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第5章 鷹勢の来訪

 キカミの居室は、ますます人が増えていた。魔道書も増えていた。
「まさか、ヤドリギがこんな厄介事をキカミにもたらすなんてな……」
 魔道書仲間の『ネミ』が、キカミの前で渋い表情で腕組みをしている。彼の「内容」には、ヤドリギは古代において「再生の象徴」とされているとして、深く関わっているところがあるのだ。
「うん……でも別にね、ネミが責任感じる必要はないんだよ……」
 キカミが苦笑交じりに言うと、隣りにいた佐野 和輝(さの・かずき)も頷く。
「そうだな、ヤドリギ全般のことに責任を負う必要はないだろうな。……キカミ、クッションはまだその位置で大丈夫か?」
 先程画太郎が差し入れてくれたクッションを体の側面に当てて体勢を安定させているキカミだが、いつまでもその格好だとそれはそれで固まってしまって体に悪かろう。それを心配して声をかけたが、キカミは微笑んで「大丈夫です」と応えた。
「かぱぱぱっかぱーっ(位置を変える時にはまた言ってくれれば自分がやりますよ)」
 画太郎が(筆談でないと伝わらないが)請け負うと、隣りで戯々子もキュウリを出してキカミに栄養補給を勧める。感動の兄妹再会を経て、『二人揃ってネーブルさんとキリトさんに協力し、今回の事件を解決しよう! 河童の名にかけて!』という力強い意志で団結したらしかった。
「キュウリもいいけど、芋がゆどうだ? 食っとけよ」
 キカミの窮状を聞いて見舞いに来た柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)が、のっと椀を差し出す。
「食いやすいし、栄養もそこそこあるだろ」
「あ、ありがとうございます」
 弱々しいながら嬉しそうに笑ってそれを受け取り、もそもそと食べ始めたキカミを見ながら、恭也はふと切り出す。
「ちょっと気になったんだが、俺から魔力を吸収出来たりしないのか?
 …いや、知り合いの魔道書が魔力吸収をやってたの思い出したんだが」
 その言葉に、キカミはきょとんと恭也を見た。
「もし可能なら、俺から吸収しろよ」
「えっ!?」
「流石に知り合いの仲間が苦しんでるのをただ眺めてる趣味はねぇし。
 …ああ大丈夫大丈夫、こんなんでもサクシードなんでな。
 吸収出来るならガッツリ持ってけよ」
「魔力吸収なんて、キカミはやったことがないから難しいだろうさ」
 いつの間にか、魔道書仲間の一人『姐さん』が、キカミの傍に座っていた。
「何せ、魔道書化してから人間と接するようになって全然日が経ってないからね。吸収する相手なんていない月日の方が長かったんだ」
「じゃあ無理なのか?」
「つーたんを擁しているくらいだから、木の性質を内包している。練習すればできるようになるだろうけど」
「そうなんだ……あたし、自分のことなのに何にもわかってないや……」
「自発的な吸収が難しいのなら、ひとまずは受け身で回復を覚えてみるがいい」
 そう言いながら、禁書 『ダンタリオンの書』(きしょ・だんたりおんのしょ)が近づいてきた。意味が分からず、きょとんとするキカミを見て、「ふむ、随分と衰弱しておるな」と呟くと、
「キカミ、私の持つ加護の一つを、貴様に分け与える。幾分か慣れぬ感覚が身体を巡るだろうが我慢しろよ」
 そうして【聖霊の力】をキカミに使った。聖霊がキカミの精神に働きかけ、
「……どうだ、幾分かは楽になったであろう」
「えぇ……あの、ありがとう……」
「お腹すいたら、おにぎりとサンドイッチもあるよ! あとホットココアと暖かいお茶♪」
 アニス・パラス(あにす・ぱらす)が、食べ物を差し出しながら言う。人見知りな彼女も、『ダンタリオンの書』が一緒にいることもあって、この部屋の魔道書達には怖気づくことはない。精一杯にキカミのためにできることをしようと頑張って、食べ物を作っている。
「まぁ、どんなやり方でも、栄養補給ができればいいさ。今のままじゃしんどいだろ。
 時間かけて魔力吸収を覚えるってなら、それに付き合ってもいいんだぜ。俺も暇なんでな」
 恭也がそう言って、「ま、芋がゆならお変わりもあるから」と付け加えた。
「ありがとう……芋がゆ、美味しいです。そう言えば芋がゆをたくさん食べたかったって人の話、どっかで読んだなぁ……」
「あ、じゃぁ【吸精幻夜】で逆にエネルギーを送るっていうのは出来ないかなぁ?」
 傍らで様子を見ていたティモシー・アンブローズ(てぃもしー・あんぶろーず)がへらへらと話しかけ、
「ちょっと! お試し感覚で無責任なこと言わないで!」
 東條 梓乃(とうじょう・しの)に叱る口調でツッコまれていた。
 そもそも「魔道書がそんなにたくさんいるんだ、面白そうじゃない。良い退屈しのぎになるかも知れないから、一緒にお見舞いにでも行こうか」などというノリでこの部屋にやってきて、弱っているキカミに「ずいぶんたくさんお仲間がいるんだねぇ」などと状況を無視して話しかけたり、見知らぬ人間におどおどと警戒しているお嬢や『リシ』に「ずいぶんおちびさんだけど実年齢はおいくつ?」などと無遠慮に訊いたりしているのでティモシーを見ていて、梓乃はハラハラさせられる。魔道書達から白い目で見られているのではないかと気が気ではない。
「何? やってほしくないの? ヤキモチ?」
 ティモシーがにやにやしながら梓乃に訊く。もう何を言っても無駄だな、と梓乃はそっぽを向いたが、そこでキカミと目が合う。
「……すみません、うちのパートナーがうるさくて……」
「いえ、大丈夫です、けど……」
 キカミはといえば、皆のいろいろな親切やかけてくれる言葉に、有難く思いながらも目を白黒させていた。
 ――今まで仲間の魔道書以外から、こんなに至れり尽くせりの親切を受けたことなどなかったのだから無理もない。

 そんな彼女の戸惑いを少し離れた所から見ていた和輝は、
「……うちのが困惑させていたら申し訳ない。善意なんだがな」
 隣に来ていた魔道書の一人、『リピカ』にそう小声で囁いた。リピカは困ったように小さく笑った。
「いえ、慣れていないだけですよ。ずっと人間との接触を避けてきましたからね。人間に親切にされた記憶も少なかったですから、我々は」
 以前に彼らを巡る事件で会って、彼らが人間を嫌って仲間内だけで結束してきたことは知っている。だが、環境が変わり、少しずつ垣根はなくなってきているのかもしれない。リピカやキカミ、他の魔道書達の様子を見ていて和輝はそう感じていた。
(それにしても)
 何とか、この事態の解決を図りたいものである。そうしないと、以前の事件で引き取った本の状況を伝えてやろうと(本当は魔道書たちの本が読みたいだけらしい)来たはいいがこんな事態になっていて憤慨している『ダンタリオンの書』のイライラがヤドリギに向かって爆発しかねないし、そうなったらどんな二次被害が起こるかもわからない。どのような手段でキカミを救えるか、和輝は考えを巡らせ始める。


「リースちゃーん、鷹勢ちゃん連れて来たわー」
 部屋の入り口から呼ぶ声が聞こえて、リースが駆け寄ると、セリーナとアガレスと共に鷹勢が立っていた。
「あ、えと、いらっしゃいませです、って、私の部屋じゃ、ないですけど……」
 いきおい自分が最初に出迎える形になってしまったのでついそんな言葉が口をついて出てしまって、若干あわあわとしたリースだったが、鷹勢は気にする様子もなく笑って「こんにちは。お邪魔します」と挨拶した。
「その節は大変お世話になりました」
「い、いえ……」
「ここに来るまでにお二人にも話を聞いたけど、なんか魔道書さんが大変なことになってるらしいね」
「そ、そうなんです。あ、あの、お会いに、なります……よね?」
「うん。ぜひ、お見舞いさせてもらうよ」
 言うと、鷹勢は中に入っていって、緊張した様子でキカミや他の魔道書達に向かって挨拶と自己紹介をした。
「あの、初めまして、……」

「お師匠様……」
 緊張した様子でリースは、こっそりとアガレスに呼びかけた。
 アガレスは何も言わず、キカミに挨拶して言葉を交わす鷹勢を見ている。
『ヤドリギからの情報が得られなかったのでは情報不足の感も否めぬが……もしかすると、キカミ殿がパートナー契約をすれば、能力や抵抗力が向上する故、容態が回復するやもしれんな』
 キカミを救うにはどうすればいいのか、というリースからの相談の電話に、アガレスはそう答えた。
 そうして、ここまで鷹勢とともに歩いてきた。彼がパートナーを喪って契約者でなくなったことは聞いている。
 そんな彼は、人の生き死にに敏感になっているのではないかと、アガレスは思う。
 もしも彼が、契約することで救える命があるかもしれないと考えたなら――
 リースも同じ思いなのだろう。アガレスに倣って、二人の言葉を交わす姿を見つめる。
 セリーナは「?」となりながらも、ほんわりと笑顔でそんな二人と並んで、やはり彼らを見ている。


「何か面白いことでも始まるかねぇ、シノ」
「……だから何でそう何もかも興味本位の目で見るのあなたは」
「もしかしてあんた、下世話なこと考えてる?」
「さぁどうでしょう?」
「(……なんかこの魔道書さん、さらっと混じってる……)」
 やはり、キカミと話す鷹勢を見ながらニヤニヤ笑っているティモシーに、ツッコんだ梓乃は、何気に混ざっているシニカルな軽口屋の魔道書ヴァニの姿に一瞬、唖然となった。