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リアクション
★ ★ ★
「準備は万端だわ」
何やら黒い物体が、甘たるい香りが充満したバスルームの中でほくそ笑みました。
よく見ると、セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)のようです。
チョコレート風呂に浸かって、全身をチョコレートでコーティングした姿です。多分、このお風呂、二度と使えない気もします。
まさに、私を食べて状態なわけですが、普段からいちゃラブですので、たまにはこれくらいしないとインパクトがないと言うものです。まさにガングロならぬガンチョコ状態なわけですが、はたして、恋人のセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は気に入ってくれるのでしょうか。
「ただいまー。頼まれた物、買ってきたわよー」
折よく、セレアナ・ミアキスが帰ってきました。準備が整うまでの時間稼ぎに、セレンフィリティ・シャーレットに買い物を頼まれていたのです。
「おかえりなさ〜い♪」
「って、セレン、あなた……!?」
いきなり、チョコレート魔人が突進してきて、さすがにセレアナ・ミアキスが玄関で絶句しました。
それを見て、セレンフィリティ・シャーレットが、感動のあまり声も出ないのだと思ってにんまりします。
「さあ、あたしを思う存分め・し・あ・が・れ♪」
「ちょ、ちょっと……」
どう対処していいのか分からなくなって、セレアナ・ミアキスが言いよどみました。セレンフィリティ・シャーレットが、それを照れと勘違いします。いえ、むしろ、セレアナ・ミアキスも自分と同じようになりたいと感じていると思い込んでしまいました。なにしろ、全身チョコまみれのセレンフィリティ・シャーレットは、すでにチョコレートハイ状態なのですから。
「さあ、桃源郷に行こう!」
言うなり、セレンフィリティ・シャーレットが、セレアナ・ミアキスのレオタードを肩から一気にズリ下ろしました。一瞬にして、セレアナ・ミアキスがすっぽんぽんになります。
「ひゃっ!?」
あわてて胸を隠すセレアナ・ミアキスを、セレンフィリティ・シャーレットがひょいとお姫様だっこしました。セレアナ・ミアキスの素肌に、セレンフィリティ・シャーレットの身体をコーティングしているチョコレートがべたべたとくっつきます。はっきり言って、気持ち悪いです。
勢いに乗ったセレンフィリティ・シャーレットは、そのままセレアナ・ミアキスをだっこしたままバスルームへと直行しました。そして、セレアナ・ミアキスをだきかかえたままチョコレート風呂にダイブします。
あっという間に、セレアナ・ミアキスも全身チョコまみれです。
「ええい、こうなっちゃったら、もうなんでもいいわ!」
そう言うと、全てを諦めたセレアナ・ミアキスが、べたべたと自分の全身にチョコを塗りたくり、さらに少し溶けて剥がれてきたセレンフィリティ・シャーレットの身体にもべたべたと塗りまくりました。もはや、塗っているのか、揉んでいるのか、何をしているのかわけが分かりません。
「あはははは……」
楽しそうにじゃれあう二人のせいで、バスルームはすっかり内側がチョコレートで固まってしまいました。まるで、チョコレートボンボンの中に入ってしまったかのようです。
そして、本当にチョコが固まってドアも開けられなくなって閉じ込められたと二人が知るのは、もう少し後のことなのでした。
★ ★ ★
「新型の慣らし運転。一人だが、まあなんとかなるだろう」
格納庫に納品された鳳凰に、そう言いつつ朝霧 垂(あさぎり・しづり)は乗り込んでいきました。
鳳凰はIパワードスーツのキャリアーがベースとなっていますが、格納庫のスペースに外装武装を積み込むという無茶なことをやっています。そのため、パワードスーツは搭載しておらず、純粋な戦闘機としての運用を想定した物です。
その名の通り、鳳凰を意識した逆三角翼のデザインで、機体は真紅に塗装されています。武装は、機体下部に荷電粒子砲、機首上部に二連機砲、右翼にツインレーザーライフル、左翼にネットガンという重装備です。水平尾翼の部分には尾羽根状に七つに分かれたマウイセを装備しています。
「ええと、マニュアルは……。薄っぺらい紙一枚か。後は、コンソールの電子マニュアルっと……。こっちは、ええっと、1万ページって……まじかぁ!?」
航空機のマニュアルをちょっとなめていた朝霧垂が絶句しました。もちろん、全てが必要というわけではありませんが、緊急時に知らなかったでは許されないのも事実です。
「とりあえず、発進シークエンスはと……。チェック項目は約1000。まずは、機体各部を目視確認と……」
いったん機体を下りた朝霧垂が、ノズルや銃口に差し入れられたマーカを取り去りつつチェックしていきました。
それが終わりますと、内部機器のチェックです。手順書通りに数値類を確認していき、ブロックごとにコンソールのタッチパネルに指でサインしてチェック終了のフラグを立てていきます。これをしませんと、通常の起動はできません。
「だああ、1番から10000番まですっ飛ばして……やっぱりだめかあ」
さすがに、初の起動ですから、手抜きはできなさそうでした。
恐ろしく時間をかけてチェックを終え、やっと起動にこぎ着けます。
「出力上昇。離床する」
機晶リアクターの出力を上げて、ゆっくりとホバー移動を開始します。
教導団の管制の指示に従って格納庫を出ると、進路を確認の上、飛行プラン通りに上昇を始めました。
「垂直離陸完了。朝霧垂、鳳凰出るぜ!」
発進許可の指示が来ると、待ち構えていたかのように朝霧垂は空中発進を行いました。
「加速は良好と……」
じょじょにスピードを上げていき、最高速度を確認します。さすがは新型です。
次に、マウイセによる高速機動も試してみますが、これが、思った以上に癖があって使えません。うっかりすると、失速して墜落しそうになります。逆に言えば、機動の予想がつきませんので、意表を突くことはできそうです。とはいえ、バランスを崩してしまえば、そこを狙い撃ちされますので、使い所がかなり難しいと言えるでしょう。
続いては、射撃テストです。
航空機ですから、通常火器は無反動型になっていますが、いかんせん無理矢理大型火器をつけたため、非常にバランスが悪い機体となっています。その補助としてもマウイセがあるのですが、本来慣性モーメントによる旋回性能向上のための物ですから、思ったようには役に立ちません。静止射撃時のスタビライザーやバランサーとしての使い方や、宇宙での推進剤を使わない姿勢制御のために使用するのであって、大気圏中での高速移動時は、大気の抵抗によってむしろ姿勢制御の妨げとなります。安定器としては、むしろ使用しない方が安全でしょう。機晶エンジンの力場による自動制御の方が安全そうです。
「よし、ターゲット射出してくれ」
演習場からターゲットドローンを発射してもらいますと、朝霧垂は装備されている火器を順に使って、それを撃ち落としていきました。
★ ★ ★
「なんなのだ。重要な案件とは。現在の状況を左右するような内容なのか?」
瀬山 裕輝(せやま・ひろき)に呼び出されたメルヴィア・聆珈(めるう゛ぃあ・れいか)が、鋭く問い質しました。
「ええと、オレ的には、いろいろと将来を左右するかもしれへんことなんやけどなあ……」
なんだか、バレンタインデートに誘ったと言い出しにくい雰囲気になって、瀬山裕輝が、ちょっと語尾を濁しました。
「何を言っているのか、今ひとつ分かりにくいのだが……」
メルヴィア・聆珈が、柳眉を軽く顰めました。
「ああーもう、裕輝さんったら、ちゃんとデートだって言って誘わなかったの?」
物陰から、わくわくして見守っていた鬼久保 偲(おにくぼ・しのぶ)が、やきもきしたように拳を握りしめました。まあ、いきなりデートしませんかと連絡しても、一蹴されてしまいそうな気もしますが。
「ええとー……」
どう言ったらいいのかと、瀬山裕輝がちょっと言いよどみます。
メルヴィア・聆珈という女の子は、いろいろいじると楽しいですし、一緒にいたら、なかなか気分も楽しくなります。割と面白いですし、なかなかに強いです。これは、気になるのもしょうがないでしょう。
かといって、瀬山裕輝がメルヴィア・聆珈に似合った男なのかといいますと、ちょっと自信がありません。不真面目ですし、いたらぬところも多々あります。とはいえ、こんな気分になったと言うことは、瀬山裕輝も少しは大人に近づいたと言うことでしょうか。
「つーわけで、友達から始めへんか?」
いろいろと、思い悩んだ末に、瀬山裕輝がメルヴィア・聆珈に言いました。
「ああっ、なんで途中を全てすっ飛ばすんです!」
鬼久保偲が頭をかかえます。
「待て、話が繋がらないぞ」
さすがに、メルヴィア・聆珈が困惑します。
「そやから、おつきあいできたらなーって言ってるんや。とりあえず、一緒にショッピングとかいかへん?」
やっとのことで、瀬山裕輝が言いました。
「そんなことで、わざわざ呼び出したのか……」
メルヴィア・聆珈も頭をかかえますが、さすがに、今さら基地に戻ってもあまりに中途半端です。まあ、天から降ってきた休日と考えるしかないのかもしれません。
「仕方ない、買い物にはつきあってやる。私も、ほしい物があるからな。だが、お友達はダメだ」
「えーっ、そんな……」
やっぱりなと、瀬山裕輝がガックリと頭を垂れます。陰で、鬼久保偲も溜め息をつきます。
「まずは、友達の前に、友達になれるように調教せねばな。はい、お手」
「わん」
メルヴィア・聆珈の差し出した手に、思わず条件反射的に瀬山裕輝がお手をしてしまいます。さすがはドラゴンでさえ従わせるメルヴィア・聆珈、誰も逆らえません。
「それでは行くぞ……。こら、位置は、私の後方斜め45度1メートル地点だ。そこをキープしろ。できなければリードをつけるぞ」
「すんまへん。あ、目的地は、ファンシーショップで……」
「行く先は、こちらで決める。ついてこい」
そう言うと、メルヴィア・聆珈は瀬山裕輝を連れて歩きだしました。
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