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【逢魔ヶ丘】戦嵐、彼方よりつながるもの:前編

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【逢魔ヶ丘】戦嵐、彼方よりつながるもの:前編

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第3章 共鳴の呼び声


 島の大地は、件の『丘』を中心に、小規模激突をばら撒いたような戦場となっていた。
「出来るだけ早目にこの戦闘を終わらせ、こちらの被害を最小限に食い止めましょう」
 鞘から『覇者の剣』を引き抜きながら、ウィル・クリストファー(うぃる・くりすとふぁー)は落ち着いて、しかし決然と言い切った。
 ファラ・リベルタス(ふぁら・りべるたす)は、心を定めた様子のウィルの表情を見ながら頷き、言った。
「……戦う覚悟は決めたようじゃなウィル。
 だが、くれぐれも焦るでないぞ。焦りは判断力を鈍らせるからのう」

 『丘』という、目に見えてそしてそこから動かない“要地”があるせいか、衝突はそこここで起こっているがそこから戦線が大きく動く様子はない。広がりもせず、かといって縮小する様子も見せない。そして、動かせない卯雪のいる小屋は、『丘』からほど近い場所にある。

「えぇ。あの小屋に危害が加えられることだけは避けなくては」
 剣を、あらゆる攻撃に対応できるよう構えつつ低く下げると、戦場の動きが見えてくる。敵味方入り混じるその中に突入して、方向を忘れて位置を見失うことのないよう、ウィルは一度振り返り、人波の向こうに見えるその頼りなげな建造物を目に焼き付け、頭に入れた。
キャラクターの手段
「戦うべき時には戦う覚悟を決める……
 貴方のそういうところも、私は好きよ、ウィル」
 ルナ・リベルタス(るな・りべるたす)は呟くように言いつつ、鞘から『ブーストソード』を引き抜く。
「絶対……生きて帰ろうね」

「行くぞ!」

 ファラの掛け声とともに、3人は戦場へと飛び出していった。


 【ソニックブレード】の超音速斬撃が巻き起こす気流が、風通しの悪い戦場の空気を撫でる。
 【ウェポンマスタリー】の効果による卓越した攻撃技術と【金剛力】の怪力とを併せたウィルの剣技は、荒れ野を走る疾風のように敵の陣を蹂躙する。
「味方に当てないようにするのが難しいですね、よくよく注意しないと」
 だが、剣を振り払いながら、ウィルは自らを引き締めるように呟く。
「こんなに敵味方が混在していては、巨大な雷撃を放つわけにもいかん……」
 戦場を見渡して、ファラも渋い表情で呟いた。
「やはりこれを使うか」
 すっと、八本の『跳投げナイフ』を取り出すと、それを放つ。
 それぞれを【カタクリズム】の強力な念力で操り、様々な角度から飛ばすことで、一度に複数のコクビャク兵を攻撃する。あちこちで、守護天使の兵や警察の機動隊員に襲いかかろうとするコクビャクの兵士たちの動きを、中枢に刺さる矢のように止めていく。時に弾かれたり、かわされたり、受け止められたりしても、その都度瞬時の判断で方向転換させ、態勢を整えて再度攻撃する。
 しかしそのためには膨大且つ細心の注意が必要である……味方を巻き込まないために。
(焦らず、冷静かつ的確に……状況を見極めて行動せねばのう)
 それを心情に、ファラは、戦場の状況に目を光らせる。
(敵の動きに共通性があれば……
 ……ふむ、統一されてるとまではいかないが、概ね目指す方向は同じ。例の小屋……もしくはその近くのこの島の天使たちの陣営、か。
 どちらにしろ、地理的な情報はある程度行き届いているらしい)
「ウィル、小屋を背にして戦うぞ」
 それが最も効率よく敵を相手にする方法だと判断したファラは、ウィルに告げた。

 ソニックブレードで切り込んでいったルナは、集団で襲いかかってくるコクビャク兵を見た。
「ここは下がって……小屋への道を守って」
 コクビャク相手に必死で切り結んでいた、まだ若く実戦は経験不足らしい守護天使の自警団員数人を背に回して小声で言うと、若者たちはしばし戸惑ったものの素直に頷いて、小屋の方へと後退していった。
 かかってくる敵を【スウェー】で次々に回避し、最後に来た一撃を【ブレイドガード】で弾いた。そして、
「後は任せてください」
 その言葉が聞こえて、それを合図にさっとルナが身を翻して退くと、いつの間にか背後に構えていたウィルが、ルナ目がけて一斉に斬りかかろうとしていた、無防備に大上段で突っ込んできた敵兵たちを一気に、一瞬で、ソニックブレードの一陣で放射状に吹っ飛ばした。


 要塞。

『……ちかづいて、いる……』
 タァの声が、特殊防護室内でぼんやり響いた。
「タァ様……?」
 彼女の姿を見ることのできないコクビャク幹部たち(そのほとんどが悪魔)は、ぼんやりと、彼女がいると思われる辺りへ目を向ける。分かっていないから当然、視線の先は揃っていない。
『まちがいない、これがほんらいの、「灰の娘」のせいたいは……
 エズネルが、しまにやってきた……!』
 タァの声は、幹部たちの怪訝そうな声など全く意に介せず、己一人の思考に没頭していた。
『いまのエズネルはまがい……
 エルデルドふくかん、』
 出し抜けに呼ばれた幹部の一人は、そんなタァの様子に唖然としていたものの、いきなり指名されて「はっ」と慌てて立ち上がった。

『すぐにちじょうにでんれいをだし、しまにあらたにあらわれたじんぶつをわりださせろ。
 それが、「丘」をひらく「灰の娘」エズネルだ。みつけしだいすぐかくほさせよ。
 ころしてはならん。まちがってもころしたりしては、われらのこれまでのくろうがみずのあわになるぞ』

「…っ、了解しました。しかしそうすると、例の、生体システムに繋いだ娘の方は……?
 そちらは放棄して、新たな来島者捕獲に向かわせますか?」

 少しの間、目に見えぬ奈落人は考えた様子だったが。

『……いや、おそらく、あのむすめとたましいがきょうめいして、エズネルはここにみちびかれたのだろう。
 われらのようさいにとっての、「丘」のうえのたいじゅのようなもの。
 あのむすめもかくほせねばならぬ。ただし、むすめのいるこやをせいあつしても、それいじょうのこうどうはひつようない。
 むすめのみがらをわれらのしたにおく、それさえできれば、それいじょうのいあつするこうどうはむようだ』

「……はっ」
 エルデルド副官は、見えない“顧問役”に一礼して、特殊防護室の扉の堅いロックを解き、出ていった。
 タァはそれきり何も言わなくなり、いるのかいないのか、幹部たちには分からない。
「(……チッ)」
 小さく舌打ちしたのは、コクビャク内でタァに次ぐ権力を持つ総指揮官のゼクセス。
 それさえタァは聞いたのかどうか、誰にも分からない。



(制御室の制圧や、灰の処分……しなくてはならないことは多そうだけど)
 歩いていきながら、ルカルカは考えつつ、ちらりとパレットを見る。
(まずは、B.Bを救助しないと)
 パレットの懸念げな表情を見ながらそう思っていた。
「B.Bがどこにいるか、分かりそうかい?」
 鷹勢の問いかけに、パレットは固い表情のまま首を横に振る。
「気配は感じない……全部シャットアウトされているみたいに、何も」
「待って!」
 突然ルカルカは鋭く、小さく叫んで、先を行こうとする2人を腕で止めた。
「何だか騒ぎの声が聞こえるわ」
 しっ、と静かにするよう指を口に当てて2人に合図し、耳を澄まして黙り込んだルカルカに、鷹勢とパレット、そしてダリルも倣って立ち止まった。


 壁を隔てた向こう側の廊下と思われる方から、どたどたという足音ともに声が聞こえてくる。
「侵入者が、制御室に――!」
「何っ裏切り者だと!?」


「侵入者……まさか、ネーブルさんたちが見つかった……!?」
「いや、しかし裏切り者、って何だろ!? もしかしてB.B!?」
 断片的な言葉しか聞こえてこなかったため、パレットと鷹勢は推測だけで慌てたが、
「とにかく、行ってみよ!」
 ルカルカの言葉で冷静に返った。
「どういうことか分からないけど、多分今構成員が現場に向かってるはずだから、尾けていけば制御室までつくわ」
「探す手間が省けたな」
 ダリルが言った。



 そして、制御室で彼らが見たのは。


「ねえ、これどうやって操作するのかなぁ!? 必要な機能部分以外はシェープアップして、出来るだけ空間を広く確保したいんだけどなぁ」
 恐らくコクビャクの構成員と思われる男にヘッドロックをかましながらあっけらかんと質問をしている愛の姿だった。

 おまけにその周囲では、
「うおりゃーっ」
「とりゃー」
 などと雄叫びを上げながら、出鱈目なプロレス技をかましながら飛び回っているコクビャクの若い下っ端構成員たち。
 ――彼らは愛の「肉体言語」の説得に乗せられてしまったらしかった。
 どのみち組織の意義も志もよく理解せず、来る日も来る日も雑用係でこき使われる毎日に飽き飽きしていた若者たちである。
(『プロレスはいずれ全世界を席巻する、最先端のグローバルな文化なのよ!』)
 などとずけずけと主張する、侵入者にしてはあっけらかんとしていてあまり深刻な敵意の感じられない、徒手空拳で暴れ回る愛に、「面白そうだし乗っかってみようか」というノリで附随することにしてみたわけである。コクビャクからしてみたら「裏切り者」となるわけだが、そんな大それた意識は彼らにはなく、ただ普段自分たちに威張り腐っている「上司たち」をたまにはぎゃふんと言わせてやろう、というくらいのノリだった。愛も、彼らの中の生真面目そうなアリスの少女が存外可愛らしくて気に入ったので、勢い彼らを引き連れていく格好になったのだった。

「……これ、いったいどういうこと……?」
 さすがに状況が把握しきれずルカルカが訊くと、愛はそれに気づいたらしく、「やぁっ」というようなノリで挨拶するように視線を投げかけてきて、
「あ、どーも。第3勢力です♪」
「第3勢力!?」
「この移動要塞と魔族の可愛い子、私の女子プロレス団体がいただこうと思って。そして――私の目的は世界征服よ」
「…………世界征服??」
「プロレスという文化をこの世界に広めるの。ね、世界征服でしょ」
「………………」
「全世界に吹き荒れるプロレスの嵐!! まずはこの難攻不落の城塞から――!」
「難攻不落も何もこうやって侵入してるんだけど」
「何でもいいけどコンソールの上に立つな!!」
 呆れて脱力するルカルカの隣でダリルが声を上げる。愛は背の高い魔族の男の頭を締めるため、制御用コンソールに足をかけていたのだ。
「いたぞ、ここだ!!」
「コンソールから離れろ!!」
 武装したコクビャク構成員たちが、ルカルカ達が入ってきたのとは別の扉から制御室になだれ込んできた。あっという間に乱戦が始まる。地上でも敵味方入り乱れる乱戦がそこここで起こってはいるが、室内だとせせこましいことこの上ない。おまけに構成員がノリで敵についているものだから大混乱である。
 当然、侵入者という立場はルカルカ達も同じだ。「捕えろ!」という言葉と共に何人かの構成員はこちらにも向かってきたが、室内が混乱しすぎていてスムーズにはこちらへ来られない。
「ど、どうします?」
 どもりながら困惑した鷹勢がルカルカに判断を求める。戦う用意はしているとはいえ、この場合、第3勢力を堂々と掲げる愛を敵として扱うかそれとも(まともに敵として見なすのは何となくアレなので)助けるのがいいのか、判断が付きかねた。ルカルカも首を捻る。取り敢えず、4人は制御室を離れた。制圧するにしても今は騒ぎが大きくなりすぎてそのタイミングではなさそうだ。
「一応目印代わりに機晶兵を置いておいた。よほどの非常事態になったら信号を送ってくる。しかしコンソールが酷い壊れ方をしなければいいが」
 ダリルが苦々しそうに言った。
「まぁ、なんか楽しそうに暴れてるみたいだし……一方的にやられることはない、と思う」
 半ば自分に言い聞かせるように、ルカルカは呟いた。
 4人は、どこかにいるB.Bを捜すことの方を、取り敢えず優先することにした。