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【若社長奮闘記・番外編】初めての○○

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★地下の街には不思議やハプニングや幸せがいっぱい★


「しかし、ここが本当に地下なんて思えないなぁ」
 思わず、といった様子で呟いたジヴォートに、案内役のルカルカがくすりと笑った。
「明るいでしょ? 最初来た人は同じように驚くんだよ」
「うん。地下の街って聞いてたからさ。悪いけど、暗くてじめじめしたイメージがあったな」
 正直に言葉を漏らすジヴォートに、ダリルがでは、と声をかける。
「ではジヴォート。地下都市のメリットとデメリットは分かるか?」
 表情に差はあまりないが、ジヴォートの教育係としてのスイッチが入ったのをルカルカは察して、呆れる。
「(こんな時にまで先生にならなくてもいいのに)」
 しかしながら、そこまで真剣に教育するのはジヴォートの飲み込みの速さを気に入っているからだとも知っているため何も言わず、近くにいたプレジイキモと会話を交わすことにした。
 ジヴォートもいきなりの質問に驚いたようだが、すぐ真剣に考え始めた。
「うえぇ? そ、うだな……ニルヴァーナについて多少調べたけど天候が荒々しくて魔物も強いって聞いた。だからそういった天変地異や外敵に強い事、かな」
「正解だ。付け加えるなら、地熱の利用もしやすい」
「あ、そういやサウナもあるんだっけか。行きたいって言ってるやついたな」
 サウナー、と騒ぐ女性社員を見ながら呟くジヴォートにダリルは頷きを返し、「ではデメリットはどうだ」と先を促す。コレには先程よりも長い間考えていたジヴォートだが、生き物には詳しい彼だ。日照不足だな、と先程よりも強く答える。
「ニルヴァーナの生き物は分からないけど、俺たちにはやっぱ太陽が必要だから。あと空気が澱みやすいのも問題だよな。……アガルタの空気は流れてるみたいだけど」
「正解だ。ハーリーも換気に関してはかなり苦労したようだが、今は協力者を得て遺跡の設備も使って換気している。日照不足も日々研究して対策を練ろうとしているようだ」
「へぇ〜」
 協力者、と言う時。ダリルはそういえば『彼』は今何をしているだろうかと思いをはせた。
(後で連絡を取ってみるか。ジヴォートにも紹介したいしな)

「ではこれらとニルヴァーナの現状を踏まえ、アガルタにはどんな経済的ニーズがある?」
「え〜っと」
「それを頭の片隅に回るといい。経済人の眼で物事を見れるようになる筈だ。
 この回答は旅行の最終日までの宿題とする」
「宿題! う〜」
 電波塔が見えたダリルはそこで話を区切り、残りを宿題とすることにした。ジヴォートは不満そうだが、イキモや社員がいるからか。駄々はこねなかった。だがそんな心境は周りに駄々漏れで、生ぬるい目線が送られていた。気づいていないのは当人だけだ。

「あ、ハーリーさん! 電波塔とショッピングモール完成おめでとう! これ、よかったら」
 電波塔の入口に立っているハーリーを見かけ、ルカルカが笑顔で駆け寄る。手渡したのは、用意していた花束と万年筆の入った箱だ。
「悪いな。ありがとう」
「どういたしまして」
 少し遅れてきたイキモも、ハーリーと握手して挨拶をし、ルカルカがジヴォートの腕を引く。
「ジヴォート、こっちへ」
「お、おう」
「ハーリー君。息子のジヴォートです」
「はじめまして。ハーリー・マハーリーと申します。あなたの父君には昔お世話になりまして……っという堅苦しいのはおいといて、話には聞いてる。いい息子をもったって、いつも自慢されてるよ」
「ふぁっ?」
 真っ赤になって照れるジヴォートを皆でからかったりしつつ和やかに談笑した後、セレモニーが始まった。


* * *


 セレモニー&電波塔内の見学を済ませてから、一向は街の中央へとやってきていた。街の中央、大通りが交差する場所に作られた広大な公園、噴水広場だ。
「いい、ピノ? 噴水には気をつけてね」
「うん、ピノ噴水に気をつけるの」
 噴水広場でそれぞれが心地よさそうに旅の疲れを癒している中、妙に真剣な表情をしている白波 理沙(しらなみ・りさ)ピノ・クリス(ぴの・くりす)に言い聞かせている。ピノは良い返事で頷いているが、理沙はそれでも心配そうだ。
 なぜそこまで心配なのかと言うと、実はピノ。泳ぎが得意そうな見た目と違い、かなづちなのだ。しかも無自覚。この広場の公園はピラミッドの上にネコが立っている変わった形をしているアガルタ名物の1つなだけに、近づいておぼれないかと理沙は心配でならないわけだ。
「ん? どうしたんだ? 噴水見ていかないのか?」
「あ、ジヴォート君!」
 そんな彼女たちの様子に気づいたジヴォートが「何かあったのか?」と心配げに近寄ってくる。理沙はそれに「大丈夫」と否定を返してから、旅行について改めて礼を言う。
「みんなで旅行、楽しいの! ありがとう、ジヴォート君!」
「そうか。楽しんでくれたら俺も嬉しいな」
「あ! あっちも面白そう! 一緒に行こう?」
 くいくいっと服を掴まれたジヴォートが理沙を伺う。理沙が苦笑しながら頷いたので、ジヴォートはピノに引っ張られて楽しそうについていった。
「……ふふ。まあ、楽しそうだし、他にも大勢いるから大丈夫……よね?」
 暖かく見送った後、理沙は何かを感じて首をかしげた。そう。先ほどピノが向かった方角には……噴水がある。

「ピ、ピノぉ!」
「わぁー、何か沈んでるねぇ〜。何でだろー?」
「きゃー!? いつの間にかピノが溺れてるー!」

 見事におぼれたピノ(でも溺れている自覚なし)を、ジヴォートと理沙でなんとか助け出したのだった。


* * *


『おおっどないしたんや。今アガルタにおるんか。奇遇やな。わいも……んん? なんや、騒がしいの』
 ふよふよと浮きながら電話していた土星くん 壱号(どせいくん・いちごう)君が振り返った。小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)も同じ方角を見て首をかしげる。
「ほんとだー。何かあったのかな」
「……どうやら噴水のほうですね」
 3人は遺跡から、土星くん弐号。もとい、移動式住居の改造のために素材を運んでいた。今はその休憩中だ。
 噴水がある方角に人だかりが出来ている。気になった美羽がベンチの上に立って覗き込んでみると

「あ、ジヴォート君だ!」
『じ、じヴぉ? ちょ、輪っかを掴むんやない!』
「あらあら」
 野次馬に囲まれているのが知り合いと知った美羽が、土星くんを掴んで元気良く駆け出していく。ベアトリーチェは「まあ」と驚きながらも、土星くんが落とした電話を拾ってゆっくりと後を着いていく。驚いている電話の相手には事情を説明して謝っておく。
「おーい、ジヴォート君! 何してるの?」
「はぁ、とりあえずピノが無事でよか……ん? あれ、美羽か。何してるんだ?」
「それはこちらの台詞ですよ。びしょ濡れじゃないですか。風邪ひいてしまいますよ」
「おお、わりぃな。えーっとちょっと噴水で泳いでた?」
『何で疑問系やねん』
 ベアトリーチェがハンカチを手渡すものの、あっという間に水を吸ってしまい、ハンカチまでずぶ濡れになった。ジヴォートはそれに申し訳なさそうな顔をし、また洗って返すと懐にしまった。ベアトリーチェは気にせずに、と返しながら土星くんに電話を渡す。
「……あ、そだそだ! こっちの球体は土星くんって言うの。土星くん、ジヴォート君だよ。テレビ番組作ってる会社の社長さんなんだから!」
『ん? じゃあお前さんがダリルの言ってた』
「え? ダリル先生と知り合いなのか?」
『そやで。さっきも電話で……』
 電話を手にきょろきょろと周囲を見回していた土星くんは、電話を片手に手を上げているダリルを姿を見つけて小さな手を上げた。駆け寄ってきたダリルは、ジヴォートにそっと土星くんの本名「コーン・スー」を教え、今土星くんがしていることを説明した。

「そっか。家族を迎えに行くのか。……俺に出来ることあったら言ってくれよ。たぶん、父さんも同じこと言うと思う」

 仕事で一度別れているイキモだが、後日土星くんへの協力を正式に申し出た、らしい。

 さて、本当にこのままでは風邪を引くということで、近くに出来たショッピングモールで代えの服を買うこととなった。

「ショッピングモールなら私と土星くんに任せて!」
『おいっ? なんでわしまで』
「ふふふ。そうですね。運搬の方は私が引き継ぎますから、2人は行って来てください」
 最近また土星くんが働きすぎているのを知っているベアトリーチェが、戸惑う土星くんの背中を押す。ジヴォートたちと一緒にアガルタを見て回るのは、きっと良い息抜きになるだろう。
(早くお仲間さんに会いたいのも分かるのですが、頑張りすぎですからね。
 これで美羽やノスキーダ親子と一緒に、土星くんにも楽しい一時を過ごしてもらいます)
「そうなのか! よろしく頼むな」
『うっ。い、いや、わしはやると言ってな』
「ほらー、行くよー。あっちにある土星くんの巨大バルーンが目印だよ」
「え? なんでコーンのバルーン?」
「へへん。土星くんってアガルタのイメージキャラクターもしてるんだよ。グッズもたくさんあってね。私もストラップ持ってるんだよ、ほら」
「まあ、そうですの? 私もアガルタは初めてなので知りませんでしたわ。……でもほんと可愛いですわね。私も何かグッズがほしいですわ」
「私もほしい!」
 途中で会話に入ってきたチェルシー・ニール(ちぇるしー・にーる)をはじめとした女性陣が買い物の話で盛り上がる。

「ならねー、お勧めのお店があるよー。ストラップとかぬいぐるみもあるんだけど、土星くん焼きっていうのがあって」
『あれか……わしが食われとるようで複雑なんやけどなぁ』

 ということで、一向は美羽の案内でショッピングモールへと向かった。


* * *


 ジヴォートたちがショッピングモールへ向かう少し前のこと。
 彼らと同じようにアガルタを観光しているグループがいた。そのうちの1人、千返 かつみ(ちがえ・かつみ)はパートナーの説明に耳を傾けていた。
「この噴水の名前は『L’Esperanza』と言うそうだよ」
「へ、へぇ」
 かつみに観光名所の案内をしているのは、エドゥアルト・ヒルデブラント(えどぅあると・ひるでぶらんと)。いつもいろんな場所に連れて行ってくれるかつみへのお礼として、今回の旅行を計画した。
 本当は、かつみがアガルタへ来るのは二度目だが、それはパートナーたちに内緒で受けた依頼でのこと。街については調べたものの観光自体は出来ていなかったので、初めて訪れた街のように感じていた。

(……でもなんで突然アガルタなんだろう?)

 疑問には思ったものの、まあいいかと、地面に描かれた猫の足跡を眺めた。
「わ、すごいです! 足跡を追っていったら、噴水に着きましたよ」
「かなり遠回りだったがな」
 猫の足跡を追いかけていた千返 ナオ(ちがえ・なお)ノーン・ノート(のーん・のーと)が戻ってきて、そんな感想を述べた。ノーンによると、足跡は噴水から始まっているらしいので、噴水になっている猫が歩き回った、ということなのだろう。

 ……もちろん。この噴水が本当に動いたりはしないが。

「っと、そろそろ次の場所へ行こうか。ほら、あそこに見えるバルーンのとこだよ」
「ん?(あれ。あんなところにバルーンってあったっけ)」
「あ、先生! あっちにグッズ売り場があるそうですよ」
「む。仕方ない。付き合ってやろう」
「お、おい2人ともっ?」
「1時間後には出入り口に戻って来るんだよー」
 
 かつみたちと別行動をとったナオとノーンは、グッズ売り場の前を通り過ぎる。
「う〜ん、プレゼントって何がいいですかね」
「そうだな。あいつはあんまり物欲なさそうだからな。シンプルなアクセサリーかペンとかの実用品あたりはどうだ?」
「あ、いいですね。ええっとアクセサリーショップは……」
 2人が相談しているすぐ横を、中年の男が頭を抱えて通り過ぎていく。

「どうしたものか。やはりネクタイピンや万年筆などの実用品が……?」
 仕事中なはずのイキモである。
 悩んでいる様子の彼だったが、顔を上げたときに同じく悩んでいた2人と目が合った。
「…………」
 しばしの無言の後、もしかして、とナオが口を開く。そして互いに目的が同じと知り、ともに店へ向かうことになった。
「そうなのですか。喜んでくれるといいですね」
「ありがとうございます」
「こういうサプライズに弱そうだから、面白いことになりそうだな」
「楽しみですねぇ」
 すっかり意気投合した後、互いの健闘を祈りあって別れる。

 そしてイキモはジヴォートたちと、ナオとノーンはかつみたちと無事に合流したのだった。