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【祓魔師】大掃除には早すぎる…葦原の長屋の泥棒掃除屋

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【祓魔師】大掃除には早すぎる…葦原の長屋の泥棒掃除屋

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第2章 エリドゥ・調査 Story2

「リトルフロイライン、解毒薬を作ってくださいな」
 念のためいくつか解毒薬を用意しておくべきかと考え、中願寺 綾瀬(ちゅうがんじ・あやせ)はリトルフロイラインを召喚した。
「丸薬でよろしいのですよね、綾瀬様!」
 紫色の小さな新芽を摘んで、木製のようなロートへころころと落とし、細かな青々とした葉をたっぷりと入れた。
 葉は混ざり合いながら溶けていったかと思うと、蔦で編まれた皿に丸く固まった丸薬が転がった。
「それが、使い魔の能力ですか」
 鮮やかな紫と緑色のマーブルカラーの丸薬を、シィシャ・グリムへイル(しぃしゃ・ぐりむへいる)が観察する。
「まるで…飴玉のようですね」
「フフフッ、飴に見えますか。美味しそうかもしれませんが、まだ食べないでくださいな?」
「いえ、それほど空腹ではありませんから」
 綾瀬の冗談に対して生真面目に答えた。
「ねぇねぇ、魔性って契約できるのかな?」
「さぁ…。魔道具で召喚する使い魔と、パートナー契約しているというわけではないようですから」
 漆黒の ドレス(しっこくの・どれす)の疑問に、シィシャはかぶりをふった。
「エリザベートに聞いてみようかな。綾瀬、お願い」
「分かりましたわ」
「―…もしもーし、私よ」
 声が聞こえるよう綾瀬に携帯を近づけてもらう。
「保護したビフロンスについてなんだけど。本人じゃなくても良いから、ビフロンスの仲間達と契約って言うのかな?友好的な関係で協力してもらえる様に、頼むことってできるかしら?」
「ほとんどの魔性は、自由気ままに生活するのを好みますからねぇ〜。パートナー契約という意味のことは、しないかと」
「まぁ、ぶっちゃけて言うなら、形式上は使い魔ってことになっちゃうけど。私たちの仲間として友達として、ボコールに無理矢理取り込まれていたり使われていたりしている魔性を開放する手伝いをして欲しいな、って思ってね」
「うう〜ん…。ニュンフェグラールを使える者なら、ひょっとして…ですけどぉ」
「聖杯ってことは、相応のスキルを習得しておく必要があるのね。 ……分かった、ありがとう」
「ドレス、通話は終わりましたか?」
 エリザベートへの礼の言葉が聞こえ、もう終わったのだろうかと思い、魔鎧として装着しているドレス声をにかけた。
「うん、ありがとうね」
「では閉じますよ」
 耳に当てて通話が切れているのを確認した綾瀬は、携帯をパタン閉じた。
「助けた魔性に、友として助力してもらう…。なるほど、そのような考え方もあるのですね。グラルダはどう思いますか?」
 黙って聞いていたシィシャは、こくりと頷いて観察的な視点で言う。
 グラルダ・アマティー(ぐらるだ・あまてぃー)の意見はどうなのか聞こうと振り返った。
「苛立っていますか、グラルダ」
 パートナーである彼女はエリドゥに到着する前からずっと、ムスッとした顔をしていた。
「人に助力を乞う表情ではありません。無様が過ぎます」
 これから仲間と協力し、情報収集を行おうとしている者の態度とは思えず、無表情でため息をつく。
 “少し。”と告げたが、口調も態度も少しではなかった。
「完全に嘗められてる。学生風情が寄って集って、それでも自分の命までは容易に奪えないことを理解してるのね」
 黒フードの相手を、校長室で尋問したことを思い出して言う。
 あの場でグラルダが殴りもしなかった理由はそこにあった。
「こちらが怒りに任せて青臭い台詞を言えば言うほど、面白可笑しいんでしょうよ。尋問を聴いてて思ったけど、交渉や説得の余地は無いわ。既に人間辞めてる連中にヒトの善悪を問うのは時間の無駄」
「では、元締めと思しき人物を殺すのですか。殺さないのですか」
 誰も答えようとしなかった選択をシィシャが問う。
「ブン殴る」
 グラルダは考えるまでもないと間髪入れずに答えた。
「どうして、連中が用意した二択をクソ真面目に選ぶ必要があるのよ。愚問ね」
「あなたは…、熱くなりすぎていませんか?」
 怒りに任せて言葉を吐いているようにも聞こえ、それを危ういと感じたシィシャは、それでは何も見えなくなってしまいます…というふうに指摘する。
「欲望?野望?どちらでも理由は知ったこっちゃない。力で道理を通すという姿勢は、結構。大変結構。ただ、人を虚仮(こけ)にするなら、アタシ以外の誰かにするべきだったわね。ご愁傷様」
 パートナーの指摘すら、コケにされた気分のグラルダは怒りで理解力を失いつつあった。
 たとえ魔性に一切悪意がなくとも、あの輩が強制憑依で使い潰そうとしているのなら、利用された魔性の安全までは考慮出来ないという考えだ。
「これが現実?…クソ喰らえだわ」
 苛立ちの言葉を吐き捨てながらも自責の念は消えず、コケにされた怒りも消せない。
 内に溜まった感情が、赤々と燃え続ける。
「(なんの躊躇なく、この世に生まれてから何年も経っていない、子供の魂すらも殺す。理由は邪悪な者だから…。しかしそれは、ただの蛮行。災害を起こし、命あるものを苦しめることとなんの違いがある…とでも言いたかったのかもしれませんね。まぁ、今のグラルダに何を言っても無駄でしょうが)」
 グラルダを見ながら言葉の意味を、シィシャは冷静に分析する。
 ファーストアンサーで“殴る”に留めた彼女の決断は、人の感情として当然のものであり、本当に怒りだけに任せて苛立っているわけではないと感じた。
 今の彼女にそれを言ってしまうと、怒りの矛先がどこへ向かうか予測不能なため、何も言葉をかけなかった。
「(仮に…投獄したとしても、脱獄し…悪事を働くようであれば、グラルダ…あなたはどの選択をするでしょうね)」
 パートナーのセカンドアンサーはまた、“殴る”で済むのか…。
 滅っされる時を目撃し、黙するのだろうか。
 それとも……決断してしまうか。
 ―…シィシャは“決断の時”に、その最終手段を選んだとしても口を出さず従うだろう。
 ただの子供だとなめてかかれば自分たち自身も危うくだろうし、守りたいものすらも守れない。
 未知の相手に無策でぶつかっていくのは、竹槍で大砲に向かっていくのと同じ。
 まずは、どのような存在なのか分析しないとならない。 
「シィシャ様も、その二択について考えているのですか。それとも、まったく別のことを?」
 黙り込んでしまったシィシャに、綾瀬が声をかけた。
「私は、グラルダに従うだけです。ですが“頭”については、知らないことが多すぎます」
「それは…能力について?」
「もちろん、それもあります」
「どうしてそんなに歪んじゃったのかな。子供だから強い力を使って、わがまま放題で暴れたい放題したいってわけ?」
「しつけでどうにかなるような相手とは思えませんわ」
 ドレスの疑問に綾瀬はかぶりを振り、道徳を教えてもすぐよい子になるような話ではないと告げた。
「ボコールの様子を見るからに、その子はグレムリンのいたずらと違い、破壊衝動が強いように感じますわ」
 火山を噴火させようとしたことを考えれば、それもかなり酷い性格の歪み様だ。
 一般人の子供に良いこと、悪いことを教えて聞かせてやるのとはわけが違う。
「うーん、いろいろ厄介な感じだけど。情報を集めなきゃ進めないからね」
「えぇ、町にいる方々に聞き込みをしましょう」
 綾瀬は小さく頷き、情報収集を始める。
 シィシャのほうは、不機嫌な顔をしているグラルダの様子を見つつ、仲間と離れないように誘導する。



「黒フードのやつが言ってたの、プリンねーさんだっけ?ショップや喫茶店で、目撃されたのよね」
「えぇ、ドレス。喫茶店はテスタメント様が向かっていそうですから、そちらは任せましょう。私たちは別の視点から考えてみましょうか」
 綾瀬はエリドゥ近辺のことを町の者に聞いてみようと考える。
「すみません。先に、グラルダのほうをお願いできませんか。すでに魔性が大人しくなったとはいえ…。離れて行動するのは、得策ではないと理解しています」
 1人で行こうとするパートナーに、シィシャが視線を当てる。
「あら…。仕方ありませんわね」
 視界を封じている綾瀬にも、口数の少なさや先程の会話の様子で、どこか機嫌が悪いのだろうかと分かっていた。
「(あれでは、人に問う態度ではありませんね)」
 ショップの店員に対して、強い口調で問うグラルダの姿を目にし、ため気が出てしまった。
「フードの男を目撃したのはアンタ?」
「やっ、顔は見てないから男かどうかは…。ひょとして、あの変な客のこと?店にあるプリンを全部って、大量注文してきたから断ったんだよ。ただ、声は女みたいだった気がしたかも」
「顔が隠れて見えなかったからということ?」
「ここへ訪れたという対象は、黒魔術を与えた者らしきのことでしたが」
 ひょっとして女の声に近いやつなのだろうかと、腕組をして真剣に考え込むグラルダに、シィシャがつっこみを入れた。
「だから、そいつの行方を知るために、聞いているのよ」
「ねーさん…というのは、一般的に…女の人を示すのでは?」
「あ〜。実は、にーさんだったなんて、オチはなさそうかな。発見しにくいようにするなら、はぐらかしたり…もっと冗談言うはずだから」
 尋問の際の態度を考えると、対象は男の娘じゃないと思うとドレスが言う。
「捕縛したやつらの中に、女がいなかったから。てっきりそうかとね」
「盲点…ではありませんね。怒りで理解力が低下していたのでしょう」
「どっちだろうと関係ないわ。行き先の情報させ、掴めればいい」
「(居場所を突き止めることが重要。それは理解出来ます。ですが、今のままでは…何か起こりそうな気がしてなりません)」
 元の排他的な性格に戻りつつあるように見えたシイシャは、それが判断ミスにつながれなければよいのですが…と心の中で呟いた。
「―…アンタ。そいつを、何時どの当たりで目撃した?」
 グラルダはショップ店員のほうへ視線を戻して問う。
「今年の冬場だったかな。自分はショップで見かけただけだったよ」
「この町で、人々の性格が急に変わってしまったことは、覚えている?そいつを見たのは、それよりも前?それとも、その後だった?」
「あー、なんか別人みたくなったやつらがいたっけ…。たぶん、いつの間にか戻ってた後だったかな」
「私たち…といっても分かりませんか。町の外からやってきた、見慣れない学生が去った後…ということでしょうか」
 見かけたとしても顔までは覚えていないだろうと思い、“あなたが初めて見かけた学生”としての表現に変え、自分たちが立ち去った後だったのかシィシャが聞く。
「確かに、見かけないのがいたな。魔法学校の制服だったか…、そういうのも着ていたやつもいたかも。まぁ、大量注文してきた人は、きみらみたいなのを見かけなくなった後だな」
「その者の行き先は?」
「いやー、そこまでは分からないなー」
「分かりました、ありがとうございます。(―…礼も言わず、行ってしまうとは)」
 礼を告げたシィシャは、もうショップに用はないと立ち去ろうとするグラルダの後を追った。