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最強タッグと、『出来損ない』の陰謀 前編

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最強タッグと、『出来損ない』の陰謀 前編

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6/『カローニアン』

 扉を破ったのは、加夜とコハクの同時攻撃だった。

「──いたわね。財団『ミス・クリエイション』代表、シュラ・カローナとお見受けするけれど、間違いないわね?」

 先頭に立って、部屋へと踏み入るのは梅琳。その傍らには、彩夜が、竜斗が。朱鷺が、控える。
「あなたには、鏖殺寺院の信奉者としての疑いがかかっています。弁明があるのなら、聞くわ。ただし、連行したうえで──拘束、させてもらってね」
 老人を、荒神を、猛を。潜入チームの面々が取り囲んでいく。
 身構えるのは、老人の脇に控える男ふたりのみ。老人は車椅子の上で、笑みすら浮かべたまま悠然と、自身を捕らえるため集まった者たちの姿を見渡している。

「なにが……おかしいの!?」

 美羽が、その老人の態度に声を荒げる。かつみもまた、目を顰めている。
 堪えきれなくなったように老人は、高笑いを鈍色の広い部屋の中、響かせる。

 ──なあに。やれるものなら、やってみるがよい。ただ、それだけのことだ。

 ずんと、地響きを皆が感じたのはその言葉を聞いた直後だった。
 鈍色が──黒く、染まっていく。
 揺れとともに、彼らはその色が変わっていく様を、見た。



「な、なになにっ!?」

 阿頼耶 那由他(あらや・なゆた)キスクール・ドット・エクゼ(きすくーる・どっとえくぜ)のコンビは、足許の地面、更にその奥深くから響く揺れに、思わず尻餅をついた。
 
 試合自体は、何の問題もない相手をたった今下したばかり。そこは問題なく勝った。
 むしろ、歯ごたえもなにもなさすぎて退屈なくらいだった。

 昌毅とマイアは奥の手まで使って、それでも相手は互角にやりあってくれて。楽しそうな激戦っぷりに、ずるいなー、と思って眺めていた。そんな最中であったのだ。
 キスクールの困惑する様子に、那由他もなんと言って返せばいいかわからない。一体全体、この地震は。
 客席も、他の参加者たちも。その多くが、彼女たちと同じリアクションで揺れが収まるのを待っている。

「!? リングが……黒く!?」

 そして気付く。足許にあった鉛のような色の硬いリングが、どす黒く変色し始めていること。
 彼女たちにはあずかり知らぬことであっても、それは地下に潜入した面々が体験したこととまったく同じ。

「一体……何が起こっているのだ?」

 また、那由他の呟きもまた、観客席でリカインが発したものとほぼ同じ。
 状況の中心にいる当事者と、状況を外周から俯瞰する者。
 その、立場の違いこそあれ。
 等しく、理解をし呑み込めてはいなかった。



 セルファと真人もまた、混乱渦巻く闘技場で、周囲の状況把握にてこずっていた。
 全力の、すべての戦術をフルに投入することを覚悟した直後、セレンフィリティたちとは結局、一時休戦をすることになってしまった。
 二人組同士、背中合わせ。四方を各々が警戒するように固まりあって。

「皆さん! ご無事ですか!?」

 フレンディスが雅羅に肩を貸しながら、こちらに向かいやってくる。ベルク達も、そのあとに続いている。──どうやら、両者の対決はフレンディスたちに軍配があがったらしい。
「ええ、いまのところは──……?」
 セレアナの、返事が途中で途切れる。更なる違和感に、一瞬状況を認識することができなかったのは他の皆も同じ。

 感じたのは、ただただ浮揚感。
 ほんのわずか、瞬間だけ、自身の足元を支えるものがなくなった感覚に、戸惑いバランスを崩す。

「っと、とと? え?」

 セレンフィリティを筆頭に、どうにか着地をする。
 浮揚感を感じたのは気のせいでも、感覚に訴えてくる攻撃──襲撃があったわけでもない。

「リングが──……消え、た?」

 ほんとうに。忽然と、足許にあったはずの黒く濁り切ったリングが、まるではじめからそんなもの存在していなかったかのように突然、消え失せた。
 それは彼女たちの立っていたモノだけでなく。
 一様に参加者たち、すべてがよろめきつつ着地をしていたり、尻もちをついたり。
 闘技場にあった、各ブロックのリングすべてが、消え失せたのだ。
   
「ど、どういうこと!? リング、どこ行っちゃったわけ!?」

 思わず隊列を崩し、セルファが消えたリングを探すように辺りを見回し、足許を踏み鳴らし歩く。
 だがやはり、どこにもない。
 その代わり、現れたものと言えば。

「──セル、ファ?」
「え?」

 真人が、目を瞬かせてセルファのほうを見入っていた。
 こちらの存在を見つけたのだろう、近付いて来ようとしていた霜月たちがその足を、止めていた。

「なに? どうしたの、みんな。そんな幽霊でも見るような目であたし見ちゃって」

 皆の、視線の意味が分からない。
 一体、どうしたというのか。自分のこの行動、なにかマズかったのか?

「──いや、その」
「セルファ」
 ベルクが、そして真人が口を開いていく。やっぱり、困惑に満ちた色で。

「あなたの、その後ろにいる女性は一体……誰ですか?」



「一体、何を企んでいる! すぐにやめなさい!」

 地響きの中、老人へ詰め寄らんと梅琳が声を上げる。
 荒神も、猛も。車椅子の傍らにありながらまったく立場が逆である彼女と同様、困惑を隠しきれずにいた。
 老人はただただ、笑う。愉快そうにただ、高笑う。

「よかろう、ならば教えてやる。まだ、気付かぬか」

 愚か者たちよ──『出来損ない』共よ。
 吐き捨てる老人の言い様に、ベアトリーチェはぞくりと自分の肌が寒々しく震えるのを感じ取る。

「この、部屋。こんなに──広かったかのう?」
「なん……ですって?」

 言われてはじめて、老人を取り囲んでいた一同は周囲を見回す。そして気付く。
 少しずつ。ほんの、少しずつ。今も動き続けているのか、それとももう止まっているのかすらわからないほどにゆっくりと、地響きに紛れて、部屋の四方を囲んでいた壁が、広がっている。
 でも、なぜ。自動で動いていたというなら、なぜそんなことをする必要がある?

「必要性の問題ではない。壁が『そう動いた』だけのこと」
「どういう……どういうことですかっ!!」

 ユリナの叫び。しかしそれもまた、老人は意に介さない。

「そんなことは知らん。壁自身に、訊いてもらおうか」

 またも告げられる、意味の理解できぬロジック。
 業を煮やし、梅琳はとにかくこの老人の確保をと、拳を握り心を決めた。彼女の殺気に、荒神が、猛が車椅子の前に立ちその行く手を阻む。

「どきなさい」
「そうはいかない。まだこのじいさんには返してもらわなきゃならん借金が、山積みなんでな」

 ならば、叩き潰してでも押し通る。彼女の意を組んでか、加夜と朱鷺とが立ちはだかる二人を抑えんとその傍らに立つ。


 ──……本当に、愚かなものよ。ヒトというものは、前しか見ようとせぬ。


 再び、老人が聞き取れるか取れないかほどの小さな声で、ぽつり呟く。その口から同時に漏れるのは、失笑。

「だから、出来損ないなのだ。自分の実力をすべてと思う、自分の実力を自分だけのものと錯覚する」
「……なにが、言いたいんだ」

 コハクが、睨む。

「なに。お前たちの力など所詮、いかようにも写し取ることができるもの。……より、完璧な存在の糧としてな」
 
 にたり、と深く老人は笑った。
 それが合図だったのか──はたまた、単なるタイミングの偶然であったのか。どちらなのかはわからない。
 しかし。

 直後、梅琳が焼けるような熱さをその背に受けたのは動かしようもない事実だった。

 その熱さの。痛みの正体は、考えるでもなく明らか。
 背中から袈裟懸けに斬りつけられた。無防備なまま、その斬撃をまともに受けた。まさしく、その痛みに他ならず。
 わかったのは、それだけ。ぐらりと、状況を把握しきれぬまま、地面に両膝をつき蹲る。

「──、な」
「梅琳!!」

 竜斗が、朱鷺が。加夜が駆け寄り、彼女を引き起こす。
 一体。なにが起こった。伏兵。どこから。誰にやられた──……立つこともできず、痛みに歯を食いしばり耐えるのがやっと。
 油断していた? それはない、常に自分は、自分たちは殺気に目を光らせていたはずだ。
 だが、現実に奇襲は成り。振り返っても、もはやそこにはなにもない。

「どうだね。ヒトのように『彼ら』はできそこないではない。自ら死することもなければ、無意味な殺気を発散し存在を悟られることもない」

 感情など持たぬ、存在故に。
 生物ならざる、『鉱物』であるがために。それゆえ、完璧。
 老人の言葉に、梅琳はレリーフの言葉を思い出す。

 ──『ヒトは、完成せず。出来損ないで在り続くモノ』。ならば、老人の言う、『彼ら』とは。

 既にいなかった襲撃者。動く壁。消えた模様。『鉱物』──だとすれば。

「そして頭脳でしか考えられないからこそ、ひとつのことに気を取られる。だからお前たちは喪うのだよ」

 不完全であるがゆえ欲する、仲間を。
 庇護、すべき者。自らより劣る者を、護ろうとしながら結局失う。

「完璧なる者──我が財団の永き研究の成果。我が主に祝福されし存在。お前たちからたっぷりといただいたデータの結実。『カローニアン』に、な」
 老人をじっと見据える、痛みに耐え続ける梅琳の耳に、切れ切れの小さな声が聞こえてきたのは、そのあとだ。

 なにかがなにかを貫く、ずぶり、という生々しい音。
 まさか、という思いが脳裏を駆け巡る。
 恐る恐る、だったのだろうか。無意識にゆっくりと、彼女の首は後ろに視線を巡らせていく。
 加夜も、美羽も。その場のうち、たったひとりを除いた全員の視線がそちらへと、ぎこちなく動いていった。

「あ……彩……夜……ちゃ、ん……?」

 そして、たったひとりの名をはじめに呼んだのは加夜だった。
 呼ばれた彼女には、腕が三つ、あった。
 自分自身の左右の腕。そして──彼女自身を貫いている、鮮血に染まった紅き鈍色の腕。

 詩壇、彩夜。自分に何が起きたかもわからず目を見開いて、彼女はその三本目の『腕』に貫かれている。

「彩夜ーっ!!」

 美羽の叫び。その悲痛な声に弾かれるように、コハクが彩夜のもとに走る。
 しかし彼女の肉体は、その身を貫き続ける腕に抱かれ、地面を滑るようにコハクの指先をかいくぐっていく。
 漆黒に染まった、床の上を。その足許に輝く、鈍色のなにか大きな塊に持ち上げられるようにして。

「か……『カローニアン』……です、って……?」

 失血に朦朧としながら、その光景を梅琳は呆然と見た。
 鈍色の塊が、彩夜を縫い付けたままゆっくりとなにかのかたちを成していく様。
 少女の隣にもうひとり、同じ少女が生まれ出ずる様を。

「彩夜が……ふたり……?」

 そう。彩夜の隣に、彩夜がいた。

 肌も。着衣も。瞳の色もすべてが鈍色の、それ以外はすべてが瓜二つの『詩壇 彩夜』が。
 自身の腕で貫いた彩夜を抱きかかえ、無表情にそこにいる。

 そして、黒き地面を奔るのは、その『彩夜となった物体』だけではない。
 
 目を凝らさずとも、わかる。それは、人数分。この場に踏み込んだ皆と同じ数だけ、『彼女』の周囲に鈍色は集まり始めていた。

 そこでようやく、梅琳は理解した。
 自分を斬ったのが、自分自身であるということを。
 老人が『カローニアン』と呼んだ、この地下施設そのものであった鈍色の者たちだったということを、知った。


「喜びたまえ。お前たちの力は、より完璧な『お前たち』が振るってくれる。それをお前たちはこれから、体験できるのだ」

 すべての塊が人型を成したとき、老人は高らかに宣言をした。
 お前たちも、地上の連中も。皆等しく味わえるのだ、と。

 その言葉を耳にしながら梅琳が見たのは、自分自身とまったく同じ姿の『カローニアン』、その表情にある酷薄な嘲笑の色。
 
 感情なきにもかかわらず、そうすることが最も相手を戦慄させることができるのを知っているがゆえに湛えた、冷笑だった。

                        (後編に続く)
 

担当マスターより

▼担当マスター

640

▼マスターコメント

 大変お待たせいたしました、ゲームマスター、640です。リアクション『最強タッグと、『出来損ない』の陰謀』前編をお送りいたしました。
 財団にとっての『出来損ない』とはまさしく人間、生き物そのものだった、そしてその人間の能力をより完璧と彼らの規定する存在『カローニアン』に移すこと。そのためのデータ収集こそがこのトーナメントの目的でした。
 
 後編では、負傷したNPCたちとともに、消耗した中でのこの『カローニアン』という鉱物兵器との闘いがメインになってきます。
 それでは後編シナリオガイドをお待ちください。では。
 
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