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ハロウィンパーティー OR ハードロケ!?

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ハロウィンパーティー OR ハードロケ!?

リアクション

 
5/ 対応はフレキシブルに
 
 
〇月×日(ロケ開始より四日目) 
08:00 エリュシオン帝国ジェルジンスク
 
 
 雪は、止んでいた。
 澄んだ空気の広がる上には、太陽が輝いて。その一粒一粒が光を受けてきらきらと輝く、大地に降り積もった雪を溶かし、照らしている。
 その、晴れた朝の雪原を。動く者がある。それは、四角い物体。壁のような、生き物。つまるところぬりかべが──いや、ぬりかべのコスプレをした一雫 悲哀(ひとしずく・ひあい)が、のそのそと、雪をかきわけ、歩いているのだ。
 
「おーい。ビッグフットさん、いませんかー?」
 
 呼んでみたところで、ひょっこり出てくるわけもないけれど。それでも呼びながら、うねうねと雪の中に足跡を刻み歩いている。
「待ってくださいな、悲哀ー?」
 雪の白さの中で、一見すると彼女はひとりにしか見えない。
 しかしよくよく見れば、その少し離れた後ろを、同じ道筋を辿り追いかけて言う白い物体が見える。
 悲哀がぬりかべなら、それは一反木綿。──の、やっぱり着ぐるみを着た、ヴェール・ウイスティアリア(う゛ぇーる・ういすてぃありあ)
 彼女は、悲哀がきょろきょろと周囲を見回している間に、そのあとに追いつく。
 ふたりのすぐ傍には、なにやら小高く盛り上がった丘。
 そこだけやたら不自然に、とってつけたように雪が高くなっているのは、なぜだろう。
 見る者も、彼女たち自身も、そう同じことを思ったはずだ。
「!?」
 そして次の瞬間──その降り積もった雪の一角が崩れ落ちる。
「ひょっとして──ビッグフットさん!?」
 すわ、発見か。目をきらきらと輝かせ、期待の眼差しを向ける悲哀。
 一方、ヴェールは「熊だったら逃げないと」と身構えていた。
 だが残念ながら、正解は彼女たちの想像のどちらでもなく。
 
「ひっ!?」
 
 崩れた雪の向こうには、雪洞が広がっていた。
 その奥から姿を見せたもの、それは。
 
 ──全身、雪まみれで。顔じゅう、つららだらけ。ほんとうに一瞬、ふたりは怪物かと思った。
 向けられたカメラにも無言のまま、少女を一人背負った男。
 そう、もちろんキロスである。
 もごもごと、氷の張りついた彼の口許がなにやら動く。
 ……「生きてる」だろうか? 「助かった」だろうか? それは生憎、彼に出くわしたふたりにはよく、聞き取れなかった。わかるのは、随分辛い目に遭ったらしい、ということだけ。
 彼の脇からひょっこりと、その正体を現したハデスの発明品が、「ドッキリ大成功!」の札を勝ち誇ったように掲げていた。
 

 
 
パーティ会場
現在
 
 
 大画面には、『ハードロケの旅 コンロン編 エリュシオン編 トリック完了』と、勇ましい書体で描き出されたテロップが一面に躍っている。
 ……字面だけはそりゃあ、勇ましいけどさあ。
「……おい、これで終わりかい」
 ようやくぽつりと、エヴァルトの吐き出したその呟きこそがまさに、会場の空気の真理と言えた。
 あんだけ引っ張って、どこまでも茶番かよ。
 香菜も、ルシアも。セルファたちも、ぽかんと口を開けたまま、二の句が継げずにいる。そしてやがて、一同はつい先ほど悠里とともにやってきたばかりのルーシェリアにジト目を向ける。
 企画に参加していた彼女は向けられた冷たい視線に、数瞬迷ってどうにか取り繕う言葉を探す。
 
「い、いやー……ほら、こういうの見越した企画ですし?」
 それにしたって。誰かが、口を開こうとした。しかし代わりに聞こえてきたのは、悲鳴。ルシアと、悠里である。
「──って。今度はあなたたちなのね」
 ルシアは、二度目だ。ふたりはそれぞれ、別方向からいきなりぎゅっと抱きつかれていた。そうした人物を見て、セルファが呆れたように言う。
 右側からルシアに、雲入 弥狐(くもいり・みこ)が。そしてもう一方、悠里には奥山 沙夢(おくやま・さゆめ)ががっちりと抱擁をしている。
「あー。ほら、ふたりとも驚いてる。やめときなって、言っただろ」
 彼女たちのあとについてきたのか、それともルーシェリアを探してやってきたのか。アニス・パラス(あにす・ぱらす)を連れ、佐野 和輝(さの・かずき)がマント姿のコスプレで、一同の前に姿を見せる。
「あ」
「……どうも」
 ルシアがそこにいることに、また抱きつかれて困惑していることに気付き、含むところのある表情で苦笑交じりに、和輝は彼女へ会釈をして見せる。
 そして、ルーシェリアへと問う。
「企画みっつのうちふたつは茶番で終わらせたってのはわかったけど、もう一か所は? どうなったんだ?」
「ああ、それなら」
 ナイスタイミング、渡りに船とばかりに、ルーシェリアは和輝の問いに便乗して身を乗り出す。
 シボラは。シボラの企画はばっちりうまくいったから。
 
「大丈夫、しっかり見れます、極楽猿」
 
 これは、ほんとに──ほんと。
 

 
 
十月上旬(パーティ一週間前)シボラ 
13:00ジャングル地帯 動物観察小屋
 
 
「……大丈夫ですか?」
 どこか具合が悪いとか、と心配顔の杜守 柚(ともり・ゆず)が、膝を曲げて覗き込んでいる。──観察小屋の、虫食いだらけのシーツをかぶせた、ボロい木の二段ベッドの下段に死体のように横になっているキロスの顔を。
 こりゃあ、だいぶんキてるねえ……。カメラをまわしながら、杜守 三月(ともり・みつき)も、しみじみと言う。
 ほら、頑張りなって。頑張って企画成功させたら、モテるかもしれないでしょ? そう言って、励ましてみる。
 
「いやね、もうね、体じゅうがね、痛くってね、大丈夫なわけなくってね」
 
 もうこれでキロスはハードロケ三本目である。なんだかもう、口調までいつもと変わってしまっている。そのくらい、状況と蓄積疲労にやられているわけだ。
 ジャングルの入り口から、初日に六時間山道を歩かされました。
 そもそも、雪山からそこに辿りつくまでの交通機関はやっぱり、夜行バスでした。
 バスの中では尻から肉がひっぺがされて、切り刻まれる悪夢にうなされました。
 ──そんな過酷な体験をこの短期間で重ねられては、キロスならずともこうなろうというものである。
「企画というより、何の罰ゲームだ、これは……」
 無精ひげの浮いた顔で、寝返りを打つキロス。
 もう死んでもこんな企画やらない。これならまだ、生存率の著しく低い戦場に放り出されたほうがマシだとすら思える。だって戦場なら、自分で生き残るために最善の努力が許されるじゃあないか。
 こんな、座して死を待つ……というか死を「どうぞ」と運んでこられるのを椅子に縛りつけられて待たされるだけよりはよほどいい。
「精神的にかなり、追い詰められてますね……」
「いや、それは見ればわかるから」
 彼、眼の下すっごい隈だよ。どこか抜けた柚の言葉に、三月がそう言って返す。
 なんだか、森のほうから、音程の外れた歌声が聞こえてくる。空耳や、気のせいの類ではない。
 たぶんそれは、おおかた木の上のどこかにいるであろう極楽猿に聞かせてトリックを狙おうというのだろう、林田 樹(はやしだ・いつき)の歌声に違いなかった。
 きっと、全力全開の大きな歌声であるのに違いない。だからそれはそこそこ近くから聞こえているようでいて、実際はかなり離れた場所で歌っているはずだ。
 この付近で行われていることであるならば、樹の歌声の破壊力を非常によく知る緒方 章(おがた・あきら)が、皆に注意を促すべく、飛びこんでくるはずだから。
 
 ──と。
 
「やあ、いたいた」
 噂をすれば影、というやつでもないが、その章が小屋の、開け放たれた扉のところにいつの間にか立っていた。
「ダメじゃないか、こんなとこで寝てちゃあ」
「……は?」
 なんだなんだ、まだなにかやらされるのか。半死半生のキロスにはもはや、逃げる気力もなかった。
「さあ、温泉に行こう」
「……温泉?」
 ああ、そういえばそんなものもあったなぁ。野生動物も癒されにくるとか、だったか。
 いいなあ、浸かりたい。疲れ切った身体に染み渡っていくに違いない。
 自分がそこに入っているところを想像し、キロスにはそれがとても魅力に感じられた。
 ……だが。
「きみはウチの太壱くんと一緒に猿の餌になってもらわなくてはならないんだから」
「は!?」
 
 ……餌?
 
 一瞬の長閑な想像なんて、章は容易く粉々に打ち砕いてくれて。
 きょとんとしている柚たちを尻目に、キロスの服の、首の後ろをむんずと掴んでひっぱっていく。
 入り口に向かって。容赦なく引き摺っていく。そして容赦なく「おいでませ極楽猿」だとか言いながらお湯の中に投げ込む気だ。
「待てよ、俺は行くなんて一言も……!」
「おっと」
 ささやかな、言葉の抵抗を試みるキロス。
 小屋の階段を章が降りかけたそこに、なにやら無数の駆け足が登ってくる。
「お、ちょうどいいところに。喜べ、キロス」
「うるせえよ」
 それは今、キロスが一番訴訟で相手取りたい男。耀助と彼の率いるカメラクルーたちだった。
 にべにもなく言葉を突き返しそっぽを向くキロスのリアクションを無視して、喜色満面に耀助は白熱している。
 一体、どうしたって言うんだ。
「ガイドのおっちゃんが。極楽猿のいるところ、知ってるって」
 
 それは──ほんとうか?