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【若社長奮闘記・番外編】初めての○○

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★ラッキーボーイは安全な食事をとる★


 翌日。
 朝食は少し変わったもの――アガルタならではのものを、ということでフェイミィが案内したのは『フリダヤ』だった。常連の土星くんが歓喜した。
『久々やなぁ……ん? 見たことないメニューが』
「いらっしゃい……って、土星くん? 久しぶりだね」
 出迎えたフダリヤの料理人佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)と土星くんが親しげに会話を交わす。その声を聞きつけたオーナーの真名美・西園寺(まなみ・さいおんじ)も顔を出して挨拶をし、一行を席へと案内する。
『わしは661のさたーんまんで』
 そしていち早く注文したのは土星くんで、新メニューを指差した。

 さたーんまんは、新商品を、と真名美に頼まれた弥十郎が考案したもので、いつものごとくこだわりが満載だ。
 まず生地はイースト菌で発酵させ、その際に発酵を進みやすくするためと栄養価のため、蜂蜜を少し使用している。今回のターゲットが中高生なので、パプリカと玉ねぎ(のようなもの)を大量に炒めて甘みをだし、たけのこ(のようなもと)のみじん切りを加えて食感を広げた。その上でひき肉を加えて餡のコストを下げている。パプリカ(のようなもの)を入れた理由は「緑黄色野菜……ないよねぇ」と栄養面を気にしたためだ。
 名前は、そのパプリカ(のようなもの)が10本に一本くらい辛いものが存在するため、「サタンマンとかでどうだろう?」弥十郎が提案したのが由来だ。そこに真名美が付け加えてこの名前になった。土星くんの形を模しているので、土星が6番目の惑星、土星は62の惑星ということで662にしていたが
「縁起がよいなら割り切れない奇数かな」

 通常販売する分には、熟練の技で辛いものを除いているが、どうせなら、と注意書き付で販売している。

※特別に辛いものもあります。
 ついに出た。
 フリダヤの肉まん661。
 土星君の微笑と土星君の大激怒。
 君の舌に光臨するのはどっちかな。

 後々には辛い味を引くとラッキーになる、として個数を減らして売り出そうとまで考えている。

「じゃあ俺は冷やし中華と、その661のさたーんまん? で」
 ジヴォートが注文を言うと、偶然隣に座ったランディ・ガネス(らんでぃ・がねす)も元気よく手を上げた。
「俺、冷やし中華大盛り! さたーんまん10こ。あ、鍋も食ってみたいな」
「ランディ。そんなに食うのか?」
ジヴォートはそれだけでいいのか?」
「……少ないか?」
「少ないって」
「いや。普通だから。ランディが多いだけだからね」
 そうか。俺は小食なのかといい始めたジヴォートを見て、理沙がツッコミをいれる。ランディは、しかしよく分かってない顔をして、すぐに怒られたことを忘れたのか。にこにこと料理が来るのを待つ。
「楽しみだなぁ。やっぱ折角旅行に来てるんだから、名物食べないとな。
 ……で、ココどこだっけ? ア……そうだ! アルダガだな。アルダガ名物たくさん食べたいな」
「アルダガじゃなくて、アガルタだから! もう、何度も教えたでしょ?」
「え? そうだっけ? まあ細かいことは気にするなって」
「細かくないわよ!」
「まあまあ落ち着けって。そうだな。アルダガ名物たくさん食べようぜ……あれ?」
「うつってるし!」
 理沙さん……お疲れ様です。

 この後は、土星くんが歓喜の踊りを披露したり、ランディが無限の胃袋の実力を発揮したり、ジヴォートがさたーんまんの『アタリ』を引いて顔を真っ赤にしたり、それを介抱したり笑ったりからかったりしつつ、楽しい朝食の時間は過ぎていった。

「すぐアタリ引くなんて……きっといいことあるよ」
「それより水ー」
「はいどうぞ」

 水を飲んで辛さをしのいだジヴォートだったが、美味しいのは美味しかったらしく、もう1つ頼んで恐る恐る口にしていた。そちらは『ハズレ』だったようで、美味い美味いと絶賛していた。


* * *


「やあ、いらっしゃい」
 ジヴォートの休憩後、一行が訪れたのはエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)が率いる『にゃあカフェ』だ。増築をしたらしく、隣留守ペースに動物病院も併設されていた。
「病院もあるんだな」
「うん。猫以外も診れるよ。俺も獣医して勤務してたりもしてるんだけど、24時間は無理だから街の獣医さんたちと一緒に、だけどね」
「ほほお。今回は連れてこれませんでしたが、今度来る時は他の子達と一緒に来ようと思っていまして、助かります」
 イキモは家で留守番している家族たちのことを思い出しているのだろう。優しい声で言うのに、ジヴォートも「動物病院があればいざと言うとき安心だもんな」と同意した。
「何もないに越したことはないんだけど、なかったら困るからね。……まあ、今日はゆっくりしていってよ」
「おう! おじゃましまーす」
 中へと案内したエースは、猫たちの紹介に移る。頬が緩んでいるのは気のせい、ではないだろう。
「茶トラの子が『きなこ』で、ハチワレの『おはぎ』とサバトラの『ごましお』、白猫金目銀目の『おもち』。
 前は三毛の『ちまき』がいたんだけどは新しいお家が決まってお嫁に行ったので、黒白猫の『おにぎり』が増えたよ。頭についている黒の模様がおにぎりの海苔みたいなので『おにぎり』と命名したんだ。
 他にもキャットシーは長毛ハチワレの『なな』とチョコポインテッドの『ここ』がいるんだけど、この子達は営業部長しているよ」
「へぇ、思っていたよりたくさんっとと」
「にゃあ」
 営業部長、と言われたなながさっそくジヴォートに飛びついた。笑って受け止め、「かしこいな」と頭を撫でる。隣ではイキモも別の猫と仲良く会話? している。さすがというべきか。動物の扱いには慣れている。そしてエースの猫自慢を楽しそうに聞き、猫たちの保護に関してはできることがあれは手伝いたい、と申し出た。
 そんな和やかな会話の後ろでは

『おおおおおおっだからなんで毎回わしを追いかけてくるんやーーー』
「にゃあああっ」
 丸い物体と猫たちの追いかけっこが始まっていたが、2人とも楽しそうだなと言うだけで助けるそぶりはない。エースも猫が楽しそうなので止める気はない。というより、誰も助ける気はないようだ。

「はい、どうぞ。プリティ・コーンです。この子達にあげてみてください。喜びますよ」
 周囲の社員たちにそういって土星君な外見のニャンコおやつクッキーを渡しているのはエオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)だ。動物番組を作っているとはいえ、直接動物たちに触れ合うことのない社員たちもいるらしく、手つきはおどおどしている。
 緊張している彼らを和ませようと、エオリアは『土星くんスペシャル』というケーキと先ほどのおやつを一緒に持ってきたのだ。ケーキは人間用でドリンクもついてくる。土星君を模した蒸しケーキにチョコで輪を描いてあり、目で見ても楽しい一品だ。女性陣がソレに喜んだ。
「けっこうお客さんに人気なんですよ。ぜひどうぞ」
「じゃあ、いただきます」
 エオリアの美味しいケーキとエースの入れる紅茶を楽しみながら、土星くんと戯れる猫たちを眺める。ただそれだけで癒されるものだ。

「あ、ジヴォート君いらっしゃい。以前はエースの無茶ぶりで子ニャンコ達救援物資のお買い物に付き合ってもらってごめんね。とっても助かったわ、ありがとう」
「ああ、久しぶりだな。いや、俺こそあまり街を歩きなれてなかったから助かった。勉強になったし……それで、あの子達は」
 猫風メイド服で出てきたリリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)が礼を言うと、ジヴォートも言い返す。そしてずっと気になっていたことをたずねる。リリアは笑った。
「あのときの子達は皆新しいお家も決まって、皆愛されで優雅な生活を送っているのよ、良かったわ」
「そっか。うん。良かった……って、悪い。遅れたけど、似合ってるぜ。その服」
「あらありがとう。でも普段は『レディの着る服じゃない』とかって言われて着れないのよね……まあそれはさておき。
 ゆっくりしていってね。歓迎するわ」
「ありがとう。そうさせてもらう」
 頬に手を当てて息を吐き出すリリア。言った人物が誰かと言うと、にゃあカフェの奥でゆったりと読書しているメシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)だ。

 猫を運ぶ手伝いだけはしたものの、接客はエースたちの仕事だとここにいる。だがそれでも今日の予約が多いのを知っているので
「私は手伝わないけれど、代わりにミャンルーを連れて行ってあげるから、この子にも店の手伝いをしてもらおうか」
 ということでミャンルーにカフェの制服を着せて送り出した。メニューを運ぶ、のは無理そうなので接客を中心にとエースたちには伝えてある。
(喋ることができるし、少し動物が苦手でも気楽に接することが出来るだろう)

「急にだと驚くので、そっと撫でてあげてくださいみゃ」
「……ふわふわだ」
「そうですみゃ。上からは基本怖がるから、同じ目線で下から手を差し伸べるといいみゃ」
 そうして手伝いに借り出されたミャンルーだが、ちゃんと仕事を果たしているようだった。

 談笑した後、リリアがそうだ、と箱を一つ持ってくる。
「よかったら玩具も使って遊んであげてね」
 中に入っているのは猫たちの玩具。手にとってみれば、それらが手作りだと知れた。既製品よりもずっと温かみのあるものだ。
「たくさんあるな……ん? これが好きなのか?」
「みゃああ」
 ジヴォートがどれにしようかと悩んでいると、同じように箱を覗き込んだ猫が1つの玩具をじっと見ていた。ならこれで、とジヴォートが手に取ると元気よく飛びついてきたので、そのまま遊び始める。
 それぞれが各々の楽しみ方で猫たちと戯れているのを、リリアはよ〜く見守る。
(引っかき傷とかには気をつけないとね。猫たちも気をつけてくれるけど、傷つけるつもりじゃなくても猫たちの爪はやっぱり鋭いし)
 
 そうした気遣いのおかげで、ジヴォートたちは楽しい思い出を作り、また別の場所へと向かっていった。
 一行の姿を見送っていたエースとリリアは、彼らの後ろを歩く一団を見つけ、顔を見合わせた。

「エース。あれって」
「いないと思ったらあんなところに……う〜ん……次は一緒に来てくれるといいんだけどなぁ」


* * *


「なぁ、今回のツアーってC地区が入ってないけど、なんでなんだ?」
 ジヴォートフェイミィにたずねた。フェイミィは「ああん?」と言いかけて、咳き込んだ。2日目ともなると気が緩む。
「C地区はちっと治安が悪いんだ、ですよ」
「たしかにガイドに書いてあったけど、そんなになのか?」
「まあ大通り沿いならそう悪くないんだ、ですがね。何かあっても困るから」
「あ……そっか」
 今回は大所帯だ。ジヴォートは後ろの社員たちを見て、う〜んと唸った。C地区に知り合いが店を出したと聞いたので行ってみたいのだが、社員たちを危険にさらすわけにはいかない。
 悩んだ後。

「あー、この後の自由時間にさ。ちょっと行きたい所あって、つれてってくんねーかな?」

 自分だけで行くことにして、そう頼む。フェイミィは良い顔をしなかったが、おそらくプレジもついてくるだろうし、2人でジヴォートを守るのならば大丈夫かと頷いた。


* * *


 全暗街(C地区)のある1つの建物内で、今日も今日とて高笑いが響いていた。
「フハハハ! 我が名は世界チェーンを目指す秘密喫茶オリュンポスの店主、マスターハデス!
 ククク、今日も全世界展開という野望のために、商売に励むとするかな!」
 ドクター・ハデス(どくたー・はです)が、部下たちを前に朝礼(?)を行っていた。近所迷惑になるのでは、という声の音量だがそこはご安心を。防音はバッチリだ。防音どころか、店も完全に周囲の景色と一体化している。
 ……それは店としてはどうなのだろう?
 そんな疑問を抱かせる秘密喫茶だが、見つけにくいがゆえに探そうとする者が大勢いるのは事実で、しかしながらたどり着けないものも多い。オリュンポスのドジっ娘メイドヘスティア・ウルカヌス(へすてぃあ・うるかぬす)は、このままではいけない、と独自に動き出した。

「ハデス博士のやり方では、大勢のご主人様たちにご満足いただくことはできません!
ここは私がご主人様たちをお店にご案内しなくてはっ!」

 メイド型機晶姫の血? がうずいているのかいないのか。ヘスティアは街へと繰り出した。
「いらっしゃいませ、ご主人様! 秘密喫茶オリュンポス、営業中です!
 マスターの料理とコーヒーは美味しいですよ!」
 行っているのはビラ配り。やたらと『マスターの』というところに力が入っている気がするが、気のせいと言うことにしておこう。事実は、実際に通った者だけが知ることが出来る。
 笑顔でビラを渡していくヘスティア。メイド服姿で、しかもご主人様と周囲に呼びかけているため、メイド喫茶と誤解されていたりするのだが、必死なヘスティアはそんなことに気づかない。

「えーっと、ここは……たぶんここを曲がれば」
「いらっしゃいませ。秘密喫茶オリュンポス、営業中です」
 メモのようなものを手にきょろきょろしていた佐々布 牡丹(さそう・ぼたん)の手にもビラが乗せられる。牡丹は営業に出ていたのだが、複雑な迷路のようになっているC地区だ。まだ不慣れで、少し道に迷ってしまっていた。ビラには地図が書いてあり、そこを見ると自分の予測が当たっていたのを知る。
「……良かった。何とか帰れそうです……それにしても、秘密喫茶、ですか。たしかお客さんが前言ってたような」
「ここからすぐですので、お時間よろしかったらぜひ来てください。あ、そこのこそこそしているご主人様たちもどうぞ〜」
「だ、誰がこそ泥だ」
「誰もそんなこと言ってないよ」
「言ッテマセン」
 自信が営む修理屋の客が「秘密喫茶にたどり着いたものの、その時の記憶がない」という話をしていたのを思い出す。秘密なはずなのに存在が秘密じゃないけど場所は秘密な不思議なお店なのだとか。
 言っていて良く分からなくなってきたが。
「そろそろお昼ですし、ちょっと行ってみますか」
 ビラの地図を見ながら歩く。と、そのとき。建物の隙間からひときわ高い塔が見えた。A地区の電波塔だ。
「あ、そう言えば電波塔が完成したんでしたっけ? お店の宣伝を出来たらお客さんも来るかもしれませんが、今はまだ宣伝を流してもらう為の資金もありませんし……頑張らないとですね!」
 新たに気合を入れて、オリュンポスを目指した牡丹だが、肝心の店が見つからない。
「おかしいですね。地図によるとこのあたりなはず……」
 たどり着いた場所はただの民家であり、看板も何もない。首をひねる。

「ああ着いた。着きました。あれだ、です」
「あれって……普通の家なんじゃ」
「いや、間違いない、ですよ」
 そこへジヴォートたちがやってくる。
「あ、そのビラは」
「もしかして秘密喫茶か? ならそこであってるぜ」
「行き先一緒か。じゃあ一緒に入ろうぜ」
「は、はい」
 互いに同じビラを持っているのを見て、一緒に中へと入ることに。


「世界各地に秘密喫茶オリュンポスの支店を出し、人々の生活に溶け込むことが計画の第一段階。
 よもや、喫茶店の店員が全員、秘密結社の構成員で、客の会話に聞き耳を立てて情報収集をしているとは思うまい!
 こうして得た企業秘密や個人情報を活用し、世界を支配してくれるわ!」
 遠回り過ぎる計画を実行中のハデスは、厨房(実験室風の内装)に立ち、今日もその腕を振舞っている。料理の腕は良いのだから、もっと入口を分かりやすくすればその計画ももっとスムーズにいくだろうに……。
 そのときドアが開く音がした。

「む? どうやら、客のようだな」
 出来上がった料理を部下(特戦隊)に渡し、ハデスは客を迎えに行く。
「フハハハ! 我が秘密喫茶によく来たな! ここまで辿りつけたことは褒めてやろう!
 だが、タダで帰れるとは思うなよ!(飲食代的な意味で)
 我ら秘密喫茶オリュンポス一同、丁重に出迎えてくれるわ! メイド(ヘスティア)の土産も受け取るがいい!」
 いきなりな出迎えに驚く牡丹だが、ハデスを知っているジヴォートは笑った。
「はははっ! あいかわらず元気そうだなぁ」
「む? ジヴォート・ノスキーダか! よく来たな」
 談笑する2人にようやく我へと帰った牡丹は、ハッとして名刺を差し出した。
「『佐々布修理店』の佐々布 牡丹です。今日はご挨拶と美味しいコーヒーをいただきに参りました」
「俺はマスター・ハデスだ! 存分にコーヒーを飲んでいくといい」
「何倍も飲むと腹壊すぞ?」
「えっ?」
 そんな会話をしつつ、飲み物と料理を頼む。本日は料理長がいないので安心だ。何が安心かは……私の口からは言えない(がくぶる)。

 とにかく不思議な雰囲気の店と店長ではあるが、コーヒーと料理は普通に美味しく、牡丹は「記憶をなくす」という噂は所詮噂だったのだと安堵した。

 ……知らなくて良いことというのは、世の中には溢れているのだ。