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王子様と紅葉と私

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王子様と紅葉と私
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 秋の深まってきたある日。
 今日、ジェイコブ・バウアー(じぇいこぶ・ばうあー)フィリシア・バウアー(ふぃりしあ・ばうあー)は非番の日。
 二人で自宅でゆっくりとしていると、ジェイコブがふと立ち上がった。
「そういえばこの間、栗を貰っていたな。あれで何か美味いものでも作るか」
「いいですわね。わたくしもお手伝いいたしますわ」
「まあ、待ってろ」
 最近、フィリシアの食欲が非常に旺盛になっている。
 ジェイコブは妊娠五ヶ月を迎えてお腹の目立ってきたフィリシアのために、栗を使ったスイーツを作ろうと考えたのだ。
(やはり子供がお腹の中にいるので、その子の分も含めてカロリー消費が激しいのだろうか?)
 食欲不振で精神的にナーバスになる妊婦も決して少なくないと聞く。
 子供の安産のためには望ましいことなんだろう、と考えながらジェイコブはキッチンに向かった。
「栗は誤魔化しが効かんからな……それだけにやりがいもあるわけだ」
 実は、ジェイコブはかなり念の入ったスイーツ好き。スイーツを食べることも、作ることも好きなのだ。
 栗の甘露煮と渋皮煮を作り始めたジェイコブを、フィリシアは遠巻きに見ていた。
「あの……わたくしも少しでも手伝いたいのだけど……」
「オレが作って食べさせたいんだ。ゆっくり待っていてくれ」
 ジェイコブの気遣いは十分に感じられるものの、一緒に作りたいフィリシアは少し不満げな表情でジェイコブを見つめた。
 甘露煮と渋皮煮が出来上がった頃合いを見計らって、ジェイコブは本格的に栗スイーツ作りに取りかかった。
「栗といえばモンブランだな。ムースやタルトも悪くない」
 ジェイコブが手際よくスイーツを作っていく様子を見ていたフィリシアが、もう一度キッチンに顔を出した。
「……あの」
 小さく声をかけるフィリシアに、ジェイコブは小さく微笑んで息をついた。
「そうだな。パウンドケーキを作るから、生地に栗を練り込んでくれるか?」
「ええ!」
 フィリシアはパッと表情を明るくして、キッチンに入ってきた。
 うきうきとした様子で隣に立つフィリシアを見て、ジェイコブは微笑みを浮かべた。
「なんだか、子供と一緒にお菓子を作っているような気分……」
 フィリシアはそう呟いて、嬉しそうな笑顔を浮かべて栗を練り込んだ。
「よし、これで全て完成」
 たくさんあった栗は、ケーキの生地に練り込んだり、具材になったりしてすっかりなくなった。
 煮汁もシロップやソースに使って、栗を使ったスイーツが豪勢に並んだ。
 フィリシアの手伝った栗のパウンドケーキをはじめ、モンブランにムース、タルト。
 栗のシュークリームにスコーンも並んでいる。
「さあ、一緒に食べようか」
 ジェイコブはフィリシアと、そしてお腹の中の子供と一緒に、栗スイーツを楽しんだ。
 こんな日々を、これからは子供と一緒に、幸せに紡いでいきたいと、そう願いながら。



(こうして振り返ってみると、色々あったねぇ。あの子……行人も色々あって、成長したし……)
 南條 託(なんじょう・たく)那由他 行人(なゆた・ゆきと)のことを考え、物思いにふけっていた。
(そういえばまた行人のこと、行人の家族に連絡しておかないとねぇ。
 家出したつもりが、行動全部知られてたなんて、行人は気づいてないだろうなぁ)
 託は苦笑しながら、空を見上げる。
(あそこも自由だから、「行人が成長していって嬉しい」で済みそうだけど、行人はこれからどうするんだろうねぇ)

 同じ頃霧丘 陽(きりおか・よう)も、物思いにふけっていた。
(この世界も色々あったけど、結局ぼくは何もせず終わったなー。ある意味ぼくらしいかもしれない。
 帰ったら大学に入ってまじめに勉強して、父さんと同じ仕事に就きたい。いや、今もまじめに勉強してるけど)
 陽の脳裏を、フィリス・ボネット(ふぃりす・ぼねっと)の姿が過った。
(後は皆パラミタに残る選択肢や魔界に帰る選択肢を選んだし、お別れか……そういえばフィリスはどこへ行くんだろ?)

 その頃、行人はフィリスに誘われて、久しぶりの散歩に来ていた。
「行人と散歩、久々かもな」
「へへっ、一緒ってだけでなんかうれしいや」
「そういえば行人、背が伸びたな。あんなの小さかったのに……」
 フィリスは、並んで歩く行人の頭を見て呟いた。
「言われてみれば、フィリスが近くなったような……」
「一応背はオレのほうがまだ高いけどな!」
「このまま抜くからいいんだっ」
 明るく笑う行人を、改めてフィリスは見つめた。
「ただ、身長よりも……すごくかっこよくなったな……」
「かっこよくなった?」
 行人はピンと来ないような表情だ。
「まだヒーローたちには追い付けてないけど……そう言われると嬉しいな!」
 フィリスは少し照れたような表情で、行人から目を逸らした。
「ああ、そうだ! 行人はこれからどうするんだ?」
「これから? うーん……もう結構経つし、確かに家に帰らないといけないかな……」
「やっぱ家に帰るのか」
 フィリスは少し考え込んだような表情をしていた。
「……オレは帰る場所ないし、旅にでも出ようかなって」
「え? それなら俺も一緒に行くよ!」
「オ、オレと一緒に!?」
 明るく答える行人に、フィリスは目を丸くした。
「い、いや、その……オレでいいの?」
「もちろん! フィリスと一緒がいいんだ!
 だって、姉ちゃんたちよりも、託にぃたちよりも……フィリスが大好きだから!」
 笑顔を見せる行人を唖然と見つめるうち、フィリスの涙腺が熱くなっていく。
 フィリスは黙って俯き、肩を振るわせた。
「え、泣いてるの……? お、俺何か悪いことしたかな?」
「な、なんで涙がでるんだよ……こういう時は笑わなきゃだろ! と言うか行人は簡単にそういうことをな!」
 フィリスは涙を拭い、行人を見た。
「そういうところ、大好きだけど!!」
 先ほど行人の言った「大好き」の言葉へのお返しのつもりでフィリスは言ったのだが、
「大好き……にへーっ」
 表情を崩していく行人を見ていたフィリスは、次第に恥ずかしさが込み上げてきて思わず顔を手で覆った。
「うわあああ! 自爆した! 恥ずかしくて死にそう!!」
「どうしよう、嬉しいが止まらないや」
 心底幸せそうに微笑む行人をちらりと見て、フィリスは視線を足元に向けた。
「でもオレにもこんな大切な人ができたんだ。この世界にきてよかった、陽たちと出会ってよかった。そして……行人と出会えてよかった」
 また、フィリスの目に涙が浮かび上がってきた。
「と、とにかく、行人がオレと一緒に旅してくれるって言うならオレは大歓迎だ。前衛と後衛だし、なかなかバランスがいいパーティーだしな!」
「そうだな、俺とフィリスなら何が相手だって勝てるしな!」
「身長もあともう少しで抜かされるな……いや、オレだってまだ伸びるし、わかんないぜ!」
 フィリスはそう、必死で笑おうとして、明るく答えた。
 親の記憶も故郷の存在もわからないまま、フィリスは長く不安を抱えていた。
 この世界が終わったらどこに帰ればいいのかと、不安に思っていた。
(これが家族っていうのかな、この暖かさが……)
 行人はぼんやりと、後から流れ出るフィリスの涙を見つめている。
「……フィリスの涙、止まらないな」
「こ、この涙はちょっと目にゴミが入っただけだ! 気にすんな! それに……嬉しくて出る涙もあるし……」
「嬉しくて出る涙……」
 行人は、それでもフィリスの涙を止めたくて、そっとフィリスの目元に手を伸ばした。
「門出の言葉ぐらい止まれよ涙!」
「あのな、フィリス」
 行人は今思ってることを全部言わないといけない気がして、口を開いた。
「これからはずっと一緒にいるから。嬉しいときも悲しいときも、どんなときも一緒にいるから」
「……うん」
「涙は全部俺が止めるから、フィリスを一人になんて絶対にしないから。だから、大丈夫だよ」
 行人は腕を伸ばし、ぎゅっとフィリスを抱きしめる。
「……行人、一緒にいてくれるって言ってくれてありがとう、そしてこれからもよろしく!」
「こちらこそ、ありがとう。それで、これからもよろしくな!」
 行人は、これからずっとフィリスを離さずにいると決意する。
 決して大好きなフィリスを離さないように、と。