なし

リアクション

　プロローグ

　アクリト・シーカー（あくりと・しーかー）達が転移酔いから覚め、辺りを見回してみると、淡く緑に発光するオーロラのようなものに村が覆われていた。ぼんやりと緑に照らされた村を皆が不審げに眺めていると、アーデルハイト・ワルプルギス（あーでるはいと・わるぷるぎす）が険しい顔で呟いた。
「これは……やけに供給ルートが安定していたのはこういうことか」
「どういうことだ？」
　迷わず、まっすぐに村はずれの倉庫へと歩き出すアーデルハイトに続きながらアクリトが問う。突然現れた契約者達に村の面々は少々面食らっていたようだが、話が通っていたのか直ぐに体制の立て直しが始まった。それを横目に見ながらアーデルハイトが答えた。
「村ひとつすっぽり覆う規模の結界が張られている。力の流れをせき止める封印が大きく緩んでいる証拠じゃ――入るぞ」
　アーデルハイトの言葉を重ねて問う間もなく、二人は村はずれの倉庫に足を踏み入れる。元々は妖刀が安置されていたであろう場所に、リィ・スールが座り、樫の杖を膝に置いてじっと集中していた。何かをずっと呟いている様子で、それを認めるとアーデルハイトはまっすぐリィに歩み寄り、肩に手を置いた。びくりとリィの体が跳ねる。
「あっ、アーデルハイト様！　それに、アクリト様も！」
　憔悴しきった顔でリィが立ち上がろうとする。だが、膝を伸ばそうとした足がへたり込む。倒れそうな体をアーデルハイトが支え、にっこりと笑った。
「到着じゃ。安心せい、守りは固める手筈になっておる。結界を解くと良い」
「ありがとうございます。ですが、今解くわけには」
「そんな顔で何を言うか。それに、この結界、普段の力ではあるまい？　正体のわからぬものに己を預けるべきではない。まずは休め」
「は……」
　アーデルハイトがじっとリィの瞳を覗き込む。瞳に宿っていた淡い緑の輝きが消え、圧迫感にも似た結界の気配が完全に消える。リィは集中が途絶えたのか、そのままがっくりとアーデルハイトに身を預けた。
「さて、早々にエイラとやらを探さねばな」
「それはそうだが、ひとつ聞きたい」
　アクリトがつい、と親指で背後を指さす。そこには、どどどどどどどとすさまじいエンジン音を響かせる大型トラックがあった。
「あれも転送したのか？」
「そうじゃが？」
「……冗談のような力だな」
「何を今更」
　アーデルハイトが笑う。だが、その眼は笑ってはいなかった。結界が解かれ、じりじりとした緊張感が村を包み始める。夜が始まったのだ。

※

　森を跳ぶ異形があった。冗談のような数の腕を両肩から生やした巨大な猿。一見して通常の生物ではないと知れる。だが、その大量の腕を使い、幾つもの木を渡りながら、その猿は確かに逃げていた。
「ぎっ」
　かつん、と非常に軽い音が響く。それだけで、猿が掴もうとしていた太い枝が落ちる。バランスを失った猿は放物線を描いて地に落ち、着地した。即座に体勢を整える。それでも遅かった。
「ぎゃ――！」
　真上から一つ小柄な影が落ちてきた。手には一切の光を返さない小太刀。背中に音もなく、根元まで突き刺さったそれに、猿が驚いて無数の腕を振り上げる。だが、威嚇のための叫びが、断末魔の叫びに変わる。びちびちと嫌な水音を響かせて、まるでぶちまけられた水を逆回しに戻しているように、刀身に猿が吸い込まれていく。
　全てが終わった頃には、小太刀をだらりと下げた少女と、猿の形をした影がそこにあるだけだった。立ち落とされた枝もまた、闇に紛れそうな影となって地に転がっていた。
　やがて少女は顔を上げる。淡い緑色の輝きが消え、変わって別の光がいくつも村の方向で輝き出した。かたかたと小太刀の鍔が鳴る。それに導かれるように、少女は跳躍した。