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新興都市シズレの動乱

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新興都市シズレの動乱

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第二章 不自然な一致


 シズレの噴水広場。

 急発展の理由を調べようとシズレに滞在していたシリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)は、
 サビク・オルタナティヴ(さびく・おるたなてぃぶ)に護衛を頼み、町の奥深くまで潜り込んでいた。
 町の情報は、通常ならば執政者のところに逐一集まるもの―――
 彼女達はそう考えて、町の中心に近いこの場所を目指していたのだ。

「しかし、まさかこんな事件に巻き込まれるとはな。
 どうしていつの間にか命がけの調査になってるんだよ……!」
「まぁ、考えようによっては、命がけになったこと以外は予定通りさ。
 いわゆる巻き込まれ型のパターンも定着してきてるし」

 よくわからない事を言うサビクを軽く流して、シリウスは改めて目的地を見下ろす。
 2人は【空飛ぶ魔法↑↑】で移動しているので、視界はとても良好だった。
 場合によっては救助も行おうとしていたのだが、
 ここに至るまで生存者は確認できていない。

「もう町の人達もある程度は避難してしまったようだね」
「そうみたいだなぁ。あるいは建物の中で息を潜めてるか……?」

 などと話しているうちに、

「……っと。この建物が庁舎になってたみたいだな」

 そう、ここが目的地だ。
 しかし予想通りというかお約束というか、やはり怪物がうろついている。
 ここまでは高度を保っていたおかげで、戦闘を回避できていたのだが―――

「降りるしかないか。虎穴に入らずんば虎児を得ずだ」

 覚悟を決めたシリウスは、先に地上に降り立とうとする。
 するとサビクがそれを制して、

「怪物を相手取ってる間に、別の怪物がやってきちゃたまらないよ。
 ボクが足止めするから、シリウスは調査に専念したほうがいい」

 囮を買って出た。
 危険な役目を押しつけてしまうようで一瞬気がひけたシリウスだったが、
 そこはサビクを信じて、頼る。

「そうだな……。悪いけど頼むぜ、サビク」
「いいとも、逃げてばかりはボクの趣味じゃないしね。ただ、なるべく急いでほしいかな」
「了解だぜ!」

 シリウスは相槌を返すと、半壊した建物の内部へと足早に駆けていく。
 姿が見えなくなるまで見送ってから、サビクは歩み出て、迫っていた怪物と対峙する。

(リスクを負って倒す必要はない。銃撃メインで、動きを鈍らせるつもりで!)

 サビクもこの怪物相手に1人で勝てるとは思っていなかった。
 だが、サイズ差を活かせば敵をかく乱することは可能だろう。
 その方がシリウスが戻った後の【戦略的撤退】も成功しやすいはずだ。

「さて、有用な情報を得られるといいけど……シリウス、そっちも頼んだよ!」





 シズレ町中の、とある公園に戻る。

「ウーン、思い当たらないな。悪いね嬢ちゃん」
「いや、助かったよ。ありがとう」

 ユキノ・シラトリ(ゆきの・しらとり)はペコリと頭を下げた。
 ユキノは現在、情報収集に尽力していた。
 周辺地域はまだ交戦状態にあるが、ここだけは今のところ死守されている。
 そんな中で町人に対する聞き込みをしているのだが、

(突然発展した町、突然現れた怪物……。関連性がないとは思えないんだよね)

 彼女もまた、シズレ急発展の理由が怪しいとアタリをつけていた。
 町が育つのは人の手によるもの……
 もしかすると、この怪物達も人の手によって生み出された可能性があるのだ。
 よって聞き込みも、その辺りを重視していた。

「あ、ちょっと待った」
「?」

 その場を後にしようとしたユキノは、町人に制止の声をかけられて振り返る。

「いや、気のせいかもしれないんだけどな……
 あそこに集まってる赤いスカーフつけた連中、見えるか?」
「えーと……」

 見やると、確かに赤いスカーフを身につけた人達が、公園の一角に固まっている。
 その中の一部の人員は、神崎 零(かんざき・れい)陰陽の書 刹那(いんようのしょ・せつな)達を手伝い、
 周りの怪我人の治療を手伝ったりもしているようだ。

「彼らがどうかしたの?」
「あいつらはジュリエンヌ商会。
 シズレで一番大きい商業団体なんだが、なんか人数が少ない気がするんだよな。
 構成員自体は、あそこにいる連中の数倍いるはずなんだが……」

 避難が遅れているだけ。
 あるいは大規模な移動中、運悪く怪物に襲われて―――という事も考えられるが。

「そういえば、あいつらはシズレの発展と共に勢力を増していった経緯もあるはずだ。
 最初に嬢ちゃんが言ってた条件と一致するかもしれねえ」
「……なるほど」
「まぁ、そんだけだ。だから何ってほどでもない思いつきさ……気にしないでくれ」
「そんなことないよ。貴重な情報をありがとう」

 礼を言い、今度こそその場を後にするユキノ。

 ――――――………。

「ジェレミー様!」
「……貴様か。成果はどうだったのだ?」

 もともとユキノが情報収集を始めたのは、ジェレミー・ドナルド(じぇれみー・どなるど)の指示があったからだった。
 ユキノが彼の言うことに従って動くのは珍しい事ではなく、
 むしろ迅速な対応を心がける上では、それは必須事項だとユキノ自身も考えていた。
 要は、それだけジェレミーは頭がキレるのだ。

「―――と、いうことらしいです。」
「……なるほどな。私も地理歴史の面から様々な情報を集めてみたが、
 どうやらジュリエンヌ商会とやらが暗躍しているのは間違いないであろう」
「え、えっと。どういうことですか?」

 ジェレミーは少し面倒くさそうに溜め息をついて見せてから、

「このシズレという町がある場所は、発展に適した地ではないのだ。
 大荒野のど真ん中だぞ? 飲み水を得るオアシスはあるが水流はない……。
 交易の場として発展したという噂が不自然なのは、貴様も理解できるであろう」

 その程度までなら、ユキノもわかっている。

「でも、それとジュリエンヌ商会が怪しい事と、どう繋がるんですか?」
「製造や物流を滞らせないために必要なのは、安定したエネルギー源だ。
 言い代えればそれを得られるのなら、地理的な向き不向きは克服できるのだよ」

 まだぱっとこないユキノだが、できる限りの考えを巡らせて応じる。

「……つまり、彼らが何らかの手段でエネルギー源を確保していて、
 それを元にシズレをここまで発展させたっていうんですか?」
「現にシズレの発展の恩恵を存分に受け続け、一番大きな力を“持った”のだろう?
 そうであっても不自然ではない」

 それに―――と赤いスカーフの連中を横目に睨みつけ、

「ここに避難してきたジュリエンヌ商会の構成員が少ない理由。
 奴らは今回の事件が起こることを事前に知っていたために、
 既に別の場所へ退避していたのだとは考えられないか?」





 同じく、公園。

 如月 和馬(きさらぎ・かずま)の見立てでは、
 あの怪物の正体は現地の住民が何らかの変異をした状態だと踏んでいた。

「突如として出現するのは明らかにおかしいからな。問題はなぜ変異したかだ……」

 言いながら、携帯電話に目を落とす。
 シズレの動乱はもはや周知の事実となっているので、
 契約者達による情報のネットワークも完成しつつあった。
 言い換えれば、それだけ時間をかけても収束できない大きな事件だということだが、
 何の進展もないわけではない。

「ユキノってやつの情報、ジュリエンヌ商会が怪しい……か。大体の筋は通ってるな。
 恐竜騎士団本隊にも回しといたほうが良いかもしれないぞ」

 独り言のように呟く和馬だが、
 実は国頭 武尊(くにがみ・たける)とテレパシーで繋がっている。
 武尊は少し遅れて応じる。

「―――情報の整理は君に任せるぜ。
 オレの方の状況だが、たった今【光学迷彩】を使って町の中央まで到達した。
 これから庁舎に向かって進行し、問題解決の糸口を探ろうと思う」
「了解だ。
 こっちは今までの聞き込みで、シズレには闇市なんかも存在した事がわかった。
 今はその会場跡地を洗ってる。何か怪しげな薬品が原因という事も考えられるからな」

 それぞれ明確な目的をもって調査に臨む2人。
 パラ実生として、大荒野の秩序を守りたい気持ちは誰にも負けないものがあった。

「あぁ、それとシーリルからの情報なんだが、どうやら教導団もシズレに到着したようだ」

 シーリル・ハーマン(しーりる・はーまん)は武尊のパートナーだ。
 町の中に潜入した武尊とは対照的に、
 町の外で待機して、逃げ切った人々から事情聴取を行っているのだが、
 これといって有用な情報は得られていないようだ。
 和馬はその話を聞き、

「来たか……これだけの騒ぎだ。
 仕方の無いことかもしれんが、可能な限り我々パラ実生でカタをつけたいぜ」

 和馬、武尊、シーリル。
 彼らは皆、このシズレの動乱を解決に導くことを目的としている。
 無論、教導団とてそうだが、異なる組織がぶつかると面倒な事になるのはわかっていた。

「このシズレという町は非常に難しい位置にあるからな……。
 アトラス直轄領であるかどうか、
 無用な権益争いで対応が遅れるのだけは避けたい。住民の命が最優先だ」
「あぁ。一応、理由を説明して、
 闇雲にあの怪物を傷つけることはしないようにだけ、オレが交渉しておくぜ。
 武尊のほうは調査に集中してくれ」
「助かる」

 ―――会話はそこで途切れた。
 和馬はひとつ息をついてから歩き出す。
 この事件の解決が、もっとも良い方法で行われるようにするため。