リアクション
ツァンダのチョコレートフォンデュ 「フハハハ! 我が名は世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、天才科学者ドクター・ハデス(どくたー・はです)!」 蒼空学園近くにある秘密結社オリュンポスのアジトの中で、ドクター・ハデスが意味もなく高笑いをあげていました。 「キッチンに入るなりなんですか。その、人を見たら、意味もなく名乗りをあげるのはなんとかしてください」 はた迷惑だと言わん限りにアルテミス・カリスト(あるてみす・かりすと)が、ドクター・ハデスを睨みつけました。 「んっ? どうした、アルテミス。お前がキッチンにいるなんて、珍しいな」 珍しくエプロン姿のアルテミス・カリストを見て、ドクター・ハデスが聞きました。 「見て分かりませんか?」 アルテミス・カリストが、どうだと言わんばかりに、作りかけのチョコを見せびらかせました。 「毒薬の調合か? ……いてっ」 いきなり金属製のボウルを投げつけられて、ドクター・ハデスが額を押さえます。 「ほう、チョコを作っているのか。そういえば、バレンタインなどという菓子業界の陰謀の日が近づいていたな。たった一日とはいえ、俺を差しおいて、世の女共を征服するなど、生意気な業界だ」 「ええ、ハデス様よりも、世界征服に近い位置にいます。そんなことよりも、あの、その、チョコの作り方というものを、教えてはいただけませんか?」 ちょっとおずおずと、アルテミス・カリストがドクター・ハデスに頼みました。 「いいだろう。チョコ作りも所詮は化学反応。科学のことであれば、この天才科学者ドクターハデスに任せておくがいい!」 面白そうだと、即答でドクター・ハデスが引き受けます。意外にも、ドクター・ハデスは料理が得意でした。そのため、幹部でありながら、みんなの食事当番をしています。 「よいか、チョコを溶かして固めるのも、化学実験と同じだ。きちんと温度を測定しながら、湯煎でチョコの融点を越えさせて、それから冷やして固める。このテンパリングという温度管理が重要でだな……」 なんだか手慣れた様子で、ドクター・ハデスがチョコをこねくり回していきます。本来は大理石の上でチョコをこねて、艶と口溶けを作り出すのですが、突然なのでキッチンの人工大理石の上でフライ返しでこねていきます。 さすがは、オリュンポスの調理担当です。アルテミス・カリストとは雲泥の差でした。 ――よかった、これで、キロスさんに渡すチョコが作れます。 とりあえずホッとしながら、アルテミス・カリストはキロス・コンモドゥス(きろす・こんもどぅす)にチョコを渡す方法の方へと思いを巡らせていきました。恋心を自覚してからまだ日が浅いので、実際何をしていいのか分かりません。とりあえず、チョコを渡すところから始めてみようというわけです。そのためには、上司をも使い倒すアルテミス・カリストでした。 ★ ★ ★ 「切りやがった……」 無茶苦茶な予言というところまでは聞いた気がしましたが、どう考えても口からでまかせの嘘だと、新風燕馬が呆れました。 リューグナー・ベトルーガーに電話をかけて、謎の請求書のことを問い質したわけですが、案の定埒が明きません。 だいたいにして、自分たちの誰かが死ぬなんてことが……。 あるわけがないと思いかけて、新風燕馬が思わずサツキ・シャルフリヒター(さつき・しゃるふりひたー)を見ました。 「なんで、私を見るんですか……」 ちょっと心外そうに、サツキ・シャルフリヒターが言いました。 「いや、経理の件で、負担かけちゃったかなあって」 「この程度のことはなんでもありません。むしろ、この支払いを肩代わりしてくれる燕馬の御実家の方が心配というか、申し訳ないというか……」 「まあ、実家にお金があってよかったぜ……なんて、下衆な考えが浮かんできて、ちょっと自己嫌悪なわけだが……」 言いつつも、ちっとも、恥じているようには見えない新風燕馬でした。 「とりあえず、いろいろあるから、今度海京にでも行ってみるかな」 以前サツキ・シャルフリヒターの健康状態を看てもらったメディカルセンターのことを思い出して、新風燕馬が言いました。リューグナー・ベトルーガーが言ったことは嘘でしょうが、万が一と言うこともあります。問題がないことは確認しておいた方がいいでしょう。 ★ ★ ★ 「いけない、もうこんな時間!」 衣草 玲央那(きぬぐさ・れおな)が、あわててベッドから飛び起きました。 世間のリア充には特別な日のようですが、シングルの衣草玲央那にはそんなこと関係ありません。生活のために、今日もバイトにいそしむ日常です。 だいたいにして、衣草玲央那のような人間がいなければ、今日一日世界は回らないのです。それは、リア充たちも困るはずです。世間のリア充は、衣草玲央那たちに感謝すべきなのでした。 が、それよりも、今は遅刻です。 あわてて着替えると、衣草玲央那は家を飛び出していきました。 |
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