リアクション
海京のピティチョーモロコ 「さすがに、人出が多いな。はぐれるなよ」 そう言うと、辻永 翔(つじなが・しょう)が、人混みの中から辻永 理知(つじなが・りち)の手を取って引っぱり寄せました。 辻永理知が愛用のコップを割ってしまいましたので、それをデパートに買いに来たわけですが、さすがはバレンタインデー、凄い人混みです。 「そんなに特別な物じゃなかったから、多分、同じ物があると思うんだよね」 そんな辻永理知がちょっとこだわっているのは、それが辻永翔とお揃いで買ったコップだったからです。できあいの物ですから、割れてしまったことには焦ってはいないのですが、そこはそれ、やっぱりいろいろな物はお揃いでないとちょっと嫌です。 「確か、ここで買ったんだよな」 ちゃんと買ったときのことを覚えていた辻永翔が、キッチン用品売り場にやってきてあたりを探しました。 案外簡単に見つかると思っていたのですが、これが、なぜか見つかりません。 「おかしいなあ、なんでー!?」 予想が外れた辻永理知が、さすがにちょっと焦ります。自分だけ違うコップになるのは嫌です。まあ、自分だけと言っても、二人だけしかいないのではありますが。 「仕方ないなあ、じゃあ……」 「新しいペアグラスを……」 「買おう!」 「買いましょう!」 なんだか声を揃えて、辻永翔と辻永理知が言いました。ちょっとおかしくなって、思わず軽く吹き出してしまいます。 結局、春にむけて花の形の凹凸模様がある赤と青のコップを買いました。もちろん、お揃いです。 「やれやれ、コップ一つに苦労したもんだ」 「たった一つのコップのためですもの。ううん、二つよね」 公園のベンチに座って休みながら、辻永翔と辻永理知がそんな会話を交わしました。 「そうそう、ちょっと開けてみてみる?」 そう言って、辻永理知が、買ったばかりのコップのつつみを辻永翔に手渡しました。 特別なプレゼントでもありませんので、普通に箱に入っています。 「帰ってからでもいいんじゃないか?」 「ちゃんと確かめなきゃ」 なんだか口の端をむずむずとさせながら、辻永理知が言いました。 「しょうがないなあ」 辻永翔が箱を開けますと、コップの中に何か入っています。どうやら、辻永理知が入れた物のようです。 「バレンタインのチョコだよ。早く、開けてみて」 ハートのつつみをさして、辻永理知が言いました。なんだか、わくわくした目で見つめているので、辻永翔としても開けないわけにはいきません。 中からは、小さなお手製のハートチョコが出て来ました。 「美味しそうだな」 「翔くん、あ〜ん!」 その言葉を確かめさせるかのように、辻永理知は辻永翔の口にチョコレートを一つ差し入れました。 ★ ★ ★ 「どうしたのですか? 急に……」 「ジナマーマ、私、力不足を感じることが、あるのです」 問われて、ソフィア・ヴァトゥーツィナ(そふぃあ・う゛ぁとぅーつぃな)が富永 佐那(とみなが・さな)に答えました。 「それで、特訓を受けたいと?」 富永佐那の言葉に、ソフィア・ヴァトゥーツィナがぶんぶんと首を縦に振りました。 「前に、ジナマーマは私の力を、誰かを傷つけるのも守るのも私次第、と言いましたよね? その力がまだ私には充分備わっていないと感じます。だから……」 「いいでしょう。準備してきなさい」 「はい!」 富永佐那に元気よく返事をすると、ソフィア・ヴァトゥーツィナは訓練場へとむかいました。 準備を整えて到着すると、すでに富永佐那は万全の体制で待ち構えています。 「遅い!!」 「は、はい! それでは、お願いします。いきます!!」 あわてて一礼すると、ソフィア・ヴァトゥーツィナが、ドラゴンアヴァターラ・ループを呼び寄せました。竜型のギフトが、ソフィア・ヴァトゥーツィナのテレパシー操作に従って、クルリと前転します。その姿が巨大な戦輪に変化すると、凄まじい勢いで回転しながら富永佐那にむかっていきました。 けれども、テレパシーであれなんであれ、人が操作するものであれば、そこに人の癖というものが出ます。 ソフィア・ヴァトゥーツィナをよく知る富永佐那は、難なくその初撃を避けて見せました。それを見たソフィア・ヴァトゥーツィナが、あわててドラゴンアヴァターラ・ループを呼び戻します。まるでブーメランのように、たとえ外したとしても執拗に敵を追うのが、この武器の利点です。 ところが、これが間違いでした。 離れた武器を操っている間は、本体はほとんど無防備になります。その隙を突いて、富永佐那が一気に間合いを詰めてソフィア・ヴァトゥーツィナの懐に飛び込みました。 あっと思ったソフィア・ヴァトゥーツィナがとっさにドラゴンアヴァターラ・ループの誘導を解いて迎撃しようとしますが間にあいません。 あっという間に腰投げを放たれ、腕を固められてしまいました。 「武器に頼れば隙が生じます。最後に頼るは自分自身です」 「今のは、サンボ……。私の国の技……。凄い! けど、痛い……」 ガッチリ固められて、ソフィア・ヴァトゥーツィナが白旗を揚げました。 「その顔は何だ! その目は! その涙は何だ! そのお前の涙で大切な物を守れるのか?! ――かつて私も、そう叱責を受けながらジープで追い掛け回されたことがありました」 技を解かれてのそのそと立ちあがるソフィア・ヴァトゥーツィナを、富永佐那が叱咤しました。どうやら、富永佐那も、その過去には似たような経験、いえ、もっと理不尽な経験を積んできたようで。その目が、どこか遠くを見つめています。 「私にも、今みたいな流れるような動きができるようになるのでしょうか」 「さあ、それは、あなた次第よ。さて、みんなに義理チョコでも買って、帰りますか」 へこむソフィア・ヴァトゥーツィナに、富永佐那がいつもの様子に戻って言いました。 「ジナマーマ、今日は本当にありがとうございました!」 ソフィア・ヴァトゥーツィナが、深々と富永佐那に頭を下げてお礼を言いました。 ★ ★ ★ 「あー、あー、あー。チャレンジャー諸君。準備はいいかなあ!」 三船ラボ3号棟のコックピットから、三船 甲斐(みふね・かい)が、格納庫に揃った者たちにむかって呼びかけました。 ここはすでに成層圏です。 またもや、この高高度からスカイダイビングをしようというのです。 もっとも、今度はパワードスーツもレベルアップしているため、楽勝だぜと全員がたかをくくっています。 「ごにゃ〜ぽ☆ 今度こそ、完全な風になるんだよ!」 新型パワードスーツのテンペストを着込んだ鳴神 裁(なるかみ・さい)が気勢をあげました。 一見するとテンペストはただのビキニに長手袋とブーツと追加装甲をつけただけのようにも見えます。けれども、素肌に見える部分はAHポータラカスキンで……耐久力落ちてます。その分は、鳴神裁に憑依した物部 九十九(もののべ・つくも)がリジェネーションと痛みを知らぬ我が躯で肉体を強化しています。インナーの魔鎧として鳴神裁を被ったドール・ゴールド(どーる・ごーるど)が超人的肉体で守っています。さらに、黒子アヴァターラ マーシャルアーツ(くろこあう゛ぁたーら・まーしゃるあーつ)が全身を被って……えっと、大丈夫だと思います。多分。 対して、同行する猿渡 剛利(さわたり・たけとし)とエメラダ・アンバーアイ(えめらだ・あんばーあい)と佐倉 薫(さくら・かおる)はノーマルのIパワードスーツのラストスタンドです。ちょっと心配ですので、黒子アヴァターラマーシャルアーツが、エメラダ・アンバーアイにプロフィラクセスをかけました。とりあえず、猿渡剛利と佐倉薫には、自力で頑張ってもらいましょう。 「やっと参加できるぞ。こんな面白いこと、一度やってみたかったんだよね」 「面白いこと? 新型パワードスーツの耐久力テストではなかったのか? まあよい。にしても、狭いのう……」 本来、パワードスーツ三機専用の格納庫にかさばるテンペストを含めて四機のパワードスーツを押し込めたものですから、結構ぎゅうぎゅう詰めです。 「なお、今回はしっかりと判定員さんにも来てもらっている。記録認定にむかって、頑張ってくれい」 そう言うと、三船甲斐が海京沖に浮かぶ人工島に観測機器を構えて待機しているジェイムス・ターロンをカメラでズームアップしました。 「ギネス? よく分からないけれど、楽しそうだからいいですよね」 エメラダ・アンバーアイが、ちょっとわくわくしながら言いました。 「それでは、行ってこい!!」 そう言うと、三船甲斐がキャリアーである三船ラボ3号棟のハッチを開放しました。 「行くよ! ごにゃ〜ぽ☆」 ――よーし、全力だよー。 先陣を切って空中に飛び出す鳴神裁を物部九十九が応援しました。 外はまだ大気圏内とはいえ、ほとんど宇宙空間です。 「――大丈夫なんですか、これで……」 ちょっと心配そうに、ドール・ゴールドが訊ねます。なにしろ、ほとんど大気はありませんし、温度も極低温です。 「大丈夫ですよ。自分がきっちりと調整しましたから」 黒子アヴァターラマーシャルアーツが請け負いました。パワードスーツ自体は、異界でも対応できるように調整してあります。 「俺たちも行くぜ!」 猿渡剛利たちがその後に続きました。 青い光に縁取られた地球にむかって、四機のパワードスーツがどんどん加速しながら落下していきました。 |
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