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第1章 洞窟温泉に行ってみよう


 ヌシがいるとか、そのヌシがお宝を溜めこんでいるとか、謎の言い伝えのある洞窟温泉。
 今は夏、その真夏の天然温泉に――


「お前、本気か!?」
 レナン・アロワード(れなん・あろわーど)は些かイライラした口調でエセル・ヘイリー(えせる・へいりー)に訊き返した。
「俺が水嫌いなのを知ってて誘ってんのか!?」
「……温泉だからいいかなと思ったの」
「水の温度の問題じゃねえんだよ」
 かなりカリカリしている。エセルはしゅんとした。
「大体何なんだよ、その温泉洞窟ってのは」
「ヌシがお宝を洞窟の奥に溜めてるって噂なの」
「え?」
 エセルはレナンに、自分が聞いた洞窟温泉の言い伝えを説明した。
(“ヌシ”……魔物はともかく、お宝があるなら見てみたいの)
 話を聞いているうちに、レナンの目の色が変わってきたことに、エセルは気付いた。
「お宝ねぇ……
 水に濡れるのは嫌だが……」
(お宝の話で……。レナンちゃん、現金なの)
 何事か考え出したらしく、ぶつぶつ呟きだしたレナンを見ながら、エセルは思った。
「何とか濡れずに……泳がずに移動できればな」
 それでもどうしても見ずにはいることには我慢できないようだが、一応レナンも行く気になった。
(ヌシがどのくらい生きてるのか解らないが、もし古代生物の類と判断できるなら……
 貯め込んでいるっていう宝物もそれなりに歴史的価値が見出せるものがあるかもしれない)
 詳しいことは分からないが、それがゆえに余計に、古いものに興味のあるレナンの好奇心を掻き立てたらしい。
 というわけで、2人で洞窟温泉に行ってみることになったのだが。
「レナンちゃん、水着あるの?」
「あ!?」
「ファミリー向けレジャー施設だから、水着着用じゃなきゃダメなの」
「持ってるわけないだろそんなの」
「買いに行った方がいいの」
「面倒くさいな、適当に見繕っといてくれ」
「分かったの」




「パラミタリンドヴルム……?」
 十文字 宵一(じゅうもんじ・よいいち)は聞き慣れない言葉を聞いて、口に出して繰り返した。
 宵一に話を切り出したその地元の学者は頷いて、「依頼」の詳細を語り出した。
「その温泉の湧いた洞窟に棲んでいる、現地の住民に『ヌシ』と呼ばれている大蛇。
 おそらくはそれがパラミタリンドヴルムだ。
 ……奴らは、なかなかに目撃情報が少なくてね。
 今一番存在の確実性が高いと言われているのがそこなんだ」
 学者が言うには、リンドブルムが光り輝くものを集める習性があるのか、等、現在の学説には矛盾点が多いという。
 しかし、目撃情報も少ないために、生態調査もなかなか進んでいないらしい。
「基本的に狂暴性も、人を襲う習性もないとされているし、人里からは基本離れた場所で生活するとされる。
 ゆえに接触の記録は昔から多くない。見つけるだけでも一苦労だ」
 最近レジャー施設として有名になりつつある洞窟温泉での目撃情報を集め、纏めたところ、洞窟内部にある『広間』と呼ばれる、人気のない広々とした空間に棲んでいるのではないかとされる。
 可能ならばそこまで行って、噂の真偽を確かめてもらいたい。研究を進めるデータを収集するために。
 それが、学者の依頼だ。
 しかし、宵一は別件の用事が入っていて、件の洞窟温泉まで出向けそうにもない。

「――というわけで、頼みたいんだが」
 宵一は依頼を持ち帰ってパートナーたちに頼んだ。
「変わった依頼ね」
 ヨルディア・スカーレット(よるでぃあ・すかーれっと)は首を傾げた。
「こういうのもたまには悪くないだろ」
「そのパラミタリンドヴルムという大蛇の生態を調査するんでふね」
 宵一が学者から貰ってきた資料の書類を手に取って、リイム・クローバー(りいむ・くろーばー)は内容を飲み込んだというように呟いた。
「そういうことだな。カーリアも頼むぞ」
 宵一が声をかけると、リイムと同じように書類を手に取った刀姫 カーリア(かたなひめ・かーりあ)は、しばし黙って読んでいたが、顔を上げると、
「……この大蛇、本当にこの洞窟にいるの?」
 懐疑心を全く隠さぬ調子で尋ねてきた。
 学者自身が言った通り、苦心して集めた情報も、百パーセント信用に足るものとは言えないからだ。
 それだけ、実体の掴みにくい生物だと言える。
「万が一いなかったら、いなかった旨を出来るだけ詳細に裏付けて報告すればいいさ」
 相手は学者だ。精緻な調査によって生息が否定されたなら、その結果を受け入れるだろう。宵一はそう言うと、カーリアの名を改めて呼んで、
「この機に、バウンティハンターの仕事を学んでほしい」
 と告げると、カーリアの表情はハッとして、やや締まったものになる。
 宵一のパートナーの中では新参者のカーリアとしては、「役目を果たす」という事にやや敏感になっているところがあるようだ。
「リイム、教えてやってくれよな」
 宵一の言葉に、彼からバウンティハンターとしてのノウハウをすでに叩きこまれているリイムは、胸を張る。
「分かったでふ。皆で頑張りまふ」
 宵一は頷いて、少し緊張している様子のカーリアをちらりと見た後、ヨルディアに目を移した。
「そんな不服そうな顔するなよ」
 宵一が言うまでもなく、あまり気乗りしていない表情だ。その理由は薄々感付いている。
「あんまり賛成できないのよ」
 バウンティハンター――賞金稼ぎの仕事にそもそも関心のないヨルディアは、カーリアにその仕事を覚えさせることに反対なのだった。
「まぁそう言わずに、見守っててやってくれよ」
 宵一は声を低めてヨルディアに言った。
「見守る?」
「あの2人を」
 宵一が心配しているのは、“パートナー新参者”のカーリアが、ヨルディアとは仲がいいが、リイムとはまだぎこちないように感じることだ。
 今回の仕事を通じて仲良くなってくれればいいが。そう願っていた。
「……」
 そんな風に言われると、ヨルディアは強く反対の意を表すわけにもいかなかった。




 洞窟温泉、入り口。

「お客さん、思った以上に沢山いるの」
 エセルは、洞窟の入り口で辺りを見回して感心したように呟いた。家族連れ、カップル、学生グループらしい若者集団。客層は様々だ。中から「おおっ、スゲー本格的ーっ(笑)」なんて、浮かれたような若者の声も時々響いてくる。本格的だと言っているのは恐らく洞窟の雰囲気のことだろう。ほとんど人の手が入っていないというのだから、本格的も何もなく、本物の洞窟だ。
「――あのな、エセル」
 呑気に感嘆しているエセルの隣で、レナンは「言いたいことがあるんだが」という表情を顔に張り付けている。
「なあに、レナンちゃん」
「……どういうセンスなんだこれは」
 適当に見繕ってくれ、と言われてエセルがレナンに用意したのは――
 日本の富士山柄のトランクス型。
 意外とビビットな色彩に御来光付きで眩暈がするほど晴れがましい。
「レナンちゃんにどんなのが似合うか、悩んで選んだの。カッコいいの」
「(お前の中ではこれ俺に似合ってんのか!!?)」
「私のも悩んだけど、やっぱりこれにしたの! 今年買ったなの」
 着用したオレンジと白のストライプビキニを自分で一度ちらりと見ると、至極ご満悦な様子でエセルはくるりと、着心地を試すように回ってみせた。
(やっぱり新しい水着はウキウキするなの! 貧乳なんて気にしないなの!)
 相変わらずののほほんと幸せな様子に、レナンはがっくり首を垂れた。どこからか「わーすげえ!」という子供の無邪気な大声が聞こえてきたが、自分の水着を見て言ったものだとは考えないことにする。
「(はぁ……考えてても仕方ないか……)
 取り敢えず……ヌシとやらの情報を集めるとするか……」