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水宝玉は深海へ溶ける

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水宝玉は深海へ溶ける
水宝玉は深海へ溶ける 水宝玉は深海へ溶ける

リアクション

 シュールな光景だった。

 アレクの手持ちの部隊、コールサイン イーグルの6名は全て教導団の生徒である。
 理由は非常にシンプルで、自分の部下を『育てる』トーヴァや、
『多少アレでも頭が動けば問題ないですよ』と言うリュシアンと違い、
アレクの要求してきたラインに肉体的に付いて行けるのがリアル軍人な彼らしかいなかったからだ。

 直言するなら脳筋部隊だった。

 そういった屈強な軍人の男達が横並びに整列する前で、小さな子供が視線を上げたり下げたりしている。
 子供の名前は天禰 薫(あまね・かおる)
 年の頃はざっとみても7歳くらいにしか見えないが、実際の年齢はそこに10を足してもいいくらいだ。
 薫は今『ちぎのたくらみ』を使い、元々可愛い顔を更に可愛らしい子供の姿へ変えていたのである。

 どうしてこうなったのか。

 そもそもが仁科耀助のいい加減で怪しいデータが元になっている所為だろう。
 『ロリコン』の文字に真に受けて、何人かが子供の姿ならば絆されるのではないかと考えたのだ。
 ビルへ突入した仲間の中には説得方法を考えながらも
「難しいかな。だって彼、ジゼルちゃん以外にあまり優しくないもん」と言って片付けたものもいる。
(因にそれを言ったのは以前高峰 雫澄(たかみね・なすみ)が投げた共闘の申し出を、
アレクが一度明後日迄ぶん投げた所を見ていた五百蔵 東雲(いよろい・しののめ)のパートナーだった)
 片付けた通りに『ジゼル以外に優しく無い』かどうかは分からないが、
先ほどの放送の事や、今回の手段を選ばない態度を見るに、余り優しく無いのは事実なのかもしれない。
 だが薫は勇気を持って実行に移したのだ。
 無論そんな作戦を練ったのはのんびりふわふわ系な薫自身ではない。
 これは彼女の恋人熊楠 孝高(くまぐす・よしたか)による苦肉の策だった。

 突入前に彼は言った。
「アレクサンダルとかいう男。実力は未知数だが、おそらく隙もあるはず。

 ……そこを狙うぞ。

 あまり使いたく無い策だが……
 天禰、おまえは「ちぎのたくらみ」を使えただろう」
「ふえ?
 使える……けど……。
 考高、どうして?」
「それで外見を幼くして、奴の説得にあたれ。あいつの心を突くんだ」
「よくわかんないけど、考高の考えだったら間違いないよね、わかった!」
 恋人を信じて薫は一人戦場? へ向かった。

 と、言う訳でそんな風に恋人を送り出した考高だが、
内心「もし相手が本当にロリコンだったら」と思うと心配で心配でならない。
「(これで天禰の説得に応じてくれればいいんだが……、
 あの野郎、天禰の事を変な目で見たら承知しないぞ……)」
 壁に齧りつく様に様子を見守る外見は渋めのお兄さんな考高の非常にらしくない姿に、
一緒に様子を見守っている八雲 尊(やぐも・たける)は何とも言えない気分だ。
「(熊にとっちゃ苦肉の策なんだろうな……。可愛い恋人を、ロリ疑惑の男に差し向けるなんてよ)」


 こうして薫は『あいつロリコンみたいだから子供で行ってみよう作戦』を、
成功の可能性への根拠も分からずに真剣に取り組んでいる。

「アレクサンダルさん、初めましてなのだ。我は天禰薫って言うのだ」
 頭をぺこりと丁寧に下げる子供は当たり前に小さくて、アレクの頭の中で
『某国のトンデモ列車砲の口径と同じくらいには身長差がありそうだ』
と良く分からない計算が行われている。
 挨拶もされて銃をぶっ放す訳にいかないだろう。というか相手は子供。うっかりでも攻撃したらコトだ。
 取り敢えずでアレクはクラッシュキャップを脱帽し、膝をついた。
「御丁寧にどうも。俺がこの組織の隊長のAlek ……クッ」
 吹いた。
「くくッ……これ無理だろ……なんで、子供……しかも女の、子……ぷ…………ごめんね笑って……。
 え、と、何だ? そうそう、俺が隊長のAleksandarサンね。
 長いだろ。略していいよ。なんだっけ俺の名前、日本風に」
 後ろを向いて振ってきたアレクに、隊士の一人が真面目な顔で(正し笑いは堪えている為真っ赤な顔で)答える。
「日本人は皆隊長殿の事をアレクさんって呼びますね。

 アレクさんダルさんだけに」
「……ぶふ!
 …………げほ……やめろし。違うだろ、確かあれっくすさんだろ。
 大体な、アレクさんダルって貴様人の四代続いた名前を何だと思って
 ……グ……げっふぉ……おえ。ゲロ吐きそ」
 薫の姿は和みというか何かのツボに入ったらしく、隊士達の間に謎の笑いが起こっている。
「(これは! イケル! イケル気がするぜ!!)」
 影ながらガッツポーズを取った尊だが、
横を見れば考高がいよいよ頭を抱えており、素直に喜んだものか分からなくなってしまった。
「あのぅ、じゃあ……アレクさん」
「ぶふっ!」
「真面目に我のお話聞いてなのだ!
 えと、んと……ジゼルさんのこと追いかけるの、やめてなのだ。
 破壊だなんて、そんなの可哀想なのだ。みんなで仲良くしようなのだ〜。
 我だったらそんな事言われたら、悲しくて怖くて、泣いちゃうのだ……」
 親鳥を追いかけるヒヨコの様に愛らしく近付いて来た薫に、
笑ったままのアレクは体は避ける事はないものの言葉では「厭」と一蹴する。
 余りのシュールな光景に、後ろの隊士達は必死に笑いを堪えていた。
 というか数十秒もしない内に堪えきれず吹いた。
「そんな……。お願い、我と一緒にいてなのだ、お話しようなのだ〜」
 薫が無意識の間にしがみついてきた所為で、なされるがままになっていたアレクは後ろに尻餅をつく形に成った。
 その顔は『なんだこりゃ』と『もうどうにでもしてくれ』と『ハライテー』のチャンポンだったのだが、
考高と尊の側からは顔までは見えない為、尊が振り向いた時に考高の顔は『凄い事』になっていた。
「それと……出来るなら我とお友達になってほしいのだ。
 強くて、リーダーみたいなひとって、何だか頼れるひとって感じだから、

 我、憧れちゃう」

 泣きそうな顔を浮かべる薫の頭に、アレクは脱帽した自分のクラッシュキャップを被せて遊び始めている。
「Ohh.It looks...nice on you.what?a precious littlething.」
 薫の話の内容は心底どうでもよさそうに笑いながら、
アレクはぶかぶかの帽子を乗せた薫の顔を背中の後ろに整列したままの隊士達に見せている。
 その時の考高は色々と消え入りそうな思いだった。
 
 そんな折、突如地面が揺れた。
 それは一階で北都とリオンが再び成功させた爆発によるものだったのだが、
壊れかけのビルでは上階の此処すら耐久出来なかったのか、パラパラと埃や砂のようなものが舞い散り、
 そして天井にぶら下がっていた豪奢なシャンデリアが薫に向かって落ちて来た。
「ぴゃ!」
 慣れない姿になっていた為に薫は反射的に行動する事が出来ない。
 考高と尊がそれに気づくよりも早くアレクが行動していた。 
 シャンデリアを見上げていた薫の首根っこを掴んでこちら側に引っ張ると、シャンデリアを向こう側へ『放った』。
 薫の頭からクラッシュキャップを取っていい加減に埃を払うと、
 猫にでもするように薫の首根っこを持って立ち上がらせる。
「あ、あの……」
 薫が何かを言う前に、アレクは隊士達をこちらへ呼び、部隊へ向き直っていた。
「この『迷子のお嬢さん』を保護者の所へ届けて差し上げろ」
「それはその……部隊、全員で……ですか?」
 隊士の一人から出た言葉に、アレクは方眉を眉を上げる。
「貴様らが『居るのと、居ないのと、何か違いがあるのか』。
 ポンコツ頭共が。意味が理解出来たら、うちのちびっ子の所でも行ってろ。」
「失礼致しました」
 自らの失言に慌てて隊士達はブレイクの挨拶を済ませると、即薫の背中を押して歩き出す。
「待って! アレクサンダルさん!! お話――」
 背中を押されながらも後ろに居るアレクに振り向いている薫。
 とその横へ薫のピンチにも、作戦の失敗にも、そして考高の心配しすぎぶりにも我慢の出来なくなった尊が飛び出して来た。

「おいてめー! アレクサンダルっての!」
 尊が何処からか急に出て来たにも関わらず、アレクの目は向こう側を向いたままだ。
 完全に無視されている。
 尊は爆発していた。
「こんなに可愛くて、おねだりしている薫の頼みが聞けねぇのか?
 薫はな、お前の事思って、話しかけているんだぞ?
 聞けねぇとか、薫を泣かすってんなら……俺と熊が容赦なくぶっ潰すからな! てめー! このー!」
「お願い……我の事を信じて。話を聞いてなのだ!」
 懇願する薫の声に、アレクは漸く後ろを振り返る。しかし視線は尊の方を向いていた。
「地祇??」呟いて今度は薫の全身を見、馬鹿にしたように笑う。
 術で変えた姿を見抜かれた。否、初めから見抜かれていたのかもしれない。
「Hey,dude.what?s up?
 We know you’re behind.
 Don’t fuck with me!
(おい馬鹿男、調子はどうだ? そっちが後ろに居るのは分かってるよ。あんまり俺を舐めるなよ)

 ……So,I hate an AMATEUR.(だから素人は嫌いなんだよ)」
 薫が言い淀んでいる間にアレクは口元だけ笑って彼女の頭をポンポン叩くと、
大股で反対側へ歩き出しさっさとそこを立ち去ってしまった。