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ファタ・オルガナ(ふぁた・おるがな) 月詠 司(つくよみ・つかさ) シオン・エヴァンジェリウス(しおん・えう゛ぁんじぇりうす) ウォーデン・オーディルーロキ(うぉーでん・おーでぃるーろき) マイト・レストレイド(まいと・れすとれいど) 金 仙姫(きむ・そに) 七尾 蒼也(ななお・そうや)



かわい家おばさんも春美ちゃんも、聖典のセリフをおぼえなくちゃいけなかったりして、やっぱり、どんな宗教も信者になるのは難儀だなぁ。なんて、思っていたら、ドアが開いて、怪しげな三人が入ってきた。

真ん中で、憔悴しきっているのが一目でわかる、文系ぽい青年が月詠司くんで、両脇で彼を警護してる、というか拉致、連行してる、ロングの銀髪、金色の目、でるとこでててスタイルがいい、お色気抜群のお姉さんがシオン・エヴァンジェリウスちゃん、僕と同じくらいの年の左右の目の色が違う(瑠璃と緋色)、美少女モデルみたいな顔と、長い手足をした、でも性格の悪さが全身からにじみでているかわいくない子供が、ウォーデン・オーディルーロキちゃん。

この3人は、シオンちゃんが仕掛けた罠に、司くんがまんまとハマって、ロキちゃんが追加ダメージをどんどん重ねていくイメージだな。
僕は軟弱で運が悪そうな司くんが、うつ病になって自殺しないのを不思議に思う。こういう千切れても死なないナマコのような強さを持つ人は、いじめっこの加害者意欲をさそうんだよね。

「遅れてごめんね。みんなの捜査結果を持ちよって、今後の対策を練るんだったよね。
ボクらも独自に捜査したんだけどさ。
やっぱり、司はかなりブラックに近い、グレイらしいんだよね。
正確にはグレイというより、やや薄いブラック」

「犯人しか知らない犯行場面が、記憶にしっかり刻まれてるなんて、残念だけど、司は…でしょうね」

「シオンくんとロキくんが言うように、私は動物園の殺人の犯人なのでしょうか。
考えれば考えるほどわからなくなってきます。
私は、私を信じられません」

会話をきいた限り、今日もまた司くんは二人のおもちゃにされてるみたいだ。
室内にいる推理研のメンバー、岩魚ちゃん、金仙姫ちゃん、追いつけてよかったね! 舞ちゃん、マイト・レストレイドくん、蒼也くん、ペルディータちゃん、カリギュラ兄ぃ、ディオちゃん、ピクシコちゃん、春美ちゃんが司くんたちのほうをむいて、彼ら三人の話に耳を傾けている。

「司は動物園でなにをみたんだ」

「それが、ありえないかもしれない殺人というか」

蒼也くんの質問に、司くんはうまくこたえられない。

「もし、司の殺人が事実ならいまの状況すべてが、180度違ってみえてくるの。
重要事項を微にいり細にいり把握している司は、どう考えても…としか思えないわ」

「ボクもまさか司がそこまでするとは、予想してなかったよ。
ボクら駆けつけた時にはことはすべて終わっていて、フォローのしようがなかったんだ」

司くんが一言話すと、シオン、ロキちゃんがかならず悪い方向へ追撃する。
熟練のコンビネーションに司くんの顔色は、青を通過して真っ白だ。
画用紙に気弱げな目鼻口を書いたみたい。

「いま、みんなにその話をしていたんだが、俺も動物園の殺人を調べていて、ある事実にたどりついたんだ。
司の事件と俺の知った情報は、同じものかもしれない」

「本当ですか」

司くんは、すがるような目を蒼也くんにむけた。

「ああ。事件の様相がまるで変ってしまうという点が共通している。
そんな事実は、二つも三つもないはずだ」

「ですよねぇ。私もそんな気がして、はじめはヤードに行こうとしたんです」

「行くだけムダよ。すべては心神喪失状態になった司がやってしまったことだって状況が示しているわ。
心神喪失が認められても、危険な猟奇殺人者として病院の隔離病棟で余生をすごすのが関の山ね」

「マジェのヤードの19世紀レベルの警察力じゃ、司は逮捕即収監されて事実はあきらかにされないまま、塀の中で暮らすハメになるよ。裏社会の策謀でコリィベル行きかもね」

シオンちゃんもロキちゃんも司くんを追い込むことしか興味がないよね。
すごいパートナーシップだ。
煽られて司くんの眉間のしわが一層深くなる。
二人の言うことを聞かなきゃ、相手にしなきゃいいのに。
司くんの仲間への信頼はまったく揺らがないらしい。
こうなると、いい人転じて、困った人だ。

「万が一、マジェのヤードに問題があるとしても、現在の地球のスコットランド・ヤードなら大丈夫だ。
俺が保証する。まずは俺に話してみてくれないか。
いったい、なにをしたんだ」

袖まくりした白いYシャツ、赤ネクタイの熱血の青年刑事ファッションの高校生、マイト・レストレイドくんが司くんに尋ねた。
ずっとずっと前に聞いた話だと、マイトくんは芸能一家の出身で、おじさんは人喰い医師、お父さんとお兄さんは、親子刑事が当たり役なんだって。マイトくん自身も子供の頃から芸能事務所に所属していて、いつか英国公共放送、BBCTVのドラマで家族と共演するのが夢らしい。
役作りをかねて、パラミタにいる間はずっと、地球のヤードからきた青年刑事になりきってすごしている、とか。
ここまで努力家だけど、一般基準にすると危ない人だよね。
マンボウちゃん率いるグループだからこそ、生かされる人材です。

「今回の事件は地球とパラミタをまたにかけた巨大な犯罪とつながっている可能性が高い。
司さんの置かれた立場はどうあれ、俺ができる限り、保護する。
隠さずに教えてくれ」

マイトくんの熱演をみんな黙って見守っている。
完璧な演技者と本物の違いは、観客がいるかいないかだけだ、って誰かいってなかったっけ。

「私は、動物園の事件の犯人を知っています。
私は、犯行の一部始終を体験しました」

「体験した、とは」
マイトが先を促す、誰かがごくりとつばを飲んだ。
事件は、司くんの証言で新たな局面をむかえる。

「口にしてしまったら、後戻りはきかないわよ。
私は責任持てないわ。その橋を渡るなら、一人で行きなさい」

「さようなら。司。これからどんなめにあっても、ボクらをうらむのはおカド違いだからね。
ボクらはきみを救おうとしてたんだ。忘れないでね」

シオンちゃんもロキちゃんも役に徹して、ドラマを盛り上げてる。
僕は、なんだか、この二人がなんにも知らない気がしてきた。
現在のシュチュエーションを誰よりも楽しんでる二人の腹の底の笑い声がきこえる気がするんだ。
司さんくんは、両横にいるシオンちゃんとロキちゃんを交互に何度も眺めた。
二人ともきれいな顔をしているから、無表情だとよけいに薄幸にみえる。

「僕には、シオンちゃんとロキちゃんがいまにも吹きだしそうに思えるんだ」

「それはそうじゃろ。よくは知らぬが、二人の司へのいじめの歴史の中でも、こんなに愉しい場面はそうそうないはずじゃ」

僕のつぶやきに、ファタちゃんが唇の両端をつりあげた。

「わしにはシオンの額に、楽しければ全て良し、と書いてあるのがみえるがのう」

「ファタちゃんはシオンちゃんを知ってるの」

「同好の士ならば、話したことがなくとも、気持ちがわかるものじゃ。
人の不幸は蜜の味。蜜の味」

ファタちゃんの押し殺した笑いをBGMに、司くんはズボンのポケットから一枚の写真をとりだす。
だいぶ痛んでるハガキ大のカラー写真だ。
僕も他のみんなも写真をみようと首をのばす。

毒々しいまでに厚塗りメイクをした黒のゴスロリワンピースのツインテールの少女。
赤い目でこちらをにらみつけてる、不機嫌そうな彼女の顔、腕、体には、まるで返り血を浴びたかのごとく、赤い染みがところどころにあって、刃が赤黒く汚れた大型ナイフを手にしている。
コスプレにしては真にせまりすぎているし、これ、イカれた人の事後写真にみえます。
ヤッちまったから、ついでに一枚撮っとく、みたいな。
それに、だって、彼女の足元には脱力しきった人間の体らしきものが転がっているのが、一部、写りこんでるし。うつ伏せに倒れた上半身しかみえませんが、この人、死んでるよね。首が半分以上、胴体から切れかかってるんですよ。奥さん。

「私はあの夜、動物園でこれを拾ったんです。
いえ、拾ったと思っているだけで、最初から持っていたかも。シオンくんからもそう言われました。
そうかもしれません」

司くんの告白にマイトくんは頷いた。いつの間にか手袋をつけたマイトくんは、写真を受け取って、視線を注いでいる。

「見覚えのある顔だ」

「あいつだ。ノーマン・ゲイン。また変装か」

蒼也くんが断言するとマイトくんは意外にも首を横に振った。

「違う。
ノーマンに似てはいるが、これは」

「なにをもったいぶっておる。これはセリーヌじゃろう。
わらわは見た瞬間にわかったぞ。
これまで数えきれない役者たちと舞台で共演してきたが、一度みたものを忘れたことはないのじゃ。
にしてもひどいメイクじゃな。このレベルではとても大舞台に立つことはかなわぬぞ。
セリーヌも演劇をこころざした過去があるのなら、わらわに一言教えてくれれば、メイクも歌も踊りも指導してやるのに。
どうしようもない双子の世話に明け暮れる田舎娘じゃとばかり思っておったが、なかなか文化的な趣味を持っておるではないか。
おそらくアングラとはいえ、猟奇殺人劇とは、観客を選びそうな舞台よのう」

話に割り込んできたのは、羽衣を身にまとった仙女、金仙姫ちゃんだった。
鮟鱇ちゃんの親友の仙姫ちゃんは、舞台女優だったのか。
言われてみれば、写真はたしかに、セリーヌちゃんにみえた。
茶髪のはずのセリーヌちゃんが銀髪なのは、カツラでもつけているんだろう。
人には誰しもふれられたくない過去があるものだ。
若気の至りだよね。
よし。
シャメを撮って本人に送ってあげるとしよう。

「ワタシも一度、会った人間の顔は忘れないが、これはセリーヌだ。
よく似ているが、ノーマンとは違う。
そして、ここは舞台ではない。
刃物も、死体も、血痕も、なにより写真の中の空気が、本物だ。
これは殺人現場で撮られた写真で、加害者はセリーヌだ。
彼女の目がそれを証明している。
自覚的な犯罪者が人を殺した時の目だ。
ワタシが保証する、この写真は殺人の直後を撮影したものだ。間違いない」

ピクシコちゃんの解説で、室内の温度がすこし下がった気持ちがした。

「みなさん、なんだか、寒くないですか」

舞ちゃんが同意を求めても誰もこたえなかったけど。

「セリーヌさんに変装したノーマンという可能性は」

「可能性は認めるが、メリットはあるのか。
この写真はずいぶん昔のものにみえるぞ。
セリーヌさんもいまよりも、だいぶ若いと思う。
やはり、当時、現場で撮られたものと考えるのが妥当じゃないのか」

蒼也くんの問いにマイトくんが応じた。
再び、沈黙が訪れた場で、司くんが口を開く。

「私は、動物園で拾った写真をサイコメトリしてみたんです。
単純に落とし主を知りたい。
誰が落としたのかわかれば返してあげよう、ぐらいの思いでした。
正直、気味の悪い写真ですが、内容について深くは考えませんでした。
サイコメトリをした私がみたのは」

「司自身が犯した殺人」

「被害者から写真を奪う自分だよね。司はきっとその写真の女の子に恋をして、自分のものにしたくなっちゃったんだよ」

お約束のシオンちゃんとロキちゃんの攻撃に、司くんは頭を抱えた。と、蒼也くんが司くんの前へゆき、

「さっきも言ったように、俺と司が知った事実は、たぶん同じものなんだ。
一人で話すのがつらいのなら、俺と一緒にせーので口にしてくれないか。
同じ言葉を二人同時にしゃべるだけさ。
自信を持って。
いいかい。俺に合わせて」

「せーの。動物園の」

蒼也くんが先に言うと、やや遅れて司くんも、

「動物園の」

「殺人事件の」

「殺人事件の」

「実際の」「実際の」

息があってきた。ここで一呼吸おいて、
蒼也くんは、「被害者は」
司くんは、「加害者は」

「アンベール男爵」

言い終えて二人は、目を合わせ、唖然としている。
衝撃の事実だ。
動物園で殺したのも、殺されたのも、どっちもアンベール男爵なの。