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神出鬼没な彼


 シャンバラ教導団情報科所属経堂 倫太郎(きょうどう・りんたろう)は神出鬼没である、と、少なくとも恋人には思われていた。
 それは、情報科という諜報および防諜を行う兵科の性質上のこともあるが――彼は「下っ端はこき使われるだけこき使われるのさ」とうそぶいていたが――彼が出没するのが遠方の都市というだけではなくて、彼の性格つまり彼の訪れる、もっと正確に言えば「恋人の前に現れる時期と場所」に由来していただろう。
 ともかく、倫太郎はこの日もヴァイシャリーにいた。時間が空いたので、パーティーに「寄り道」しようかと街中を宿へ歩いていたところで、恋人とそのパートナーとすれ違ったのだったのだが、二人は気付かなかった。
 パーティー当日。
 倫太郎は何となく「気が向いて」パーティーに出席することにし、急遽数日間の休暇を獲得し百合園女学院まで来ていた。
 成程、普段男子禁制の百合園のホールは乙女の園らしい優美さと上品さがある。無骨な教導団とはまるで別の世界だ……勿論、教導団はいわゆる「普通の学校」でも、通っているのも「普通の学生」でも無いのだから当然だが。
 今回の集まりは百合園にしてはカジュアルな雰囲気なのだろうか、彼のフォーマル過ぎずカジュアル過ぎないスーツ姿も浮いていないようで結構だ。女性の参加者が多い上に黙っていれば女好きのする顔なので少々視線は感じるが。
「あの、ご一緒にお話を……」
「あと三年ほど過ぎたらまたおいで」
 話しかけてくる女生徒もいたが、それを軽くかわしながら彼はそれなりに雰囲気を楽しむ。料理も菓子も美味い、可愛らしい女の子たちも目の保養だ。壁の花になっている女性だって――うん?
(どこかで見たような……まさかな)
 俯き加減の女性に見覚えがあり、彼が近づいていくと、やはりそれは美しく着飾った上官、いや、恋人だった。上品な印象の、黒のマーメイドラインのアシンメトリーデザインのパーティドレス。髪には白い百合の花をあしらったコサージュを付けている。
「これはこれは……なぜこのようなところに?」


「ねぇカーリー、明日はどこに買い物行こうか? さっき来るときに可愛いお店見つけて――」
 ピンクの上品で可愛らしいドレスを着たマリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)は、パートナーの水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)に話しかける声も弾んでいた。
(今日は経堂倫太郎とか言う害虫はいないし……明日はカーリーとヴァイシャリー観光と買い物、楽しみ〜)
 ゆかりは何故だか俯いていたが、きっとパーティーや観光を楽しめば元気が出るだろう。そうマリエッタは思っていたが、ふいに男の声がかかり、ゆかりが顔を上げた。と思ったら、
「どうかダンスのお相手を」
「っ……経堂君」
「オレと踊っていただけませんか?」
「ええ」
 目の前で不倶戴天の敵がゆかりにダンスを申し込み、その手をゆかりが取って行ってしまう。
 何が起こったのかわからないまま二人のダンスを眺めるだけのマリエッタ。
 そしてさらに、いきなりゆかりの方からキスしたのだ!
「なにあれ……」
 マリエッタはあっけにとられたままその光景を見ているだけだった。
 そして一人でパーティ終了まで過ごし、入り口まで一緒に付いてきたものの、二人が自分たちの宿泊先とは別の方向へ消えるのを見てしまったのである。
(……朝帰り確定)
 マリエッタは、翌朝まで悶々たる夜を過ごす羽目になってしまったのだ。


 普通の関係から始まったのではないことには、自覚があった。
 だからといって、どうして、こんな。
 ……去年のクリスマスは仕事で潰れた。連絡もないしパーティに来た。急なことだったけれどマリエッタがドレスを用意してくれた。知り合いのハルカたちなんかともちょっと言葉を交わして、それから適当に時間を過ごした。
 秋に空京で会って連絡の一本もないのは、多忙だからだろう。情報科員の任務の性質上、機密保持はやむを得ない。けれど……。
(……あれだけ無神経な奴がよく情報科のデリケートな任務が務まるわね)
 変な所で感心しているゆかりだが。そんな奴でも恋人となった途端、不安にかられる。
(恋は理屈じゃない、それは自分が身を持って知ったこと)
 なのに、なのにどうしてこんなところにいるんだ。その合間に連絡を寄越せないのか――様々な感情が渦を巻く。
 踊るつもりもなかったのに、それが彼だからといって踊る自分に悔しさを感じる。
(急に現れるのがこの年下の恋人の趣味なのかしら)
 ゆかりは、情けなさを感じる。普通は年上の彼女がリードするはずなのに、なかなかそうさせてくれないので悔しいというか……。
「……どこにいってたの? なんて聞かない」
 ゆかりは倫太郎にリードされて踊りながら、やっと一言口にした。
「こんなところでなにしてるの? とは聞かないんで?」
「……聞くだけ無駄でしょ。どうせはぐらかされるだけだし」
「あれぇ……怒ってるんですか、大尉?」
 ゆかりの表情は知らず険しくなる。
「怒ってなんかいないわよ。任務なんでしょ。……それに、大尉はやめて。今の私は……」
「ただのカーリーなんでしょう」
「……そうよ。いつもあなたに機先を制されては自分の間抜けさを思い知らされる女よ。でもね……」
 そう言って、ゆかりは強引に倫太郎に口付けた。長い長いキス。驚いた女生徒たちの視線が集まるのも気にしない。
 しかし、抵抗や動揺どころか何の驚きの感情も見せない倫太郎に気付き、悟る。「譲られた」のだ。仕返しの筈が全く仕返しになってない。
 ゆかりが唇を離すと、待っていたように倫太郎は囁いた。
「カーリー、どうやら続きは今夜……」
「ええ、このままじゃ私は収まらないわ……覚悟なさい、経堂君」