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リアクション
【八 近づくもの】
ノイシュヴァンシュタインの司令室内では、ブロワーズ提督が渋い表情を浮かべて、次々に飛び込んでくる報告の数々を黙然と分析している。
傍らに控える副官ローザマリアは、ブロワーズ提督ひとりに全ての負担が覆いかぶさるのを避ける為、彼女自身で判断が可能な案件については報告が届いた時点で独自に判定を下し、連絡員に指示を返していた。
「すまんな、色々と……しかし、君の判断力は的確だ。君のような副官を常に隣に置いておけるのなら、これ程心強いことは無いのだがね」
「はっ、恐れ入ります」
ブロワーズ提督の称賛を受けて、ローザマリアは柄にもなく、いささか照れ臭そうに頭を掻いた。
彼女は、中央管制システムとオーガストヴィーナスが同じ筐体内に設置されていることを早い段階で見抜いていた為、電子戦ではなく、スクリューシャフトへの物理的攻撃に活路を見出すという策も提案していた。
ローザマリアの作戦はバッキンガムに突入した佐那も同調し、艦内からスクリューシャフトを狙うという行動に出ていたが、こちらは完璧に成功したとはいい難いものの、それなりに速度を落とすことは出来た。
一方ホレーショ、エシク、シルヴィアもスクリューシャフト攻撃の為に、アスロック射出準備を着々と進めている。
アスロックはホレーショの立案により二種類が用意され、バッキンガムを上手く追い込むことが出来れば、確実に足止めを喰らわせることが出来る作戦が準備されていた。
「大尉、ヴェルサイユから連絡だ。バッキンガムの速度が落ちた」
「はっ……それではこちらも、準備に入ります」
生憎ながら、この近海には浅海と呼べる深度の海は無い。
しかし佐那の攻撃が幾らか成果を出したらしく、バッキンガムの速度は明らかに落ちている。更に外部からスクリューシャフトへの攻撃を仕掛ければ、ほとんど停止に近い速度にまで落とすことは可能であろう。
ローザマリアは敬礼を送ってから、司令室を飛び出した。
アスロック射出の準備を整えているホレーショ達のもとへと走り、作戦開始の指示を出す為である。
すると、その動きに敏感に反応したクローラがエースに指示を出し、バッキンガムに対する囮策の実行へと移行させた。
海上で囮役を担当するのは、ホエールアヴァターラ・クラフトを擁するエース、メシエ、クマラの三人で、海面下およそ十メートル程度の辺りで旋回し、バッキンガム内の敵に対して、頭上に敵ありを認識させることが主な任務であった。
「よし、それじゃあ始めようか」
エースの合図で、メシエとクマラの駆るホエールアヴァターラ・クラフトがノイシュヴァンシュタインの脇で海中に没し、予定通りの旋回行動を始める。
その間にヴェルサイユとDSRVは、バッキンガムの後方へと廻り、魚雷の射角から外れるという寸法であった。
「アスロック、射出!」
ローザマリアの指示でホレーショとエシクがランチャーを操作し、白い噴射煙の筋を引きながら、数発のアスロックが海中に消えた。
ランチャーからのアスロック射出を見届けたローザマリアはすぐさま司令室へと引き返し、攻撃の成否を確認する。
間もなく、弾道観測士からの報告が入ってきた。
アスロックは狙い通りにバッキンガムのスクリューシャフトに打撃を与えたらしく、バッキンガムは更に速度が低下したとの連絡が飛び込んできていた。
「見事だ、大尉。だが……」
ローザマリアに労いの言葉を投げかける一方で、ブロワーズ提督は渋い表情を浮かべた。何事か、とローザマリアがレーダーを覗き込むと、そこに、予想外の影が出現していた。
「提督、これは一体……?」
「うむ……前方の島影から発進したものと思われる。正体は分からないが、緊急警戒態勢を発令してくれ」
ブロワーズ提督の指示で、ローザマリアはすぐさま艦内に対し、緊急警戒レベルの警戒態勢を発令した。
海上では、一旦水面上に浮上してきたエース達も、事態の尋常ならざるを即座に察知して、次なる指示を得る為にノイシュヴァンシュタイン艦上へと引き返してきた。
「何だか、予想外の事態が起きているようだね」
「この様子だと、ホエールアヴァターラ・クラフトでどうにかなる事態じゃなさそうだにゃあ」
エース達の仕事は、あくまでもバッキンガムに対しての陽動作戦である。
新たに接近してくる謎の巨影への対処は、完全に任務外であった。
* * *
海中での巨影接近の報は、ヴェルサイユにも即座に伝わっていた。
現在のところ、ヴェルサイユはDSRVのバッキンガムへの接艦を援護すべく、バッキンガムから放たれる魚雷を一手に引き受ける役どころを担当していたが、新たに出現した謎の巨影に対してはどのように対処すべきかというところで、ギーラス中佐は判断に迷っていた。
「こちらには、深海探査筒という【目】があります。少しばかり予定としては早いようですが、これを使うのは今しかないと存じます」
ギーラス中佐の傍らで、コントラクター達の統轄役を仰せつかっていたルカルカが、一切の迷いも無しに進言した。
これに対してギーラス中佐は小さく頷き返し、深海探査筒の投入を早急に決断したようであった。
「対バッキンガム要員として乗艦しているコントラクターを全員、投入する。ルー少佐、ここで彼らの指揮を執ってくれ」
「了解!」
ルカルカはギーラス中佐の指示を受けて、リカイン、シルフィスティ、アキラ、ルシェイメア、アリスの五人に対し、深海探査筒での索敵任務をいい渡した。
「矢張り、直接海中に出んといかんかのう」
ディメンションサイトでヴェルサイユの【目】になることを考えていたルシェイメアであったが、ディメンションサイトは自身を中心とする空間内に効果を発揮する能力である。
潜水艦内に留まった状態で行使しても、艦内の様子が幅広く見えるようになるだけで、艦外の海中に視界が及ぶ訳ではない。
同じような発想を抱いていたシルフィスティも、幾分残念そうな面持ちで、深海探査筒が射出される魚雷発射管前で順番を待っている。
「良い案だと思ったんだけどねぇ」
「それをいうなら、私だって残念至極だわ」
リカインが、やれやれと小さくかぶりを振りながら溜息を漏らした。
彼女の場合は、エクスプレス・ザ・ワールドが効果が無いかを検証する腹積もりだったのだが、この技能も直接本人が接している空間でしか、効果は表れない。
潜水艦内に居ながらにして、艦外に表現攻撃が飛び出していくなどという都合の良い展開は無い。
だからこそ、海中はあらゆる意味で厄介な戦場なのであり、水棲生物の独壇場にもなり得るのだ。
「フラワシも使えんかのう?」
「う〜ん……バスケス少佐の話じゃあ、魚雷の速さと破壊力には到底、対抗出来ないって話だったからなぁ」
魚雷の推進力はそれ程までに協力であり、一隻の艦を沈める爆発力を、コントラクターひとりの力で封じ込められると考えることに、そもそも無理があった。
尤も、ルシェイメアはオーガストヴィーナスが射出する映像体の対策として考えていたようであったが、フラワシの視界と、それを行使するものの視界は全くの別物であり、フラワシを海中の【目】とするのは、これもまた無理があった。
「結局、自分の目で見るのが、一番オーソドックスで確実な方法ってことよネー」
アリスの台詞が、全ての結論を凝縮している。
コントラクターは、基本的には陸上の生物である。その技能の大半も、陸上、即ち空気がある世界に即した形で発現する。
水中はそもそも想定範囲外であることが多く、水中専用の能力、或いは技能を駆使して初めて、意味があるということを学ばなければならなかった。
ともあれ、五人は深海探査筒で順次海中へと射出されてゆき、ヴェルサイユの【目】となるべく、散開して移動を開始した。
それから数分後――深海探査筒で海中に飛び出していった者達から、次々と信じられないような報告がヴェルサイユ艦内に届いた。
『うわぁっ、な、なんじゃありゃあ!』
『ちょっと……サイズからして、完全に規格外だわね』
アキラとリカインが、深海探査筒に設置されている海中カメラの映像をヴェルサイユ艦内の司令室に送りつけてきた。
そこに映し出されている信じられないような光景に、ギーラス中佐、バスケス少佐、そしてルカルカの三人が揃って、戦慄に凍りついた表情を浮かべる。
「これは……潜水艦、なのか?」
「全身が金属で出来た鯨……のようにも見えますが、これは一体?」
だが何よりも、三人を驚かせていたのは、その大きさであった。
海中を進んでくる謎の巨影は、千メートル近い巨躯を見せていたのである。
しかもその巨体に似合わず、やけに小回りが利いており、まるで目が見えているかのように、巧みに海底の起伏を避けて近づいてきていた。
そして――。
『ぎょ、魚雷じゃ! あの化け物、魚雷を撃ってきたぞ!』
ルシェイメアの警告に、ヴェルサイユ艦内ではにわかに強い緊張が走った。
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