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リアクション
「まさかロミスカの戦士がここまで強いなんて……。
マスターぱんつ戦士、信じられない強敵だよ」
「どうしたらいいんだろう」
美羽とコハクの苦い言葉に、重い沈黙が訪れる。
静寂を破ったのは、立ち上がったリカインの揺るぎない声だった。
「アレ君、ぱんつ脱いで寄越しなさい」
唐突な、信じられない台詞に仲間の契約者達が固まっていると、リカインは首を傾げる。
「まさか自分が脱ぐのは嫌だなんて言わないよね?
向こうの格好見る限り履いてなくても問題なさそうだし、ベルテハイト君を見た感じもしかしたら『女性の』ではなく『異性の』が重要な要素なのかもしれない。そしたら私が被るのは男ものじゃなきゃいけないんだから。
……まさか元々履いてないってことは……!!」
目を見開いたリカインにアレクは「否履いてるよ」とウエストベルトのバックルへ手をかける。
――渡すのか!? てゆーかここで脱ぐ気なのか!!?
皆が息を呑んでいると、アレクの手をハデスの声が止めた。
「待て。ここでアレクサンダル・ミロシェヴィッチをノーパンにしてしまうのは得策ではない」
「何ですって?」
「男が戦いに赴く時、ぱんつが無い。それは戦闘力を著しく低下させる原因になる」
たらりと汗を垂らしながら真剣な眼差しで説明するハデスに、男達は何かに気づいて絶句する。一方の女性陣は全く理解出来ないらしく、リカインも首を傾げたままだ。ハデスは科学者らしく聡明そうな顔で分析を口に出した。
「つまり位置の問題なのだ。
ぱんつの中であればある程度固定出来るそのポジションが、ぱんつを失う事でブラついてしまう。
実生活に置いてもその位置の善し悪しで、精神的、肉体的な部分が大きく左右されるというのにこのような戦いの場で、ポジションを安定させないでおくというのは得策ではないのだ!」
女性陣の何人かが内容を理解し、何人かが理解できないまま首を傾げる中、ハデスは苦々しい表情でこう結んだ。
「リカイン・フェルマータよ。このような劣勢に追い込まれた状況で、我々は今、彼という大きな戦力を失う訳にはいかない……」
ハデスの言葉を最後に再び訪れた長い沈黙の中で、アレクが『それ』に触れたのは偶然の事だった。
軍服の胸ポケットに入れた写真。何となくそれを取り出そうとして、アレクはふと指先に感じた柔らかい感触に大事な写真を取り落としてしまう。
「アレクさん、落ちましたよ」
豊美ちゃんに差し出された写真の微笑む少女を凝視しながら、アレクはポケットからその柔らかな布を取り出し、両手で広げていた。
通常より面積の少ないそれは薄い紫のレースとシフォン生地で形作られ、左右の紐の上には「外していいのよ」と言わんばかりに無意味なリボンがついている。それは少女から大人の女に成長しつつある持ち主の危うい美しさを演出している――所謂ちょっと背伸びぱんつ。
そしてアレクは思い出した。
「これ――、ジゼルのぱんつだ」
それは昨日の夜の事。ジゼルの家事を手伝っていた(?)アレクは、彼女のチェストの中に偶然それを発見してしまう。
「これは……」エロいなと続けようとして後頭部にばふんと衝撃を感じ、アレクは振り返った。両手に持っていた洗濯物を床に散撒いて、酷く狼狽した様子のジゼルが震える指先でクッションを手に立っている。
「駄目ッ! それは……!!」
慌てて奪い取ろうとしてきた手を避けて、アレクは自室へ飛び込んでそれを隠し、扉を開ける。
「見つかったら返してやるよ」
嗤い見下ろして告げた言葉に涙目になりながら必死に部屋を探しまわっていたジゼルが可愛くて、うっかり返すのを忘れていた。
「そんな訳で……」
「どんな訳だよ!!」と、此処にベルクや陣が居たら突っ込んだ事だろう。果たしてこの場にそれをする人物も居らず、口を開いた武尊から下着メーカーの社員らしき詳しい知識が飛んでくる。
「それ、ヴィクトリーシークレットの2023スプリングサマーコレクションの限定品だろ?
結構な値段したんだよな」
「何時の間にこんなの買ったんだ? あいつ今月もカード使ってないのに」
ぼやくように言いながら、アレクはリカインへ向き直って彼女の前にジゼルのぱんつを差し出した。
「リカイン、これはあんたが被るべきだ」
「アレ君!? しかし……、ジゼル君のぱんつだよ? 自分で被らなくて――」
「俺は既に豊美ちゃんのぱんつを被って戦うと約束した。
ジゼルのぱんつを誰かに渡したくは無いが、彼女が姉と慕うあんたならば、このぱんつを正しく使ってくれると信じている」
「アレ君…………」
「リカイン・フェルマータ。姉さん。
ジゼルの為に、俺と皆の為に、このぱんつを履いて戦ってくれ」
「……分かったわ!!」
ジゼルのぱんつをアレクの手ごと包み込んで、リカインは強く頷いていた。こんな経緯で、ジゼルが――金額的な意味でも――決死の覚悟で購入した勝負ぱんつは、兄の手から姉の手へと渡ったのである。
* * *
「遂に最後の闘いが始まる――
勝つのはロミスカのぱんつ戦士か、異世界からの使者、契約者か!
勝負の行方は……正直全くどうでもいいな。俺が帰れれば!」
陣の声が闘技場に木霊し、次いで観客達が咆哮を上げる。
果てしない緊張の中――、ロミスカの戦士と契約者達は同時にぶつかるのだった――。
「ふっふっふっ……この湧き上がる力……これが自分の真の力でありますか!」
スクール水着の上に被った紙袋を脱ぎ捨て、露になった顔に契約者達は頭を抱える。
「って、またこのパターンか……」
実況席の陣にマイクを通したツッコミをさせたのは葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)の存在だった。
契約者達の前に立ちはだかった最後のマスターぱんつ戦士達。その中に、吹雪は居た。飛ばされた異世界で彼女が敵として現れるのは二回目である。事件に巻き込まれた契約者達の中では、彼女はもうアッシュと同じ扱いになりつつあったのだ。
「そこのロリコン兄貴!! そのパンツさぞや名のあるパンツでありますな!!」
「アレクさん……彼女、ぱんつを二枚被っています!
もしや誰か契約者を襲ったのでは……!?」
ポチの助の声に、契約者達は闘いの中闘技場を見る。
羽純が槍を片手に、一人の契約者を庇っていた。
「う……、……す……みません……」
吹雪の力の前に倒れたのはエリザベータだった。なぎこや美羽達が駆け寄って行く。
「酷い……なんてことを……!」
「ぱんつを奪われて、体力が落ちてる! すぐに回復を!」
彼等の声を聞き、ポチの助はアレクの上から飛び降りた。――分かっていたのだ、アレクがこれから本気を出す事を。
「心を捨て、ぱんつの力に溺れし者よ……
正義の神――否、聖なる乙女の代行者として、今俺が、貴様を粛正する!!」
飛び出すと吹雪は即、闘技場の地面を覆う砂を蹴り上げた。その目潰しの攻撃をアレクが突風で薙ぎ払う。それと同時に斜め上から刃がきたが、スナイパーライフルを盾にし、それがまっ二つになる刹那の間に身体をくねらせ肉を断たれる事を避ける。
しかし幾らか持って行かれた。痛みにそちらに気を取られていると、腹部に衝撃が走り、背中が闘技場の壁へと打ち付けられる。
「がふッ――げっっ……」
胃の中身を吐いている間に向こうから追撃がくる。
(ロリコンの癖に――なんて早さでありますか!!)
吹雪は闘技場の闘いから観客を守っていた壁を拳と足で割りながら、壁沿いにひた走る。
コロッセオまで破壊する吹雪に上からはブーイングが落ちてくるがそんな事を気にしている場合では無い。生命の危機に瀕しているのだ、そんなものは知った事じゃない!
「おおっと! 戦士吹雪、目潰しに続きまたもえげつない攻撃です!
まるで由緒正しきマスターぱんつ戦士とは思えない汚さ! こんなゲス行為をして心は痛まないのか! 否、痛む痛まない以前になんつーか痛々しい!」
「今頃故郷パラミタで、彼女のパートナーも泣いているんじゃないでしょうか!」
陣と恭也がそんな実況をマイクに吹き込んでいるが、実は……吹雪のパートナー、コルセア・レキシントン(こるせあ・れきしんとん)はコロッセオの観客席に座っていた。
(この世界から脱出出来ればいいと思ってたけど……
ぱんつなんて渡すんじゃなかった……)
目頭を指で抑えながら、コルセアは最後まで他人のふりを通そうと心に決めるのだった。
そんな間にも闘いは進んでいる。
吹雪の壁落とし攻撃に一足飛ぶと、アレクは物質化した発射筒を肩に載せて瞬時に狙いをつけ弾薬をぶっ放す。
シュコンッと音がしたと思った瞬間。吹雪が跳び退いた場所――まだ壊れていない壁が崩れ去った。
「アレクー!!!」
実況席からは立ち上がった陣の怒号が飛ぶが、アレクはそれを見上げて「どーせ壊れてたんだから良いだろ」と言いながら次の攻撃へと移る。吹雪がこの携帯対戦車擲弾発射器の攻撃を避けるのは分かっていた。
そして何処に逃げるのかも――。
走る吹雪の正面に氷の壁を立ち開(はだ)からせると、追いつめられた彼女が逃げ出す前に目の前に迫り首を捕まえ引倒す。
伸し掛ってきたアレクの腕へ吹雪は噛み付くが、そんなものどうと言う事は無い。
今直ぐ殺さないのはただ、答えを待つ為だ。
アレクは振り向いて、実況席の近くに座る彼女を見る。彼女の判断を――恐らく、否絶対に「殺してはいけません」というだろう命令を待っていた。
彼女のぱんつを――意志を背負って闘うのだ。アレクにとって今守るべきなのは、上官は、絶対の君主は豊美ちゃんだった。そして予想通りに彼女が首を横に振るのを見て、アレクは吹雪が被っていたぱんつを剥いでいく。
「沙狗夜のぱんつ、返して貰うぞ」
「チッ……だが自分にはまだ一枚――」
「そうか。もう一枚あるんだよな、これ誰のだ?」
「これは……自分のパートナーの――」
吹雪が答える前に、コルセアは猛然と走りその場から逃げ出していた。
「まあいいや、これも没収」
「うわあああぱんつが! 自分の真の力を解放するぱんつがッ!!」
膝の下で暴れ回る吹雪の姿は、手負いの獣のようでどこか哀れですらある。
「そんなにぱんつが欲しいのか?」
問いかけにこくこくと頷く吹雪に、アレクは考えている。こんな狂犬に女性のぱんつを渡す訳にはいかない。しかしこんなにも、ぱんつを欲しがっているのだ。
「仕方ねえな。リカインも欲しがってたし、……もしかして一部には需要があるのかもな。
よし、俺のをやる。これで我慢しろよ?」
言いながらアレクは体制的にそれだけ外すのは不可能だったので、軍服の上着のボタンを外して、ベルトのバックルへと手をかけた。
地面に押し倒している男が前を寛げ始めるという散々な光景に、これから野郎のぱんつが己の頭にすっぽり被るかもしれないという恐怖に――吹雪は自爆した。
*
マスタークラスのぱんつ戦士を相手に、奮闘を続けるぱんつ契約者たち。
その中でも獅子奮迅の活躍を見せたのは、アレクから受け取ったジゼルの勝負ぱんつを被ったリカインだった。
『――――!!』
激しい交錯音が響き、ぱんつ戦士が握っていた剣が柄の先からむしり取られるように折れ、宙を舞って地面に突き刺さる。
「馬鹿な!? 素手で剣を砕くだとぉ!?」
見たこともない鎧を纏ってはいたものの、丸腰の相手に苦戦などあり得ない――そう思っていたぱんつ戦士は、数度の交錯で自分が追い詰められていく現状に顔を歪ませる。
「もしかして、見た目で私を舐めていたの?
自分の顔を見てからにしなさいよ!!」
吐かれた言葉に戦慄の表情を浮かべたぱんつ戦士に接近し、リカインが拳を振るう。顎を砕かれたぱんつ戦士が脱力し地面に伏せると、コロッセオ全体が歓声に沸いた。
(……多分、凄い見た目になってるんだろうなぁ。うん、色んな意味で馬宿君、居なくてよかった)
この事は彼には内緒にしておこうと秘めながら、リカインは次の相手を見据える――。
「リカイン・フェルマータ、圧倒的な力でロミスカの戦士を破ったーっ!!
下着の力があるとはいえ、こうも強力な力を得た理由は何だと思いますか、豊美さん?」
「あっ、やっぱり私に来るんですねー」
実況の陣が話を振ってくるのを、そういうものだと受け入れた豊美ちゃんが少し考えて、言葉を発する。
「さっき私がベルテハイトさんの事について言ったように、リカインさんもジゼルさんとそう、まるで姉妹であるかのようにジゼルさんの事を大切に思っている……詳しくは分からないですけど私にはそう見えるんです。
きっと、そういった思いが、強い力を生み出す原動力になっているんだと思います。ロミスカの戦士も皆さん強いですけど、強い絆で結ばれた関係、そこから生まれる力が上回っている。とても、素敵だと思います」
優しげな眼差しで見守る豊美ちゃんに続いて、会場の戦いの様子を見て、陣は心の中で(……素敵なのか?)と思ってしまう。ぱんつを被った戦士と契約者が入り乱れて戦う様を素敵と形容する感性は持ち合わせていなかったし理解も出来ないし、もう何と評していいか分からなかったので、ありがとうございます、とだけ言ってこの場を締める。
豊美ちゃんの解説に付け加える事があるのならば、今日もリカインの頭上に位置しているカツラ(っぽい)ギフト、シーサイド ムーン(しーさいど・むーん)もまた、リカインの強さの原因だろう。
彼――か彼女かは分からないが――は、あと一歩で野郎のぱんつを被らされるところだったのだ。
リカインは全く意識していなかったかもしれないが、リカインがぱんつを被る事になれば、直接的被害を被るのはリカイン・フェルマータ自身ではなく、彼女の髪の毛と化しているシーサイド・ムーンなのだ。
「アレクのぱんつじゃなくて良かった」と心から思う安心感から戦闘力が解放され、リカインの活躍に一役買っているのだろう。
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