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パラミタ・イヤー・ゼロ ~DEAD編~ (第1回/全3回)

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パラミタ・イヤー・ゼロ ~DEAD編~ (第1回/全3回)

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  第五章 夜炎鏡


 南側のルート、エグゼクティブ・ジャイナの研究施設前。
「龍雲(そうめい)君が来てくれてお姉さん嬉しいですわぁ〜♪」
 きゃるるんっと少年に頬ずりするのは、退紅 海松(あらぞめ・みる)である。先日の事件にて彼女が持ち帰った少年――金龍雲は、エグゼクティブ・ジャイナの主導で行われた【蠱毒計画】の実験体であった。蟲に改造されただけでも不幸だが、彼にとってさらに悲劇だったのは、計画の首謀者が実の父親であったことだろう。
「……金龍雲があまり元気がないのは、僕としても思う部分があります」
 フェブルウス・アウグストゥス(ふぇぶるうす・あうぐすとぅす)が、父が服役して以来ほとんど笑わなくなった龍雲を心配していた。
――自分は機械だから無感動でも仕方ない。でも、龍雲は人間だ。あれぐらいの年齢であれば、笑ったり泣いたり、年相応の表情があるはず……。
 ほぼ無表情で頬ずりをされつづける龍雲をみながら、フェブルウスは思う。
「欠落してしまった金龍雲の感情を取り戻してやりたい。そういう気持ちは、ないではない」
 フェブルウスは、海松に視線をうつしてつぶやいた。
「――僕は初めて自分の意思で、貴方の事を手伝いたいと思います」
「それはうれしいですわぁ!……でも、私たちにできることといえば、やはり真相をはっきりさせること……ですわねぇ」
 どれだけ傷つく事実が残されていても。明らかにしなくてはいけないことが、ある。

「それに、今回の件はニコラ君もいらっしゃるようですし♪」
 またしてもきゃるるんっと、海松はニコラ・ライヒナーム(にこら・らいひなーむ)に頬ずりをした。ニコラはただアワアワと手足をばたつかせている。
「……とはいえ。今回はニコラ君のお兄さんと戦いますのよねぇ。子供の霊をもてあそぶなんて、問答無用でシめてしまっていいと思うのですが……」
 ぷりぷりと怒りながらも、海松はあくまで家族であるニコラの意見を優先するつもりだった。

 ロレンツォ・バルトーリ(ろれんつぉ・ばるとーり)もまた、ネクロマンサーへの対応については、――『男の娘』という外見と本質のズレにいささか戸惑いながらも――、ニコラの意志を尊重していた。
「キミ、どうしたい?」
 ロレンツォに問われたニコラは、ぐっと唇を噛み締めてから、こう応えた。
「――戦いますわ」


「ヒャーハッハッハ! お前ら、あたいを忘れてんじゃねーよ!」
 三種のギフトのひとり、夜炎鏡(やえんのかがみ)が、身の丈ほどのチェーンソーを両手で振り回していた。
「あたいのチェーンソーでミンチにしてやんよー!」
 飛びかかる夜炎鏡だったが。
 ロレンツォが『冒険者のマント』を放り投げる。柔らかく丈夫な繊維がからみあい、夜炎鏡のチェーンソーは刃をつまらせてしまった。
「柔よく剛を制すネ!」
 ビシッと決めてみせるロレンツォの前で、もがく夜炎鏡。
「なんだよこれー。うごかないじゃんよー!」
 とっておきの得物が使い物にならなくなってしまった。自身がチェーンソーのような唸り声をあげて、彼女は地団駄を踏む。
 その背後には。
 ニコラ・ライヒナームの兄が、子供の死霊をたずさえて、ゆらりと歩み寄ってくる。



 フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)からは怒りのオーラが滲み出ていた。度重なる子供達への非道に対して、『忍之闘気』がダダ漏れ状態である。
「……拷問島か。ったく、葦原の近くにこんな物騒な島作るんじゃねぇっつの。来てみたら物騒な連中のオンパレードだし……。嫌な予感しかしねぇな」
 ベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)がやれやれと肩をすくめた。
「マスター。私は、救えなかった子供達の霊を弔いたいのです。いま無事に生きている子供達も、きっとそれを望むかと。……救いきれなかった者の勝手な言い分と償いに過ぎませぬが」
 フレンディスが、とても悲しげな顔でつぶやいた。
 彼女の背負いすぎた罪をはらうように、ベルクはドンッ! と、フレンディスの肩をたたく。
「――存分に戦って来い」

 子供たちの死霊へ立ち向かったフレンディスを見届けてから、ベルクはニコラの兄――道を誤ったネクロマンサーに向き直る。
「ソウルアベレイターとして、正しい魂の扱い方っつーモンを指導してやろう」
 彼は本気だった。
 闇術者同士。ベルクが手加減をする理由など、ひとつもない。


 一方そのころ。
 忍野 ポチの助(おしの・ぽちのすけ)は、情報収集のため島中を駆けまわっていた。
「超優秀なハイテク忍犬! いつでも用意は万全なのです!!」
 さまざまな探索系スキルを総動員して飛び出したポチの助と、入れ違うようにしてやってきたのは。
 フレンディスとベルクを追ってきた、ジブリールであった。

「ジブリールさん!?」
「俺も手伝うよ――。こいつらは、俺の仲間だったから」
 霊となってさまよう子供たちをジブリールは見つめた。悪鬼のような形相でうごめく彼らに、生前の面影はほとんどない。それでも、かつて実験体としてともに暮らした仲間に変わりなかった。
「はやく楽にしてやりたいんだ」
「――わかりました。では、まいりましょう」
 新しく家族の絆で結ばれたふたりは、互いの背中を守りながら、子供たちの霊に挑みかかる。

 せめて、安らかに逝けるようにと願いをこめて。フレンは『小太刀・煉獄』を振るう。仮初めの生が、浄化されていく。
 ジブリールもまた、かつて暗殺教団で学んだ殺しの技法を、かつての仲間に向けた。
 悪鬼の形相から、いたいけなもとの姿に戻り、成仏していく子供たちの霊。

 フレンディスとジブリール。これは修羅に身を投じた者の因果なのか。死者に安らぎを与えるたび、ふたりの手は、美しく罪に染まる。