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第二話 秘密基地へようこそ




「さーてみなさーん、お仕事ですわ〜」
「きゅう」
「ぷもっ」
 お化け屋敷の入り口近くには、なぜか数匹のウサギがいて、ウサギと戯れるコーナーとやらが設置されていた。
 たくさんのウサギを連れている白銀 風花(しろがね・ふうか)も、自らウサギの姿になってお客さんにモフられている。一匹だけビックサイズであるため、ちびっ子にも人気だった。
「可愛い〜」
 入場券を買って順番を待っているあいだにそこを自由に使っていいとのことで、歌菜と羽純もそこでウサギに戯れていた。
 歌菜は積極的にウサギを抱いたり撫でたり顔を押し付けたり。羽純は進んでそういうことはしないものの、なぜかウサギが寄ってきて仕方なく頭に手をやる。
 ウサギは気持ちよさそうに、小さく声を上げた。
「はーい、五七番の入場券の方、入場できますわ〜」
 ビックサイズウサギの風花が口にして、歌菜は名残惜しそうにウサギを手放す。
「帰りにまた寄ろうね」
「そうだな」
 そう言って立ち上がり、屋敷の入口へと向かう。
 入口には入場券を渡すところがあったのだが、そこにある椅子には誰も座っていない。
「あれ?」
 歌菜がおかしいな、と思った、その瞬間、
「いらっしゃいませ」
「キャーッ!!」
 いきなり椅子の上に人間サイズくらいのタコのような生物が現れた。ポータラカ人である、イングラハム・カニンガム(いんぐらはむ・かにんがむ)が受付をしていた。
 歌菜は悲鳴を上げ、羽純に飛びついた。
「クク、入場券をこちらにお預けください」
「びっくりした……」
「ナノマシン拡散で姿を消してたのか……驚いたな」
 羽純も不意打ちだったのかそう口にした。彼らの後ろにいるお客さんたちも、青い顔をしている。
「我など一番の小物、こんなので驚いていたら、心臓がもちませんよ?」
「ええ……」
 入場券を預かりながらそう言って笑うイングラハムに、いくつかの客が嫌そうな声を上げた。見た目だけで言うと、ラスボスクラスなのだが。
「では、案内は彼が行います。アルベール、出番なのだよ」
「かしこまりました」
 執事の格好をした一人の男、アルベール・ハールマン(あるべーる・はーるまん)がうやうやしく頭を下げて近づいてきた。まだ暗いわけでもないのに、ロウソクなんか持っている。
「それではお楽しみを……クックック」
 イングラハムはお客さんに手を振って笑う。アルベールが歩き出したため、歌菜たちはそれに続いた。
「……この、屋敷はですね」
 ゆっくりとした歩みの最中、アルベールが口を開く。
「かつて、この地域で栄華を誇っていた、とある一族が住んでいた場所です」
 振り返りもせず、つらつらと彼は昔話を始めた。
「その一族は戦場で多くの戦いを生き延び、敵なしと言われていたそうです。……が、彼ら一族には、ちょっと変わった風習がありまして」
 アルベールの口調が更にゆっくりになる。羽純の後ろにいる女性が、ごくりと息を飲んだ。
「戦場で捕らえた敵兵を……痛めつけるのが趣味だったそうです」
 アルベールが足を止めた。そして、

「アっー!!」

 いきなり叫ぶ。歌菜は羽純にまた抱きつき、後ろからもいくつか悲鳴が上がった。
「そんな悲鳴が、毎日のように地下室から聞こえていたそうですよ……ああちなみに、そこが地下室の入口なのですが、」
 アルベールが示した先には頑丈な扉があった。
「わたくし、そういうのが見える人なんでね……いやあ、階段を降りる前に、これは無理だなあ、と思いましたねえ」
 アルベールが笑いながら言う。歌菜たちの顔色が変わった。
「入ってみますか?」
「いえ……結構です」
 振り返って、たまたま近くにいた歌菜に聞く。アルベールは後ろも見るが、皆がふるふると首を横に振っていた。
「さて……それでは、ここからルートがいくつか分かれております」
 短めの玄関を抜け、エントランスに出た。真正面にある階段を上がると左右に扉があり、一階にも左右、階段の横にも二つ、扉がある。
「目的は、この屋敷のどこかに隠されているというアイテムを見つけることです。そのアイテムを持って屋敷の裏口にまで、来てください」
 アルベールはメンバーにルートを振り分け、頭を下げた。
「それでは……お気を付けて」
 そしてそう口にし、客たちはそれぞれ、散った。歌菜たちは二階の、右側のルートに割り振られた。
「行くぞ」
「うん……」
 羽純の腕にしがみついている歌菜に一応確認を取り、羽純は扉を開いた。昼間だというのに真っ暗な廊下が、奥まで続いていた。


「さっきの話、嘘だよな?」
「嘘だよ」
 監視カメラで屋敷の様子をチェックしているのは、お化け屋敷の手伝いをしているアゾート・ワルプルギス(あぞーと・わるぷるぎす)神崎 荒神(かんざき・こうじん)だ。
「それにしても面白い作り話だね。チープといえばチープだが、変に説得力があるというか」
「あいつのスキル【博識】から来てる感じだな。実際にそういうのがあった場所があるんだろう」
 荒神は感心したように言う。
 アルベールはというと、ドヤ顔で監視カメラを見ている。なんとなくだが、楽しそうだ。
「普段からあんな人と一緒にいるなんて、大変だね」
「ああ、大変だぜ……こう、自分に影響がないと笑ってみてられるんだけどな。ま、そういう意味で言うと今日はラッキーだったぜ」
 荒神も半ば無理やりアルバイトに参加することになっただけなのだが、こうやってアルベールを見ていれば普段の接し方にヒントがあるかもしれない。
 特に荒神は普段からアルベールの悪ふざけを受けているので、それを客観的に見るチャンスだと考えモニターのチェックに入っている。
「とりあえず、モニタのチェックは頼むよ。なにかトラブルがあったら、すぐに連絡してくれ」
「ああ、任せておきな」
 荒神はひらひらと手を振ってアゾートを見送った。
「アゾートさーん!」
 モニタールームから出たアゾートに、風馬 弾(ふうま・だん)が駆け寄ってくる。彼も臨時のアルバイトで駆けつけた一人で、主にアゾートのサポートを行っていた。
「どうだい、列の様子は」
「今は二十分待ちだね。ウサギコーナーを新設してからは不満を言う人もいないみたい」
「そっか。やはりあれはいいアイデアだったね」
 アゾートはうんうんと頷いて言った。
「受付も案内も、適材適所という感じだ。ボクたちはトラブルがあったら動くから、いつでも動けるようにしておいて」
「うん、わかった」
 アゾートの言葉に、弾は頷いた。そして、歩いてゆくアゾートの隣を、並んで歩く。
「なんだい?」
「え、あ、いや、別に」
 ちらちらとアゾートの方を見ていたら、アゾートがこちらを向いた。ごまかして、今度はバレないように横顔を伺う。
(この前は変な姿を見せちゃったからなあ……)
 少し前、彼は海の家で盗撮などの取り締まりに当たった際、エイカ・ハーヴェル(えいか・はーゔぇる)のせいで女装をする羽目になった。アゾートは笑っていたが、胸の内ではどう思っていることやら。
(今回は、男らしさを見せつけなくてはっ!)
 お化け屋敷ということで、なにか、チャンスがありそうな気がする。
 そう思って、拳を握る弾だった。
(それにしても、エイカ、真面目にやってるかなあ……まあいいか)
 エイカは今日はお化け役……というか、脅かし役ということで屋敷の中だ。
 彼女がまた妙な騒ぎでも起こすんじゃないかと、少々弾は不安になっていた。





 アリス・バックフィート(ありす・ばっくふぃーと)は迷っていた。
 離れに入ったまではよかったものの、正直なことを言うと、自分はこういった、幽霊的なものが非常に苦手だ。
『いいか、アリス』
 自分のマスターである、ドクター・ハーサン(どくたー・はーさん)の言葉が頭に蘇る。
『お化け屋敷に本物のお化けが出るという噂が立っているらしい。特に深い意味があるわけでもないが、噂になっているというのなら、一応調べておこうと思うのだよ』
 そう口にしたとき、ハーサンは目を合わせようとはしなかった。
『というわけでアリス、その、お化けが出ると噂の、屋敷の離れに行ってみてくれ』
『私一人で、ですか』
『ああ。いや、別に幽霊が怖いからとかそういうことではないし、特に深い意味はないよ? 大事なことだから二回言うけども』
『わかったわ。ドクターがそう言うのなら』
『うむ。頼むよ』
 ……と、言う訳で特に考えもせずに安請け合いしてしまった。
 まあ、どうせ単なる噂だから、それほど大げさなことじゃないでしょう、と油断していたのが出かけたとき。
 もしかして、これヤバいんじゃね? と感づき始めたのがお化け屋敷の横を通ったとき。
 そして離れにたどり着いた時には……後悔していた。
 
『単なる噂でした』

 で報告が済むのなら、それでよし、問題ない。と、意を決して離れの中に入ったのだが……
 ここ、絶対なにかいる……というのが正直な感想だ。
 まだ昼を少し過ぎたあたりだというのに暗いし、じめっとしているし、なにより空気が澱んでいる。進みたくとも、足が重くて前に進まない。
 とはいえ、恩人でもあるハーサンの命を裏切ることはできず、引き返すことはできない。
 そんなこんなで、離れに入って最初のエントランスで動けずにいたまま数十分、冷や汗も少しずつ乾いてきた、そんなときだ。
「普通に開いたね」
「こっちは誰でも入れるようにしてるらしいよ?」
 いきなり扉が開いて誰かが入ってきた。アリスは驚きのあまり、階段の影に隠れる。
 ちょうど、エース、ルカルカを先頭にして、シェヘラザード一行が入ってきたところだった。
「……なるほど。確かになにかいるわね」
 シェヘラザードが言う。やっぱりいるのか……と、アリスは顔を青くした。
「ふーむ。こういうところでこそ、あたしのスキル【野生の勘】が活きるんじゃないかな」
 レオーナは四つん這いになって床の匂いをくんかくんかと嗅ぎ回る。
「野生そのものだな」
 最後に入ってきて、扉を閉めた陽一がレオーナの様子を見て言った。
「くんくん……匂いがするわ。これはかなりの美少女の匂い……」
「いやいやなにを探してるんだよ」
 床を嗅ぎながらかさこそと進むレオーナに陽一が再び言う。
「美少女……近い、すぐそこ!」
 レオーナが階段の影に顔を出す。
「ここね!」
 そして、そこに隠れているアリスと目が合う。
「ひっ……」
「へ?」

「ひぃいいやぁぁあああ!!」
「いやああぁぁぁあ!!」

 アリス、そして、ここに入ってきてからずっとぷるぷる震えていたクレアが釣られて叫び声を上げる。他のメンバーは耳を塞いだ。





「……多少は落ち着いたわ」
 腰を抜かして倒れ込んでいたアリスの周りに集まり、皆は座り込んでいた。
「ええと、あなたが幽霊?」
「違う」
 アリスは自己紹介し、ハーサンに言われて調査に来たのはいいが、入ってきてすぐに誰かが来たので驚いて隠れたと説明した。怖くてしばらく動けなかったことは秘密にしておいた。
「噂は広がっているみたいだね」
 ルカルカが言う。
「ま、広まっているからこうやって人が来ているんだろうしね」
 エースが答えるように言った。
「だったら、幽霊が危害を加えるような奴だったら、危ないんじゃないか?」
 陽一が皆の顔を見て言う。
「どうでしょうね。危害を加えられたという話は聞きませんが」
 エオリアが答える。
「いいから早く帰りましょうよー」
 クレアは泣きながらそう口にした。
「とにかくひと回りしてみましょう。噂程度ならそれでいいんだし、なにかあっても、このメンバーなら大丈夫でしょう?」
 シェヘラザードは立ち上がって言った。皆が当然、と言うように笑みを浮かべ、立ち上がる。
「行きましょ、アリちゃん」
「アリ……ええ、そうね」
 レオーナに変な呼び名を付けられ、一瞬だけ変な顔をしたアリスが、レオーナを手を握って立ち上がった。

『クックックック……』

 どこからか電子的な声が聞こえた。
「なんだか……」
「聞き覚えのある声が……」
 その声にルカルカとシェヘラザードが同時に反応する。
 皆が周りを見回すと、なにか、小さなものが足元を転がってきていた。

 そしてそれが、一斉に大きな音を立てて破裂し、中から煙を吐き出した。
「きぃやああぁぁああ!」
「ひやぁぁぁああ!」
 クレアとアリスが叫んだ。アリスは驚きのあまりにレオーナに抱きついた。
「ああ、至福……」
 レオーナが満面の笑みで呟く。

『フハハハ、我が名は天才科学者、ドクター・ハデス!』

「やっぱり!」
 ルカルカが叫んだ。

『シェヘラザード・ラクシー! ようこそ、我が秘密のアジトへ!』

「秘密のアジト!?」
 シェヘラザードが驚きの声を上げる。

『貴様には散々煮え湯を飲まされたが、今回はそうはいかない! 今こそ俺の真の恐ろしさを身をもって教えてやろうではないか! フハハハハ!』

「あのアホ、一体なにをしでかして……」
 シェヘラザードが叫ぶ。
「けほ、けほ……なんだこの煙」
 陽一が煙を払って言う。
「催涙系の類ではないね。ただの目くらましだよ」
 エースは冷静にそう言って、女性たちの手を引く。
「ここ、秘密基地なんですか?」
 エオリアが問う。
「そんなわけないよ……また勝手に騒ぎを起こしてるんでしょ」
 ルカルカがため息混じりに答えた。
「そうでしょうね……調査は後回し。とにかく、彼を止めるわ」
 シェヘラザードが言い、皆が頷いた。



「やっとついたぜ……」
 そんな騒ぎの最中、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)がパートナーのルカルカに遅れて離れについたところだった。彼も屋敷や離れについていろいろと情報を得ていたが、屋敷の方でいろいろと話を聞いていて少し遅くなってしまっていた。
「ここが例の、本物が出るっていう噂の場所なのね」
「……確かに、なにか妙な空気ですわ」
 ダリルには屋敷周辺で出会った綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)アデリーヌ・シャントルイユ(あでりーぬ・しゃんとるいゆ)が同行していた。彼女たちは以前にお化け屋敷に来たことがあるのだが、離れの噂を聞いて改めてこの場に足を運んでいた。
「まあ、そうなんだよな。調べれば調べるほど、出そうな要素はあるってわけだ」
 ダリルは調べたデータを思い返してそう言う。
「それじゃあ、入りましょうか」
 さゆみは特にためらうことなく扉に手をかけ、開いた。開いた瞬間なにかの煙のようなものが彼女を包み込み、突然のことだったので少しむせ返る。
「なに、この煙……」
「人工的なものですわ」
 アデリーヌは煙の匂いを嗅いで答える。
「人工的って……」
 こっちもお化け屋敷にしたのだろうか、とちょっとだけ考えるが、

『フハハハハ! シェヘラザード、その程度か!』

 奥から覚えのある声が聞こえ、さゆみはそのまま倒れ込みそうになった。
「ハデスさん!? なんで!?」
 見回すと、地面には破裂したなにか、左側に伸びる廊下の先にはバケツやら空き缶やらが転がっている。しかも、まだ乾いてないペンキのようなものが地面を染めていた。

「あー、もう! いい加減にしなさい! 呪うわよ!」

 そして、叫び声と数人の声が聞こえる。廊下の先を人影が走っていくのが見えた。
「ルカ!」
 ダリルはその背中に叫ぶ。が、廊下の先までは届いていなかった。
「なんの騒ぎなの!?」
 さゆみが人影の見えた廊下に歩き出すと、

 カチ、っと音がした。なにか踏んだ。

「さゆみ!」
 アデリーヌが叫ぶが、遅い。
 破裂音とともに真っ黒な煙が舞い上がり、さゆみの体は一瞬で真っ黒に染まる。
「……ごほっ」
 さゆみは黒い煙を吐き出す。アデリーヌが慌てて駆け寄り、ハンカチを取り出して彼女の顔を拭いた。
「なんなのよ、もう!」
 衣服を叩き、髪をほろってさゆみは叫んだ。