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リアクション
第7章 再会、灰の真実、乱闘の果て
ルカルカ達は、最初に通った通路のすぐそば、つまりあの倉庫にまで戻ってきていた。今は人気はまるでない。
予想外の大騒ぎで、当初の予定が大幅にくるっていた。速やかに、無用な戦闘は避けて事を運ぶ、というのは難しくなってしまった。騒ぎがコクビャク上層部にまで伝わっていれば、特殊防護室のセキュリティは一層頑丈になってしまうかもしれない。
「機雷を使って、防護室の壁を破ってみるとか?」
確実に防護室の位置を把握できたあの最初の質の異なる壁を破壊して、何とか入れないだろうか。大元を叩けば、要塞全部を制圧するのと同じではないか――ためしに鷹勢がそう言ったが、
「壁の層の厚さが確実に分からないと、一度の爆撃で侵入可能な程度に破壊できるかは確実でない」
ダリルがやや渋い表情でそう返す。
「みんな……!」
声がした。4人が見ると、廊下の向こうから近付いてくる影が見えた。
ネーブルと画太郎、それに……
「君は……!」
グラフィティ:B.Bであった。
「特殊防護室に強行潜入するのは待ってほしい」
己が半身とも言えるパレットとの再会を充分に喜ぶ間もなく、B.Bはルカルカとダリルにそう訴えた。
「あの部屋には『灰』が保管されている。内部のセキュリティは恐らく、貴方がたが考えているよりはるかに厳しい。理由があるんだ」
「理由?」
「あの部屋の中には、タァが改良した『黒白の灰』がある」
B.Bは説明を始めた。
「その灰を保管するため、気圧や空気内のウィルスなどを特別に調整した部屋が、あの中にはある。
それは特に厳重に守られているんだ。
何故なら、その特殊な環境下でないと、灰はごくごく短時間で劣化する。タァが施した改良によって得られた特性が消え、オリジナルの灰に戻ってしまう。
――魔族にとって重大な害となる、オリジナルの灰にね」
B.Bは一度息を吐くと、続けた。
「それだから、ヒステリックなまでに保管は厳しくなっている。
もしかしたら、防護室の壁を破るより、保管庫を破ることの方が難しいかも」
「そんなこと、どうやって知ったの?」
パレットがB.Bに尋ねると、
「実は、それが、連絡を取れなくなった理由とも関係があることなんだ」
今度は、彼の潜入中の話になった。
潜入したのはヒエロの行方を探るためだったのだが、コクビャクの悪事に辟易し、この恐ろしい『黒白の灰』は処分しなくてはならないと、B.Bは考えていた。
しかし、処分、とは、どうしたらいいのだろう。
ごみのように捨ててしまえば終わるものでもない。
では、灰を無力化することはできないか。B.Bは考えた。
それが可能かどうか、知るためにも、現物を手に入れる必要がある。改良型なら、例え誤って浴びてしまったとしても魔鎧の自分には悪影響はないらしい。B.Bは博識な一魔鎧として構成員の保健施設に従事しながら、虎視眈々とチャンスを窺った。
移動要塞のクルーの一人となり、機会が訪れた。ほんの一握り程の、改良型の灰を、移動させる途中で盗むことに成功した。
だが、直後にバレてしまった。追われて、捕まりそうになった時、苦肉の策でB.Bはそれを自ら浴び、急激な体調不良に襲われたような芝居をして魔鎧に戻った。本当なら灰は改良型なので自分が健康を損なうことはないのだが、「万が一」「ひょっとしたら」芝居に引っかかって、灰にタァも気付かなかった欠陥が生じたと勘違いしてくれないかと思ったのだ。そうすれば、パラミタ全土に灰をばら撒いて全種族を魔族化するという恐ろしい計画にいくらかでもブレーキを掛けられる、という、あわよくばの淡い期待もあった。魔鎧姿になったのは、人型でいるよりも表情を見せない分嘘がばれにくいのではないか、という彼曰く「我ながらせこい
計算」からだったという。
ところがその効果は、B.Bにとって予期した以上のものだった。
幹部はそれまで、コクビャクの一般構成員には、改良型の灰の「劣化の速さ」を公表していなかったのだ。もちろんB.Bも知らなかった。幹部は彼の芝居に引っかかった。盗まれた灰があっという間に劣化して、彼を害したと信じたのだ。そればかりか、この一件で構成員全体にこの「恐怖の劣化」のことが知れ渡ってしまった。構成員たちは震えあがり、自分たちが入る機会はほとんどない防護室の向こうの保管庫に対してひどくナーバスになっていった。実際には何の害も被っていないB.Bは、裏切り者かもしれないが今はもう死を待つだけの存在となってしまったとみなされ、居住区のほとんど使われていない廊下の片隅の一室にしまいこまれたのである。
「それで、テレパシーも送れない状況になったの?」
ルカルカに訊かれて、B.Bは首を振った。
「半分はそうだけど、それがすべてじゃない。説明もする暇もなかったのは申し訳なかった。
実は、実験のために自分のすべての力を集中させていたから……その余裕がなかったんだ」
「実験って?」
「『灰』を劣化させる実験――俺の体内でね」
「環境が変わって劣化するのはタァが施した改良部分だけだけど、改良だって元の灰の性質に沿って行われたわけだから。
条件次第ではオリジナルの灰も劣化させることで性能を消し去り、全く無害なものに変えられるんじゃないか……[/bold}
灰を浴びた状態で魔鎧になった時、ふとそんな考えが浮かんだんだ。
自分が浴びた灰の体内での変化、劣化を、魔力を総動員させて観察した」
あの時、ネーブルが待たされたのもそういうわけだった。結果が出る寸前だったのだ。
「体内で改良版がオリジナルに劣化していくのを感じている間はかなり緊張を強いられた。けど、摂取してからの劣化では、原本能減退の作用は思ったほどではなかった。
さらにオリジナルが劣化してほぼ無害になるまで……
まだ、俺の血液を取り出して詳しく調べてみないことには何とも言えないけど、今のところ不調はないし、概ね成功したと思っている」
「オリジナルの灰の劣化に?」
「えぇ」
そんな風に自分の体を実験台にできる物なのか、と、一同は驚きの目でB.Bを見た。
「実験の結果の詳細は、今は確かめようがないからおいておくとして……少しわからないことがあるんだが」
ダリルが口を挟んだ。
「改良した灰がそんなに短時間で劣化するものなら、噴霧するには向かないのではないか?」
特殊な環境下で保管しなくてはならないものを、パラミタ全土にばら撒くつもりとは、いささか矛盾してはいないか。
ばら撒いている間に、劣化してオリジナルの性能に戻るのなら、非魔族の魔族化は変わらないにしても魔族への影響は大きく変わる。自分たちの仲間ではない魔族は切り捨てるつもりなのだろうか? しかし、空気に乗って拡散するであろう灰をばら撒くのだから、よほどの備えがなければ自分たちだって誤吸引する可能性がある。
ダリルのこのもっとも疑問に、B.Bは頷いた。
「俺も、劣化の事実を知ってから、それを不思議に思っていた。
それで――思い出したんだが、この移動要塞にも、灰の噴霧装置が備え付けられているんだ。
パラミタ全土、は無理だが、パクセルム島全土ぐらいには灰を噴霧拡散させられる規模のものだ。
俺は機材の調整の仕事で、一度だけその機械を見た。
その時、その機械にタンクが繋がれているのも見た。
タンクの中には「超微粒子コーティング剤」なるものが入れられると聞いた。
灰に関する機材の詳細は機密扱いで、技師の中での幹部を兼任しているトップクラスにしか教えられないので、それ以上のことは分からなかったが……
恐らく、灰は噴霧する直前にこの超微粒子をコーティングして劣化を防ぐのではないかと推測する」
B.Bの言葉を吟味するように、ダリルは頷きながら聞いていたが、
「……保管はコーティングをしないまま行われ、噴霧直前にそれをするということは……
コーティングの効力も、恒久的に続くものではない、と見るべきか」
「それもあるかもしれないし」
B.Bが注意深く言葉を選びながら話した。
「もしかしたら、タァと幹部との間の緊張感が、そういう手順を取らせているのかもしれない」
「どういうこと?」
ルカルカが尋ねた。
「直感だけど……
たとえば、コクビャク幹部がタァに反旗を翻そうとした場合。
切り札である灰を、薬物の専門知識のない幹部陣でも簡単に持ち出せるような状態にしていたら、彼らはやすやすとそれを持っていってしまって、タァを裏切る。
それを防ぐために……幹部が簡単に手を付けられない状態にしておいてあるという可能性もある、と」
「それが事実だとしたら……
タァと幹部との間には不信感が芽生えているのね?」
ルカルカは考えるように言った。
「もしそうなら……そこに交渉の余地があるわね」
「その噴霧装置とやらはどこに?」
ダリルが尋ねる。
「動かしていなければ、制御室から入れる隣の、扉が施錠された部屋の中にあるはず」
しばらくの間、一同はそれぞれに顔を見合わせていた。が。
「……もう1回、制御室に行ってみよう。どんなことになってるか分からないけど」
ルカルカが思い切ったように提案した。
またしても、制御室は、全員の予想をはるかに超える事態になっていた。
まず目に入ったのは、何かの機材が倒れて壊れた残骸。
そして部屋の真ん中に、先程大暴れしていた愛が倒れている。
「!! 大丈夫!?」
ルカルカが慌てて駆け付ける。だが。
「……すぴーーーーー」
大した怪我もなく、愛は熟睡していた。
「こっちの奴らも皆、寝ている」
他に倒れている者が十数人……恐らく愛の「世界征服」に乗っかって暴れていた下っ端構成員と、それに若くはない者は愛たちを捕えに来たコクビャク兵だろう。それらが皆ごたまぜで、荒れ果てた部屋の中でそれぞれに転がって熟睡しているのだ。やって来た全員の目が点になるのも無理はなかった。
「催眠ガスでも使ったのか……?」
しかしそれなら、その後拘束もせずに寝かせて放ったらかしにしている理由が分からない。敵味方入り乱れて爆睡かましているのも不可解だ。
「グラフィティさん……もしかして、噴霧装置の、部屋……あの、扉……?」
ネーブルが指差した先を見ると、施錠されているはずの扉は、半分曲がった状態で開いている。
「まさか、プロレス技で壊したの!?」
「いや、多分何かのはずみでコンソールを叩いて、施錠システム解除スイッチを入れてしまったんだろう。その後で何かぶつけて壊したのは確かだろうけど」
「そういえば、コンソールは無事かしら?」
「人力の衝撃で破損する程度のコンソールしか用意できないようじゃ、お里が知れるというものだ」
ルカルカの懸念をダリルはそう軽くいなし、コンソールに近付く。B.Bとネーブル、画太郎は、噴霧装置があるというその部屋に入っていったが。
「タンクが破損している!」
驚愕した表情で、B.Bはコンソールの前に戻ってきた。
「タンクと機械本体をつなぐバルブが、根元を損傷して外れている。多分、中に入っていたコーティング剤はすべて空中で気化して散ってしまったんだ」
それらのことは、愛たち“自称第3勢力”とコクビャクとの大立ち回りの間に『はずみで』起こってしまったのだろう。――だとしても、だ。
「ってことは……コーティング剤には催眠ガスが含まれてたってこと?」
それ以外に、この異常事態の説明はつかない。鷹勢が尋ねるも、
「さぁ、そこまでは……」
B.Bも首を傾げて困惑しきりである。
――正確には、催眠ガスではない。
どういうわけか、灰の成分を損なわずにコーティングするための薬には、成分的に強力な鎮静剤に近い薬が使われていたらしい。
狭い部屋に大勢がなだれ込んでの大立ち回りに、思わずエキサイトした愛は、誰がロックを解除したかは知らないが、隣りの部屋に雪崩れ込んで戦いを続けた。敵を投げ飛ばしたはずみに、タンクが破損し、薬剤があっという間に空中に広がった。
それを吸い込んだ愛、そして室内で戦っていたコクビャクの構成員たちは、次々に睡眠状態に陥って倒れた。
それを見ていた他の構成員たちは、一斉に浮足立った。数日前、魔鎧の構成員が反逆した事件で「灰が空中で劣化すると魔族に対する致死性が甦る」という事が、上層部から下っ端構成員にまで知れ渡っていた。
「灰が漏れた!!」
勘違いした構成員たちは、戦闘要員までが震えあがり、それぞれの居住区に逃げ帰ってしまったのである。
「うん、操作には問題ないな」
倒れている連中には見向きもせず、ダリルは早くもコンソールの上で操作の手をせわしなく動かし始めた。
「あの、ダリル」
「そいつらの処置は任せた、ルカ。B.B、モニターを見てくれないか」
そっけない物言いにルカルカは溜息をついたが、いつものことだと分かっているので、「じゃ、まぁ取り敢えず、しばらく動かないようにしてもらおっか」と、手分けして全員手足を縛って拘束することにした。
「この人、どうしよう。さすがにコクビャクと一緒くたに扱うわけには……」
「うーん……」
起きる様子のない愛を見ながら、パレットと鷹勢が困惑している。
「かぱっぱ、かぱかぱぱっ(隣りの部屋にこんなものがありましたよ)!」
画太郎が、小型の運搬用台車を押してきた。
「……」
ダリルに呼ばれたB.Bは、モニターに移る要塞内部図を見ながら、それぞれの場所を簡単に彼に説明した。
「特殊防護室はこのモニターの図には出ないみたいだ。用意周到というか」
「内部の構造が分かれば、空白の位置で大体の見当はつく。居住区はこの2つだな?」
「そう。幹部クラス以外は大体ここにいるはず」
「緊急用隔壁があるな。全部で6か所か。ちょうどいい。戦闘の面倒を減らせるかもしれん」
操作パネルに触れ、ダリルがしばらく手を動かしていると、ピピピ、という音が鳴り、最終確認のウィンドウが画面に現れた。
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