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リアクション
●第一幕 第二節
生存者を運ぶため、救出用コンテナが持ち込まれている。まさしくトラックのコンテナほどの大きさと形状であり、頑丈な車輪が取り付けられていた。決して乗り心地が良いとは思えないものの、頑丈さは保証できよう。
運び込まれたコンテナは複数、レジーヌ・ベルナディス(れじーぬ・べるなでぃす)とエリーズ・バスティード(えりーず・ばすてぃーど)も二人でそのうち一基を運送していた。大きさ、重量、そのいずれから見ても普通の人間が運搬できるものではないが、パワードスーツの力であれば可能だ。狭い通路は避け、アーデルハイトの見取り図に沿った『コンテナ運搬路』を選んで進む。(といっても第二階層以降は通路の変形が激しく、あまり見取り図は頼りにならないのだが)
(「東シャンバラも西シャンバラも互いに手を取り合って、この任務を成功させなくては……」)
パワードスーツでの作業に習熟しているわけではないものの、レジーヌは強い責任感をもってコンテナを押す。教導団では輸送科所属のため、運ぶこと自体は得意だ。不安があるとすれば、ナラカに潜むモンスターであるが、畏怖の心は表にせぬようにする。
同じコンテナの前方を引くのはエリーズ、彼女にとっても慣れぬパワードスーツゆえ、今日は戦いではなく運搬を主として行うつもりである。
工房のコンクリート壁のほうぼうに、肉のような弾力性を有す紫の壁が剥き出しになっている。
気味が悪い光景ではある。されどレジーヌを怖がらせないよう、エリーズは努めて明るい声を出した。
「そっちはどう?」
と、コンテナの護衛を買って出たジェイコブ・ヴォルティ(じぇいこぶ・う゛ぉるてぃ)に声をかける。ジェイコブもまた、本日は鎧武者のようにパワードスーツをまとっている。準備がいいというか、巨躯の彼にもぴったりの装備を教導団は用意してくれていた。
「快調、とは言わないが歩くのには慣れてきたかな」
ジェイコブの返答は頼もしげである。彼とてこれを着るのは初めてだという。
「……あれは仮眠室か?」
ベッドのマークが書かれた棟を発見し、ジェイコブは振り返る。
「だとしたら……救助を待つ人々がいる可能性はありますね」
レジーヌはコンテナを押し、一列になって進んでいる後続――湊川 亮一(みなとがわ・りょういち)らが運搬するコンテナに合図をした。
ジェイコブ、それにレジーヌの見立ては正しかった。
仮眠室には、多数の作業員が閉じ込められていたのだった。それぞれ泡のようなもので囚われ、身動きもままならぬ状態だ。すでに事切れている者もあったが、大部分は生存していた。整然と仮眠用ベッドが並んでいる様と、その天井や床が割れ、紫色の壁が露出し『ナラカ』となりつつある姿は、なんとも奇妙なコントラストといえた。
「やれやれ、プラント内がナラカ化って、一体どういう作業をやってたんだか?」
亮一は踏み込むと、生存者の確認を開始する。
「助けに来ました。もう大丈夫ですよ♪」
生存者を包む泡をぬぐい去りながら、高嶋 梓(たかしま・あずさ)は生存者を安心させるべく言葉をかけていく。手早くヒールで手傷を治してもいた。それにしてもこの泡はなんなのだろう。パワードスーツ越しゆえ直接触れる危険はないが、粘着力があり成分はまったくもって不明だ。
「他の生存者を知らないか?」
泡を取り除き、ジェイコブは生存者に糺すも、彼らの意識はまだ混濁しているようでまともな返答は返ってこない。
そのとき、
「何か……感じます」
危険を察知した兎のように、レジーナ・アラトリウスが身を強張らせる。彼女と金住健勝もレジーヌ一向に加わっていたのだ。スーツの下の肌が粟立っていた。ナラカの生物が近づいているのだろう。
「ここは自分達が護衛するので、生存者の保護はお願いするであります」
すぐさま健勝はパワードレーザーを構える。
(「銃の扱いは苦手だけど……何もしないわけには!」)
無言でレジーナも同じ行動を取った。
「収容を急ごう。この状況下で襲われたらひとたまりもない」
亮一は声を上げ、アルバート・ハウゼン(あるばーと・はうぜん)とソフィア・グロリア(そふぃあ・ぐろりあ)にコンテナの防衛を命じる。
「泡の主が来ているのかもしれんな」
ジェイコブは入口を睨み、呼吸を整えた。彼は本日、パートナーを一人も連れず作戦に参加している。
(「正直無事に連れて帰る事が出来る自信がないんでな……許せよ」)
パートナーたちを信頼していないわけではないのだが、なにも告げず単身で来たのである。それほどに彼はナラカを警戒していた。
「来ました! 右側面!」
千本の箒が一斉に床掃くような音を立て、床の割れ目から地獄の住人が姿を見せた。ヤドカリを大きくしたような姿である。かつて薔薇の学舎で出現したのと同じ、あるいはその系列に属する生物だろう。体長は人間を超える程度、鋭利なハサミを両腕とし、固い貝を背負った怪物だ。黒ずんだ本体にはびっしりと毛が生えており、お世辞にもユーモラスな外見とはいえない。
床の割れ目から、天井から、あるいは出入り口から……ヤドカリ怪物は何匹も這い出してきた。ぶくぶくと泡を吐き出しているものもある。
「こいつ!」
パワードスーツがあれば泡も平気だ。ジェイコブは攻撃を弾き返し、腕をハンマーのように振り下ろした。ヤドカリの固い殻が、ガラス細工のように粉々になった。
「完了!」
エリーズは声を上げてコンテナを閉じる。間一髪、生存者の収容は間に合った。
「見逃してくれ、というわけにはいかないようだぜ」
コンテナを閉じるや亮一は両足を踏ん張り、レーザーを射出する。赤い光は決して派手ではないものの、射出音と反応は凄まじい。勢いで体がのけ反りそうになるも、パワードスーツは姿勢を制御してくれた。瞬間、光線はヤドカリ一匹の前肢を折っている。陶器が砕けるような音とともに体液が飛び散り、ギイッとヤドカリは甲高い音を発した。
「これがナラカですか……危険な開発の代償がプラントのナラカ化を招いたと申しますが」
アルバートもレーザーを放っている。光線がヤドカリの貝に跳ね返り、天井にいた別のヤドカリに突き刺さる。
「こんな事をあっちこっちでやれば、そのうち、大陸そのものがナラカに飲まれてしまいそうで恐ろしいですな」
アルバートは突破口を開こうとしていた。その意を汲んでソフィアも協力する。
「こうなっちゃった以上、一人でも多く助けましょう。コンテナだけでもここから出します」
かくて敵を退けた入口に向け、まずレジーヌとエリーズのコンテナが走る。
されどそれを察知したか、一匹のヤドカリが眼前に立ちふさがった。
「……エリーズ、ヤドカリが」
「ええい、こうなったらコンテナの頑丈さとパワードスーツの力を信じるよ!」
エリーズは後方に回ると、レジーヌとともに力の限り押した。
「強行突破! 一気に行くよレジーヌ! せーの……いっけー!」
両腕のパーツに急激な負荷がかかる。しかし負荷は一瞬、すぐさま爆発的な勢いを得て、コンテナは弾丸列車さながらに疾駆していた。その鋼鉄の車輪はたちまちヤドカリを踏みつぶす。バリバリッ、と耳障りな音を上げヤドカリは砕け散ってしまった。
ヤドカリの泡は、相手を拘束する効果があるらしい。邪魔な泡を手で払いのけ、亮一は仲間たちに呼びかけた。
「よし、俺たちのコンテナもここから出すぞ!」
「ええ、この機を逃すわけにはいかないわ!」
梓がコンテナ後方に取りつき、アルバートとソフィアも続く。
コンテナが二台とも危地を脱すると、これを守りながら一行は撤退戦を開始した。今度はこのコンテナを護りながら地上に戻るという困難な使命に挑むのだ。
「急ごう。連中、まだ諦めず追ってくる」
スプレーショットで敵を遠ざけつつ、健勝は元来た道に眼を向けた。
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