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最強タッグと、『出来損ない』の陰謀 後編

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最強タッグと、『出来損ない』の陰謀 後編

リアクション

2/途絶

 焦燥感だけが、降り積もっていく。
 膝の上の目覚めぬ、少女の姿に。止血はできたはずなのに、まるで未だ、彼女の血は流れ出続けているような錯覚に──加夜は、苛まれる。

 一体、この子が傷つくところを何度見てきた。
 助けなきゃ。助けなくちゃ、いけないのに。そして、聴かなくてはならない。
 彼女が一体、梅琳に何を言おうとしたのか。
 伝えたかったことを、彼女が声にできるようにしてやらなくては。
 だけど──……彼女の意識は、戻らない。深い傷を治しきるには、未だ加夜の力だけでは至らない。

「……ベアトリーチェ、私は、いいわ。だから、加夜を手伝って」
「……っ? 梅琳さん!?」

 後輩を抱え、治療を続ける加夜に覆いかぶさるように影が落ちる。
 それは、立ち上がった梅琳。その背の、真一文字に切り裂かれた着衣のほつれを、加夜は見る。
「まだ、完全に回復は……!」
「少なくとも、止血も終わっているし傷も塞がった。大丈夫よ、美羽たちも苦戦している──じっとしているわけにはいかないわ」
 それに。
「どうみたって、まだその子のほうが重傷よ。加夜ひとりより、ふたりのほうが助けられる可能性はより高いはず」
「それは……っ」
 言いよどむベアトリーチェ。加夜も、俯く。
 たしかに、それは彼女の指摘するとおりかもしれないけれど。
「大丈夫よ。自分が手負いなのは承知してるわ。無理はしない」
 ヘタに前面に出たところで、足手まといになるだけだしね。援護に徹するわ。
 言って、梅琳は自身の得物を構え、駆け出していく。その背中を見送り、再び加夜は後輩へと視線を落とした。
 苦しげな表情の中で、ほんの微かだけその唇は動いている。
 なにかを、言おうとしている。
「……彩夜、ちゃん」

 すぐ傍に、ベアトリーチェが身をかがめる。ふたり、頷きあう。
 助けなくては。この子を。彩夜を。



 血痕は一体、どこまで続いているだろう?
 薄暗い通路の中、負った深手を押さえながら黒崎 竜斗(くろさき・りゅうと)は荒い息を吐く。
「竜斗さん……っ」
「大丈夫だ、心配するな……っく」
 彼をここまで支えて後退してきた黒崎 ユリナ(くろさき・ゆりな)が、心配げな表情を向ける。
 気落ちさせまいと強がってはみたものの、しかしながら自身の傷の深さを竜斗も理解している。
 くそ、油断した。──ここから、どうする?
「無理、しないでください。すぐ手当てを」
「本当に、大したことないって。このくらい」
 俺が、あいつらを守らないと。
 痛みを押して、立ち上がろうとする。
 竜斗たちを行かせるためと足止めを買って出た、セレン・ヴァーミリオン(せれん・ゔぁーみりおん)黒崎 麗(くろさき・れい)のことが、心配だ。
 ふたりとも、けっして正面からの戦いで最大の力を発揮するタイプではない。絡め手が果たして、どこまで通用する相手なのかも不透明なのだ。ここは、自分が行かないと。多少の傷で休んでなどいられない。

「ダメです」

 しかしその彼の袖を、愛する妻は引く。
 行かせまいと、する。
「ユリナ」
「何度だって言います。ダメなんです」
 言い聞かせるより先に、拒絶の言葉が投げつけられる。
「行くならせめて、きちんと手当てをしてからにしてください」
「そんなヒマは」
「あります。そのために麗ちゃんたちは、私たちを行かせてくれたんです」
 また、遮られる。
「竜斗さんを、行かせるわけにはいきません。……なにかあったら、私もどうかしてしまいます」
 そして、遠くのほうで聞こえる爆音。聞き覚えの、ある音。
 おそらく、セレン得意のトラップが炸裂したのだ。
 その音と、妻からの真剣な眼差しとに竜斗は瞑目する。自分が、どうすべきか。

「……そうか。そうだな」

 信じるべきなのかもしれない。
 相手が強敵であることは承知の上。きっと、無事でいてくれると。



 止められぬよ。そんなものではな。
 モニターには、爆煙を切り裂き現れるふたつの影が映し出されていた。いずれも、特徴的な顔立ち。竜斗たちがまさに心配をしていた、ふたり。
 その──偽物、だ。

「たかがトラップのひとつふたつ、なんら効果があろうものか」

 威力は無駄。混乱など、しない。なぜならその贋作たちにはそもそもの前提として、感情がない。
 動揺しないものが、混乱などするわけもない。
 付け込んでの狙撃が、通じるはずがない。
「奴らに会場の連中を取って代わらせて、どうする気だ」
 自信に満ちた様子の老人に、神崎 荒神(かんざき・こうじん)は問う。混乱に乗じ追っ手を振り払い離脱した、別室において。こちらは相手が人間であったから、やれたこと。
「決まっている。これは第一歩にすぎん」
「……」
 及川 猛(おいかわ・たける)とともに、老人の妄執を耳にする。
 こんな同じようなことが何度も、通じるとでも?

「そのためにお前たちがいるのだろう? やりかたはいくらでもある。……今更無関係とは言わせぬぞ、出資者どの?」
「そういうことか……」

 モニターの中で、二人組は一切の攻撃が通じぬ相手を前によく戦っている。
 多勢に無勢、自身らが逃がしたふたりの類似品がその戦列に加わり、四対二。徐々に追い込まれていきながらも、だ。
「ハイわかりました、なんて頷くと思ったか?」
「聡明なお二人ならば、な。そうでなくば……力づくということになるが」
 はじめからそのつもりだろう。荒神は、老人と自分たちとの間に立ちふさがる見たくもないふたつの影を睨みつける。
 それは他ならぬ、荒神たち自身のコピー。自ら従うか、たたきのめされて従うか。こいつらに取って替わられるか──選べ、ということ。
「生憎だが、話にならんな」
「ああ」
 ぽきぽきと、猛が自身の指を鳴らす。荒神も、彼と同じく臨戦態勢に既に入っていた。
「上位種に、勝てるとでも?」
「アホ。何が上位種や」
 まったくだ。頷き、老人を見据える。
 あまり、ナメるな。
「石人形に負けるほど、人間は無力ではない」
「いいや、負けるとも。出来損ないたちよ」
 交渉は、決裂だ。

「悪いが、叩き潰させてもらう」

 非常時のために用意しておいた通信機のボタンを、ポケットの中で強く荒神は押し込んだ。
 これで、こちらの味方も動き出すはず。そういう、約束になっている。
 こちらと同じ顔をした、あちらのふたりも構えをとっていた。

 いいだろう。
 かかってこい、偽物ども。



 呼吸が、できない。

「……っ。……!」

 掴み持ち上げられた喉笛が、ぎりぎりとその握力で締め付けられていく。
 これが本当に自分の握力かと、遠のく意識の中で雅羅は改めて、この絶望的な状況を再認識させられる。
 あいかわらず、ツイてない。こんなことに、なるなんて。

 魚のように、酸素を求め口がぱくぱくと空中を無意味に噛んでいく。
 気道が塞がれて、空気が入ってこない。いや、このままでは首を完全に握りつぶされるのも時間の問題だ。
 抵抗しようにも、混濁しかかった意識の中で腕すらあがらない。
 先ほどは助けに入ってくれたセルファたちも、今は自分たちのコピーを相手にするので手一杯だ。
 なにしろ、生半可な攻撃は通らないのだ。この乱戦では、攻めあぐねて当然。手数よりも威力が必要なのに、高威力の攻撃は周囲の『敵以外』だけを巻き込みかねない。なんとか、連携をとろうとしているが──皆、消耗が激しい。雅羅たちも含めて、総崩れに近い。
 この状況では。なにか、きっかけがなければ。ただ、彼女たちが助けてまわり、そのぶん消耗をしてまわるだけのジリ貧の状態にしかなっていない。
 せめて、自分が頑張らなくては。力の入らぬ指先を、雅羅は震わせる。こいつだけでも、なんとかしなくては。

 だが、相手はそんな悠長な時間を彼女に与えてはくれなかった。

「っ…………!?」

 身体を、それまでと違う方向に向かう浮揚感が包む。周囲の景色が、流れていく。
 セルファがこちらに、なにかを叫んでいる。アルセーネに助け起こされると同時、ふたり頭上からの攻撃にさらされるセレアナ。
 髪を掴まれ、無理やりに引き起こされたセレンフィリティ──割って入る、真人。すべてが、視界を走馬灯のように横切っていく。

 意識が真っ白に染まり、感覚が消え失せたのはその直後だ。
 激突の、衝撃。潰され続ける喉とは別の要因が、彼女に息を詰まらせる。
 激痛が、すべてを塗り潰していく。
 自分に何が起こったのかも、わからない。ただ、動けず、まわりが窮屈な事だけが認識できる。
 自分が、壁面に叩きつけられたこと。そこに、埋められたことを認識はしていなかった。

 そこで、雅羅の意識は途切れた。