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第二章

 こうやって雅羅を助けようとするコントラクターたちがいるなかで、全く関係なく雅羅と同じように従業員として強制労働している人間もいる。水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)マリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)もその一人だった。
 そもそもは小遣い稼ぎをしようとマリエッタがこのカジノに挑み、あっという間にお金を取られたうえに身柄まで押さえられ、それを救出にきたゆかりもしっかりと絡め取られてしまったのだ。
「タダ働きさせられて何日目だったっけ?」
「十日から先は数えてな〜い……」
 二人は同時にため息をついた。
「ふ、二人とも元気出して! さっきも知り合いの人を何人も見かけたから、きっと助けてくれるよ! 私も仕事があるから戻るけど、落ち込んじゃ駄目だからね?」
 雅羅は二人を励まして仕事に戻る。
「励ましてはくれたけど……やっぱり、この妙な視線には慣れないわ……」
 ゆかりはそう言って、周囲を見渡すと高そうなスーツを着た金持ちたちがニヤニヤといやらしい笑みを浮かべてこちらを見ていた。
「いいよね、ゆかりは。みんなに見てもらえるくらい良いからだしてて」
 マリエッタは唇を尖らせて、自分の胸に手を当てると小さな膨らみが手に収まりため息をつく。
 ゆかりも決して大きい方ではないが、均整のとれたプロポーションのおかげで胸の大きさより全体的に見た時の色気は中々のものだった。
「マリエッタだって十分に可愛いんだから自信を持って! それに見られても全然嬉しくないし」
 ゆかりは落ち込むマリエッタを必死にフォローしていると、
「水原大尉……? こんなところで何を? その、格好は?」
 二人の目の前にフィリシア・バウアー(ふぃりしあ・ばうあー)を連れたジェイコブ・バウアー(じぇいこぶ・ばうあー)が現れた。
「ジェイコブさん!? 助けに来てくれたんですか?」
「……? いえ、我々は十分に楽しんだので撤収しようかと思っていたのですが」
 ゆかりとマリエッタは揃って肩を落とした。
「助けに……と言いましたよね? なにか事情がおありなんですか?」
「うう……実は……」
  フィリシアに訊ねられて二人は事情を話すと、フィリシアはニッコリと微笑んでジェイコブを見つめた。
「これは……このまま帰るわけにはいきませんよね?」
 有無を言わさぬ妻の視線にジェイコブはため息をついた。
「軽く遊んで帰るつもりだったが、とんでもない大勝負になってきたな」
「どこかディーラーがいるところで勝負をしてください。私たちはここに来て長いので、ディーラーのイカサマの傾向も覚えてるんです」
 ゆかりのその言葉を頼りにジェイコブとフィリシアはブラックジャックをやっているテーブルへと向かい勝負を挑む。
「あ、そこの人。すまないが酒を一杯もらえないか?」
 席に着くとジェイコブはマリエッタを呼ぶ。
 マリエッタは酒をトレーに乗せてジェイコブの傍へと近づいた。
「……セカンドディール」
 ジェイコブとフィリシアにだけ聞こえる声量で呟く。
 セカンドディールとは山札の一番上のカードを配らず、二枚目のカードを配るイカサマである。
 ブラックジャックというゲームはトランプの合計を21に近づけるゲームである。そして、K、Q、Jは10と同じ扱いになり、Aは11と1のどちらとしても扱える。
 仮に一番上にAを持ってきて、セカンドディールで二番目のカードを配ればAは自分の方へとやってくる。ブラックジャックで最初からAを持ってくるというのはそれだけで大きな強みになるのだ。
マリエッタはゆかりと共に背後からジェイコブたちの勝負を見守った。
「カーリー。あのディーラーがセカンドディールをすることは教えたけど、対応策なんてあるの?」
「熟練されたセカンドディールを見破るのは至難の業だわ。それでも、曹長とフィリシアさんなら、きっと現場を押さえてくれる……」
 そう期待していたがジェイコブもフィリシアは動かない。二人は勝ったり負けたりを繰り返す内に徐々にお金が少なくなり、二人の表情が曇る。
「もう、最悪! さっきからお金がどんどん減ってるじゃない! あなたがいるせいでわたくしの運気が下がってるのよ!」
「なに!? オレのせいだというのか!?」
 ついには二人は口げんかを始めてしまい、ゆかりもマリエッタも表情が暗くなる。こんな状態では相手のイカサマを破るどころではないだろう。
「よし、そこまで言うならオレが今までの負けを全部取り返してやる! お前の金を全部オレに貸せ!」
「いいわ、お手並み拝見させていただくわ。負けたらただじゃおかないから!」
「よし、それじゃあオレたち夫婦の全財産をかけてこの一勝負、一騎打ちを挑むぞ!」
 そう言って、テーブルの金を全て中央に置いてしまう。ゆかりもマリエッタも目を覆いたくなった。やけくそで金を張っても、勝てるわけがない。むしろ、これだけの大金がかかれば相手は間違いなくセカンドディールで潰してくるだろう。
 二人が不安そうな表情で見つめていると、ディーラーはシャッフルを終えて笑みを浮かべた。
「それでは、始めます」
 と、ディーラーがカードを配ろうとしたその時、
「ああ、そうだ。今回に限り、君がシャッフルしたカードを自分の手で取らせて欲しい。構わないね?」
 ディーラーはドキッと身を震わせた。だが、拒否は出来ない。そもそもに最初の一枚はジェイコブに配り、二枚目をディーラーに配るのだから。
 背後で見ていた二人も電流が走るようなショックを受けた。
 逆転の発想。
 配るカードにイカサマをされるなら、自らが手を突っ込めばいい。単純だが、これほど簡単かつ効率よくセカンドディールを潰す手はない。
 ディーラーは最初からブラックジャックを狙うために二枚目からポイント10のカードを集中させ、セカンドディールで配り、自身には一番上のAのカードが来るように設定しておいた。これなら自分が好きなタイミングでAを配ればブラックジャックを成立させることが出来たのだ。
が、ジェイコブはあえてイカサマをさせて確実な勝利を、一番実りが大きなタイミングで横取りをしたのだ。
「どうしたのかな? 一番上はオレのカードだ、イカサマをしたと思ったら容赦なく止めればいい」
「う、うう……」
 ディーラーは祈るように目を細めながら山札をジェイコブに差し出し、ジェイコブは一枚取って、テーブルに開示した。
「ほお、これは運がいいAが来た。運が向いてきたかな?」
 ジェイコブはニヤリと笑うと、二枚目のカードも自ら取り、ゆっくりと開示した。
「……どうやら、勝利の女神はこちらに来ていたようだ」
 ジェイコブのカードはAとJ。ブラックジャックが成立していた。
 ゆかりとマリエッタは手を取り合って喜ぶと、後ろから見ていたギャラリー達が拍手を送る。
「しかし、演技とはいえ中々心に刺さるものがあったぞ? フィリシア」
「ごめんなさい、あなた。相手を油断させるための演技だったんだから。愛しているわ、あなた」
「ああ、オレも同じさ」
 二人は笑みを浮かべると、ディーラーは最初から踊らされていたことを知りテーブルにすがりつくようにして崩れ落ちた。


一方、葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)イングラハム・カニンガム(いんぐらはむ・かにんがむ)と共に麻雀にいそしんでいた。
 イングラハムがナノマシンで牌に目印をつけて、吹雪が顕微眼(ナノサイト)で記憶術で牌の傷を記憶しての『ガン牌』を行っていた。
 徐々に勝ちを築いて金を増やしていき、オーラス。
 牌を取り終えた所で事件は起きた。
 普通に従業員をしている衣草 椋(きぬぐさ・りょう)がトレーに乗せた酒を配りにやってきた。
 だが、動きがぎこちない。
 着慣れない──のが普通であるが──バニースーツを身につけ、これまた履き慣れない高いヒールの靴を履いているせいで、動きがかなりぎこちない。よたよら、ふらふらと酔っ払っているか踊っているのかというほどの不自然な動きを見せていた。
「くそ、金払いがいいからって仕事を引き受けたがやっぱり断ればよかった……なんなんだ、この変態みたいな格好は……」
 意識しないようにしているが、自分の肌が目に映るたびに恥ずかしさで顔から火が出そうになる。
 と、
「おいおい、姉ちゃん。腰が引けてるぜ? 大丈夫か?」
 酔っ払った男が椋の尻を掴むように撫でた。
「うわっ!?」
 突然の事に椋は素っ頓狂な声を上げて、背筋を伸ばすと履き慣れないヒールでバランスを崩し地面に倒れると運んでいた酒を頭から被ってしまった。
 小さい胸の間に酒が入り、濡れたバニースーツという格好はやけに扇情的だった。
 派手な音を立てたせいで、周囲の人間の視線が椋に注がれる。
 それは、吹雪たちと対戦していたディーラーたちも同じであったが、イングラハムも吹雪も一切そちらを見ようとはしなかった。
 二人は互いの牌を素早く交換しあうと、何事もないように親であるディーラーが牌を捨てるのを待った。
「そろそろ再開してほしいであります」
「む、これは失礼致しました。それでは再開させていただきます」
 そう言って、ディーラーが最初の牌を捨てた瞬間、
「「ロン」」
 吹雪とイングラハムが同時に牌を倒した。
「大三元。役満であります」
「九蓮宝燈。こちらも役満だ」
 二人の牌は確かに宣言通りの役になっている。が、これはどう考えたってイカサマである。大三元が出る確率は0.039%であり、九蓮宝燈に至っては0.00045%という紙よりも薄い確率なのだ。それが同時に出るなどイカサマ以外のなにものでもない。
 が、その現場をディーラーの二人は見ていない。二人がイカサマをしていた瞬間は椋の方へと気を取られていたのだ。いつイカサマをしていたかなど知る術はない。
 ディーラーたちは憎々しい表情を浮かべて金を渡す。
「これで満足しただろ? 帰ってくれ」
 それを遮ったのはイングラハムだった。
「まだだ。まだまだ終わらせない……」
 イングラハムはディーラーたちを見つめる。その視線には冗談や狂言の気配は感じられず、ざわ……と心が不気味に動いたのを感じた。
「地獄の淵が見えるまで。限度いっぱいまで行く。どちらかが倒れるまで」
「倍プッシュであります」
 ディーラーたちの心のざわめきが聞こえてくるようだった。しかし客が続行と言っている以上はやめる訳にはいかない。それがもう勝てないと思ってしまっている戦いであっても。
「りょ……了解しました。それでは……再び、始めさせていただきます」
 自動卓が牌を飲み込み、かき混ぜて山が出るまでの間、ディーラーたちはまるで死刑を待つ囚人のように生気のない顔を浮かべていたが、それでも吹雪たちは容赦はしなかった。
 金を絞り取る。それこそ、地獄の淵が見えるまで。