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リアクション
「まったくあの子ったら! 1人で勝手にいつもどこかほっつき歩いてて……寒い冬にわざわざ雪山へ行くなんて、何を考えてたのかしら!」
パートナー明日風からの助けてコールを受け取って、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)は憤慨しながら山道を歩いていた。
周囲はかなりの積雪だったが、この道は山に住むという地元民の生活道なのかよく手入れがされていて、すべらないよう気をつけさえしていれば登るのはそれほど困難ではない。
「釣りをしたいのなら、内海へ行けばよかったのよ!」
「まあまあリカインさん、そう熱くならないで」
どうどう、という感じでなだめようとしたのは月谷 要(つきたに・かなめ)だった。
雪山へ向かっている道中ばったり出会い、目的地が同じと知って、ならばと一緒に向かうことにしたのだ。
「もしかしたら明日風くんもほんとに大変なことになってるかもしれないしねえ」
「こたつに入って猫化しそうになりながらもメールを打ったのかもしれないわ」
と言ったのは、要のパートナーで妻の霧島 悠美香(きりしま・ゆみか)。脇には救出用グッズとして持ってきたキノコハットが抱えられている。
それを見て、リカインははーっと息を吐いた。携帯を取り出し、画面を見つめる。
「……それならそれで、ちゃんと伝えなさいよ、あのコミュ障。ただ「助けて」だけじゃ分からないわよ」
もう少しで無視するところだったじゃないの。
「おかげで何の準備もしてきてないわよ、まったく」
ぶつぶつつぶやきながら、それでも山道を登って行く。
「こっちよ、リカインさん」
やがて坂道でなくなり、平らかな道を悠美香の先導で歩いていくと、3人は開けた場所に出た。
そこには数十のこたつがずらりと並び、エスキモーのようなボア服を着てコロコロした地元民たち数十人が背を丸めて入っている。
ネコミミやネコヒゲを生やした彼らはいずれもにゃんにゃんにゃごにゃご鳴いて(?)いて、とても楽しそうだ。
「いやー、心がなごむねえ」
一見ただの晴れた冬の日の猫集会のように見えて、このままこうしておいてあげたくなる。……氷が溶けて湖に落ちるという危険さえなければ。
「でも、どう見てもここ、ただの雪原じゃなくて湖の上だよねえ」
パッと足元の雪を蹴散らすと、凍った水面が出てくる。
「なんで気付かなかったんだろ?」
「それはまあ、タケシくんのすることだから」
「あー、タケシだもんなぁ。ならしゃーないか」
などなど。ちょっと緊張感に欠ける会話をしていると、リカインがきびすを返した。
「あのなかに明日風はいないわ。
まったくもう! どこにいやがるの? あいつは!」
手間ばっかりかけさせるんだから!
肩をいからせ、憤慨しながら探しに行ってしまった。
「じゃあ俺たちもそろそろ準備しようか、悠美香ちゃん」
「そうね」
別方向から、すでに地元民救出作戦は始まっていた。
彼らの邪魔にならないよう、これはと思う位置に移動して、肩幅の広さで足を開く。
ぐるんぐるん肩を回してウォーミングアップ。
「そんじゃあ始めるよん。
いっけーー! ハイパーねこじゃらしRX!!(今名付けた!)」
チャーラッチャー♪ チャチャチャ チャチャチャ チャラチャラッチャー♪
解説しよう! ハイパーねこじゃらしRXとは、通常時は普通の腕と変わらないが、制御ナノマシンの混在により簡易的な変形機構を備え、彼の意思によって発動、自在に変幻を可能とする月谷要の流体金属製の義腕フリークスを変化させたものである! 右手を10本、左手を10本、計20本の触手に変えて、さらにその先端をねこじゃらしへと変化させる! どこからどう見てもキモいタコ触――ごふんげふん。みごとな技である!!
「やっぱり猫にはこれでしょー!
さあ来い、にゃんこたち! おまえたちがしんぼうたまらんくなってるのは見抜けてるぞーーー!」
うはははははははーーーーー!
「にゃ、にゃんっ」
「にゃはっ」
「ポ……ポポにゃんっ」
「うにゅーーーーーーっ」
ハイパーねこじゃらしRXは、面白いくらいヒットした。
興奮に毛を逆立て、ヒゲとシッポをピーンと立てたこたつ猫たちがこたつを飛び出し、ねこじゃらしへとかぶりつく。
それをカツオの1本釣りよろしく釣り上げては腕をしならせポイポイ後ろへ飛ばしていった。
飛ばされた地元民たちは積雪がキャッチするのでけがはない。
「にゃっ?」
ねこじゃらしにかぶりついたと思った瞬間宙を舞い、気がついたら雪の上という状況に彼らがとまどっている隙に、悠美香がキノコハットを用いて胞子をかけて眠らせていった。
「……こういうのも、夫婦の共同作業って言うのかしらね?」
要の後ろ姿を見やりながらつぶやいた。
だが彼女がそうする間にも、地元民たちは次々釣られてポイポイポイポイ雪原に放り出されていく。
「ちょっと待って要、これはさすがにやりすぎよ」
眠らせた人たちを移動させてる暇がない。それどころか、雪原に放り出された人を眠らせるのが追いつかず、起き上がってこたつへ戻ろうとしている。
「もう少しペースを落として!」
悠美香はあわてて要に言うが、距離があるためか、聞こえている様子はなかった。
ぽすぽす音を立てて、間断なく落ちてくる地元民たち。
「まったくもうっ!」
これはもう、直接言いに行くしかないか。そう思ったとき、ぽんと肩をたたかれた。
振り向くと、落ち着かない様子で周囲に目を配る挙動不審な明日風を連れたリカインが立っている。
「お待たせ。明日風も見つかったことだし、手伝うわ」
そして新鮮な山の空気を胸いっぱい吸い込むと、歌を放った。
それはディーヴァが紡ぐ眠りの魔法。
ヒュプノスの声を耳にした地元民たちの動きがゆっくりとなり、すーっとその場で眠りに落ちていく。
もうかなり遠距離まで離れていて歌声の効きが悪い者たちにはディーバードを向かわせた。
「行きなさい」
リカインの手から飛び立った美しい鳥は優雅に空を舞い、地元民たちの頭上で旋回しながらさえずって眠りへと誘う。
「ありがとう、リカインさん。助かったわ」
「眠らせるのは私が受け持つから、あなたはこたつの影響に囚われないですむ場所まで彼らを移動させて。
明日風、いつまでもそこにぼーっと突っ立ってないで、あなたも手伝うのよ!」
「……うう…」
「ほらっ、しゃんしゃん動きなさいっ」
複雑な表情でためらう明日風を追い立てる。
ボア付きフードを引っ張りながら悠美香の指示で地元民たちを運んでいく明日風の姿にため息をつくと、リカインは歌を再開したのだった。
カル・カルカー(かる・かるかー)たちがたどり着いたとき、すでに地元民救出作戦は始まっていた。
「おー、やってるやってる! 盛況だな!」
ドリル・ホール(どりる・ほーる)がいかにもやんちゃ坊主といった表情でニカッと笑った。
「うむ。ではそれがしたちもさっそく――」
「まあ待て」
手近なこたつへ向かいかけた夏侯 惇(かこう・とん)をカルが止める。
「僕たちはここに着いたばかりだ。まだ何も把握しちゃいない。まずは現状と問題点の把握・確認。対策はそれからだ」
「そうですね。急いてはことを仕損じます。今はカルの采配を待ちましょう」
ジョン・オーク(じょん・おーく)は聖人のようなほほ笑みを浮かべてカルと惇を見た。
彼にそう言われては、惇も前には出れない。神妙にうなずく。
「うむ。分かった」
「そーそー。ヘタに近付くと攻撃されるらしいし。引っ張り込まれて猫になったりしたら大変だからなっ」
ドリルがちゃちゃを入れた。
「もっとも、ジョンだったらすっごい上品で高貴な感じになるんだろうな。夏侯惇のダンナと違って」
ニヤリ。
「むう」
惇はべつに猫にも猫になることも興味はなかったが、しかしそんな言われ方をされては少し面白くない。
「そんなことを言い出すとは、どうやらおぬしは猫化することに興味があると見える。ちょうどよい、あそこに空いたこたつが1台ある。もぐり込んでくるがよかろう」
「え? ちょっと、夏侯惇のダンナ?」
「なんならそれがしが手伝ってやってもよいのだぞ?」
じりじりとそれっぽくにじり寄ってくる惇に、ドリルは血相を変えてあわてた。
「ないないないない! 猫化になんか興味ねーし、なりたくもねえよ!」
手を振りながら後退する。
くすくす笑いをして、ジョンが間に入った。
「2人とも、じゃれ合うのはそれくらいにして。おとなしくカルの指示を待ちなさい。
カル?」
「……うん。思いついた」
カルの思いついた作戦というのは、次のようなものだった。
1.ドリルが特技土木建築を活かしてカッコイイこたつをつくる。
2.全員で追い立てて呪いのこたつから追い出し、ドリルのつくったこたつへ移動させる。
3.こたつごと安全な場所まで移動させる。
「うかつに元のこたつごと移動させようとしたら、機嫌損ねて攻撃されるかこっちまで猫になっちまうかもしれないからな。カルの判断で正しいと思うぜ」
「ありがとうドリル」
「力仕事なら得意だ。それがしも手伝おうではないか。素材集めは任せるがいい」
「では私は元のこたつから無理なく出す算段をしましょう。ひとつ思いついたことがあるのです」
「頼む。
じゃあみんなで手分けして、作業にあたろう」
そして数分後。できた物がこれだった。
「どうだ? 俺のつくったこたつは! 名前もつけたぞ。にゃんこダイスキー猫まっしぐら1号だ」
胸を張るドリル。
しかしほかの3人は、ちょっと微妙だった。
「…………えーと」
「なにやらひどい臭いがするぞ」
「おっ、さっすが夏侯惇のダンナ。鼻がいいねえ。これはここへ来る直前、麓の町の魚屋からゆずり受けてきた発泡スチロールが敷き詰めてあるんだ。新鮮な今日あがったばかりの魚が入れられてたトロ箱だからな、きっと猫にはたまんないぞ。
あ、それからこっちはねこじゃらし。そんでもって反対側には毛糸玉をあしらってある。こたつの中にはほかほか練炭と一緒にまたたびだ。猫は好みがうるさいって言うからな。3つもつけてりゃどれか好みにヒットするだろ」
つまりそういう外観なわけだ。
カルたちが微妙がるのも当然だろう。
練炭であたたまったまたたびと魚のにおいのまじった臭いは、人間の鼻には異臭でしかない。
「なんだよ、その目は。いーんだよ、猫が気に入って入るのが主目的で、人間のためのこたつじゃないんだから」
ちょっと憤慨したように腰に手をあてる。
「ごめんごめん。
うん、すごくいいよ、ドリル。最高」
「だろっ☆」
カルに褒められて、ドリルは格好を崩した。
「それでジョン。どうやってやつらを平和的に追い立てるんだ?」
「追い立てるのではありません。自主的に出てもらうのです」
ジョンの言葉に、全員が驚いた。
「え? でも、あれは呪いのこたつで、出ようとしても出られないんだよ?」
「それは方法が間違っているからです」
「って?」
「ただ力任せに追い立てたり、追い出そうとしても駄目です。こたつの環境を変えない限り、おそらくドリルの猫の好みに特化したねこたつ(猫炬燵)をもってしても不可能でしょう」
「にゃんこダイスキー猫まっしぐら1号だ」
ドリルがツッコむ。
しかしジョンはこれを華麗にスルーした。
「あのこたつを、猫にとって居心地の悪い環境にするのです」
「なるほど。で、どうやるの?」
カルからの質問に、ジョンはにっこりほほ笑んだ。
「皆さん、作業で汗をかいたでしょう。靴下を脱いでください」
全員分の靴下を持って、カルはそろそろと地元民たちの入っていない側へと回った。
鼻と口はしっかり布でおおわれている。
「ククク…。靴下の臭さなら、ちょっと人には負けんぞ」
わけの分からない誇り方で、惇は腕組みをしてそれを見守っていた。
「じゃあいくよ。1、2、3っ」
ぱっとこたつ布団をめくり上げ、4足分の靴下を投入する。
そしてすぐさまぱっと飛び退いて、憤慨したこたつ猫たちの反撃をくらわないようにした。
「よーし。これであっためられることでさらに悪臭を増したクサ靴下から逃げ出てくるぞ。そこをすかさずこのにゃんこダイスキー猫まっしぐら1号でキャッチだ!」
こたつを乗せた台車に手をかけ、ワクワクドキドキこたつ猫たちが飛び出してくるのを待つ。
けれど、いくら待ってもこたつ猫たちは出てこようとしなかった。
それどころか、暴れている様子もない。
「……?」
不思議に思ったカルが近付き、こたつ布団をめくり上げる。
こたつ猫たちはこたつの中で、きゅうっと目を回して気絶していた。
どうやらあまりにも靴下爆弾が効きすぎたらしい。
「って。……え? じゃあ俺がせっかくつくったにゃんこダイスキー猫まっしぐら1号は???」
惇とカルがこたつの中から引っ張り出しているのを見ても、まだちょっぴり現実を受け入れられないでいるドリルの肩を、ぽんとジョンがたたいた。
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