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ヴァイシャリーの自由な一日



「デートをする」
 すでに決定事項であると、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)樹月 刀真(きづき・とうま)に言った。
 最近お料理を教えてもらったので、そのお礼だと言う。また、誰かに変なことを吹き込まれたのでなければいいが……。
 もちろん、樹月刀真としても、漆髪月夜が楽しくなるのであれば、むしろ断る理由がない。
 まあ、デートと言っても、街で買い物をしたり、レストランで何か食べたり、やることはいつもと変わりがない。
 いや、変わりないということは、毎日二人はデートをしているということになりはしないだろうか。
 うーん。
 はたと現実に引き戻されて、樹月刀真は考え込んだ。
 思えば、パートナー契約を結んだ当初は、別段意識することもなく、完全なパートナーの関係であった。クールビューティーと言うよりは、人とコミュニティをとろうとしない漆髪月夜は、無口で、むしろちゃんと言葉を話せないのではないのかと思うほどだった。
 今でも、ちょっと紋切り型の片言言葉が多いとはいえ、昔に比べたらとてもよく喋る。もっとも、それは主に樹月刀真に対してなのだが、当人にはまったく自覚がなかいようであった。それが普通だと慣らされてしまっていたらしい。
 まあ、楽しければいいのである。
 物事にあまり頓着しない樹月刀真にとって、それが今の関係ならばそれでいいのであった。
 だが、それでよくない者もたくさんいた。当事者である漆髪月夜は言うまでもなく、二人を取り巻く者たちは、日々ストレスを溜めさせられている。
 ――いいかげんはっきりさせろ!
 それが周囲の総意であった。
 もちろん、実は樹月刀真も、健全な男子なみにはいろいろとステップは踏んでいる。だが、それが自然すぎる変化だったので、意識することが少ないのだ。つまり、テレが少ない。かと思えば、大胆というわけでもなく、一線を踏み外すこともない。
 ――こいつ、一生ハーレム物の主人公を続けるつもりか!
 いわれのない憎悪がむけられていることに、樹月刀真としてはトンと気づいていないというわけである。
 戦いであれば、そのような殺気は見逃さないものの、なぜか、この方面では二枚目半のギャグメーカーである。
「お話があります」
 公園のベンチの端でなぜか正座をしながら漆髪月夜が言った。
「そこに座って」
「ここにか?」
 ベンチのもう一方の端を指し示されて、樹月刀真が聞き返した。
「うん」
 うなずく漆髪月夜に、素直に樹月刀真が従う。
「それで、話ってなんだ?」
 ベンチの上で膝突き合わせるという、世にも奇妙な格好で、樹月刀真が漆髪月夜に聞き返した。
「えっと……、えっと……。今日は刀真の誕生日だから、私をプレゼントに……
 耳たぶまで真っ赤にしながら、消え入るような小さい声で漆髪月夜が言った。
「えっ?」
 樹月刀真が、きょとんとしている。
だから、私は刀真が……好き……
「うん、知ってるよ」
 あっけらかんと、樹月刀真が言った。さすがに、嫌われているとは思っていない。とはいえ、微妙な認識の差があるようだが……。
 まあ、ここに葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)がいたら、ビッグバンブラストかかえて特攻してきそうな状況だ。
「刀真の、ぶわぁかぁ!!」
 あまりにも素っ気ない樹月刀真の態度に、反射的に漆髪月夜が思いっきり両手で突き飛ばした。
「えっ!? うわああああ!!」
 現在の状況は、ベンチの端っこに正座して向かい合っているのである。当然、突き飛ばされた樹月刀真はあおむけにひっくり返った。
 ゴツンと凄い音がして、樹月刀真が昏倒した。
「きゃあ、刀真! ごめんなさい、ごめんなさい!」
 慌てて駆け寄ろうとして、漆髪月夜がベンチの上でつんのめった。そのまま樹月刀真の上にダイブして、ボディプレスで追い打ちをかける。

 意識を取り戻したとき、樹月刀真は自宅のベッドの上で寝ていた。後頭部には、でっかいたんこぶができている。
 いったい、どれだけ気を失っていたのだろう。
 ちょっと重たい気がして横を見ると、漆髪月夜が添い寝してしがみついていた。なんだか、心配しすぎて疲れて眠ってしまったようだ。なんだか、このパターンはもう何度も経験したような気もする。
 だいたいにして、プレゼントなら、もう最初からもらっているのだ。そう、樹月刀真自身は変わってはいない。まあ、さすがに最初は自覚してはいなかったかもしれないが。一番大切な者は、最初に手に入れていたのだ。
「あと、これで、もう少し胸が大きければ……ごふっ!」
 よけいなつぶやきで目を覚ました漆髪月夜の顔面パンチによって、樹月刀真は頭をマットレスにめり込ませていった。