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第8章 収束の祝い

 ようやくヤドリギがすべて除去され、つーたんは元通りの大きさに戻って、いつも通りキカミの胴体部分の細ベルトのように巻きついた。寄生された疲労からか、ベルト状態のまま動かないが、キカミによると「回復のための休眠状態に入っているから問題はない」という。彼女の顔もまた、疲れは見えるが解放された喜びで輝いていた。
 事態収束への穏やかな喜びのまま、部屋に集った一同は、キカミのために差し入れられた食べ物と、つい先程キカミを気遣ったものらしいエリザベートから届けられたお菓子とで、ささやかな祝いの宴を開いていた。もともとはキカミのためのものだし、まだ彼女は回復しきってはいないから……と遠慮する声もあったが、ほかならぬキカミが「自分のためによくしてくれた皆と一緒に楽しみたい」と希望を口にした。
 アニスが作ったおにぎりやサンドイッチのほか、河童兄妹のおかげでキュウリがだいぶあった。姐さんが「それだけキュウリがあるなら、英国式にサンドイッチを作ればいい」と言いだし、アニスが自主的に手伝いを申し出た。――人が多くなりすぎて、人見知りの彼女は些か辛くなったのだろう。他のことに専念したかったのだ。姐さんが快諾したので、アニスは一緒にパンときゅうりとバターのある限りサンドイッチを作り続けた。
 そのサンドイッチを美味しそうに食べながら、キカミは様々な契約者たちとの会話を楽しんだ。
 リースやアガレス、セリーナと話をした時、ふとキカミは、鷹勢のことに触れた。単に、アガレスらが鷹勢をここに案内してきたからその話題になっただけなのだが、彼に“ある意志”があれば、もしやキカミに救いの手を差し伸べるのではないか……などと彼らがちらりと考えていたことなど、キカミは知る由もない。ただ、以前彼が経験した辛い出来事の話を聞いて、「大変なんだねぇ、契約者っていうのも…」などと、呑気に呟いただけだった。
「その、キカミさんは……契約する、っていう気持ちは、ないんですか?」
 思い切ってリースが尋ねると、キカミはパンを口から離して一瞬きょとんと彼女を見、それから眉根を寄せてうーん、と考えた。
「考えたことないなぁ……あ、嫌だっていうのとは違うけど。とにかく、人間とこんなに近くで接することができるようになるなんて、つい最近まで思ってもみなかったんだもの。
 昔の自分だったら『絶対無理!』って思っちゃうかもだけど」
 それから、何故かキカミは少しだけ意味深に目を輝かせ、リースに顔を寄せて小声で言った。
「鷹勢さんって、あたしと同じで読書が好きみたいだからなんだか親近感がわくけど……
 あの人、どうやらパレットに興味があるみたいね。
 パレットのこと『読みたい』って思ってるのかなぁ。……パレットを『読めた』人なんて、今までいないらしいけど。どうなんだろうね」
 そしてくすくすと笑った。
「パレットが読めたら、パレットがどんな名前のどういう本だったか、分かるんだろうなぁ」




 そのパレットと鷹勢は、宴の準備ができたからとリピカが呼びに来て、今はキカミの居室の隅、皆からは少し離れた所で二人だけで話している。
「パレット……変なこと訊いていいかな」
「何?」

「言い訳じゃないんだけど、あの時……僕があいつらの口車に乗って案内役になってしまったのは、一度僕が読んでみたいと思ってた魔道書が、あの地下室にある……って聞いたからなんだ。
 君たちに迷惑をかけた僕に質問する資格はないかもしれないけど、聞けるものなら聞きたいんだ。
 君たちの中に、こんな名前の本はいる?」

 続けて囁くように小声で言われたその名に、パレットの目が揺れた。


「そんな本は、ないよ」


「そう……なんだ。やっぱり、あいつらの嘘か……」
「鷹勢は何で、その本を読みたいと思ったんだ?」
「単純に……好奇心かな。きっと、言葉というものを突き詰めた本なんだろうな、って、思ったから」
「……。その本が禁書中の禁書だったってこと知ってる?」
「……聞いてはいる」
「当時の当局の第1級の危険書指定受けてたってことも? とっくに焚書の憂き目にあったって、言われているはずだけど」
「その噂も聞いているけど……実は検閲を逃れて生き延びているっていう噂も聞いたことがあるんだ。ネット上の怪しげな噂だけどね。
 パレットは、その書を知っているの?」
「……知らない、けど、まぁ、生まれた時代がかぶってるから、多少聞いたことがある……だけ」
 パレットは急に、目を険しく狭めて鷹勢を見た。

「鷹勢、俺は聞かなかったことにするけど、その書に興味があるなんて、人に言っちゃだめだよ。
 危険な書に興味を示せば、あんた自身が危険な奴だと思われかねない。
 そうすれば無用な戦いに巻き込まれることになりかねない。あんた、もうあんな思いをするのは嫌だろ!?」

 鋭い語勢と指し示される内容に、一瞬鷹勢の顔が強張る。それに気付き、パレットの表情も翳った。
「…悪い、無神経なこと言って」
「……いや」
「でも、これだけは覚えておいてほしい。――その書に執着するのは愚かなことだ。
 できることなら名前も忘れた方がいい。その方が幸せになれる。絶対にだ」


 遠くから、「パレットー」と魔道書仲間が呼ぶ声がする。
「…じゃあ、俺行くわ」
「パレット……」
 鷹勢の目から逃れるようにパレットは目を逸らし、誤魔化すように、鷹勢の足元にいる白颯の頭を撫でて、パレットは仲間たちの輪の中に戻っていく。
 後ろに視線を感じ、一瞬、包帯を巻いた自分の腕を抱きかかえるようにギュッと、掴む。


「どうして、今になって……!」


 小さく呻いた声は、室内の楽しげなさざめきに紛れて、誰の耳にも届かなかった。