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【逢魔ヶ丘】戦嵐、彼方よりつながるもの:後編

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【逢魔ヶ丘】戦嵐、彼方よりつながるもの:後編

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第10章 守護者?


 みしり、みしり、みしり

 その根は、わずかに聞こえる音を立て、たゆまず成長していた。




「わあぁっっ!!」
 土が崩れて降ってくる。
 穴から出た階段は暗くて、降ってくるものを避けるのも容易ではない。卯雪は立ち竦んだ。
「卯雪、動かないで!」
 ルカルカがさっと、霊刀『布都斯魂』のバリアで、降ってくる土から卯雪を守る。
「かっぱぱっ!(いまこそ、執事の本分を果たす時でしょう)」
 カッパで執事、の自負を忘れたことのない画太郎は、【至れり尽くせり】でランプを用意した。それで照らしてみると、卯雪はキオネに覆いかぶさられていた。
「ちょっ、な、な」
 突然のことで卯雪は、声が出ないらしくわなわなと震えている。我に返ったキオネは、慌てて体を離し、「あ、ああのついその体が勝手にっ」としどろもどろに言い訳する。とっさに庇おうとしたのだろう。
『それにしてもへんだ。ちじょうかいのはつでんきで、しょうめいがちかまでゆきとどいているはずなのに……』
 タァの訝る声が聞こえた。
「何かあったってことか」
 ダリルの問いにも、タァはしばらく答えなかった。考えているようだった。やがて、
『うゆき。せいしんをとぎすまし、この「おか」とセッションしてみてくれ』
「えっ!?」
 突然の要請に卯雪は目を白黒させた。
「セッション、って……?」
『おまえにならできるはずだ。せいしんをしゅうちゅうして、いしきをひろくひろげるのだ』
 卯雪は戸惑っていた。ルカルカが、
「取り敢えず、深呼吸して……落ち着いて」
 アドバイスする。半信半疑ながら、卯雪はその通り、呼吸を深くし、目を閉じた。
 ……
 しばらくして、ふと、卯雪は目を開いた。
「……。1階の機械、樹の根に圧迫されて、作動してないみたい」
「分かったの!?」
 ルカルカが訊くと、卯雪はまだ不思議そうに、それでも頷いた。
「何だか、自分の頭の中にモニターがあって、意識を向けると見えるみたいな……変な感じ」
『セッションじょうたいにはいったのだ。ほんらいなら、モニターだけでなくコントロールぶもあたまのなかにあるはず』
 タァの声がした。一同はそちらを見た。

『これで、うゆきはこのなかにあるせつびのいへんをかんじることができるようになった。
 ……どうした? なにかあるのか?』
 あまりに全員が目を丸くして自分を見ているのに気付き、タァが尋ねる。
「タァ……姿が、見えてる……」
 鷹勢が呟いた。
 今までほとんど見えていなかったタァの姿が、ぼんやりとではあるが、幼い女児の姿になって浮かんでいるのだ。
 タァはそう言われて初めて気づいたようで、自分の腕や体を見回している。彼女にとっても意外な事態らしい。
「これもセッションの力なの?」
 ルカルカが卯雪に訊いたが、卯雪は「そうとは思えない…」というように首を傾げた。

『……よくわからないが、このちちゅうにはいってから、なにかにつつまれているようにかんじる。そのせいだろうか』
 タァはどこかぼんやりした口調で呟いた。
『いやなかんじではない。……なんなのだろう、ふわりと、やさしいかんじで……』
 ぼんやりと、太い樹の根がむき出しに土壁を侵食している方に目をやった。








 暗い地中の闇に乗じて、じわじわと土の壁面を這うように迫りくる物に、コクビャク幹部たちは気付いていない。
 最深部の室内には、彼らの炸裂する魔力が響き渡っている。土の壁が震え、時には小さな土くれが床に落ちる。
「……くそっ……!」

 巨大な機械が鎮座している。
 そのシステム制御装置と思しき部分――そこに触れなくては制御はおろか起動も出来ないだろう――は、強い光に包まれて、見えないのだ。

 その光に向かって、幹部たちは魔力攻撃を仕掛けているのだ。
 ただの光源では、それはない。――正体不明のエネルギー体なのだ。


「もうやめろ、一度やめろ!」
 ゼクセス指揮官の不機嫌な声が響き、それをしおに魔力は収まる。
「これ以上闇雲に攻撃すると、装置のコントロールユニットまで破壊するやもしれん」
 攻撃が止み、指揮官の言葉も消えると、地の底のこの部屋は静けさに満たされる。
 正体不明のエネルギー体は、今も装置の上部で強い輝きを放っている。
 それは、決して攻撃はしてこない。ただ、手を出すと拒むのだ。目を焼き世界をホワイトアウトさせるような強い光のまえに、悪魔たちは怯んで何もできずにいた。
「これはやっぱり……『灰の娘』を連れてこないと排除できない」
 のでは…と続けようとした幹部の一人は、ゼクセスの不機嫌極まる眼光に当てられ、口をつぐむ。
 『丘』の扉が開錠されたと聞き、タァに反旗を翻して灰を用意して特殊防護室を要塞から離脱させて島に上陸した。すべてゼクセスの判断だった。内部の機械とセッション出来るという『灰の娘』の存在を欠いてはいたが、中に入りさえすれば何とでもなると内心高を括っていた。機械の操作については彼もある程度の腕があるのだ。タァがいなくても自分が灰を扱えると判断したのはそのためでもあった。

 みしり、みしり。

「? 何か、軋むような音がしなかったか?」
「まさか、警察の連中が!? 契約者どもか!?」
「いや、壁が……」
「さっきの魔力を当てたんじゃないだろうな!?」
 騒然となる幹部たちの頭上で、ぼこおっ、という鈍い音がした。
 かと思うと。

「!!」

 巨大な蛇のようなものが、幹部たちを薙ぎ倒すように、天井を突き破って出てきたのだ。
「!? 樹の根!?」
 上から生えてきたような、太く長い樹の根は1本だけではない。2本も3本も……
 さらに、天井だけではなく壁からも、何本もの樹の根が出てきたのだった。地中を伸びてくるうちに幾つも枝分かれした根は、もともとが相当な太さであったから分かれても結構な太さのままで、鞭のように蛇のように、幹部たちに襲いかかってくるのである。薙ぎ払い、叩きつけ、壁際でその体を押しつけて拘束しようとする。
「うわあぁぁっ!!」
「な、なんだっ、契約者の仕業か!?」
「落ち着け!!」
 のたうちながら伸びてくる根を避けながら、ゼクセスがきっぱりと声を上げた。

「落ち着いて切り払え、または焼き捨てろ! 所詮樹の根だ。
 大転移装置にだけは危害が及ばないよう、守れ!」

 その令に従い、幹部たちは魔力で、伸びてくる樹の根の先を切り落としたり、焼き捨てたりした。
 先端部を大きく失っても、根はしかし退却しようとはしなかった。じわじわと再び伸びていきながら、尚も幹部たちを狙っているようだった。鎌首をもたげる蛇のように。

「何なんだ、一体……!」




「――!?」
 階段を急ぎ降りていく一行の中で、ふと、卯雪が足を止める。
「卯雪さん、どうしたんです?」
 キオネが尋ねると、卯雪は宙を見据えたまま呟いた。
「どうしたんだろ、エズネルが……
 エズネルのエネルギーが、凄い勢いで削げ落ちていくのを感じる……」

『エズネルはすさまじいいきおいで、きのねをせいちょうさせている』
 タァの声がした。
『もう、せんたんはそうちのあるへやにまで、とうたつしているやもしれん。
 ……そこには、コクビャクのれんちゅうもいるはずだ』


『……いやなよかんがする』






 刀姫カーリアは夢を見ていた。

 ――――

 一人の女が泣き叫び、心を引き裂かれて悶えている。

(悔しい。憎い。子供が。子を産む母が。子を産ませることでしか女を認めない男どもが)

(子供に罪はない。母親たちの幸運はこの苦しみとは関係はないの)

(殺してやる。壊してやる。すべて。すべて)

(愛したい。慈しみたい。腕を伸ばして抱きしめたいの)

 相反する感情が、その真ん中に蛇の呪いを挟んで拮抗している。
 女の精神はその両極に引き裂かれて、崩壊寸前だった。

 突然、光が走り、2つの感情は切り取るようにさくりと分かたれた。
 呪いは干からびた音を立てて床に転がった。

 2つの感情は精神の真ん中でぐちゃぐちゃになりながら混ざり合っていた、その部分から2つに放たれ、それぞれに違う色を作りながら、やがて別々の1個になっていく。
 愛と優しさで、慈しみと哀しみの青色が。
 怒りと憎しみで、攻撃的で勝気な赤色が。
 1つの魂は、2つの、別々の女性に姿を変え、ようやく落ち着いた色を宿した。

(あのまま混ざり合って揺れ合っていたら限界を迎えていた)
(感情の均衡を失い、不安定に脆くなっていた)
(呪いに栓をされたまま不満と苦しみで魂は膨れ上がり、終いに破裂していたかもしれない)



 ようやく、カーリアにも実感として分かった。
 自分と彼女は、分かたれなくては救われなかったのだ。
 呪いと狂気が巻き起こした渦の中で、魂はそこまでぼろぼろに傷ついていたのだ。
 それをヒエロが救ってくれた。自分も、彼女も。
 分かたれたのは、感情的で好戦的な気質――すなわち「自分」が、千年瑠璃に不要だったからではなかった。

 幻覚が、それを彼女に納得させた。



「大丈夫? カーリア」
 気が付くと、ヨルディアがカーリアの顔を覗き込んでいた。
 いつの間にか、鎧型から人型に変わっている。抗体製作に失敗しているのではないかとハッとしたが、すぐにヨルディアが教えてくれた。
 抗体の発生が確認され、鎧状態での拘束の時間は終わったのだと。
 人型に戻り、薬品を作るために血液を採取された後も、抗体製作で体力を消耗したカーリアはぼんやりと疲れ切った様子で、そのまま眠ってしまったらしい。
「え……起きるまで、待っててくれたの?」
「だって約束したでしょう」
 ヨルディアが手を伸ばした時、カーリアは初めて、自分の目尻から一すじ涙が流れていたのに気付いた。
 案じるような瞳に、カーリアはそっと首を振った。
「大丈夫。いろんな……いろんなことが、分かっただけ。
 ……ううん、違う。分かってたってことに、気付いた、のかな……」






「……ここが、最深部……?」
 ついに、長い階段が終わった。
 階段の先には長い空間がある。
「あの向こうが、大転移装置のある部屋なのかな」
 さゆみとアデリーヌが敵を捕えて訊きだした情報は、警察に送られた後、全契約者に送られて情報を共有している。
「……。
 扉は閉ざされていて、まだ装置は動いていない」
 卯雪が言った。セッションで察知したのだ。
「部屋に入る前に扉があるのね」
「見張りが立っているかも知れんな」
 ルカルカとダリルの会話を聞いて、ネーブルは【超感覚】で感覚を研ぎ澄ました。
「人の……気配が、した……」
 そしてネーブルは一同を振り返った。
「私と…がーちゃんで……【光学迷彩】で奇襲を、かける……
 合図するから、そうしたら来て……」
 画太郎もネーブルの言葉に「かぱっっ!」と自信満々で答える。
 そして2人は光学迷彩で身を潜めて、暗い廊下を走っていった。