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無人島物語

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第七章:海の愉快な仲間たち


 今度は、海へと目を向けてみよう。
『ダイパニック号』の遭難者たちは、全員あの島へと辿り着いたわけではなかった。
 海にはまだ残っている契約者たちがいる。
 ある者は本当に陸地に辿り着けず、ある者は自らの意思で海に残った。
 後者の一人、キロス・コンモドゥス(きろす・こんもどぅす)は、困難を乗り越え自らの腕一本で王にのし上がっていた。
 長時間海を漂流するのは過酷だ。だが、キロスには悪の神が味方していた。
 最初、船から海に投げ出され、彼が香菜を見失ったとき、ちょうど樽が流れてきた。それに捕まり海を漂流することしばし。
 次は、タコに乗り換えた。キロスを狙って襲い掛かってきた大タコを倒し、足を食べさせてもらいながらまたしばらく海をさまよった。
 次に、この海域のヌシである、頬傷のある大きなシャチ型モンスターを倒した時、どこからともなくイカダが流れてきた。それは、あの無人島を目指した真理子が乗っていたもので、その後嵐に流されキロスの元へと辿り着いたのだ。驚くべき悪運の強さだった。
 彼はそこ後、偶然流れてきた大木と引きちぎれた布を紐代わりにしイカダを増設した。
 海モンスターが装備していた海賊刀を手に入れ、海中にもかかわらず火の玉を吐き出すモンスターがいたため火も何とかなった。
「だが、そんな不便な日々ともまもなくお別れだ。あの島が我々の基地になるんだからな」
 キロスのイカダのすぐ隣では、大きな海亀の背中に乗った、ドクター・ハデス(どくたー・はです)が、遠目に見える無人島を見つめていた。
 ハデスはハデスで長い道のりだった。しばらく海を漂流していたら、以前どこかの浜辺で偶然気まぐれで助けた海亀が通りかかったのだ。彼は、海底城へは行かずに、海亀をオリュンポス海洋生物軍団員に任命し以後行動を共にしているのだ。
「フハハハ! 我が名は世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、天才科学者ドクターハデス! キロス・コンモドゥスよ、こんなところ出会うとは奇遇ではないか。しかも面白い手下を引き連れているな! どうだ? 協力して島のリア充どもを駆逐しようではないか!」
「よぉ、ハデス、久しぶりだな。いつも通りの元気さには感心するが、今回のオレはお前とは組まない。何故なら、オレはこの海の王だからだ」
「……ほう?」
 ハデスは、キロスを伺いみた。キロスも見つめ返してくる。その瞳は、心なしかライバルの炎が燃えているようだった。
「ハデス、この海にオリュンポス海洋生物軍団を作ろうとしているな? だが、そいつぁ、オレのところのモンスター軍団とカチあっちまうってわけだ。そいつぁ美味くねえ。どっちにしろ子の海の覇権をかけて、お前とは対決することになるんだぜ?」
「……」
 ハデスは、キロスをじっと見つめていた。
 やがて、その表情は小さな笑顔となり、くくく……と含み笑いになり、ハハハハハハハハと大笑いになった。
「何がおかしい!?」
 キロスはハデスを睨みつける。
「……くくく、いや失敬。あまりにもおかしかったものでな。何しろあのキロス・コンモドゥスがだ、こんな小さな海のナワバリに汲々としているとはな」
 ハデスは挑発的に笑う。
「この俺と対決? それは、世界制服くらい目指してから言って欲しいものだ、この小さな海の王よ。いずれ世界を制する俺と、小さな王の座にしがみ付いて満足している保身の男では勝負にならぬ。せめてあの島の一つくらい取って見せるがいい」
「なんだと!?」
「思い出すがいい、キロス・コンモドゥスよ。お前の目的は何だった? 海の王になることか? ならば俺は、もう何も言わぬ。海モンスターたちと仲良く暮らし小さな幸せを全うするがいい。だがもし、そうでないなら! キロス・コンモドゥスよ、力ある者を叩き伏せてみよ! リア充、そう多くを持つ者、リア充だ。力ある者の証、リア充! それこそが、お前の戦う相手ではなかったのか?」
「言ってくれるじゃねえか」
 キロスは、ぐぐ……と呻く。
「キロス・コンモドゥスよ。初心を忘れるな。敵を見誤るな。リア充たちを叩き潰して己の力を見せ付けることが、お前の存在証明ではなかったのか?」
 ハデスは不敵な笑みを浮かべながらも、キロスに手を差し伸べる。
「さあ、俺と組むのだ。そして、あの島を壊滅させよう」
「……ちっ、そこまで言われちゃしかたがねぇ。その話、乗ってやるぜ」
「くくく……。それでこそ、キロス・コンモドゥスだ。では、さっそく出撃だ!」
 ハデスは、笑みを深いものに変える。
 キロスは愚かな男ではなかった。だが、思慮深く用心深いというわけでもない。世界制服のために日夜知恵を絞っているハデスとでは、思考能力が違った。
 キロスのモンスターたちをあっさりと乗っ取ってしまう。
「フハハハ! さあ行け、キロスの部下の海洋生物軍団よ! 無人島でくつろぐ契約者共を蹴散らし、この島を我ら秘密結社オリュンポス海洋騎士団の拠点とするのだ!」
 ハデスは、『優れた指揮官』、『士気高揚』で【クラーケン娘。】を始めとしたキロス配下の海洋生物たちに勝手に命令を出して出撃させていく。
「くくくく……」
 後は、見届けるだけだ。


 かくして、島を襲う悪が動き出したのだった。





「ふははははは! 行け、海モンスターたちよ! その力を見せ付けるときが来たのだ!」
 ハデスの号令に、海のモンスターたちは無人島へ迫っていた。
 実のところ、ハデスにとってリア充などどうでもよかった。
 いや、定義づけするなら、ハデスもリア充の一人である。壮大な目標があり、頭脳も能力もあり、日々充実しており、交友関係も広く、そしてハデスを想ってくれる娘たちがいる。ハデスにリア充を恨み爆発させる理由など全くないのであった。
 彼の目的はたった一つ。世界制服だ。その足がかりとして、秘密結社オリュンポスの海洋生物軍団の拠点として、あの島から契約者たちを叩き出し占領するのだ。
「……あれは、なんでござるか?」
 ハデスの率いる集団を最初に見つけたのは、密林付近に拠点を築いていた高天原 那美(たかまがはら・なみ)だった。彼女は、柊 唯依(ひいらぎ・ゆい)と共に作っていたログハウス型の住処も完成させ、浜辺近い海のよく見える草原に生い茂っているフルーツをのんびりと収集しているところだった。
 近づいてくる異変に、那美はよく見ようと浜辺まで走っていった。正体を見極めようと目を凝らす。
「フハハハ! 我が名は世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、天才科学者ドクターハデス! 島の住人たちよ、平伏し立ち去るがいい!」
「あ……、ああああああああっっ!?」
 ハデスを見た那美は叫び声を上げていた。
 高天原那美、未来の高天原家の親戚筋から過去に飛ばされてきた娘。ドクター・ハデス、本名:高天原御雷の血筋なのだ。
「ドクター・ハデス!? 何をやってるでござるかーーーーーー!?」
「どうした?」
 那美の叫び声を聞いて、すぐに唯依と柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)もやってくる。
「ああ、ハデスか。来やがったな」
 恭也は海の向こうを見て半眼になった。聞くまでもなく、ハデスが現れた理由がわかった。
「襲撃だ。島の全員を呼んでくれ。悪者退治だとな」
 かく言う恭也も、少し楽しみにしていたのだ。
 やはり訓練ばかりよりも実践のほうがいい。都合のいいときに現れてくれたものだ。成果を試してやるとしよう……。