天御柱学院へ

なし

校長室

蒼空学園へ

源泉かけ流しダンジョン

リアクション公開中!

源泉かけ流しダンジョン

リアクション

第4章 残る痕跡、残す痕跡


 奥に行けば行くほど、洞窟内は意外な、一般的な「温泉浴場」とはかけ離れた面を持つ場所をも見せてくる。
 その場所の一つの前に、佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)佐々木 八雲(ささき・やくも)は立っていた。
『この先、地面が泥でぬかるんでいる。湯もないので、立ち入らないが吉』
「汚れちゃうだけだからねぇ。レジャーとして温泉を楽しみに来て、汚れるのもいい気分しないだろうし」
 弥十郎が呟く横で、八雲は、ここに置くための看板にマジックでその文言を書いていく。
「……それはその通りだが、このマジック、そろそろインクが切れそうだぞ」
「もう? 新しいのを下ろして持ってきたのにねぇ」
 ここに来るまでに、もうすでに2人は幾つもの“簡易看板”を作って、洞窟のそこかしこに設置している。

 ――洞窟温泉を探索することにした2人は、その目的を、

「災害時の避難路確保」
「湯あたりした時の休憩所作成」

 と定めた。そのために、

「別の出入り口はないか」
「歩行の際に注意すべき部分がないか」
「水道を設置するのに適した場所はどこか」
「温泉卵が作れそうな場所はないか」

 に重点を置いて探索をすることにした。
 ――最後の一つは完全に弥十郎の趣味だが。
 そうして探索して、気付いた場所気になった場所には、応急措置として看板を作って設置していった。後で自分たちを始めとする調査に入った契約者たちの結果報告を受けて、運営を引き受けている形の有志団体は設備を新たに敷くなり、注意を促す標識や照明などを設置するなり対策を取るだろう。それまでの、仮の標識のつもりである。

『右上新鮮な空気あり』
『温泉卵、作成可能』
『左奥天然サウナのような個所のため、冷水を引き込む必要あり』
『温泉卵、作成に時間がかかる模様。卵によっては孵化に注意』
『奥に吹き抜けあり。地上へ出られるかは要確認』
『この先、岩の成分によりぬるっとしている。健康への心配はなし。ただし、滑って遊ばないように注意』
『岩の下が広くなっているが、狭いので小さなお子さんが入って出られなくなる危険あり。注意』
『穴が思いの外深いため、卵を入れ過ぎると下に沈みすぎて後で取り出せなくなる危険あり』
『高温注意。不用意に手を入れるべからず。温泉卵はネットを使って作成時間は5分が妥当』
 などなど。

(――温泉卵が出張りすぎだろうが)
 頭の中でツッコむ八雲だが、当の弥十郎は全く無意識のうちに趣味に労力を割いているのか、特におかしいとも思っていないらしい。今も、入浴客は行かない方がいいだろうと言っている泥道の前に、ボコボコ吹き出ている小さな湯溜まりを見つけ、そこに嬉々として卵をセットしたところである。
「ここで出来たのは、殻を剥く前に一度泥を洗う場所が欲しいかもねぇ。
 ――あ、そろそろ、さっきの岩を渡るところにセットしといた卵ができてるか、見に戻ってみようか」
 このように、1ケ所にセットした卵が出来上がるまでの間、時間を無駄にしないよう別の場所を探索しているわけだが、その間に別のセットする場所を見つけてしまうのだからキリがない。
「はいはい」
 それでも、もう言っても仕方ないと分かっているので、踵を返す弥十郎について歩いていく八雲だった。



 同じく洞窟を探索している酒杜 陽一(さかもり・よういち)は、すでに洞窟の奥部に足を進め、かなり熱気の溜まった場所にいた。
「もしかしたら、源泉が近いのかもしれないな」
 呟きながら、湯気にけむる天井を見上げた。 
 ――噂になっている魔物(だろうか)が、天井を這うようなタイプだとしたら、この辺りは一般人だと気付き難そうだ、と考える。
 ヌシというのは、本当にいるのだろうか。
(ため込んでいるかも知れないという宝はともかく、危険な生き物が棲みついていたらマズい)
 多くの、何も知らない一般人が遊びに来ている温泉施設だ。
 パラミタリンドヴルムなる魔物は、本当にいるのかもしれないし、または宝を隠した誰かが広めた嘘かもしれないし、お湯が噴き出す音が魔物の吠える声に聞こえたのかもしれない。
 真実が噂通りだとは単純に受け止めていない陽一だが
(兎も角、真偽を確かめよう)
 そう考え、探索に出向いたのだった。
 幾つもの分岐の在る通路の奥にあるこの場所は、通気も悪いのか、ちょっとした蒸し風呂のような暑さだ。自身は【ファイアプロテクト】や【心頭滅却】当で暑さ対策をし、動物の鋭い感覚によって小さな違和感をも漏らさず拾うために、連れてきている『ペンギンアヴァターラ・ヘルム』のペンタや『パラミタセントバーナード』、『シャンバラ国軍軍用犬』には、【アブソリュート・ゼロ】で作って切り出した氷嚢を、首に括りつけている。
 岩の影に隠れて見えないような狭い隙間も、見逃さず、調べる。今のところ、魔物が通れそうな大きさの横穴や亀裂は見つからない。
 犬たちの様子にも特に変わったところがないのを見ると、不審なものはなさそうだ。
 宝とヌシの関係性がデマであるという可能性も含めて考えた結果として、特に噂になっている、金色の水底の『広間』という場所を特定して目指してはいなかったが、この辺りは調べ尽くした感がある。別方向に向かってみるのがいいかもしれない。そう思って踵を返した時。
「?」
 ふと、小さな亀裂――入れたとしてもヤモリくらいのものだろう――のところに、何か緑色の破片のようなものが引っかかっているのに気付いた。成人男性くらいの大きさにはなるという獣が通れる穴ではないだろうと、ざっと見ただけの孔だったが……何かガラス類の破片だったら危ない、と、陽一はそれを手に取った。
 だが、ガラス片ではなかった。くすんだ緑色をした、何か、常緑樹の葉を思わせる程度の堅さの、奇妙なものだった。人差し指と中指の先で乗せられるほど、小さい。
「何だろう、これは」



 宵一から依頼を回されたヨルディアとリイム、カーリアの一行は、だんだんと水量の多くなる通路を進んでいた。
 全員『潜水スーツ』を着用し、濡れたら困る機材は自ら守るためのビニール袋なども用意しているので準備は万端だが、泳げないヨルディアにとってはこの道行きは災難である。先に立って進むカーリアと、後ろから支えるようにして進んでいくリイムとに助けられながら、ゆっくり進んでいくことになる。
 そのヨルディアの【光術】を灯りに、カーリアは『銃型HC』でマッピングしながら進んでいく。
「っ……と、ここちょっと深い、気を付けて」
 振り返って、2人に注意を促した後、また前を向いて先を行こうとしたカーリアが、ふと動きを止めた。
「どうしたの? 何か」
 あったの、と呼びかけようとしたヨルディアに、カーリアは一瞬視線を向け、それからあれを見ろというようにその視線を、湯の水面の上に突き出た大きな岩の側面に向けた。
 そこに、何か奇妙な跡があった。
 緑色をした染みのようなそれは、何かをこすり付けた跡のようでもあったが、何だか分からない。
 3人は、足元に気を付けながらそろそろと近寄った。
「何か……草かしら? こんなところに変ですけど。苔とか……?」
「植物ではないようでふ」
 花妖精として分かるものがあるのか、リイムが断言する。
 しかし、何か小さな葉っぱのようなものが数枚、力任せにこすり付けたように岩肌に張り付いている。緑色の染みは、この葉っぱのようなものが潰れて色がついたかに見えた。
 とても小さくて、ささやかなそれは、取るに足らないようなものにも見えた。が。
「……。これは、記録を取った方がいいものなの……?」
 カーリアが首を傾げて呟く。真剣に迷う声だった。そうして、リイムを見た。
 今はリイムは、カーリアの「バウンティハンター修行」の師範役だ。
 リイムは言った。
「何か引っかかるものを感じたなら、きちんと心に留めるようにするべきでふね」
 カーリアはそのリイムの言葉を受け止め、視線を受け止めた。
 そして、今度はヨルディアを見た。
「ごめん……少し、待っててくれる、かな」
 水に長い時間入っていたくないだろうヨルディアに、ここで自分が余計に時間を費やすことへの詫びだった。
「……いいのよ」
 カーリアは頷いて、『デジタル一眼POSSIBLE』を防水用のビニール袋から取り出して、その岩肌を撮影した。それから、なすりつけられた緑色のものをつまんで取って、持っていた袋に収めようとした。
「なるべく形を壊さないよう、そっと剥がすでふ」
「……分かった」

 バウンティハンター修行を通じて、2人のやり取りは、少しずつではあるが、こなれていっているように、ヨルディアには見える。




 
 手にした緑色のものを、しばらく凝視していた陽一だったが、ふと、表情を引き締めた。
(まさか、鱗……!?)
 その緑色のものを、何度か裏返したりしながら、矯めつ眇めつ眺めた後、陽一は、軍用犬の鼻先にそっとそれを差し出した。
 しばらくふんふんと嗅いでいた軍用犬は、やがて、ゆっくりと歩き出した。