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第四話 わたしはこの屋敷のメイドです




 ウサギコーナーからさらに奥へ進んでいるあいだ、羽純はいろいろと歌菜に話していた。
「お化け屋敷なんて、所詮人工物だからな。きちんと冷静に観察すれば、仕掛けのタイミングも分かるもんだ」
「うう、そうなんだけど……」
「例えば、この曲がり角を曲がったら、絶対何か来る」
 言って、角を曲がる。狼のような獣が、羽純に飛びかかってきた。
 それは幻想系のスキルか、あるいは立体映像かなにかだったようで、羽純の体をすり抜けて消えてゆく。
「すごいね羽純くん……」
「別にすごくなんかない。……ああ、あれ。あの天井は仕掛けがあるな」
 足元を見ると、床の一部が不自然な色になっている。羽純がそれを踏んでみると、天井が開いて二人の眼前にガイコツがぶら下がってきた。
「ひっ……」
「な。心構えさえ出来ていれば、恐ろしさや驚きは半減するんだよ」
 ガイコツの手を握って羽純は言う。
「ホントだね……」
 ふう、と息を吐いて歌菜は言う。
 確かに、羽純くんのお陰で、仕掛けのタイミングとか、確かにちょっと分かってきたかも、と歌菜は思う。
 それにしても……こうやって二人っきりでいると、本当にこの人は頼りになると感じた。クールでかっこよく、丁寧で紳士的。ぶっきらぼうなところもあるが、基本は優しい。
 そんな人が夫なんだぜ……と歌菜は思う。そう思うと、ニヤニヤしてきた。
「……まだ怖いのか?」
 ぎゅ、っと腕に抱きついてきた歌菜に、羽純は尋ねる。
「ううん♪」
 歌菜は弾んだ声でそう言った。羽純は首を傾げたが、歌菜が楽しそうなのでまあいいかと考え、そのまま歩く。
「……この部屋、明らかに怪しいな」
 そうやって歩いていると、一つだけ明かりが煌々と照っている部屋を見つけた。その先の廊下には立ち入り禁止と書いてあって、部屋に入らないといけないようだ。
 警戒しながら中に入ると、部屋はそれなりに明るい。ソファーと長机、暖炉。休憩室かなにかかなと思って部屋を見回すと、どこか、見覚えのある魔道書が机の上に置いてある。
「ねえ、あれ……」
「だよな」
「ふっふっふっふ」
 二人が魔道書を見ていると、魔道書がわずかに光を発し、エイカ・ハーヴェルの上半身だけが姿を現した。
「エイカじゃん」
 知り合いだった。が、エイカはそんなこと構わず、手にした本をめくる。
「ふふん、羽純くんのおかげで怖いのもだいぶ慣れたもんね。改めてこんな明るいところで怖い話されたって、全然怖くなんか……」
 歌菜が胸を張って言う。が、エイカはその言葉を聞かず、大きく息を吸ってから話を始めた。
「二十歳はもう肌の曲がり角……ほら見て、目尻に……目尻に、皺が!」
「きぃやぁーっ!!」
 歌菜が今までで一番悲痛な叫び声を上げた。
「水分量、皮脂、張り、全てが……消えてゆく!」
「いやー! やめてーっ!」
 歌菜は顔を隠すようにしてしゃがみこんでしまった。
「……おい」
「やめてっ! 鏡を見せないでっ! 現実を私に見せつけないでよーっ!」
 手鏡を手に近づいてくるエイカから歌菜が逃げ回る。ソファーの周りを二週ほど走り回り、そのままソファーに倒れこんだ。
「なんて恐ろしい!」
「お前がな……」
 倒れた歌菜の耳元で言うエイカに向かって、羽純が呟いた。
「あなたもですよ、……うふふ、実は、」
 今度はエイカが羽純のほうへと向く。
「なんだよ」
 羽純はどうせくだらないことだろうと、ため息混じりに答えた。
「統計では女性の五十%は浮気経験アリ」
「………………」
「はっ!?」
 ダウンしていた歌菜が立ち上がった。
「そうか」
「ちょ、まっ、タイム! なに言ってんのよエイカ!」
 歌菜が大慌てで立ち上がる。
「変なこと言わないでよ! ううう浮気なんてしたことないんだからね!」
「あらそう? うふふ」
「なんで笑うのよ! 羽純くんも! 浮気なんて私してないからね!」
「……ああ」
「ちょ、なんでリアクション薄いのっ!?」
「……いや、別に」
「…………………」
(あれ? なんか修羅場?)
 エイカは少し離れた場所で二人を見る。二人は無言で、どことなく表情に陰りが見える。
「浮気……してもいいって思ってる?」
「そんなわけない」
「本当に?」
「本当だって」
「むぅ……」
「それに、俺は浮気なんてしない」
「本当?」
「ああ」
「どんなに綺麗な人に誘惑されても?」
「それはないな」
「心配だよぉ……」
「安心しろよ」
 羽純は少しだけ視線をそらして、口を開いた。
「……お前以上のいい女なんて、いないからな」
「………………」
「………………」
 二人の顔が真っ赤に染まる。近くにいたエイカもうわー、と思って顔を赤くした。
「と、いうわけだ! ほら、次行くぞ、次!」
「う、ううううん! そうだね!」
 二人はブンブンと頷いて、ぎこちなく歩き出した。
「ふう」
 その様子を見ていたエイカは安心して息を吐いた。よかった。修羅場のまま喧嘩なんて始めたらどうしようかと思った。
 だから場を和ませようとして、口を開いた。
「大丈夫大丈夫。浮気は文化だ、って言った人もいるくらいだからね」
「………………」
「……あ、あれ?」
 なんか言葉の選択を間違えた気がする。二人の冷たい目線が、自分……正確には、自分の魔道書に向いている。
 羽純と歌菜は魔道書に近づいて、それを勢いよく閉じた。「うにゃ」とエイカがくぐもった声を出す。
 そしてそれを近くにあった棚を開け、その中に突っ込んで閉める。
「さて、と。進むか」
「そうだね」
 そして二人は手を繋いで部屋から出ていった。
「待って! ここ開けてよー!」
 棚の中からはエイカの叫び声が聞こえていた。


 そこから数歩進んだ先。案内板が立っていて、近くに九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)シン・クーリッジ(しん・くーりっじ)が立っていた。
「ロゼ、あなたも手伝いを?」
「うん。手伝いと道案内、それと、」
 手にしている治療道具を掲げた。
「緊急時のために、ね」
「なるほどな」
 ロゼは医師だ。驚いて走って転んで怪我をしたりした人がいても、彼女がいれば安心だろう。
「オレは仕方くここにいるって感じなんだけどな」
 シンが呟くように言う。
「や、べべべつに怖かねぇけどよ。まあ、あれだ、暗いし誘導係が迷っちまったら厄介だからな。二人一組で動くべきだそうするべきだと思ってな」
 やけに早口だ。彼が怖がっているのは歌菜たちから見ても明らかだった。
「頑張ってね。にししし」
 だいぶ慣れた余裕からか、笑いながら歌菜が言う。シンは一瞬「てめえ……」と怒りの表情を見せたが、「わあったよ」と、ぶっきらぼうに答えた。
「ここからルートは二つだよ。気をつけてね、なにせ、」
 ロゼが案内板を示す。
「まだ半分だからね」
「まだ半分もあるのっ!?」
 案内板には左右のルートの説明と、『中間地点』の文字が入っていた。



「うう……」
 歌菜たちが去り、再びロゼ、シンの二人だけになる。この辺りは多少明るめだとはいえ、全体的に暗くなっている屋敷内部はやはり、薄暗い。
 なにかが出てきてもおかしくないような雰囲気だった。
「シン、幽霊はいるけど怖くないよ。病院で夜勤してると普通にいるから。普通に寝てたり廊下歩くだけだし」
「怖ええよ!」
 いきなりロゼが話を初めてシンは近くの柱に飛びついた。
「徘徊しているおじいさんがいるかと思ったら、その一週間前に亡くなった人だと気づいたときには驚いたけどね。死んだことを教えたら、すうっと消えていったけど」
「ひいいぃぃ……」
「ナースコール鳴らしまくるのはやめてほしいけどね。うるさいし。それに……」
「もうやめろーっ!」
「え? やめろって? ゴメンゴメン(棒読み)」
「てめえ……」
 息を吐いてシンは柱から離れる。
 ロゼはシンをからかうと面白いなー、と怪しげな笑みを浮かべ、シンの後ろから思いっきり脅かしてやることにした。
【隠れ身】で気配を消してシンの背後にまわり、手を【氷術】で冷やしておく。
「ん……おい、ローズ!?」
 気配が消えたことにシンが気づいて辺りを見回す。
 そして、青ざめてどうしようか迷っている真の肩に、手を置いた。
「秘技……ダーティ・ディーズ・ダーン・ダート・チープ(いともたやすく行われるえげつない行為)! ……どジャアァァ〜〜〜ん」

「うぎやあああああぁぁぁぁぁ!!」


 シンは絶叫してその場に倒れた。ちなみにだが、近くにいた歌菜や他の客もそれで相当驚いたらしい。
「……ふう。我が心と行動に一点の曇り無し……! 全てが『無邪気な悪戯』だからね♪」
 楽しそうにロゼは言う。
「ねえ、驚いた? 驚いた? シ……」
 彼の肩をとんとんとつつく。彼の肩は非常に冷たくなっていて、体温というものを感じなかった。
「シン……こいつ、死んでいる!」
「……死んでねーよ!」
 がばりと立ち上がってシンは答えた。肩からは煙が出ていた。
「てめえが【氷術】で冷やしたからだろうがよ!」
「ああ、なるほどねー。 シン! 次に君は『ヘイッ! なにやってんだテメーッ! 驚かしてんじゃあねェーッ!!』……と言う!」
 突然ロゼがとても見た感じ体を支えきれなさそうな姿勢で言った。
「ヘイッ! なにやってんだテメーッ! 驚かしてんじゃあねェーッ!! ……ハッ!」
 ロゼはにやりと笑う。
「見たか、我がスキル【行動予測】」
「ロクでもないことに使ってんじゃねえよ!」
「ああ、今のは私のスキルじゃないんだよ。実は、そこにいる血まみれの女の人が君の心を読んでね」
「ギゃああ! もうやめてくれーっ!」
 シンは再度柱に抱きついて叫んだ。
 その泣きそうな表情を見て、ロゼは楽しそうに笑みを浮かべた。



 


 下の階に降りて、今度は一階を調査する。
 今度は一室一室調べないで、とりあえず、他の人に合流しようと思って歩いていると、一つの部屋から話し声が聞こえてきた。
 
「ふふふ、予想通りでしたわ。コンニャクや人魂のような精神系トラップも効果ありますわね」
「フハハハ、さすがはミネルヴァ。俺の見込んだ通りの活躍だ!」

 なんか会話の内容が変だなとは思いつつも、竜斗は扉を開いて中に入る。
「ちわー」
「「………………」」
 目が合うと、二人の目が点になった。
「く、バカな! 監視体制もカモフラージュも完璧だというのに、もうこの場所を見つけるとは!」
「さすがですわね。わたくしたちを油断しておいて、一気にこの場所に攻め入るとは……敵ながらあっぱれですわ」
「ふ、しかしそう簡単に捕まるわけには行くか! まだまだ宿敵と邂逅するのは早いからな!」
「そうですわね! ここはしばしのお別れですわ!」

 複数のテレビの前に立っていた二人――ハデスとミネルヴァは、奥にもう一つあった扉から出て行ってしまった。


「あ、あれ?」
「な、なんだったんでしょう……」
 竜斗とユリカはあっという間の出来事に呆気にとられる。
「んー? モニタールームかあ?」
 セレンはテレビ画面を見つめて言った。
「なんだ、いっぱい集まってんじゃないか。えーと、」
「そっちの扉から出てまっすぐ行けば、合流できそうだわぁ」
 シェスカが近くにあった手書きの地図を見つめて言う。
「そうか……さっきの連中も気になるが、とりあえず合流だな」
「そ、そうですね……」
 竜斗たちは開いたままの扉から、シェヘラザードたちのいる場所へと向かった。




「えっと、初めまして。わたし、この屋敷でメイドをしておりました。イリア・ヴィエネッタと申します」
 ぺこりと小さく頭を下げ、メイド幽霊……イリアはそう名乗る。
「この屋敷で、メイドをしていたって?」
「そうですけど……?」
 イリアに問いかけたエースがエオリア、そして陽一を眺める。
「ここの屋敷に住んでいた使用人とかは、みんな行方不明になってるんだよ」
 エースと視線が合ったため、陽一がそのように答えた。
「ふええぇぇ!? わたし、行方不明なんですかぁ!?」
「いや、行方不明というか……」
 レオーナはメイドに触れようと手を伸ばす。が、彼女に触れることはできない。
「死んでる」
「あはは、ですよねー」
 イリアは少し沈んだ声で言った。
「ああ、その辺りは、俺が色々と調べてきたぜ」
 ダリルはノートパソコンを開いた。
「ルカ達はいろいろ大変だったのに、遅いよダリル」
 そんなダリルにルカルカが隣で拗ねた表情で言う。
「その代わり収穫はあったぞ。この建物は、昔、ヨーロッパで財を成した投資家一族の、」
 ダリルが解説しようとしたが、
「すまないねダリル君。その話はエオリアと陽一君からすでに聞いているんだ」
「マジかよ!?」
 エースの指摘にダリルは目を丸くした。
「はい、その通りです。昔、ヨーロッパでお金持ちになった方の親族だそうです」
 イリアが答えた。マジかよ……とダリルは再び呟く。少し落ち込んでいた彼の頭を、ルカルカがよしよしと撫でた。
「君の主人が、かい?」
 エオリアが問う。
「ええと……わたしのご主人様は、旦那様……こちらに移り住んできた方の息子さんになります。わたし、ご主人様と契約していたんです」
「あなたが幽霊になったのは、どうしてなの?」
 さゆみが身を乗り出して彼女に問う。
「それが……よくわからないんです」
 が、イリアはそのように答えた。
「ご主人様がお出かけになって、屋敷の掃除とかをしていたら急に眠くなって、……気がついたら、わたしはこんな姿になっていたんです。モノに触れることも、歩くこともできませんでした。このお屋敷から出ることも」
 イリアの声が沈む。
「でも、ご主人様は帰ってくると信じて、待ってたんです。そしたらいろんな人がここに来ていろいろ持ってったりするから、わたし、幽霊だし驚かせてやろうと思って……」
「それで噂が広がったのね」
 アリスは息を吐いて言った。
「ごめんなさいです〜」
 イリアは頭を下げて言った。
「まあいいじゃない。せっかく知り合えたんだから仲良くしましょう。いろいろと聞かなくちゃいけない話もあるんだしね。よっこいしょ」
 レオーナはちゃぶ台を取り出してお茶を並べた。「どこから出したんだ……」という陽一のツッコミも聞かず、人数分のお茶を入れる。
 なぜかその場に全員が正座して、お茶を飲むことになった。


「っ! 貴様、シェヘラザード! おのれ、我が秘密基地の中でそのような余裕をかますなどと……!」

 そうやってお茶を飲んでいると、廊下の先からハデスが姿を現した。

「ドクター・ハデス! 相変わらずよくわからないものをごちゃごちゃと!」
 シェヘラザードは立ち上がって叫ぶ。
「ええい……これほどまで人数が集まるとは……ふ、仕方あるまい、この秘密基地は放棄する! アルテミス!」
「は、はいぃぃ」
 しゃがみこんで話を聞いた挙句、プチお茶会にまで参加していたアルテミスが立ち上がった。
「フハハハ、さらばだ諸君!」
「ご機嫌よう。おっほっほっほ!」
「す、すいませんでしたー」
 一方的に捨て台詞を残してハデス一行はその場を走り去った。
「やっと合流できた……なんだこれは」
 ハデスたちが去ってシェヘラザードたちが呆気にとられていると、そこに竜斗たちが現れた。