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【蒼空に架ける橋】幕間 願いは星降る夜に

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【蒼空に架ける橋】幕間 願いは星降る夜に

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 野外パーティーの入り口で『どれでもご自由にお取りください』と書かれた立札とともに屋台に並んでいる天燈をじっと見比べていると。
「そこにいるのはウァールじゃないか?」
 後ろから名前を呼ばれて、ウァール・サマーセット(うぁーる・さまーせっと)は振り返った。
 白い天燈を下げたアルクラント・ジェニアス(あるくらんと・じぇにあす)がこちらへ歩いて来ていて、その両脇にはシルフィア・ジェニアス(しるふぃあ・じぇにあす)完全魔動人形 ペトラ(ぱーふぇくとえれめんとらべじゃー・ぺとら)もいる。
「にゃはっ! また会えたね、ウァールさん」
 ペトラが天燈を持つ手を上げて、にぱっと笑顔で手を振った。
「アルクラントさん、シルフィアさん、ペトラも! 戻ってきてたんだ!」
「うん。パーティーの話を聞いてね。こちらのイベントに参加するのも面白そうだと。
 きみはまだこの島にいたのか。てっきりツク・ヨ・ミと再会してどこか別の島へ行っているとばかり思っていたよ。――会えたんだろう?」
 ウァールが微妙な表情をしたことに気づいて、最後に付け足す。ウァールは視線を下にずらして「うん、まあ」と言葉を濁した。
「そういえば一緒にいないようだが」
「……あとで話すよ。
 それより、それ持ってるってことは、天燈流しに参加するの?」
「うんっ! さっき教室に参加してね、つくってきたばかりなんだー」
 ペトラは、見て! とばかりに青い天燈を突き出した。そこにはでかでかと大きく元気なタッチで『皆が未来を信じて進めますように』との文字が書かれている。
「未来を信じるかあ。いい言葉だね」
「うん! 自分を信じて、皆を信じて先へ進めば、きっとその願い事はかなうって僕思うんだ。だから、目の前の事も、ずっと未来の事も。全部これに乗せて空に飛ばせばいいと思って!」
 そう信じて疑わない、と力強く笑うペトラにつられるように、ウァールも笑顔になる。
「自分を信じて、皆を信じて、か。そうだな!」
「そうだよ! ――って、そうだ! ウァールさん、ポチさん見なかった?」
「ポチ?」
 その名前から真っ先に連想したのは犬だった。
「えーと。これっくらいの犬? 首輪した。それならさっき向こうへ通りすぎてったけど……」
「わー! やっぱり来てるんだ!
 ねっ? マスター! 僕、ポチさんに会いたい! ポチさんと一緒にこれ、飛ばしてきていいっ?」
 見上げてくるペトラに笑ってアルクラントは「いいよ。行っておいで」と答えた。
「じゃーねっ! ウァールさん、また会おーねっ」
 ペトラは天燈を胸に抱き込んで、ウァールが指差した方へ駆け出して行った。その姿はあっという間に人混みに消えてしまう。その背中が見えなくなったことで向き直ったウァールは、そこに見慣れない緑の髪の女性がいることに気づいて見上げた。
 最初からいたのだろうが、元気なペトラに意識が集中してしまっていて、控えめに後ろに立つ彼女の存在に気づけていなかった。
「おねえさんは?」
 彼女が自分を見て浮かべている謎めいた笑みに、ウァールの視線は釘付けになる。
「ああ、ウァールは初対面だったか。彼女はエメリアーヌ・エメラルダ。私のパートナーの1人だよ。彼女は独自で来ていたらしくて、ついさっき合流したんだ」
「こんばんは、少年」
 エメリアーヌ・エメラルダ(えめりあーぬ・えめらるだ)のあいさつにはっとなって「こんばんは!」とあわてて頭を軽く下げた。
「あら。礼儀正しい子じゃない。気に入ったわ」ぺちっと軽く額をたたく。「それで少年、天燈は選んだの?」
「あっ」
 ウァールは彼らが来るまで何をしていたのか思い出し、屋台の方へ向き直る。そして、ちらとエメリアーヌを盗み見た。
「おねえさんは? 持ってないみたいだけど」
「エメリーでいいわ。
 そうね、緑をもらおうかしら」
「はい」
 ウァールが差し出すそれを受け取って、ペン立てにささっていたペンを取ると、エメリアーヌは少しのためらいもなくさらさらと書いた。
「何を書いたんだい? ――『その思いが、正解にたどり着きますように』?」
 覗き込んだアルクラントの眉間にしわが寄るのを見て、くすりと笑う。
「エメリー。せめて誰の思いかが分からないと、これだと願いをかなえる方も分からないんじゃないかな」
「さて、だれ宛かしらね。少しくらい謎を残してもいいじゃない」
 おしまい、というように彼の前から移動させて反対側の手に移したエメリアーヌは、逆襲するかのようにアルクラントが持つ天燈へ上半身をひねった。
「そういうあんたは何を書いたの?」
「ん? 私かい?」
 アルクラントは白い天燈をみんなに見えるように持ち上げる。
「私が書いたのは『希望』――私たちの、未来を信じる祈り。これをこの蒼空に伝えたいと思ってね」
 天燈を見ていた目が、同じく天燈を見ているウァールの方を向いた。
「きみは何を書くの?」
「え? おれ? うーーん……」
 ウァールは自分が持つ、やはり白の天燈を見下ろす。そこにはまだ何も書かれておらず、真っ白なままだ。
「おとといくらいだったら、雲海の龍に会えますように、だったんだけどな。かなっちゃったからなあ」
「あら? 会えたの?」
「……うん」
 何か思うところがあるのか、ウァールの声が少しひそまる。そしてそれを振り切るようにペンを取ると、思い切りよく走らせた。
 『ツク・ヨ・ミが無事でいて、泣いていませんように』
「やっぱり、今はこれしか思いつかないや」
 その文字に、アルクラントはシルフィアと顔を見合わせる。自分たちがいない所で何が起きたか、具体的には分からないが、どうなったかはうすうす察することができた。
 ぽん、とウァールの頭に手を乗せる。
「じゃあ顔を上げて。下を見てばかりじゃ、未来は見えないからね」
「そうよ。元気なツク・ヨ・ミちゃんとまた会ってお話できるように、ワタシたちも祈ってるから」
「私たちはこの後、肆ノ島、伍ノ島と巡っていくつもりだ。その中で手がかりを見つけたなら、必ずきみの力になろう。だから、今は無理にでも祭りを楽しむんだな」
「……うん、そうだね」
 口々に慰め、力づけようとしてくる2人に、ウァールはうなずいて見せると、ガラッと話を転換した。
「ところでシルフィアさんは何を書いたの? まだ教えてくれてないの、シルフィアさんだけだよ?」
「え? ワタシ?」
 言われて、シルフィアは自分の赤の天燈をあらためて見て。
「内緒」
 と後ろ手に隠した。
 しかし後ろにはエメリアーヌがいた。
「えーと、なになに? この世界が愛で包まれ――」
「キャーーーーッ! やだエメリー、声に出して読まないで!」
 恥ずかしいのよ! なんか! なんとなく!
 目読するだけでも恥ずかしいのに、声に出されたりしたら、もう!
「べつにいいじゃないの。あんたらしい願い事だと思うわよ」
「……うう」
 じとーっとエメリアーヌを恨めしそうに見るシルフィアと、平然としているエメリアーヌ。アルクラントはぷふっと吹き出し笑ってしまう。
「まあまあ。みんなで飛ばしに行こう。
 きみも? ウァール」
「うん! 行こう!」
 油の入った小瓶とそれを入れる小皿、こよりにする短冊の入った小袋を持つと、ウァールはアルクラントたちと並んで天燈流しをする者たちが集まる場所へ向かって行った。




「一体何でふか? リーダー」
 リイム・クローバー(りいむ・くろーばー)は少しイライラとした声で、前を行く十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)の背中に不満をぶつけた。
「どこへ行くんでふ? ウァールと天燈流しするって約束したでふよ。あんまり会場から離れたくないでふ」
 しかし宵一は答えず、聞こえなかったとでもいうように歩速は乱れない。その背中をじっと見て、ふうとため息をついたリイムは、自分が寛大になろうというように肩をすくめ、以後黙って後ろをついて行く。
 宵一が足を止めたのは、それからさらに歩いて、ほとんどパーティーの雪洞の灯が届かない場所になってからだった。
「これだけ離れれば邪魔にならないだろう」
 独りごちり、振り返る。
「リーダー?」
「リイム、剣を抜け。手合わせだ」
 ばさっと草むらに、神狩りの剣が投げ落とされた。
 この人は、もしかして自分が後ろについていることすら忘れているんじゃないだろうかといぶかしみ始めていたリイムは、宵一の言動に目を丸くする。
「リ、リーダー、今夜はお祭りでふよ」
「いいから抜け。早くしないと、思わぬ傷を負うことになるぞ」
 流れる動作で自分の剣を抜いた宵一は、言うが早いかリイムに打ちかかる。その迷いのない速さに驚き、半ばあっけにとられつつも、リイムは反射的に拾った神狩りの剣でその一撃を防ぐと同時に六熾翼で後ろに距離をとった。
「リーダー!?」
 腕に伝わるしびれから宵一が本気で攻撃してきたのだと悟れて、リイムは一瞬驚きに目をしぱたかせるも表情を引き締めた。宵一はすでに次の攻撃行動に移っている。宵一がなぜ突然こんなことを始める気になったのかは理解できないが、だからといってやられっぱなしになる気もない。リイムはそれを水平からわずかに傾けた剣ですり流した。
「今夜はそういう場じゃないというのに……そっちがその気なら、いくでふよ!」
 潜在解放。一気に能力を底上げすると同時にすらりと剣を鞘から抜く。うす闇にあって、ほのかに白く輝いて見える刀身を掲げリイムは宵一に斬りつけた。
「覚悟するでふ、リーダー!」
 鋼同士が真っ向からぶつかり合う、ある種小気味のいい音が夜気に高く響いた。その間隔がだんだんと狭まるにつれ、リイムの攻撃は速度を上げていく。リイムは小柄である分、剣の切り替えしがほかの者より早い。いつしか宵一は受けに回り、防戦一方となっている。だがきっとこれは罠で、こちらが優位と思った瞬間虚をつくように何かスキルを放ってくるに違いない、とリイムは読んでいた。
(神狩りの剣の威圧効果でスキルが封じられていたらよかったのでふが……)
 もちろん宵一を相手にそんなおいしい展開がかなうはずもない。そもそもこの剣を与えたのは宵一なのだ。その効能を知らないはずもなく、警戒していたに違いないから、最初からかかるはずもない効果だった。
 連撃を繰り出すリイムがふっと息をついた瞬間を狙い、一歩踏み込んだ宵一の強打が剣を引くリイムの動きに合わせて横から襲う。それを打ち払う反発力を利用してリイムは距離を稼ぎ、くるくると回転しながら着地した。
 荒い息に肩が上下しているのが夜目にも分かる。通常、攻撃を防ぐ側よりも仕掛ける側の方が体力を使う。体格差によるスタミナの違いはいかんともしがたく、対する宵一にはまだ傍目にもあきらかなほど余力があった。
「今のをよく防いだ。だが、これはどうだ?」
 リイムを見下ろしていた宵一の体から突然巨大な殺気が放出されたと思った次の瞬間。ブレた。
「 ! 」
 目を瞠る間も満足に与えられなかった。1人の人間が繰り出しているとは思えない斬撃の雨がリイムを襲う。
 だが剣速を上げれば一撃一撃は軽くなる。照準も甘くなりがちだ。リイムはこのまま押し切られる前にと、紙一重で避けた剣の次の動きを読み、ソードプレイで反撃に移る。しかし――『宵一』という壁はリイムが思う以上に厚く、高く。リイムの渾身の跳躍も、それを越えるにはまだまだ足りていなかったことを思い知らされただけだった。

「どうだ? 少しはすっきりしたか?」
 草むらにまぎれ込むようにうつ伏せにヘタっているリイムを真上から見下ろして笑う。
「……ひどいでふよ、リーダー……」
 リイムはそう言うのがやっとだ。手足を伸ばし、みっともない姿をさらしていると知りながらも動く力がない。
「そうだな。
 加減してほしかったか?」
「…………」
 ぽん、と宵一の大きな手のひらが頭に乗った。
「リイム、いくら強くなっても、どれだけの敵を倒しても、それ以上の敵が立ちふさがるし、願いっていうのはかなうことよりかなわないことの方が多い。この世には自分の思いどおりにいかないことなんざ、山とある。
 これからおまえは何度も何度も挫折するだろう。だが、そのたびにいちいちへこたれている暇なんざどこにもない。次こそは負けないように、そう頑張って生きるしかないのさ」
「リーダー」
「強くなれ、リイム。心も体も。そうすりゃ、10の願いのうち2しかかなわなかったことが、5ぐらいはかなうようになるさ」
「……リーダーっ」
 ふにゃん、とリイムの張っていた気が崩れた。大きな目にこぼれそうな涙を浮かべて宵一を見上げる。
 抱き上げ、しがみついてくるリイムの背中を、宵一はよしよしとさすってやった。