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キッシングボール狂想曲

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第3章 救助活動

「うわぁ……」
 みんな、頭に花を咲かせてぐったりしている。
 テラスで、そのカオスな状況を見た佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)はさすがにぎょっとした。花妖精でもないのに頭に花が咲いている人がわんさかテラスに溢れている。今日は嫁に会いにイルミンスールへ来た弥十郎だったが、帰ろうとしてテラスを通りかかった時にとんでもない状況に遭遇したという……
 その場にいた人から話を聞いて、その花が、魔力でおかしなことになったヤドリギのせいだと知った。
「じゃあ、花が咲いているままだと、衰弱してしまいますよね……?」
 たまたま目の前にいた、頭にマーガレットを咲かせている一人のその花に手を伸ばし、抜こうとしたその時。
「たわけっ」
 突然飛んできた手刀が、その手を叩き落とした。
「いたっ、……て、え、ネオ?」
 パートナーの花妖精・ネオフィニティア・ファルカタ(ねおふぃにてぃあ・ふぁるかた)が、何やら厳しい顔をして弥十郎を見上げている。
「とうしろうが花を抜くんじゃない!」
 普段は余り喋らないネオフィニティアが、かなり怒っているのも気にかかるが、
「あれ、なんで、ここにいるの?」
 ついてきているとは思っていなかったので、まずそのことにびっくりする。それはネオフィニティアが内緒でこっそりついてきたからなのだが、そのことも釈明する気が起こらないほど怒っているのか、
「よいか、頭の中に根っこが残ったら……それこそ、頭の中にお花畑が発生するのじゃ。その意味が分かるのかねぇ」
 その疑問には答えようとせず、どっかの博士っぽい言葉遣いで力説する。
 正直、展開についていけないこともあって、弥十郎にはいまいちピンとこない。そんな弥十郎をよそに、ネオフィニティアは憤然と、花の咲いた人々が群がる光景を見やる。
(花妖精達はみんな、個性的だけど華がある。
 が、このじんこうてきなやつは味けも無い。なんだあのはなわみたいな頭は……)
 一見花妖精のようだが、花妖精の目から見るとまるで違う。この状況をこのままにしておくことは、花妖精の沽券に関わる、と彼は感じていた。――それで。
「君にやれることは、ワシの助手になることじゃ。君の特技が必要になるぞい」
 弥十郎に、訳が分からない主張をまくし立てる。よく分からないが、花を抜くのは花妖精に任せろ、というニュアンスである。『餅は餅屋』みたいなものか、と、飲み込めないなりに納得することにした弥十郎であった。
「で、必要な特技、って?」
 弥十郎が尋ねると、ネオフィニティアはもうすでに、立てないほどぐったりした花籠状態の頭をしているイルミン生らしき一人の傍にしゃがみ込んでいた。
「ワシが花を抜いたら、それでハーブティをつくるんじゃ。それを飲ませれば、吸い取った養分が元の持ち主に戻って、元気になる」
「なるほど。ネオは物知りだねぇ。誰から聞いたの?」
「【異文化コミュニケーション】じゃ」
「え? 【異文化コミュニケーション】?」
「ほれ、次の患者がまっとるぞい。さっさとお湯を沸かせ。あと、美味い菓子も待っとるぞ」
 やっぱりよくわからない、という表情の弥十郎に構わず、ネオフィニティアは【人の心、草の心】と【異文化コミニュケーション】を使って頭の花たちと会話しながら、慎重に抜き始めた。


 イルミンスール大図書館にいたギフトのコード・イレブンナイン(こーど・いれぶんないん)は、騒ぎを聞いてテラスまでやって来た。
「……なるほど、直下に入るのと、攻撃を悟られるのはNG、のようだな……」
 ならば上空から、ギリギリまで戦意を見せずにできるだけ接近しよう、と飛行を開始する。
 球体状に枝が蔓延ったヤドリギの“キッシングボール”は、根元から切り離さなければならないようだがその根の特定が難しい。だが、波動や種子マシンガンといった攻撃はあの“ボール”部分から出ているようだ。――つまり、取り急ぎボールを除去すれば、被害の拡大は止まるだろう。その後で根を探し、見つけたら【真空波】と『メス』で丁寧に切り離す。
(何処まで出来るかは不明だが、やれる所までやるさ)
 味方なしの単独行動だが、不安よりもやらねば、という気持ちが強かった。自分を「家族」と認めたパートナーたちとのレベル差を埋めたい、そのためにも行動を成功させて「実」を得たい。そんな気持ちがあった。
 被害者たちの騒ぎを遠く下に見ながら、ヤドリギの一つに上から近付く。種子の反撃を喰らわぬよう、慎重に『ロングハンド』でキッシングボールを掴もうと試みる。
 だが、思った以上にヤドリギは接近に敏感だった。蔦(つーたん)から剥がす、という実質攻撃に移る前に、種子をコードに向かって射出し始めた。
(想像以上に手強いな)
 マントを盾にして身を守るコードだが、ボールを掴みあぐねて次の手に迷っていた。


「……何があったんだろ、これ……」
 テラスを訪れた杠 鷹勢(ゆずりは・たかせ)もまた、カオスな状況に困惑して立ち尽くしていた。
「イルミンスールだから、何か魔術実験……? いやでもこれはどう見ても、非常事態……」
 混乱して足を止めて呟く鷹勢の隣で、山犬の白颯は頭を低くして唸り声を立てている。霊的な敏感さを備える山犬である白颯は、自分ですでに何か異変を感じているらしかった。そんな白颯の様子に気づいた鷹勢も、この場所にいるのは得策ではないと気付いた。
「行こう、白颯」
 踵を返したその瞬間。

『ギャウッ』
 白颯の悲鳴のような鳴き声が聞こえ、ハッと振り返ると、一人の体格のいい男子イルミンスール生が白颯を肩に抱え上げてヤドリギの方へ駆けだしていた。
「我らが神よ、捧げものを受け取りたまえ――!」
 “狂乱するヤドリギ”の波動を受けて、いもしない樹木神を讃える熱狂に身を任せ、その祭壇(ないけど)に生贄を捧げようとする俄か信者と化した者だった。彼の走る先には、狂ったように叫びをあげ腕を振り上げる仲間がいる。そのうちの誰かが、自前のものらしき大ぶりのナイフを持っているのを見て、鷹勢は顔色を変えた。
「やめろっ! 白颯を返せっ!!」
 駆け出そうとした鷹勢の腕を、誰かがはっしと掴んだ。
「危ないよっ。あっちに行ったら、あなたも正気を失くしてしまう」
 清泉 北都(いずみ・ほくと)だった。
「でも、白颯が……!」
 狂乱状態の人たちによって、何のためとも知れぬ生贄にされ、殺されてしまうかもしれない。
「僕らが助けるから、任せて」
「どうぞ、こちらへ……安全なところにいてください」
 安心させるような声で言いながらクナイ・アヤシ(くない・あやし)が鷹勢の腕を軽く引き、ヤドリギの魔力もそれに取り憑かれ騒ぐ人とも離れた場所に誘導する。
「さて……これ以上近付くと、ヤドリギの範囲内かな」
 北都は、ヤドリギに近付いて急変する人を目撃してから自分なりに割り出した『安全圏内』に位置を取る。白颯を捕まえた人たちの姿を探した。
「【禁猟区】を展開しましょう」
「そうだね、その方が安全だね。……あ、あれだっ」
 北都の目に、山犬の白い体が、何人もの人間の手に掲げ上げられているのが入ってきた。すかさず狙いを定めて、持っていたロープと【サイコキネシス】を使い、白颯の体に素早く巻きつけると一度だけぐいっと強く引いて人々の手を振り払い、こちらに引き寄せた。
 気付いた狂乱状態の人々が、生贄を取り戻そうというのかこちらへ向かって迫ってくる。
「あれは私に任せてください。反対側の範囲外へ押し出します」
 クナイはそう言って、【風術】を展開した。狂乱した人々は向かい風に吹き飛ばされ、ヤドリギの魔力の範囲外に転がり出た。
「ちょっと痛かったかな? ごめんね、大丈夫? 怪我はない…かな?」
 北都は助け出した白颯をロープから外して地面に下ろした。外傷の有無の確認をしながら背の毛をふさふさと分けるように撫でてやると、白颯は北都の顔を見上げ、感謝するように一声、ウォウン、と鳴いた。
「よかった」
 外傷がないのを確認し、北都は安堵して微笑み、大人しく座りこむ白颯をさらにもふもふ撫でた。