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リアクション
5/光明
ずたずたの着衣が、爆煙を流していく風に吹かれなびいている。
「アル……セー、ネ……?」
自分を狙っていたのは、アルセーネ──の、はずだった。
そして、自分を庇ったのも同じくアルセーネ。
なんのことはない。前者は偽物。後者は本物。それだけのことだ。しかし。
「アルセーネェっ!!」
膝を折り、くずおれていくパートナーの姿に、ただただ雅羅は悲鳴のような声をあげるしかできない。
「雅羅、落ち着いて! ……真人っ!!」
真人の援護を受けたセルファの突撃。本物を倒したアルセーネの偽物を、向こうへと押し出していく。その間に、倒れ伏すアルセーネのもとに雅羅ははいずり寄っていく。
「なんで……なんでっ!」
わかっていたはずなのに。アルセーネ自身、手一杯だったということ。彼女自身、知っていたはずだ。ヘタに他人を庇ったりしたら、こうなることくらいは。
「……、は、っ……、ぁっ」
「! アルセーネ、しっかりして!」
苦しげな息を吐く、パートナー。生きている。まだ、やられてはいない。
「ふたりとも、下がって!」
リネンが、二人の身体を持ち上げる。とにかく今は後ろに下がらなければ。その判断は、正しい。
だが、このまま消耗し続けているばかりというわけにもいかない。
なにか、なにか打開策を打たなくては──それが見えている者だけでなく、ただ闇雲に戦うだけの、追い詰められていく者たちにも、それを広く伝えなくては。でも……どうすれば?
「!?」
思案に暮れるリネン。必死でパートナーに声をかけ続ける雅羅。
その頭上。ずっと、この混乱の最中にブラックアウトをし続けるだけだった、巨大なオーロラビジョンに光が灯る。
「今度は、なに!?」
徐々にかたちをはっきりさせていくその映像は、ここではないどこか。
別の場所。そう、地下で繰り広げられる激戦の、様子だった。
*
あちこち、打たれて。攻撃を浴びて。
まだまだ、倒れやしない。けれど、痛い。すごく。
彩夜と、自分と、パートナーと。三人と同時に、自分ひとりの力でやり合っているのだから。
でも、倒れない。絶対に、倒れるものか。
「彩夜は……もっと痛い思いしたんだからっ!!」
美羽は、叫びとともに拳を振り切る。向こう側の美羽が──偽物もまた、まったく同じモーションでこちらの拳めがけ、その鉄拳をたたきつける。
「う、ああああぁぁっ!!」
押し負けようとしている感覚が、わかる。単純な身体能力はあちらが上、というのはどうやら嘘ではない。
負けない。負けたくない。ひたむきなその想いとともに、美羽は強く、強く足を踏み込む。
彩夜のためにも、絶対にこの戦いには負けられないから。
「だからっ!!」
拳に宿る激痛を堪え、自身の限界以上の力を押し込んでいく。
砕けてもいい、かまわない。その勢いに気圧されたか、向こう側の『美羽』が一瞬、拳を引くようなそぶりを見せる。
「……逃がさないっ!!」
このまま、退かせるものか。叩き潰す。とっさ、その身を追わんと、体勢が崩れるのも気にせず更に前へ前へと身体を倒す。前傾に、駆け出す姿勢をとる。
「!」
そして、もうひとりの自分が後退をした背中の向こう側に──よく知った顔と同じその「ふたり」は、いや、「二体」はいた。
彩夜。ベアトリーチェ。その、偽物。
ふたりの武器が、光り輝いている。
罠。そのことがはっきりと頭をよぎる。自分が、まんまとはめられたことを理解、できてしまう。
避けれないなら、叩き落とすしかない。崩れた体勢のまま、拳を振り上げようとする。
「……っぐ……っ!!」
集中が途切れたがゆえに、それまで気にならなかった激痛に眉根が歪む。
そのせいで、対応がワンテンポ遅れる。
すべてがそこから、ゆっくりとしたスローモーションに見えた。
構えなおせなかった、拳。
こちらへと放たれる、逃げ道を塞ぎつつ一点めがけ迫る光条。せめてひと呼吸置けたら、かわせるのに。
……ごめん。心の中呟いたその謝罪は、彩夜に対するものか、コハクへと向けられたものなのか。
「──美羽さんっ!!」
さすがに一瞬、観念をした。だが、救う者が、いた。
躍り込んできた加夜が、その射撃を弾き飛ばす。大丈夫ですか、と振り返った彼女に、一瞬美羽はぽかんとなって。
彼女が自分を助けに来たということは、まさか──……!
「彩夜はっ!?」
「……まだ、油断はできない状態です」
「だったら! ここは私が! 彩夜の手当てを!」
「いえ」
言葉を更に重ねようとして、美羽はまた、気付く。加夜の周囲に、冷気が渦を巻いていること。そして彼女の右腕に、エネルギーが集中していくことに。
「今は、戦います。戦わせてください。……彩夜ちゃんのメッセージを、無駄にしないためにも」
*
そして、加夜は解き放った。自身に出来得る、最大威力の一撃を。
その衝撃は、彩夜とベアトリーチェ、ふたりの姿を模したカローニアンの間を抜け、一直線にひとつの影を目指す。
それは──コハクと戦う相手。加夜自身を模造した、鉱物兵器。
「でも、この距離でおまけに、そのままじゃあ……!」
不意をついた一撃であったことは、間違いない。
加夜のコピーは乱戦の中受けたその一撃を避けることも、ガードすることもできず、直撃を喰らう。
だが、何事もなかったように爆風の中から、無傷のその姿を見せる。
これではやはり、カローニアンを破壊することはできない。
コピーをされた、当の本人の力によるものでは、けっして。
「まだ、です」
しかし、加夜の声にはまだ、力があった。確信の色に、満ち溢れていた。
「手と手を、重ねること。──別な人と人の力と力を、重ね合うこと。彩夜ちゃんが教えてくれたことが正しいなら、きっと」
直後、そしてそれは爆ぜた。
たった今、加夜からの直撃を受けた箇所から。なにかに当たり、粉々に粉砕をされた──つまり、加夜は『本物』しかいなくなった。
「え……!?」
なにかが、加夜の攻撃の着弾直後に、鉱物兵器を穿ったのが、美羽の目には見えていた。
一体どこから。視線を巡らし、その射線を辿っていく。
「……どうやら、成功したみたいね」
それは、梅琳の狙撃。加夜の攻撃を耐えきった敵への、とどめの一撃として彼女の正確な射撃が命中をし、粉砕した。
「はい。これなら──……、」
これが、彩夜ちゃんの伝えたかったことなんです。
最大威力の攻撃の直後に、別の攻撃を重ねること。
力と力を連鎖させ、打ち砕く。それが──カローニアンへの、突破口。
「これなら、無駄にせずにすみます」
彼女の、想いを。
*
通信機のモニター越しに、その光景を千返 かつみ(ちがえ・かつみ)は見ていた。
たしかに、強敵……カローニアンが、粉々になっていくその様。
たったひとり自分自身のコピーによって追い込まれた地下迷宮の中、希望の光がそこに灯ったようにさえ思えた。
「……よし」
とはいっても、こっちはひとり。彼女たちがやったように連携する相手など、望めない状況だ。だったら、どうするか。
大丈夫。やりようはある。
かつみは、自身の手持ちの装備を確認する。これならばきっと、やれるはず。ただし、急がなければ。
追っ手のカローニアンはいつ、この隠れ場所に気付くかもしれない。
真正面からひとりで挑むのが不利極まりないことは、ここまでの戦いで嫌というほどわかっている。
勝機を。知らされた勝算を生かさなければ、勝ち目はない。
「……でも、一体誰が?」
通信機を突如としてジャックした、この映像。果たして一体、誰が流しているのか。
疑問に首を傾げながら、行動を開始するかつみ。
彼が、知る由もない。
より深い場所、知られ得ぬ部屋。
コンピューターをハッキングしたテレサの、全て万事うまくいったことに対する高笑いも。
その足許に簀巻きにされ転がされる、彼女とアルベールのカローニアンたちのことも、だ。
一体どのような手を使って、二体をそのように捕らえたのか。
それはたったひとり、アルベールしか、知らないのだから。
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