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水宝玉は深海へ溶ける

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水宝玉は深海へ溶ける
水宝玉は深海へ溶ける 水宝玉は深海へ溶ける

リアクション

 選び抜かれた変態共。と隊長に日頃罵られている部隊がある。
 トーヴァ・スヴェンソン隊長率いる12人の(変態的な意味でも)精鋭達。
 一人は入り口付近で行方不明になって今は11人だったが、今も時間が経つに連れどんどん人数が減っていた。
 今は暫定部隊長トゥリン・ユンサルに引っ張られていた彼らだったが、
矢張りトーヴァ部隊長で無いと彼らの癖を把握しきれない所為か、彼らの前に立ちふさがる10人の契約者達に苦戦していた。
 彼らは今、かつて宴会場だった場所で戦っている。

「まあ! とても大きい方がいらっしゃいますわ!」
 翠の瞳を丸くして、少女は上品な動きで口元を扇で隠した。
 ヴェール・ウイスティアリア(う゛ぇーる・ういすてぃありあ)の前に、トゥリンのパートナーの大男ハムザ・アルカンが立っている。
 1メートルは上にある顔に首を反対側へ折ってから、ヴェールは丁寧にカーテシーで挨拶した。
「初めまして、私ヴェール・ウイスティアリアと申しますの。
 以後、宜しくお願いしますわね?」
 姫君の間で使われているという華奢で美しい傘を揺らし、ヴェールは『敵』に向かって微笑んだ。
 向こうはまだ何も仕掛けて来ないし、何も言わない。
 その間もヴェールは仲間達へ祝福の力を与え、彼らの攻撃力を高め続けている。
「あら」
 突然やってきたグラブを付けた拳に、ヴェールは箒にまたがって空中へと飛んだ。

 下にはハムザに向かって下段蹴りを入れるエグゼリカ・メレティ(えぐぜりか・めれてぃ)の姿があった。
 件の蹴りはハムザの強靭な筋肉に受け止められ、エグゼリカは自分の足に返ってきたパワーに一旦体勢を整え直す。
「兵器を破壊すると言うのなら、機晶姫である私も破壊してみますか?

 ただし、代金はあなた方の命で??お支払い頂きます!!」
 前へ踏み込んで肘と肩に全身の体重を乗せエグゼリカはハムザの懐へ飛び込む。
 重過ぎる相手にはこれが今一番良い攻撃法だろう。

 彼女の契約者柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)は今トゥリンに向かっていた。
「よう学友、お仕事ご苦労様だな」
「Hey,stranger.What’s up.(こんちは知らない人)」
 挨拶を叩き付け合う二人に、エグゼリカは思う。
「(全く、主も面倒な相手を選びますね。
 普通所属校が別の敵を相手にするべきでしょう。
 明倫館でバッタリ合ったらギクシャクすると思うのですが……

 まぁ、そこは主に任せましょうか)」

 喧噪の中相手の間合いを見ている二人。
 恭也はその時間を利用して自分の思いを口にした。
「兵器の破壊、ね。
 わざわざご苦労な事だなぁ、おい。
 一応経歴自体は誇れるみてぇだが、ちょっとばかしやり過ぎだな。
 確かにセイレーンは生物兵器と言えるかも知れねぇ。
 だが、それ以前にジゼル・パルテノペーと言う人格を考えるべきだった。
 俺達からしたらアイツは兵器じゃねぇ、ただの友達なんだよ。
 それを殺るってんなら、ちょっとばかし相手に成ってやる」
「What did you say?(何つったの?)」
「おまえ人の美しい友情語りを……分かった。

 じゃあ楽しくOHANASHIしようか?」

 優しい笑顔を浮かべた恭也は愛剣 機械剣カグヅチを手に、
恐らく武器を位置から推察してトゥリンの効き手である右肩を狙い正面の突きを繰り出した。
 トゥリンは突きの刃を縦に持った槍で後ろへ払い流し、
自分の首の後ろから槍を回すと恭也を槍の鐺(こじり)で思いきり殴りつけた。
 遠心力の効いたその攻撃は、如何に使い手の体重が軽く筋力が少なかろうとも、重く、痛い。
 膝をついた恭也の姿に、トゥリンは心底馬鹿にした顔で口を開いた。
「だっさーい」
「日本語喋れんのかよ!」
「当たり前じゃん葦原だもん」
 そう言うとトゥリンは槍を身体の右に左に回す水車の動きをして、片眉を上げ笑ってみせる。
「ほら、他校生にはこんなの出来ないでしょ?」
「確かにな!」
 恭也は上段から斜めに剣を振り下ろす。
 勢いで焔が巻き起ったのにも動揺を見せず、トゥリンは鐺で上段を一瞬受けると刃の方からその攻撃をたたき落とした。
 恭也はすぐに刃を足払いへ切り替えるが、トゥリンはジャンプしてそれを避けると
勢い横にあったテーブルの上に飛び乗った。
 その右足を狙って剣を払おうとしてきた恭也に気づいて、トゥリンは前方宙返りをし、彼の後ろに大の字で降り立つ。
 背中に温度を感じた恭也は、右から回ってトゥリンを斬ろうとするが、トゥリンが立てていた柄の部分に軽くヒットしただけだった。
 即座に恭也は剣を回して自分の左脇からトゥリンへ狙いを付けるが、
その時にトゥリンはぐるりと回転しており、再び剣は槍の柄に巻き込まれた。

 敵は今、右に立っている。
「こなくそ!」
 恭也は再び反対側へ勢いを付けた剣を横薙ぎに向かわせるが、その瞬間トゥリン姿は消えていた。
「ここだよおじさん!」
 トゥリンは刃の下で寝転びながら腹筋のバネで両足で伸び上がった。
 そうしてブーツの底は恭也の顎を強打した。 
 たたらを踏んだ恭也が前を見ると、トゥリンの姿は既にその場から消えていた。

 向こう側の敵を相手にしに行ったのだ。
「そこのあなた、生きてますの?」
 上から降りてくる優雅な声に、恭也は顎を抑えながらなんとか片手を上げる事で返事をする。
「あらあら、大丈夫そうですわね。でも一応、と言う事もありますわ」
 ヴェールはその場から恭也に向かって回復の力を送った。


 猛吹雪が吹き荒れる中、
死ぬ程悪い視界の向こうから、一雫 悲哀(ひとしずく・ひあい)の操る糸が手足を絡めようと狙ってくる。
 戦いが開始されて数分だというのに残った隊士は3人。
 パートナーもあちらに取られている。どうにもこちらの負が悪い。 
 必死に攻撃を流しているトゥリンの耳に、こちらへ走ってくる足音が聞こえた。
「イーグル! アンタらなんでここに……アリクスは? どうしたのよ!!」
 子犬が吠える様な声に隊士の一人が応えた。
「お一人『が』良いと。それから貴様の所へ行けと仰られた」
「Damn good!
 手伝え! ここ人多過ぎてたまんないよ!」
 吹雪を起こしているのはアルフェリカだった。
 隊士ら壁迄押しやられたテーブルの間から魚鱗という三角の陣形をとると、
トゥリンはその底辺の中央にいき、息を整える。

 一発も喰らいはしなかったが、舐めて掛かるには恭也は強過ぎる相手だった。

 肩で息をしているトゥリンの姿を、セドナ・アウレーリエ(せどな・あうれーりえ)
向こう側から不敵なニヤニヤ笑いを浮かべて見つめていた。
「What’re you staring at!?(何見てんだよ!?)」
 キャンキャン吠えるトゥリンに、セドナは益々気を良くしているようだ。
「……ああいう幼女は捕まえて鞭でしばいて鳴かせたいな」
「You’re such an Asshole !(アンタマジで最悪な!)」
 顔を背けた先にもまた、笑顔が待っている。
「セドナの言っていることはハッタリではないぞ」と、
アルフェリカ・エテールネ(あるふぇりか・えてーるね)は邪悪な笑みを浮かべてやっぱりトゥリンを見ていた。
 二人の視線を受けて目を泳がせているトゥリンが何だか哀れになって、
二人の契約者である瀬乃 和深(せの・かずみ)は思わず突っ込みを入れてしまった。

「ジゼルさんを助けるのが目的だからな」
 あくまで目的を主張する契約者和深に対し、
セドナはニヤニヤ笑いを止めないまま未来兵器オルター・エゴ・ファイアを動かした。
 それはあたかもそれぞれが意志を持っているかのように動き、正面の陣形を崩す。

「我が幼女を捕らえられたら薄い本の如き所業をしてやるぞ」
「我が隊の幼女枠は既に埋まっているでありますよ!」
「幼女は一人で結構!」

 セドナの操る兵器に崩された陣形は別の三角の形に変わる。
 頭の無い偃月は、暫定部隊長のトゥリンを前に突き出す為の陣形だった。
 その身体が三角の角になるよりも先に飛んできたナイフを弾きつつ、
和深はナイフの影になって飛んでくるトゥリンを見た。
「(セドナもアルフェリカも捕まえる目的は頂けないけど、殺すと言わないだけマシなのか?)」
 自分自身、流石に幼女相手に本気は気が引ける。
 全力は出さないで盾でどうにかいこうと和深はアブソリュートゼロを利用した氷の盾を正面に出した。
 飛び込んできたトゥリンの槍の刃は、楯に直撃し砕け散った。
「何それ。スパルタ式? アンティークだね!」
 和深がトゥリンを傷つけず捉えようと盾の後ろに準備していたワイヤークローの糸は、
トゥリンが砕けた武器のかわりに出した黒炎に巻かれ焼ききられてしまう。
 だがそこへすかさず別の糸――悲哀のナラカの蜘蛛糸が飛んできて、トゥリンの腕を捉えた。
「You’ll never learn!(性懲りも無く!)」
 叫んでトゥリンが振り向いた悲哀の顔には信念の色が宿っていた。
 彼女は耀助に信頼を寄せている。
 だから彼が「死んでない」というのであれば、それなりの理由があるのだとも思っていた。
「(助かる可能性があるなら、ジゼルさんを助けたい……)

 お友達――といえる程ではありませんが、知っている方が命を落とすかもしれない。
 そう聞けば助けにいかないという人間がいるでしょうか?

 例えばお二人の大切な人が命の危険にさらされたら?

 お願いです、力を貸して下さい!」
「I’m sorry.
 I must refuse your Fucking Request!(申し訳ありませんが、お断りだこの野郎!)」
 トゥリンは語気と同じ様に強く腕を引いたが、糸の方はもっと強い。
 だが相手の血管が切れて行く感覚に耐えられなかったのは悲哀の方だ。
 あの様な子供があそこ迄して戦おうとするとは。
 悲哀の中の複雑な感情は指先の力を弱め、
トゥリンはその隙に糸から抜け出て向こう側にいるハムザから投げられた銃剣を装備した自動小銃を構えた。
 その銃口が向いているのは相対する敵だけではない。

 トゥリンの銃口は何時だって周りの世界の全てへ向いていたのだ。

「アタシには大切な人なんて居ないッ!!」



 その戦いを遠くから見守っていた東 朱鷺(あずま・とき)は、そこで初めてトゥリンの前へ姿を表した。
 十の学校の中でも特に日本の影響が強い葦原に通っているというのに
トゥリンは日本語も随分怪しいようだし、
何より先ほど見せたあの死んでも負けないという覚悟はあの小さな身体の何処から湧いてくるのだろう。
 見れば見るほど不思議な少女に、朱鷺は少々心惹かれるものがあったのだ。
「……キミが葦原の生徒?
 大人をからかってはいけませんよ」
「Who the fuck are you?(誰だテメェ?)」
 声と共に飛んでくる弾丸を八卦爻で弾き、朱鷺は目だけで笑う。
「人が話しかけているのに攻撃してくるとは、礼儀がなっていませんね。
 葦原の生徒は風靡と伝統と礼節を大事にしているというのにキミときたら」
「Oh,yeah?(ふーん)」
 魔弾の射手。
 一撃で四発を放つその攻撃を見ても朱鷺はその場から動かず、空に向かって放った矢で全て相殺する。
「……………Really?(マジで?)」
 口をひくつかせているトゥリンに、朱鷺は首を横へ振った。
「もう十分でしょう? お痛の時間は終わりましたよ。
 キミがどんなにがんばっても朱鷺を倒すには力不足です。さあ、帰りましょう」
 どこまでも冷静な音の優しい言葉に、トゥリンはどういう訳か目を剥いていた。
「かえ……る……?」
 反芻された言葉に頷いた朱鷺に向かって返ってきたのは、意外な一言だった。
「一体何処に……アタシの家があるっての……」