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【アガルタ】御主の企み、巡屋の葛藤

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【アガルタ】御主の企み、巡屋の葛藤
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リアクション


●破壊までのカウントダウン●


 結局のところ、自分が弱かった。
 ただそれだけのことなのだろう。



* * * * * * * * * *




 本日は快晴なり。
 まさしくそんな一言がぴったりな作られた天候の下を彼らは散策していた。
 カラカラ、と音を鳴らしているのは彼――ハーリー・マハーリーの車椅子だ。
 その椅子を後ろから押しながらダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)はやや呆れた声を上げた。
「散策、か」
 みっちりと予定が立てられた散策に、物言いたげな視線をハーリーに送る。だが、当の本人は視線に気づいているだろうに気づかないフリで道を指示する。
「あっと、そこ右曲がってくれ」
「狭い道ね……ちょっと待っててね」
 ハーリーが指差した道を覗き込み、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が安全を確認する。その厳重警戒振りにハーリーが苦笑した。
「たしかに護衛は頼んだが……そこまで警戒しなくても」
「何言ってるのよ。自分の立場、分かってる?」
「分かってるよ、恨まれる立場ってのは」
「もうっそうじゃないでしょ。体調だってよくないんだから……そもそも仕事で倒れたのも自分で背負い込んだせいなんだよ?」
「はいはい悪い悪い。んで次はこの店だな。ダリル、頼む」
 話もそこそこに、次の視察場所。彼曰く散策の場所は雑貨店のようだ。
 そんな彼にルカルカは腰に手を当てて怒っていたが、瞬時に目つきが変わる。彼女の愛刀が音で警戒を促していた。
「ハーリー!」
 声とともに、ハーリーの周囲に闇が立ち込める。そしてその闇が、飛んできた石つぶてを受け止めた。時間差で飛んできたナイフは、闇が消えうせる前にルカルカが具現化させたロイヤルドラゴンの鱗にはじかれる。
 それらが飛んできた方角は2つ。
「……そこか」
 瞬時に察したダリルが鞭をふるい、今まさにナイフを投げようとしていた手首を捕らえる。ナイフが地面を滑る。
 その間にルカルカはハーリーを抱えて安全な場所まで避難し、まだ感じる殺気に籠手につけられた貴石を軽くなぞった。すると甲高い音とともに、飛んできた何かが宙で跳ね返った。攻撃を反射させる結界を張ったのだ。
 同じく警戒を続けていたダリルは、反射していった何か――針のようなものらしい――が飛んでいった方角を目で追いかける。
 逃げる男の背が見えた。
「ルカ!」
「こっちは任せて」
 長い言葉は2人の間には不要だ。
 ルカルカはハーリーを守ったまま捕まえた男をしっかりと拘束。その間にダリルの身体が崩れていく……いや、電気信号へと変化させる。姿を変えたダリルは、機晶蜂の中へと入って行き、その姿で逃げた男の後を追う。
 ソレを見ていた拘束された男がヒっと息を呑む。

「私達を敵に回してただで済むわけないでしょうに。おばかさん」
 不敵な笑みで抵抗していた男の心をくじくルカルカの姿に、ハーリーはやや感心した目を向けた。

 しばらくの後、ダリルが帰ってきた。2人のぼろぼろな男を連れてきている。どうやら3人組での犯行らしい。
 ルカルカは静かになった周囲を見回し、いまだ鋭い目をしていたが……殺気はすでになく、刀も大人しい。ダリルも目で安全を確認した後、もう大丈夫だと合図をする。
「っと、大丈夫? ハーリー?」
「ああ……悪い」
 一人で立ち上がれないハーリーをルカルカが抱き上げ、再び車椅子へ降ろす。
「……どうやらただの逆恨みの輩のようだな」
 男たちを尋問していたダリルが苦笑しながら、通報する。連行されて行く男たちに罵詈雑言を浴びせられたハーリーは、ただ肩をすくめる。
「まあ恨まれることはしてきたからな」
「そうやって、一人で背負いすぎてきたからでしょ。
 ね、背負い込みすぎがダメなんだって……分かるでしょ?」
 もどかしげに軽くこづくルカルカに、ハーリーは苦笑いを浮かべた。彼も理解してはいるのだろう。

「でもな。せめて背負うことぐらいさせてもらわねーと、俺は俺じゃなくなる気がしてな」

 少しうつむき加減で、自嘲するように笑ったハーリーに、2人は顔を見合わせた。それからほぼ同時にため息をつく。
 ハーリーには秘密だが、2人は彼の願い、理想を知っていた。

「仕方ないわね。じゃあ今回はとことん付き合ってあげる……ホント言うと、二・三日仕事から離れて欲しいんだけど」
「まったくだな……ああ。なら今度、小型移動式住居の試運転も兼ねた旅行はどうだ?」
 呆れつつも、わがままを許してくれた2人に、ハーリーは感謝を込めて頷いた。
「……そうだな。また今度、な」
 ただ最後に。音を伴わない一言を付け足して――それを読み取ったルカルカとダリルは、一瞬だけ眉をしかめた。

『今度があれば、な』



* * * * * * * * * *




「美咲ちゃん! こっちこっち!」
 明るい声が街に響く。小柄な少女に手を掴まれているのは巡屋 美咲。引っ張っている少女は、今日も今日とてミニスタートが良く似合っている小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)だ。
 そんな2人にベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)が柔らかく声をかける。
「美羽、美咲さん。そろそろ少し休憩しませんか」
「あっもうこんな時間なんだね! ここら辺で休めるところ……あ! にゃあカフェはどうかな?」
「にゃあカフェ、ですか……えっと、私は構いません」
 問われた美咲は猫たちの姿を思い浮かべたのか、少しだけ。そうほんの少しだけ頬を緩めた。始終暗い顔をしていた彼女を見ていたので、美和は満足そうに頷いた。

(閉じこもっていても沈んでしまうだけだってちょっと強引に連れ出しちゃったけど……やっぱり人と接するのはしんどそう……ううん。怖い、のかな)

 誰かと接するのを極端に恐れている様子に、胸がちくりと痛む。
 だからこそ、動物達とのふれあいで少しでも気が楽になるといいと心から思う。
 美羽はとびきりの笑顔の奥でそんなことを願いながら、美咲の手を握った。……その瞬間に、ビクリと美咲が反応したことには気付いていないフリをする。
 悲しくないといえば嘘になる。
 だけど

「さっ行こっか」
 また笑顔で遊べる日が来ると信じて、美羽はその手をぎゅっと握り締めた。

(やはり以前のようには、いきませんか)
 世界全てに怯えているような美咲の様子に、ベアトリーチェは寂しげに微笑む。
(それでも、真実を受け止めて前を向いて欲しいと思うのは……私たちのわがまま、なんでしょうか?)
 いやそもそも、今の彼女に受け止められるのだろうか。
 ベアトリーチェは、先ほど聞いた話を思い出しながら、空を見上げた。



* * * * * * * * * *




「もう沈黙が許されないのは、わかってるわよね?」
 いつもよりやや低い声を出して老齢の男性――ヤスを問い詰めているのはリネン・ロスヴァイセ(りねん・ろすヴぁいせ)だった。
 巡屋の本拠地とは別の建物内にて、関係者が集まっていた。とはいっても美咲はいない。ベアトリーチェも美咲のことを美和に任せ、真相を聞くために留まっていた。
 ヤスは、苦渋に満ちた顔で椅子に座っていた。周囲にいる組員たちはそんなヤスを心配げに見ている。
(まあ、悩むってことは私にも恩義を感じてはくれてるんでしょうけど)
 今のヤスは板ばさみ状態になっている。しかしもう、そんなことは言ってられないことを彼自身知っているからこその悩み。
 重い口を開かないヤスに、ヘリワード・ザ・ウェイク(へりわーど・ざうぇいく)が痺れを切らしたような声を上げる。
「やっとリネンの方が片付いて楽隠居って時に……あんたらねぇ!」
 そんな彼女を横目で見たフェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)は、胸のうちでため息をつく。
(ヘイリーのやつ、活き活きしてんなぁ)
 幾人かの組員がびくつく中、冷静にヘリワードの様子を観察できるのは、長年の付き合いからか。
(しかしややこしいことになってんなぁ……辛気くせぇのは苦手だぜ、ったく)
 話し合いに来る前日。リネンたちと真実について予測しあっていた。ヤスがここまで口を開かないとすれば、予測もあながちハズレでもなさそうだ。
「今でも夢に見る」
 ぽつり、とヤスが声を漏らす。それは誰かに聞かせるというよりも、独白のようだった。
 そこが彼に出来る精一杯だったのだろうと考え、なんとも不器用なヤツらだ、とフェイミィは話を聞きながら思った。
 そうして過去が語られた。



* * * * * * * * * *




「あの、どうかされたのですか?」
 美咲のそんな声に、ベアトリーチェは意識を現へと戻す。美咲はボロボロな衣服を身につけた男? に声をかけていた。
 男はふらふらとした動きをしていて、美羽が首をかしげている。ベアトリーチェは一瞬警戒するが、男に害意がないことに、そしてその人物に見覚えが在るような気がして、美羽と同じように首をかしげた。
 しかし記憶に引っかかった人物とは体格が違う。
「……お」
 男がかすれた声を上げた。
「お腹、すいた」
「……え?」



 美咲たちは行き倒れを手に入れた。





* * * * * * * * * *




「ここがアガルタ……あの人が作った街」
 彼女は、初めて降り立ったその街を、ゆったりと見下ろした。そこはアガルタの中の全暗街と呼ばれる地。今までは部下越しの目線であったが、自分で見るとまた違う印象がある。
 騒がしく、温かく、どんなものでも受け止めようとする……まるで作った本人そのもののような空気に、ふふっと彼女は笑った。

「ほんと、壊しがいのある街ね」

 楽しげに、楽しげに笑った彼女のもとに、部下が駆け寄り何かを言った。
「……そう。やはり辿楼院には断られたのね。まあ構わないわ」
 その報告は彼女の想定内だったのだろう。特に気にした様子はなく、部下に別のことを聞く。
「あちらの様子は?」
「はい。どうやら悪世様を守護すべく動いているようです。コチラの指示従う様子はありません」
「ふ〜ん、そう……まあ、駒は多いほうがいいわ」
 眉一つ動かさずに頷いた彼女、悪世が歩き出した。ヒールの音が展望台に響く。
 彼女は、恍惚とした表情で呟く。

「はやく、はやく来てね、お兄ちゃん。じゃないと――」


 みんなみーんな、こわしちゃうよ。