リアクション
葦原島の休日 「アキラよ、少し大事な話があるんだが、いいか?」 「んー、今、忙しいから、後でー」 ゲームに夢中であったアキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)が、後ろを振りむきもせずに答えた。そのため、声をかけてきたルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)の顔がいつになく真剣であったことにまだ気づいてはいない。更に、その表情のまま、ルシェイメア・フローズンが電源コードに手をのばしたことなど、気づくはずもなかった。 ブチッ……。 「うわああああ、やっと手に入れたレアアイテムがああああ!!」 苦労してやっと手にいたゲーム内レアアイテムが電子の海に消えていく。 「何するんだ!! あれが、どれだけの値段だか……」 さすがに、激怒して振り返ったアキラ・セイルーンだったが、じっと真面目な顔でこちらを見つめているルシェイメア・フローズンの顔を見て、すぐに大人しくなった。この雰囲気は、ちょっとただごとではなさそうだ。 「大事な話なのじゃ。ちょっと、こちらへ来い」 言われるままに今へと移動すると、そこにはセレスティア・レイン(せれすてぃあ・れいん)とヨン・ナイフィード(よん・ないふぃーど)がすでに集められていた。 「何、これ。家族会議!?」 「まあ、そのようなものじゃな。とにかく、座れ」 さすがにちょっとびびるアキラ・セイルーンに、ルシェイメア・フローズンがソファーの一画を指し示した。 いったい何をやらかしたっけと、アキラ・セイルーンの頭の中で走馬燈と死亡フラグがグルグルと渦を巻いて三倍速再生される。 「こうして貴様に来てもらったのは他でもない、これからのことを話しておこうかと思っての」 「これからのこと?」 ルシェイメア・フローズンに切り出されて、アキラ・セイルーンが小首をかしげた。これからのことというと、まさか、アキラ・セイルーンのフリーダム加減に嫌気がさして、契約解除とか言いだすのではないのだろうか。それとも、これからの生活設計……、まさか、結婚!? いや、ルシェイメア・フローズンと結婚したら、とりあえず小言は言われても、いろいろやってくれそうだし……。ヨン・ナイフィードも可愛いし、セレスティア・レインはいつでも胸を……。 「……というわけじゃ。これ、アキラ、聞いておるのか!」 「あ、いや、すぐに決めるというわけには……」 ぼーっとしていたアキラ・セイルーンに、説明したばかりのルシェイメア・フローズンが溜め息をつく。 「もういい。これを見た方が早いだろう」 そう言って、ルシェイメア・フローズンがアキラ・セイルーンに一枚の紙切れを差し出した。何やら、たくさん0がならんでいる。 「これは?」 「タケノコ要塞の修理代請求書じゃ」 恐る恐る訊ねるアキラ・セイルーンに、ルシェイメア・フローズンが答える。タケノコ要塞、つまり、先のアトラスの傷跡付近でのエリュシオン帝国の反乱艦隊との戦いで大破した絶対無敵要塞『かぐや』のことである。 敵旗艦を道連れに自爆するという活躍を見せたものの、土台を残してほとんど吹っ飛んでしまった野戦築城だ。ひとまずは恐竜騎士団から調達した部品や、シャンバラ大荒野に落ちていたどこかの機動要塞の破片とかを拾い集めて修理をしたのだが、修理途中に第一装甲板を盗まれて月基地との通信アンテナに使われて修理をやり直すはめになっている。 もちろん、それらは必要経費としてエリュシオン帝国が立て替えてくれていたとばかり思っていたのだが……。どうやら、正式にフリングホルニの艦隊に参加したわけではなかったので、補填対象外にされてしまったらしい。 「修理代って、こんなにかかるものなのか!?」 「知らなかったのか。だいたいにして、機動要塞や野戦築城、はっきり言えばイコンでさえ、本来なら個人で維持するということは本来不可能に近い。それが可能なのは、シャンバラ政府と各学校などの支援があってのことなのじゃ。そのおかげで、維持費や修理代は驚くほど安い」 「だったら、なんで、こんな金額の請求が来るんだよ」 おかしいじゃないかと、アキラ・セイルーンがルシェイメア・フローズンに食ってかかった。 「あのとき、修理はパラ実や恐竜騎士団の協力の下で行ったじゃろう。ただではなかったのじゃ」 「ぼったくりです」 「ぼったくりよね」 ルシェイメア・フローズンの言葉に、セレスティア・レインとヨン・ナイフィードが唱和する。 確かに、パラ実生や恐竜騎士団なら、修理代がぼったくり価格でもまったく不思議ではない。 「それって、クーリングオフは……」 「もう、無理じゃな。他にも、ジャイアントピヨの餌代やオプション代や、タマやトラなどのニャンルー隊のお給金も馬鹿にはならぬのじゃ」 ルシェイメア・フローズンの言葉に、セレスティア・レインとヨン・ナイフィードもちょっと肩身の狭そうな表情をしている。 「正直なところ、現在、我が家の経済は非常に圧迫しておる。そこで、今までの生活を見直し、節約できるところは節約していこうというのが、ワシらの意見じゃが、これには異論はないな?」 自分以外の者たちにじっと見つめられて、アキラ・セイルーンがこくりとうなずいた。それに関しては、異論をはさむ余地はない。 「で、ここからが本題なのじゃが、ここに、もう一つの請求書がある」 そう言って、ルシェイメア・フローズンが別にの請求書をアキラ・セイルーンの前に差し出した。クレジットカードの会社からの請求書だ。だが、明細がなく、合計金額だけの物である。それが、こちらもちょっと桁が多い。 「すでに、二人には問い質した。覚えがないと言うことじゃ。となれば、残るのはアキラしかおるまい。で、貴様は、これだけの金額をいったい何に使ったのじゃ?」 「ええっと……、俺も、覚えがないなあ……」 アキラ・セイルーンがすっとぼけようとした。もちろん、思いっきり覚えがある。 「何に使ったのじゃ!」 「何に使ったんですか?」 「何に使ったんです?」 三人に詰め寄られて、さすがにアキラ・セイルーンが白状した。よりにもよって、ソーシャルゲームのコンプガチャにつぎ込んだというのだ。 「だって、ダブリまくりで、最後の一枚がでない……」 「それが、どうしたというのです」 「だって、だって、それを揃えないと戦力が足りなくて、みんな死んじゃうんだぞ」 「死なないと思います」 「みんな、俺のコンプリートに期待しているんだ!」 「誰も、期待などしておらぬわ! ええい、こんなクレカなど、こうしてくれる」 そう言うと、ルシェイメア・フローズンがカードを高く掲げていきなり携帯電話をかけ始めた。そのまま、カードの名義変更を申請する。当然、番号も自動的に変更だ。 「ああああ、せめて、新しいクレカの番号を……」 「あー、もしもし、それで、セキュリティ上、管理サイトでパスワード設定をするので、番号との関連づけをお願いします。はい、それからカードには指紋認証とピクチャーパスワードもお願いします」 アキラ・セイルーンの頼みを無視して、ルシェイメア・フローズンが徹底したセキュリティを新カードに設定していく。これでは、ネット通販でさえ簡単には利用できない。もちろん、今までのゲームの支払い設定は無効になる。 「ああああ……」 「さあ、気分を新たにして、学校にクエストを探しに行くぞ。キリキリと稼ぐのじゃ」 「いってらっしゃーい」 セレスティア・レインとヨン・ナイフィードに見送られて、アキラ・セイルーンはルシェイメア・フローズンにズルズルと引きずられていった。 ★ ★ ★ 「さあ、キリキリと仕事を取りに行くのじゃ」 「はうううう……」 葦原明倫館へと続く大通りを、アキラ・セイルーンがルシェイメア・フローズンにズルズルと引きずられていく。 「やれやれ、久しぶりに町へとやってくれば、ずいぶんとまた騒がしいことだな」 それを目撃した陰陽師が軽く呆れる。 「楽しそうで、よいではありませんか」 つき従っていた巫女の一人が、コロコロと鈴のような笑い声をたてた。 「アオイともあろう者が、また、呑気なことを」 「ウラニアとタレイアのことが心配ですか? 翁様」 図星でしょうと、アマオト・アオイが、自分たちの仕えている散楽の翁に聞き返した。翁と呼ばれはしても、陰陽師の見た目はまだ青年だ。 「二人なら、ぜんぜん、大丈夫ですよー」 心配いらないと、シンロン・エウテルペが口をはさむ。 「いや、メレの方だ」 コウジン・メレの方だという散楽の翁の言葉に、アマオト・アオイが静かに頭を垂れる。つき従っていた三人の巫女、シンロン・エウテルペ、チュチュエ・テルプシコラ、パイフ・エラトらがそれに倣った。 「いずれにしろ、まだ少し待たされそうだが、それを待てぬ我らではなかろう。さあ、ムネメたちが待っている。急ごうか」 そう言うと、散楽の翁はアマオト・アオイたちを従えて、残る十二天翔の待つ場所へとむかった。 |
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