながら、一同耳を傾ける。
「今日の昼食予定地、通り過ぎましたー。悪いけども漕いで少し戻ってくださいですぅ」
「はあ!?」
 頑張って漕がないと、流されますから。
 しれっと言うレティシアに、文句を言う暇もない。
 
 彼らはただひたすら、川の流れに逆らい進む、キングサーモンとならざるを得なかった。
 

 
  
十月某日 ハロウィンパーティ会場
 

 キロスが、詩穂が。そしてルーシェリアが、必死になって目いっぱい、カヌーを漕いでいる。それぞれ、お昼御飯が抜きなんて事態に、ならないため。その様子が、大画面のモニターへと一杯に、けれど地味な絵面で上映されている。
「いやあー……よくやるなぁ」
 パーティ会場の隅。皿の上のオードブルをつつく御凪 真人(みなぎ・まこと)には、この会場で一番そこが居心地がよかった。
 人ごみというのは、どうもやはり苦手だ。その中に入って行って自分も一員となるより、こうして一歩離れたところからゆっくり、眺めている方がいい。
 真人をここにひっぱって来たセルファはといえば、友人たちと談笑しながらも時折こちらを見て、「せっかくなんだからあんたもこっちきなさいよ」と、なんだかちょっぴり不満そうではあるけれど。真人の性分は、彼女だってわかっていることだ。
「ま、苦手なんだから仕方ないですよね──……ん?」
 その、セルファたちのところにこっそり、背後から迫る影、ふたつ。
 
「トリックオア、トリート!!」
「ふあっ!?」
 
 香菜が祥子にそうされているように、後ろから抱きつかれたのは、ルシアだった。
 なんだなんだ、セルファが闖入者に向かい、振り返る。
 その顔に伸びてきたのは──マジック。さらさらと、セルファの頬に、左右三本ずつ、猫のヒゲが書き込まれて。
「え。ええっ!?」
 されたことを理解して、セルファが目を瞬かせる。
 どちらもトリック成功といったところか、彼女らを驚かせたふたりは、顔を見合わせて手を打ち鳴らす。
 
 ルシアに、抱きついた者。北月 智緒(きげつ・ちお)
 セルファに、落書きした者。桐生 理知(きりゅう・りち)
 
「ちょ、ちょっと!? 何、書いて……!」
 慌てて、ごしごし顔を擦るセルファ。
 ルシアも、突然の出来事に跳ね上がった鼓動を抑えようと、胸のあたりを擦っている。
「えへへっ。大成功ー。だいじょーぶだよ、ちゃんと水性のインクだし。洗えばすぐ落ちるし」
 それに、猫ならきちんとおヒゲもないと、でしょ?
 満面の笑みの理知が、はい、と一行にクッキーを差し出す。智緒からは、チョコレートだ。
「お。んじゃ、俺たちからも」
 エヴァルトが、ポケットからやはりチョコレート──どこにでも売っている、普通の品だけれど──を出して、お返しに渡す。
「そっちも。渡しとく」
「あ、うん。ありがと」
 顔に書かれたヒゲを気にしながらも、セルファも受け取る。
 
「食べさせてあげようか?」
「……結構です」
 
 もはや、引き離すのを諦めたのか、その肩口に祥子の両腕を絡みつかせたまま、香菜がため息交じりに、同じように皆のお菓子を受け取った。
 チョコに、クッキー。
「それに……料理、ね」
 ロケ中の面々は、ちゃんと食べていたのだろうか?
 なにげなく思い、呟いた真人の言葉は、たぶん彼女たちの耳には聞こえてはいない。