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リアクション
3/互角の戦い
ようやく骨のあるヤツが出て来たな、と黒崎 竜斗(くろさき・りゅうと)は鍔迫り合いを演じながら、奥歯を強く噛みしめる。
「こんなものを作って、胡散臭いトーナメントで人を集めて! 一体何が目的だ!」
手にしたグレートソードの刃はしかし、それでも完全には押し切れない。
行く手を阻む、主催者の犬が牙に、防がれて。
「はっ! 俺の知ったことじゃあない! んなこた、訊きたきゃウチの雇い主に訊くんだな!」
一方。己が武器で剣を受け止めた、柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)もまた完全には押し返せずにいる。それは、実力が拮抗しているがゆえの現象だ。
単純な、両者の腕力はその点では、互角と言ってよかった。
薄暗い、地下通路の只中。竜斗とその仲間たちは、先へ向かわんと、押し通ろうとする。一方、恭也は彼らを跳ね返すべく、黒服の警備兵たちとともにそれを迎え撃つ。
「こちとらもらってるお給料分、働くだけだっ! 警備員としてな!だからお前らはここから先に通すわけにはいかないんだよっ!!」
「ふざけるなっ!」
互いを弾きあい、その間に距離が生まれる。
主催者を責めんとする者。主催者に雇われし者。ゆえにそれは必然。
「とっととおねんねしちゃえよっ!!」
「!!」
恭也の拳が、壁の隠しスイッチを叩く。
施設そのものに仕込まれたトラップ──壁面に穿たれた銃眼が開き、そこから無数の、鋼の矢が竜斗の背中へと殺到する。
「竜斗さん!」
黒崎 ユリナ(くろさき・ゆりな)の支援射撃がいくらかを撃ち落とす。しかし、それだけでは到底、手が足りない。竜斗自身が打ち払おうにも、矢の雨にタイミングをあわせるように恭也が前方より、距離を詰めてきている。
前門の虎に後門のなんとやら、というやつだ。
「させるか! こっちは任せろ!」
──とっさに隠形の術を解除し割って入った千返 かつみ(ちがえ・かつみ)が残る矢を叩き落としてくれなければ、どうなっていたことか。
風読みの髪飾りが、彼に仲間の危機を──放たれる直前の矢が切る風の音を、教えてくれたから、それができた。
「雑魚はこっちに任せろ! そっちはアタマを!」
かつみは銃を撃ち放ち、鋼矢の発射口を潰す。そして、ユリナのやりあう雑魚へと同じように向かっていく。
竜斗と恭也は完全に、一対一。
「任せろ! ……ここは通らせてもらうぞっ!!」
「やれるもんなら、やってみろっ!!」
突き進むこと。それを妨害すること。
互いがどちらも困難であることを理解しながら、竜斗と恭也はぶつかり合う。相手は強敵だ。それが、はっきりとわかる。その程度には技量を読み取れるほどに、彼らは手練れであったから。
恭也の連れた敵の数も、ここに至るまでに竜斗たちが倒してきたものとは比べものにならないほど、多い。
横一線に剣を振るう。相手が避ける。反撃をこちらがかわす。
こういう厄介な相手が出てきたということは、つまり首魁の居場所に徐々に、自分たちが近付いている証左でもある。
なんとしても、ここを突破しなくては。その意志は、かつみも、ユリナも同じ。
そして。安心もしていた。
あの三人を、別行動させていて──違うルートを向かわせておいてよかった、と。
別ルートを駆け抜けるのは、東 朱鷺(あずま・とき)。彼女のサポートを任せた、セレン・ヴァーミリオン(せれん・ゔぁーみりおん)と黒崎 麗(くろさき・れい)。
ここを突破すると同時に、こいつらを引きつけておく。朱鷺たちが、少しでも楽に先へ行くことが出来るよう。
それから、自分たちも追いつけるように。
*
足許への弾着。敢えて、避けるということはしない。威嚇に過ぎないのが見え見えだからだ──その必要はない。
侮っているわけではない。むしろ逆。それを布石とした、本命の攻撃こそが細心を払い警戒すべきもの。そのくらい、用心すべき相手と理解している。
当たれば、それで終わる。その場所を的確に撃ち抜く技量の持ち主だと、戦っていてわかる相手だ。
まさかこんな序盤で、これほどの相手に当たるとは。予想外の嬉しい状況に、朝霧 垂(あさぎり・しづり)は回避を続けながら笑う。
これは、いい戦いができそうだ。トーナメントの参加を誘ってくれた紫月 唯斗(しづき・ゆいと)には、感謝しなくてはならない。
イーダフェルトソードをかざしての、突進。対戦相手は、攻撃の手を止めて対応をしてくる。こちらは剣、あちらは銃。距離を詰められまいとするのは、当然の反応だ。
「いい判断だっ!」
「お前に言われるまでもないっ!!」
牽制の射撃を続けながら、斎賀 昌毅(さいが・まさき)は迫る垂をいなし、跳躍する。彼の離脱を助けんと、パートナーのマイア・コロチナ(まいあ・ころちな)が真空波を放つ。
対応は、しない。代わりに割って入ってきた唯斗に任せる。
「捕まえる!!」
マイアの攻撃を受け止め、返す刀でワイヤーを放出する唯斗。封斬糸が迫るも、しかし昌毅は的確にそれを射撃で弾き近寄らせない。
まったく、厄介なくらいにいい腕だ──笑えてくる。攻防を繰り返してもお互い、決定打を生み出せる糸口がない。
そして気が付けば二人組同士、足を止めて正面から向かい合っていた。
「……やるな、なかなか」
「面倒だが、お互いにな」
その原因は実力の拮抗という以上に、もうひとつある。
なにが理由で、どうして互い攻めきれずにいるのか──これもまた両者、既に思い至っている。
「悪いがこちとら、まだまだ脱落する気はないんでな。……決勝で呑んだくれ対決、やりたくてな」
「ほう、そりゃあおもしろい。だがこっちも引き下がるわけにはいかないな」
察している。お互い、まだ隠し球があるということ。
奥の手を──残している。そう、わかってしまっている。
だから使いどころを考え攻めあぐねるし、いつ使われるかと身構えて攻めあぐねる。
「唯斗」
「了解」
垂の合図に、唯斗の姿が空中へ消えていく。昌毅は身構え、彼もまたやはり隣のチームメイトへと、合図を送る。
お互いもう、出し惜しみはなしだ。
「マイア。あれをやるぞ」
「……はいっ」
マイアは緊張の面持ちで、大きく息を吸い込んだ。
「どこに隠れたかは知らんが──逃れられると思うなよ」
彼女の集中にあわせ、昌毅もまた全身に力を漲らせていく。
「これ──……グリムイメージ、か?」
「ああ、そうとも」
周囲の空間の変化に──正確には、周囲の空間に対する自身の認識の変化に、垂は視線を巡らせる。
「さあ……悪しき幻想に沈め」
盾くらいで防げると、思うなよ。
「そして、よこせ。お前たちの力を」
マイアの、エンヴィファイアにな。──少女の周囲に漂い始めるは、黒き炎。
嫉妬。憎しみ。そんなマイナスの感情を凝縮した、心の火。
「いいのか? こんなところでそんな大技、使ってしまって? 手の内を他の連中に晒すことになるぞ?」
「ああ。ここは使わずに切り抜けられぬと判断したからな」
なるほど。彼らなりにこちらに対し、高い評価をしてくれているようだ。
……いいだろう。
あちらの奥の手がこの大技だというのなら。
「よし──受けて立とう」
垂は、剣を。盾を構えた。
こちらも、コンビネーションでそれを迎え撃つ。打ち破ってみせる。
その強き意志とともに、垂は全身へと力を漲らせていく。
唯斗との、仕掛けるタイミングが寸分、同時から狂うことのないように。
*
「んお! なんかあっち、すごいの出してるじゃない」
こちらの武器を弾き飛ばしてきた対戦相手を関節技に組み敷きながら。脹れあがっていくエンヴィファイアの黒き炎を、セルファは遠目に眺めていた。
「だからって、こっちもほいほい奥の手使っちゃダメですよ? わかってますよね?」
「わーかってるったら。しつこいなあ、真人はもう」
うりゃ。更にもう一段、きつく締め上げる。もうそろそろ、落ちてもいい頃合いだ。
正直ここまでは拍子抜けするような相手としか当たっていないから、身体がなまってしょうがない。真人だってその気になればすぐに終わらせられそうな相手なのに、時間稼ぎを優先しているのか防御や会費を中心に立ち回って、半端に攻めきろうとしないし。
「ストップ。もう、落ちてますよ。相手」
「え。あ、ホントだ」
死なせちゃマズい。とっさ、手を離すセルファ。真人も頃合いと判断したのか、瞬時にもう一方の対戦相手の後方にまわりこみ、当て身を加えて気絶させる。これで、この試合も突破。
「といっても、楽ができるのは多分ここまででしょうけどね」
「へ?」
試合終了のゴングを耳にしながら、気を失った対戦相手を抱えた真人は親指の先を隣のリングへと向ける。
そちらもまた、ちょうどひとつの試合が終わったところ。
「あら。次の対戦相手って、お二人さん?」
勝者は、女ふたり。セレンフィリティと、セレアナのペアだ。
「あー……なるほど」
「あのふたりを相手に一筋縄では、いかないでしょう?」
戦術や技の封印も、場合によっては厳しいかもしれない。
こちらに向かい手を振るふたりを見つつ、セルファは思った。
なかなか、知った顔から強敵が出てくるものだ。
「えいっ! やあっ!」
「?」
と、不意に聞こえてくる、声。
「何? どこから──……」
見れば、リングのすぐ脇。設置されたカメラのひとつに密かな攻撃をしかけている影がある。
シーサイド ムーン(しーさいど・むーん)。電撃まで使ってなんとか、試みているが──……。
「……なにやってんの、アレ」
会場じゅうのカメラ、一個一個破壊して回る気なんだろうか。
そりゃあ、撮影の目を気にせずに済むようになればこちらも自由に戦い放題ではあるんだけども。
気の長い話だなあ。セルファはその様子に、そんな感想を抱いて。
小さく、肩を竦めたのだった。