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リアクション
●第一幕 第六節
扉を開けたゲドー・ジャドウ(げどー・じゃどう)は、小さな一室に数人の生存者がいるのを発見した。
(「ケッ、負のエネルギーに満ちてやがらあ。惨めなモンだな」)
ぐったりした彼らはいずれも瀕死で、指さして笑ってやろうにも、ろくずっぽ意識がないようだ。
「張り合いのねぇこった……ほれ、馬鹿にしてやるから息くらい吹き返せ」
デスプルーフリングを装備しているのでゲドーは生身だ。作業員に身を起こして活を入れてやる。
「ちっ、お前、ラッキーだったな。俺様がパワードスーツ装備だったら、活なんて入れられたら首がぶっとんでたぞ。だぁ〜ひゃっはっは!!」
自分より幸福な相手ならいくらでも外道になれる男ゲドーだが、半死半生の相手には不本意ながら親切になってしまっている。全員の意識を取り戻させると、うち一人の前にしゃがみこみ、助け起こして告げた。
「こういうの性に合わねぇんだよな。おいお前、助けてやったんだ。マヌエル枢機卿の居場所を知ってるならさっさと話せ」
すると作業員は、震える手である方向を指さした。
「あぁん? そりゃ俺入ってきたドアだろうが。何を……」
しかし振り向いて、ゲドーは納得する。
「あれがマヌエル枢機卿か……」
ニヤリと笑った。
コンテナを曳航する一隊が見える。法衣を着た人物が、そこに混じっているのもわかった。
「奴に協力しときゃぁ、鏖殺寺院にも顔きかせられるかもな」
卿が塵殺寺院に関係しているという噂があるのだ。ゲドーは再び、助け起こした男に言う。
「おいお前、このゲドー・ジャドウ様のおかげで命拾いしたって嘘を真実味をもって話すんだぞ……って嘘じゃねぇか……慣れんことをするとこれだからいけねぇ」
かくてゲドーは、枢機卿との邂逅を果たしたのである。
宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)は、メイベル・ポーターらと合流を果たしていた。
「危ういところを助かりましたぁ。これで全員、収容完了です」
祥子と同人誌 静かな秘め事(どうじんし・しずかなひめごと)の参戦により、スライムの撃退には成功した。その後フィリッパ・アヴェーヌらが手早く動いて、生存者を祥子の運ぶコンテナに運び込んだのである。
「無事救助できたのはあなたたちのおかげよ、よく守りきってくれたわね」
メイベルと祥子は互いの健闘を称え合う。どちらからということもなく握手をかわした。属する陣営は異なれど互いの目的は同じだ。そこには、シャンバラの東西という壁はなかった。
彼女らは程なく、枢機卿一行とも遭遇していた。
さっと祥子の顔色が変わる。静香(静かな秘め事)は敏感にそれを察した。
(「さすがの母様も緊張されているようですわね……無理もありません。色々とお噂の多い人物ですし」)
なにより、と、静香は眼鏡を直しつつ思う。
(「東西各校の名声を貶めようとする者から、あの方を守らねばならないのですからね……直接うかがいたいことも多いはずです」)
祥子は、卿の前に進み出た。メイベルとともに名乗って現状を伝える。
その上で申し出た。
「随行してよろしいでしょうか。我々のコンテナにはまだ余裕があります。一人でも多く救いたいという気持ちは同じです」
「願ってもないことだ。私からも、頼みたいと思っていた」
枢機卿はそう言って、自身、頭を下げたのである。
かくて生存者の探索は続行された。
祥子にとって予想外だったことが二つある。
まず、マヌエル卿が噂されていたような過激な人物とはとても思えぬ、物腰柔らかな男だったということ。生存者の身を案じているのは事実のようであり、また、シャンバラに関する発言は巧みに避けていた。といっても、彼の口調にはときおり冷淡なものが入り交じり、そんなときには射貫くような視線になる。温厚なだけの人間ではないと思われた。考え無しに暴言を吐く者より、冷静に危険思想を語る者のほうが恐ろしい――油断できない相手なのは間違いないようだ。
そしてまた、枢機卿と二人きりで言葉を交わすのはまず不可能ということ。随員が多いため仕方ないところかもしれないが、従容として彼の後に続きながら、明らかに聞き耳を立てているメンバーが複数見受けられた。無論、枢機卿もそれはとうに察知しているのだろう。思想や史観に関する質問についてははぐらかすにとどめている。
こうなれば、仕方ない。
祥子はこれまで、誰もが敢えて行わなかったことを行うことにした。すなわち、単刀直入に枢機卿へ質問を投げかけたのである。
「無礼はお許しを。マヌエル猊下、私は貴方に問いたいことがあります」
「構わないよ。問うてくれ給え」
「お教え下さい。貴方が反シャンバラの立場を取るのは、自然保護の観点なのか、宗教的な理由なのか、あるいはそれ以外の理由によるものなのかを」
ローザマリアは足を止め、ゲドーは片眉を上げ、マリーウェザーは無言で、自身の髪をかき上げた。
天音は振り返り、朱里は身を強張らせる。メイベルは息を呑んだ。
ザウザリアスは平然としているものの、すべての感覚を耳に集中していた。
「宇都宮君と言ったね? 聞いてほしい。この場にいる皆もだ。その質問の答は……皆が知りたがっているようだから」
限界まで張りつめた緊張感漂う中、一人、枢機卿は薄笑みを浮かべている。
「一部報道により誤解されて伝わっているようだ。私は、白と黒の二分法でシャンバラを否定しているわけではない。『反シャンバラ』という呼ばれ方は本意ではないな。できれば訂正してもらいたい」
それに、と、大きめに間をとって二の句を継ぐ。
「自然保護の観点からか、宗教的な理由なのか、それとも他の理由か……この設問もあまり適切とは言えないようだ。枢機卿としての私と、信仰を切り離した私、あるいは自然保護を考える私……等々の『私』が別個に存在しているわけではない。ゆえに私は、信仰を優先して自然保護をないがしろにしたり、自然保護のために信仰を捨てたりはしないだろう。言い換えれば私の考えはすべて、『マニエル枢機卿』としてなしたものだ。やや概念的になってしまったかもしれないが、そう理解してもらいたい」
落ち着いた口調で語りつつ、彼は顔をめぐらせ、あの刺すような視線で一人一人を見た。
「その上で私は、逆に諸君へ問いかけたいのだ。シャンバラは人を幸せにするのか、と」
口を差し挟む者はいなかった。枢機卿はさらに言う。
「この世に真理はひとつ、それは信仰だと私は考えている。そして信仰以外のものは、常に疑われ、徹底してその真偽を明らかにせねばならない。思うに、大半の人々は古王国シャンバラを過度に称賛してはいないか。古王国を理想郷と決めてかかり、無批判にそれに近づくことが人を幸せにすると信じ込んではいないか」
卿はここでやや、語調を落とした。
「実のところ、私もまだ結論は出ていない。したがって現在は否定も肯定もするまい。疑うことが即『反シャンバラ』と非難されるのであれば、その汚名を着るも仕方がないところではあるが」
整然とした語り口であった。
結論は出ていない、と彼は言った。それはすなわち、反シャンバラにも親シャンバラにもなりえるということ。ただし考えようによっては、すでに彼はその両者にも荷担しているという見方もできないではない。
誰もがこの言葉で納得したわけではなかった。
「しかし猊下……」
と口を開きかけたのは誰だったろう。
だがそれを確かめるすべは失われた。
まるでこの発言が終わるのを待っていたかのように、ナラカ化した足元、天井、側面、あらゆる部分が突如隆起し、そこから汚水のような匂いを発す『存在』が大量に染み出てきたのである。スライムだ。しかしこれまで何度か見てきた純粋な黒ではなく、ナラカの肉壁そのもののような濃い紫をしている。
むくむくと身をもたげたスライムは、人のような姿を取った。ごぼごぼという異音を発しながら、その呪われた両手でつかみかかってくる。
「どうやらナラカは、枢機卿を無事地上に返す気はないようですわね」
静香は火炎を放射し、目の前の人型スライムを焼いた。スライムは瞬時倒れるも、たちまち息を吹き返して起き上がって来るではないか。見た目ばかりではない。これまでのスライムとは強度が違う。
祥子は背後のコンテナから、ドンドンと壁面を叩く音と声を耳にする。
「……せ、出せ、出してくれ! あっしも戦わせておくんなせぇ!」
「英霊ロンギヌス? けれどあなたは……」
「あっしが刺す前に枢機卿の旦那が死んじまったら話にならねぇ! あんたらと合流して助かる目が出てきたんだ。こうなったらあっしも戦って、旦那を刺す機会は今度の楽しみにさせていただきまさぁ! 後生だ、出して戦わせて下せぇ!」
つぎつぎ湧き出してくる敵の数はこちらを遙かに凌駕している。こうなったら一人でも戦力がほしいのは事実であった。ましてやそれが、武勇に優れるというロンギヌスである。祥子は独断を下した。万一の場合は自分が責任を取る、と言ってコンテナのロックを外す。
「ありがてぇ!」
飛び出してきた英霊に、静香がリングを渡そうとするも、
「いーや、あっしはこっちが使いたかったんでさぁ!」
と、彼は予備のパワードスーツをぶんどり、目覚ましい速度で身につけるや、大はしゃぎで飛び出していくのである。レーザーを派手に放ち、たちはだかる人型スライムの頭部を吹き飛ばしている。
(「あの迷いのなさは、ある種羨ましいくらいね……」)
激戦のさなか祥子は、ロンギヌスによって何か教えられた気がする。祥子とて、まだマヌエルの問いに答える準備はできていない。しかし悩むのは後だ。今だけは、戦いに集中するべきだろう。
「さあ、かつてお世話になった金鋭峰団長に恩返し! 戦功を上げるわよ!」
サイコキネシスフル稼働、祥子はスライムを浮き上がらせ、投げ飛ばして他のスライムに激突させた。
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